出奔貴族と追放令嬢   作:本大

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◇ある日の学園の第二王子と従者◇

 アイヒュン王国。王立学園。男子(りょう)特別室。

 

 在校生は特別な理由を除いて男女共に全寮制であり、男女で入る寮の建物は学園校舎を挟んで物理的に離れている。

 その学園所有の男子寮。王族や留学生に貸し出されている特別室の一室に二人の人物。

 

 

 一人は輝くような緑色の髪を肩まで伸ばし、緑の瞳を持つ美男子。

 

 友好国の第二王子。クリストファー・ツベイ。

 

 アイヒュン王国と国交を結ぶ友好国であるツベイ王国。王位継承権第二位。

 二年前から国交のために来訪し、学園に在籍している。

 

 ソファーの柔らかな背もたれに身を預け天井を見つめる第二王子は、どこか夢見心地のようだ。

 

「ミハイル。今日も聖女様は美しかったねぇ。次の交遊が楽しみだよ」

 

 

 もう一人は、第二王子が座るソファーから少し離れた位置に立っている。

 

 第二王子の従者、ミハイル。

 

 癖のない白髪を後頭部で一つにまとめ、(みが)かれた黒曜石のような黒く美しい肌と瞳。

 美男にも美女にも見える容貌と、線の細い体型は独特な色気と雰囲気を(かも)し出している。

 

「はい。クリストファー殿下。聖女ヘレーネ様は慈悲深(じひぶか)いだけではなく、お姿すら神から授かったかのようなお美しい御方でございますね」

 

 従者は第二王子に本心から同意するように、聖女を(たた)える。

 従者は聖女のファンのようだ。

 

「そうだろう? ()()()()の伴侶として聖女様ほど相応(ふさわ)しい女性はいないだろうね」

 

 第二王子が「美しい僕」と自称するように、確かに彼の容姿はとても整っている。

 彼は自分の容姿に自信を持つと共に、少々自己愛が強いようだ。

 

「はい。クリストファー殿下。(おっしゃ)るとおりでございます」

 

 従者は表情を変えずに第二王子の言葉を肯定する。

 

(神の寵愛を授かる聖女ヘレーネ様と、カスを同列に語るなゴミ野郎)

 

 この従者、なかなか過激な内面をお持ちのようだ。 

 

「でも、直接会う機会が少ないのは不満だね。学園も交流の機会をもっと多くすべきだよ。ねぇ。ミハイル。聖女様との接触の機会はもっと多く、長くはできないのかい?」

 

 学園は男女共学ではあるが、ほとんどの授業が男女別である。

 王族や貴族の男性と女性では求められる能力の分野が違うため、授業で男女が交流することは少ないのだ。

 

 在学する優秀な平民は自分の能力や将来に向けた授業を受けるため、平民には関係ないことであるが。

 しかし、王族や貴族は面子(メンツ)を優先する価値観が強いため、ほぼ慣習として男女に別れている。授業もそのように構成されている。

 

 それが第二位王子は不満なようだ。

 

「はい。クリストファー殿下。聖女ヘレーネ様との予定を調整し続けておりますが、聖女ヘレーネ様は御多忙(ごたぼう)なため予定調整での交渉は難航しております」

 

(神の使徒である聖女ヘレーネ様を(ひと)呼吸ですら(わずら)わせるな。……カイン。お前は良くこいつらの調整なんぞできるな。私はこのゴミ野郎一人で精一杯だよ)

 

 この従者は聖女ガチ勢であり、カインの知己(ちき)でもあるようだ。

 聖女の予定を調整しているのは、アイヒュン王国宰相ベルンハルト侯爵の四男カイン。

 四男に聖女との交流交渉で当たっているのが、この従者である。

 

 同じ調整役として敵対するどころか、なぜか四男と従者は仲良くなっていた。

 互いに苦労をわかり合えるからだろうか。

 

「ふぅん? アイヒュン王国の王族貴族の彼らが聖女様にすり寄っているからだね。アイヒュン側の窓口は……宰相の息子だったね。名前はなんと言ったかな」

 

 まるで憎悪すらも感じる従者の内心など知ることもなく、第二王子は従者に(たず)ねる。

 

 第二王子は彼自身にすり寄っている自覚はないらしい。

 しかし、聖女に様々な想いを寄せる王族貴族の多くが、第二王子のように思っているだろう。

 第二王子が特別自尊心が高いかというと特別ではない。王族や貴族とはそういうものだからだ。

 

 自尊心よりも良識を優先する王族貴族も多く存在するが、自尊心無くして国の顔である王族貴族をやっていられないのも事実だ。

 

「はい。クリストファー殿下。御明察でございます。聖女ヘレーネ様のご予定全般を調整なさっているのは、宰相閣下のご子息。カイン・フォン・ベルンハルト様です。そのため強引な交渉は国交に()(さわ)りがございます」

 

(聖女ヘレーネ様に心を寄せるなら、調整役カインの名前は覚えておけ。母国が頭を下げる国の宰相の息子だぞ)

 

 なぜ従者はカインを評価するのか。苦労人仲間か。

 王族である第二王子が聖女本人ではなく、調整役の名前を覚えていないのは普通である。

 

「無理を言えば宰相に直通か……母国であったなら独占できたんだけどな。今以上を求めるのは強欲か。しょうがない。これ以上はもういいよ」

 

 どうやら第二王子も、これ以上の無理は禁物(きんもつ)であると理解したようだ。

 しかし、仮に第二王子の母国であったのなら彼に出番が回ってくるか学園以上に怪しい。

 第二王子は()()。当然のごとく優先順位がある。

 

「はい。クリストファー殿下。寛大なお心に感謝申し上げます」

 

(そう仕向けたのは私だが……ここまでハマるとはな)

 

 ツベイ王国から、「もしかしてうちの国に聖女引っ張ってくるかもしれないから、第二王子は止めるな。ダメなら第二王子の首を出すから黙っていろ」との(めい)を受け、第二王子を制止せずにいる従者はミハイルのことだ。

 

 しかし、考えてみてほしい。

 

 国家がその様な不確(ふたし)かな理由で、勝利の見えない友好国との戦争の火種になるようなことを本気でするだろうか。

 

 王位継承権第二位。

 ()()()()()()()()()()()王族の健康な若者を、不確かな理由で差し出すのだろうか。

 

 従者のミハイル。男装の麗人。

 本名、()()()()()()が情報をねじ曲げている。

 

 母国へ送る情報を少しだけ盛っているのだ。

 

 (いわ)く、第二王子が聖女ヘレーネ様に一番近しい。

 曰く、大国の王太子に(まさ)っている可能性大。

 曰く、第二王子にご自身にも十分な勝算がおありのようだ。

 曰く、本日の社交でお二人が注目されていた。

 曰く、曰く、曰く、…………

 

 学園内まで同行できる者は、従者一人という規則が存在する。

 第二王子から学園内の同行を許されたのは、留学に同行したツベイ王国使節団の中でも一番見目の良い従者(ミカエラ)だけだ。

 他の従者に不信に思われない程度に情報を盛れるのも、従者(ミカエラ)だけ。

 

「今は聖女様と離れていても、卒業と同時に連れ帰ることが出来ればそれでいい」

 

 第二王子は聖女と婚姻が成れば、自分が王位を得ることも可能だと夢想する。

 聖女と婚姻を結び、正規の手順でツベイ王国へと連れ出すことに成功できるのなら王位は確実だ。

 

「……」

(このカスはまだそんな夢を見ているのか?)

 

 従者は断じて最初から歪んでいたのではない。

 そんな怪しい者が、王位継承権第二位の側付きになど絶対になれはしない。

 

 従者は、彼女は、ミカエラは、母国ではなくアイヒュン王国で変質してしまったから誰も知りようがない。

 

「聖女様に関しては美しい僕が、この学園で誰よりも先んじているのは確実だ。王太子くんも頑張っているようだけど、先日の()()悪手(あくしゅ)がすぎたね。そうだろう?」

 

 第二王子は間近(まじか)に極大の悪意が(たたず)んでいることに、気が付かない。気が付けない。

 

 思考や意見を誘導されることもなく、従者を選んだのは第二王子だから。

 

 美しい物や美しい者が好きな第二王子(美しい僕)が、母国の王族付きの従者の中から選んだ美しい従者だから。

 側付きとしての選考を通った従者を怪しんではいないから。

 

 大昔に母国が滅ぼし、大昔に母国が隠し、母国の歴史に残らない辺境の部族。

 今では一部の地域だけで見られる、美しい黒い肌。黒い瞳。白髪。少しだけ()()()()

 

 今では開拓村で少数が細々と生き残る人々。

 

 その末裔の一人。

 

「はい。クリストファー殿下。聖女ヘレーネ様の第一の御友人で公爵家の御令嬢との婚約白紙などと。アイヒュン王国側も焦りがあったのだと想定されますが、その様なことを聖女ヘレーネ様がお喜びになるはずがございません」

(お前は最初から悪手だがな。我が一族の(うら)み、この国で少しは晴らさせてもらうから、覚悟しておけ。ゴミ野郎)

 

 ツベイ王国では大昔のこと。隠されたこと。歴史に残っていないこと。

 アイヒュン王国ではその凄惨(せいさん)な出来事は、ツベイ王国の危険性の一部として記録が残されている。

 国家とは友好国でも無防備な背中を見せられないから。

 

 従者は、「友好国に来ているのだから、()()()()()()()()がどのようなものか知りたい」と調べてしまった。

 

 母国では禁忌であっても、他国(アイヒュン)では他国(母国)でひとまとめにされた数ある情報の一部でしかなかった。

 

 書物一枚分の情報は、従者の自己を揺るがし彼女を大きく変質させるには十分すぎる情報だった。

 

 貧しい村の食い扶持(ぶち)を減らすために、(みずか)ら決死の覚悟で飛び出した。

 血反吐を吐くほどの努力をして成った、憧れの王族の従者。

 能力の劣る者に身分や出身で下に見られる環境に慣れた、今。

 理想とは違ったが、給料は良いから従者は故郷へと毎月送金している。

 

 身分を知りながらも能力と容姿を評価され、外国への留学で側付きとして取り上げてくれた第二王子クリストファー。

 

 母国が忘れ去った残虐非道(ざんぎゃくひどう)を知ってしまった。

 先祖の無念を知ってしまった。

 家族が、親しいものが、友人が、知人が、細々と貧しい生活せざるを得ない原因を知ってしまった。 

 

 愛国心。忠誠心。尊敬。憧れ。

 

 今まで母国に向けていた感情は裏返(うらがえ)り、憎悪(ぞうお)に染まる。

 

「だよね。ミハイルもそう思うよね。王太子くんも周りに(おだ)てられてその気になっちゃうなんて、バカだよねぇ。……それだけこの美しい僕が脅威(きょうい)だったのかな」

 

 第二王子に恨みをぶつけるのは(みにく)いと、卑怯だと、卑劣だと従者はわかっている。

 でも、従者は身を焦がすかのような激情を抑えることができない。

 

 不幸なことに従者の激情が向かう母国の王族は、この国には第二王子しかいなかった。

 

「はい。クリストファー殿下。仰るとおりかと」

(国交のための留学先で、自分からその気になったゴミ野郎よりはマシだろう)

 

「ははは。ん? もうこんな時間か。ミハイル。下がっていいよ」

 

「はい。クリストファー殿下。失礼致します」

 

(もうすぐだ。もうすぐでこいつは破滅(はめつ)する。ツベイも破滅せずとも、大きな打撃にはなるだろう。例えツベイが破滅しても私の一族の生活に変わりなどない。ならば(ほろ)んでしまえばいい。……感謝するぞ。アイヒュン王国)

 

 憎悪で(ゆが)みそうになる顔を、無表情の仮面で隠す従者。

 

(……なぜだろうな。真実を知ってから頭の中で暴言が止まらない。憎悪が日に日に増していく。なぁ。カイン。遥かに年下の優秀な少年。なにも知らなかった方が私は幸せだったのだろうか)

 

 この国で従者(ミカエラ)が出会った、敬愛する聖女に付き従う四男(カイン)

 

 四男と従者では立場も身分も異なるが、現状やっている仕事はほとんど同じ。

 表の顔で真面目に付き従う者を演じ、裏の顔で暗躍する。

 

 四男は恋する聖女を守るために。

 従者は憎悪する第二王子(ツベイ王国)(おとしい)れるために。

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