アーシアの過去
一輝side
イカレ神父、フリードがいた家から
「あ、あの一輝さん。ここは……」
「俺ん家だ。あそこから
鍵で玄関を開け、中に入る。
「お、お邪魔します!」
「……そんなに緊張しなくていい。義父さんも義母さんも気さくだからさ」
緊張気味のアーシアに一声かけ、玄関に入ったところで気づいた。義父さんと義母さんの靴が二足ともなかった。
「?」
夜遅くに二人して出かけたのか? 靴を脱いで上がりリビングに入ったところで、テーブルに一枚の紙が置いてあった。
紙にはこう書かれていた。
『一輝へ。連絡もなくてゴメンなさいね。母さんちょっとムラっときちゃったから、徹さんとラブホに行ってくるわね。多分、明日か明後日くらいには帰るわね♪ ご飯は好きに食べててね♬ 母より』
……急すぎるだろ。せめて連絡くらいは欲しかったな。
「一輝さん。あの、ご両親は?」
「あ、あぁ……少し用事があるらしく家を空けてるようだ。明日か明後日には戻ってくるらしい。ソファーに座ってていいぞ」
こんな阿保な事言えるわけがない。俺は素早く紙を握りつぶしゴミ箱へ捨てる。
家に上がってきたアーシアは、ソファーに腰を下ろすが、まだ緊張が解けていないのか落ち着きなく周囲を見渡している。飲み物でも出すか。
「アーシア。ホットミルクとホットココア、どっちが飲みたい?」
「え、えっと……ホットミルクでお願いします」
「
キッチンにある食器棚からコップを二つ取り出し、俺のコップにココアの粉を入れ小さな鍋に牛乳を入れ温める。頃合いを見計らってコップに入れる。
ホットミルクにはリラックス作用もあるから、さっき見た光景を少しでも和らげれば良いと思うんだがな。本当はレモネードやジャスミンティー、ホットジンジャーも良かったんだが……丁度切らしていた。補充しなければ。
「ホットミルクだ。熱いから火傷しないよう気をつけろ」
「はい。ありがとうございます」
カップを両手で受け取り、息を吹きつけ冷ましながら飲み始める。
一口飲むと、表情が和らいだ。
「温かくて美味しいです」
「そりゃ良かった」
これで少しは気が晴れれば良いんだがな。俺も一口ココアを飲む。おっと。堕天使とあの
再びソファに座り、ココアを飲む。互いに飲み終え無言でいると、アーシアの表情に影が差して震えだした……
「大丈夫かアーシア?」
「っ。はい。さっきの光景が忘れられなくて」
震える身体を止めるように自分で抱きしめた。アーシアにあんな死体はキツいだろうな。純粋無垢な女の子だしな。怖いはずなのに自分の身を投げ出すような行為……聖女らしくない行動だが、そこが彼女の良いところで悪いところだな。俺からしたら堪ったもんじゃないが。
ふと俺は、気になっていた事を聞いてみる。
「アーシア。あの
そう問いかけると、アーシアは人差し指に指に嵌めていた指輪を取り外して俺に見せてきた。
「これは
「
アーシアが驚いた表情で見てくる。
「どうして一輝さんが知ってるのですか?」
「知ってたわけじゃない。ただなんとなくそう思っただけだ……その力で何かあったんだろう?」」
「……はい。これは悪魔も治せる力を持っています。そのせいで……私はッ」
思い出したのか俯き瞳に涙をため、両手で顔を隠し咽び泣きだした。俺はアーシアの背中を撫でる。
暫く背を撫でていると、俺は彼女から、
「私は欧州のとある地方で生まれました。でも、すぐに両親から捨てられて、教会兼孤児院でシスターと他の身寄りのない子供たちと共に育てられました。子供のころから信仰深く育てられた私は、八つの頃でした。偶然、ケガをした子犬の負傷を
そこで一旦区切ると、深呼吸して息を整え再び話し出す。
ある日、教会の近くにケガを負った悪魔が倒れていた。普通なら教会に伝え、そのまま滅ぼすのだが、アーシアは悪魔を見捨てられず治してしまったそうだ。
悪魔といえど治さなくちゃいけない。彼女の優しさがそうさせたのだろう。それが彼女を奈落の底へ落しいれた。
その光景を偶然見てしまった教会関係者の一人が内部に報告。悪魔を治したという事実に司祭は驚愕した。
『悪魔を治療できるだと!?』
『そんなバカなことがあるはずがない!!』
『治癒の力は神の加護を受けたものにしか効果を及ぼせないはずだ!』
治癒は悪魔を治せるはずがない。これは教会側からしてみれば常識として認知されていた。
治癒とは人間の傷を治すもので、悪魔と堕天使の傷を癒せるわけがなかった。逆に治癒をすれば聖なる力によってダメージを受けるからだ…………だが、過去に例外があったのだ。
神の加護を受けない悪魔、堕天使すらも治癒できる力。それは、
そして教会の司祭者たちが少女を異端視するようになった。
『悪魔を癒す魔女め!』
聖女として崇められていたアーシアは、悪魔を治療できるというだけで今度は
行き場を無くした彼女を拾ったのがここ、日本の
少女は捨てられた。少女が信仰する神は助けてくれなかった……だが何よりも一番ショックだったのは、教会で自分を庇ってくれる人が一人もいなかったのだ。少女の味方は誰もいなかったことだ。
「……きっと、私の祈りが足りなかったんです。ほら、私って抜けているところがありますから」
アーシアは笑いながら涙を拭う。
想像を絶する過去。悪魔を治したというだけで異端視され、魔女と呼ばれるアーシア。
……訊いてて反吐が出る。何故それだけでアーシアが異端視されなければならないんだ? 教会の人間は本当にロクでない奴らばかりだな。既に亡き神を信仰し、魔を滅する事を正しいと信じ、それ以外の種族を軽蔑し見下し、たとえ同じ信仰者であったとしても、ちょっとした事で平気で裏切り見捨てる。
「これも主の試練なんです。私が全然ダメなシスターなので、こうやって修行を与えてくれているんです。今は我慢の時なんです」
自分に言い聞かせるようにアーシアは笑いながら言う。
「お友達もいつかたくさんできると思います。私、夢があるんです。お友達と一緒にお花を買ったり、本を買ったりして……いっぱいおしゃべりしたりっ」
「それ以上話すな」
「一輝さん?」
俺は、それ以上話させないようアーシアの肩を優しく抱き寄せる。
「もう。我慢するな」
「え?」
「主の試練だとか修業とか関係なく、我慢しなくていい」
アーシアの頭をポンポンと叩きながら、続ける。
「友達も作れ。買いたいものがあれば買え。アーシアがしたいことをすればいい」
「そ、それはいけません。これは主が私に与えてくれた大切な試練っ」
「お前を優しさを知らず見捨てた神が与えた試練なんざクソくらえだ。放っとけばいい……ここは教会じゃないんだ。誰もアーシアを咎めることは出来ないさ」
「ですが……私は世間知らずです」
「知らないなら、これから知ればいい」
「私……日本語読めませんよ? 字も書けないです」
「読み書きを教えてやる」
「友達と何を話していいのかもわかりません」
「……ハァ。アーシア」
俺はアーシアの両肩を掴み、向き合う。
「そんなに悲観的になるな。そんなんじゃ何時までたっても変わらない。俺も人に偉そうに言える程じゃないんだが、大切なのは、
頭を撫でながら伝えると両眼を涙で濡らし、両腕を俺の背に回し強く抱きしめ、胸元に顔を埋め大声で泣いた。
「うっ……うぅ! わあぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
……ずっと一人で我慢してきたんだな。教会や神から見捨てられても、亡き神の加護を信じ自分への試練だと信じ続け、主への信仰心だけは捨てなかった。
泣き続けるアーシアを俺は泣きやむまで背中を優しく撫で続けた。
「……もう大丈夫です」
「そっか」
互いに離れると、アーシアはすっきりとした表情で笑みを浮かべていた。
「あの、本当にありがとうございました」
「気にするな」
「あ……」
思わず頭を撫でると、一瞬驚いた表情を浮かべ……。
「えへへ」
照れくさそうに笑った。
「あの、一輝さん」
コップを片付けようとした時、不意にアーシアが呼び止めた。振り返ると、両手を胸の前で合わせ、どこか落ち着きがないようだ。
「何だ?」
「あの……わ。私と、友達になってくれませんか?」
「良いぞ」
「……本当に、良いのですか?」
「ああ、これからよろしくなアーシア」
「はい! よろしくお願いします! 一輝さん!」
友達にさん付けはいらないんだがな……まぁ、アーシアが良いなら良いんだけどさ。