インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》 作:ひわたり
初投稿から1年の記念
祝福の光
空白の空間。
そこに立っていた。
正確に言えば、立っているのか、寝ているのか、自分の状態が正確に分からない状態にあった。
『 』
誰かが自分を呼ぶ声がした。
名前はハッキリしない。
それでも確かに、その名前は自分のことなのだと理解出来た。
それは柔らかくて。
優しくて。
温かくて……。
コレが温もりなのだと、そう思った。
ある日の学園の地下。
今日この日、普段は研究ばかり行われているこの場所は少しだけ慌ただしくなっていた。
「少しは落ち着いたらどうだ」
白が呆れたように溜息を吐く。
ソワソワと部屋を歩き回っていた青年が足を止めた。
「前にも言ったけど、僕は本職は医者じゃないんだよ?束の出産に立ち会ったことはあるけど、こんな大任を任されたことなんかない」
束は相変わらずパソコンを弄っているが、その顔には微妙に笑みが浮かべられている。青年の慌てっぷりが楽しいらしい。
また、マドカは青年の様子に肩を竦めてから白とラウラに振り返る。
「やれやれ。今からでも普通の医者にでも行った方が良いんじゃないか?」
ラウラはベッドで横の状態でいる。
そのままの姿勢で、片方は白の手を握り、もう片方は自分の大きくなったお腹を撫でていた。
「いや、私は造られた人間だし、この子は奇跡に近い子だ。何かあった時、1番に対処出来て頼れるのは、やはり彼しかいない」
クロエが頰に手を当てて、困ったような笑ってるような曖昧な表情をした。
「今の姿を見てると、とても亡国企業の代表だったとは思えないですね」
「まあまあ、良い機会なんじゃない?試験管以外からも人が作られて誕生するのを実感すると良いよ」
ニヤニヤと笑う束に青年はジト目で返した。
「皮肉かい?」
「素直な感想だよ」
そう言って笑う束は、やはり楽しそうだった。
そう、今日、ラウラと白の子供が産まれる予定日である。陣痛もやってきており、ここから長い戦いが始まるのが分かる。
ラウラと白は青年に出産に立ち会うようお願いした。
人造人間を作っていた青年。
人体の知識に置いて、この世界で右に出るものはいないだろう。経過は順調であったが、ラウラという人造人間の母体と、白という神化人間の構造から出来た子供。不安がないと言えば嘘になる。
だからこそ、青年に手伝って欲しいと2人はお願いした。
青年は医者ではないからと渋っていたが、医者の真似事をしているのも事実だ。何より、彼自身も何か起きた場合は対処出来る自分がいた方が良いと考えていた。
だが、試験管からではなく、本物の出産に立ち会うのだ。かつて束が産まれる時、出産は立ち会ったことがある。しかし、自分が手伝うとなるのはまた話が違う。
この歳になって、改めて命の重さを実感するとは夢にも思わなかった。
「寧ろ、白さんこそ冷静ですね」
クロエの言葉に、白はいつも通りに答えた。
「俺が慌てて解決するなら慌てるさ」
「相変わらずですねー」
そこへ、ドアが開いて2つの人影が入ってきた。
「何だ、まだ唸ってたのか」
「ラウラは大丈夫か?」
千冬と、赤ん坊を抱いた箒だった。
赤ん坊の名は零。去年生まれたばかりの、一夏と箒の子供である。
「ああ、箒。わざわざ来てくれたのか」
ラウラは笑顔で出迎える。既に陣痛は始まっているが、彼女はそれ以上に笑うことが出来た。
「私だけですまない。他の皆は仕事で来れなくてな。鈴は今向かってるらしいが」
「わざわざ飛んできてくれるのか。有難い」
鈴は既に帰国しているが、ラウラの出産と聞いて飛行機でやってくるそうだ。IS技術の応用で飛行技術が上がっているので、日本に着くのもすぐだろう。
白は箒と腕に抱いた子供を見て聞いた。
「お前の方は大丈夫なのか」
「ああ。この子のことで世話になったし、出来るだけ応援しようと思ってな。励ますくらいしか出来ないけど」
「いや、凄い力になる」
ラウラの肉体は高校の頃からあまり成長していない。変わらず小柄である。
その分母体への負担や痛みが大きいのは誰もが承知していることだ。
既に出産の準備は整っている。帝王切開の可能性まで含め、どんなことがあっても対処可能だ。
「…………」
「どうかしたか?白」
傍目から見て白に変化はないが、ラウラは彼の様子から何かを汲み取った。
「いや、ただ……」
なにがどうしたというわけでもない。
……ただ、一つ。
「俺は無力だと、痛感しただけだ」
これから行われることに、白は何もすることが出来ない。女性が出産することに対し、男性は気を揉むことしか出来ず、一切の手出しが不可能なのだ。
「何を言ってるんだ。近くにいてくれるだけで、それだけで意味がある」
「……ああ」
実際、それしか出来ない。彼女の側にいて、近くにいてやることだけが白の出来る最大にして唯一のことだった。
白はそれが自分への気休めということも分かっているし、ラウラの言葉もまた、偽りでないのは承知していた。
だから2人は手を繋ぎ続けた。
数時間後、本格的に出産の準備に入る。
青年達は服を着替え、無菌室へと移動する。白も着替え、ラウラと手を繋いだまま部屋へと移動した。
既にこの部屋だけで事が足りるようにしている。まだ産まれるまでは時間が掛かりそうだが、いつでも動けるようにしていた。
緊張し過ぎてもプレッシャーを与えるだけなので、外にいる箒も交え、会話をしながら時間を過ごす。
その時には鈴も到着し、ガラスの向こう側からラウラを一緒に応援していた。
ガラス越しにマイクを通じて会話する。
「で、実際痛いの?何か、鼻からスイカ出すとか言うじゃない?」
「痛いのは痛いが、あの痛みを何と表現して良いのか分からんな。痛くない人もいると言うし、人それぞれじゃないか?」
「ラウラは小柄だから痛いかもねー」
「その台詞そっくり返すぞ、鈴」
軽口を交わしながら力を抜く。
痛みが酷い時のラウラは苦しそうで、白は力の入るラウラの手をしっかりと握り締めていた。
千冬は仕事の合間を縫って、偶に様子を伺ったりしてくる。ラウラを小さい頃から見てきたのだ。顔には出さないが、態度から心配している様子がありありと表されていた。
また、映像通話を介してセシリアやシャルロット、楯無や簪が時たま様子を見に来た。
『ああもう、気になって全然仕事に手が回りませんわ』
「そっちはもう夜でしょ?どうせなら仕事をサッサと終わらせてコッチの様子を見なさいよ」
『でも出産て何時間か分からないしさ……。下手したらコッチだと朝になるよね』
『くぅ、何で今日なのかしら。明日なら休みだったのに!』
『仕方ないよ……』
そんな会話をしながら、ラウラの部屋に音声を入れて声を掛けたりした。
そして、いよいよ赤子を取り出す時が来た。
皆が見守る中、ラウラの額から汗が流れ落ちる。
応援し、励まし、声を掛ける。
マドカとクロエが青年のフォローをしつつ、確実に安全に外界へと導いていく。幸いな事に、赤子の体勢も問題なく、出産は順調だった。
皆が何か言ったり作業したりする中、白はラウラの手を握り、ラウラのことだけを見ていた。
「ラウラ」
声を掛ける。
苦悶に歪むラウラの顔を、少しでもそれが和らぐように。
額の汗を拭い、頰に手を当てた。何よりも優しく触れる。
「白」
ラウラが呟く。
「俺は、ここに居る」
ラウラの側にいる。
「うん」
ここにいる。
「……産まれた」
それを最初に呟いたのは誰だったのか。青年は白を呼び、彼にその存在を手渡す。
白は自らの子供を抱き上げた。
まだ目も開けず、血に濡れた赤子。
白とラウラの子供。
実感がないわけではない。この子の重さは確かに腕にある。感じる鼓動が生きている証を伝えてくる。泣き声は、ここにいるのだと叫んでいるようだった。
ただ、それが不思議だった。
命という存在が、あまりにも不思議に思えた。
「…………」
命がこの腕の中にある。
何人もの命を奪ってきた手の中に、小さな温もりが存在した。
かつて奪ってきた者達と同じ、寧ろそれよりも小さく儚い生命がここにはある。
この軽さが、この儚さが、このたった一つの命が。
あまりにも、重い。
ああそうかと、白は理解した。
命が産まれたのだと。
そう、思えた。
「白」
耳に彼女の声が届く。
白はラウラの隣へ行き、彼女の腕の中へ赤子を手渡した。赤子を抱く姿は初めてとは思えない程自然であり、落ち着いていた。
ラウラは微笑みを浮かべる。
愛おしそうに、自らが産んだ子供を見つめていた。
白は作られた人間である。
神化人間として生まれ、その宿命に従い、その責務を担ってきた。
ラウラは作られた人間である。
試験管ベビーとして生まれ、後にISの為に体を弄られた。
最初は道具の一つだった2人。
そこには祝福などなく、喜びもなかった。
だけど。
だからこそ。
2人は……3人は、ここにいる。
今ここで、沢山の祝福の中で。
喜びを分かち合う人達と共に。
この光の中で、生きている。
「産まれてきてくれて、ありがとう」
そして彼らは、産まれてきた子供に、祝福の光を与えた。
『ヒカリ』
初投稿から1年と聞くと長いですが、特別編終了から2ヶ月半と聞くと短く感じますね。
チラッと見たら、今日が初投稿から1年と気付いて、折角だからと急遽書きました。
産まれ、子供から成長し、大人になり、出産して親になる。そして、子供も成長していく。
……二次創作物として異質な作品ですね。
近い内にオマケだったり、オリジナル作品を上げていきたいと思っています。
この作品を読んでくださった皆様に感謝を。