・1947年 11月1日 米領グアム アンダーセン空軍基地
「ダグラス・マッカーサー元帥に、敬礼!」
アンダーセン空軍基地司令、スピルバーグ少将の号令に、ウィルソンを始めとした空軍基地所属の一団が一斉に敬礼した。
トレードマークのサングラスにパイプをくわえたまま、米陸軍元帥、はたまた、米領日本の最高責任者と揶揄されるマッカーサーは不敵そうな表情を隠さず敬礼で返し、イギリス製の高級車が発車すると同時に手を下ろした。ウィルソンらはそれでも、車が見えなくなるまで敬礼の姿勢を崩さなかった。
(早くいなくなってしまえ・・・!)
強烈な日差しの下、そう強く念じるのはウィルソンだけではなかっただろう。誰もが上官に気づかれぬよう、口を閉じたまま強く歯噛みしていた。
「本国へ一時帰還していたマッカーサー元帥が、グアムへ慰問に訪れる。3日後だ」
基地司令のスピルバーグからそう告げられたのは、ウィルソンが本国からグアムへ着任した翌日のことだった。
その日から、着任後の支度をする暇もなかった。わずか1泊の滞在とはいえ、あるいは(招かれざる)来賓が陸軍属で自分たちの直接的な上官ではないとはいえ、米軍全体を見渡してもマッカーサーを超える軍人など見当たらない。
増して、事実上米国が統治している日本国の最高責任者を迎えるということもあり、急遽実施が決められた式典やパーティーの用意に明け暮れた。
本国から遠く離れた米領グアムの空軍基地勤務は、米空軍でも左遷されたと見做されている。ウィルソン自身、そういう考えだ。
事実、マッカーサーを迎える準備を進めようにも、ここの連中は行動が鈍く、幾度も怒鳴り声を上げるハメになった。
進まぬ業務と前任地のカリフォルニアをはるかに上回る日差しにうんざりしながらも、どうにかマッカーサーを迎えることに成功した。やがて個々解散と相成り、ウィルソンはさっさとファンがけたたましく回る自室へと籠ることにした。
「大佐、失礼します」
自室へ入るなり、秘書のカノー大尉が冷たい水と氷を用意してきた。
「うむ」
そう短く答えると、ウィルソンは本国からたっぷり用意してきたバーボンの封を開け、グラスの半分まで注ぎ込んだ。
グアムの連中はどいつもこいつもロクデナシなのだが、このエミー・カノー大尉は違っていた。若くして、そして女性でありながら大尉まで上り詰めたことはある。この数日の間、ストレスにさらされるウィルソンにしっかり寄り添い、業務を的確にフォローしてくれていたのだ。
そんな素晴らしい部下を、ウィルソンは冷水で割ったバーボンを豪快にあおりながら見遣った。ウィルソンの視線に、やや気恥ずかしそうに目を背けるカノー。
これほど優秀なのに、こんな僻地勤務となっていることには大きな理由があろう。彼女は男性ではない。そして我々白人でもない。遠きアジア人・・・それも、つい3年前まで敵国だった日本人の血を引いているからなのだ。
彼女の両親が、戦前に米国へ渡ってきたことは彼女の履歴をたしかめたら理解できた。そして、事情を知らぬ同僚には中国系として通していたことも・・・。
「エミー、君も一杯どうかね?」
自分でも悪い癖が始まったと思いながら、ウィルソンはデスクからグラスをもうひとつ取り出し、カノーに勧めた。
「大佐、もうしわけありません。ですが、お水でよろしければ、ぜひ」
ほう、と、ウィルソンは冷水をわけることにした。まあいい、良い思いをさせて、いずれじっくりと仲を深めていけばよろしかろう。
「まったく、参ったものだ。ようやく、落ち着けたよ」
ウィルソンは背もたれによりかかると、大きく息を吐いた。
「心中、お察しします」
ウィルソンはカノーのこういう言葉に、たまらぬ魅力を覚えていたのだ。ここへ来る前に別れたから良いものの、前妻の度を越したわがままっぷりを思い起こすと、なおさらであった。
「マッカーサーの野郎、来年の米国大統領選に出馬するそうじゃないか。まったく、日本を降伏させたのは我々空軍と海軍だというのに、ヤツのやったことは戦利の横取りではないか」
「今回のグアム来訪も、空軍の票取りともっぱらウワサされてますね」
優秀な彼女は、ウィルソンの耳に心地よい同調を告げてくれる。
「それに、ここの連中ときたら、言われたこともできないし仕事も遅い連中ばかりだ。まったく、マグロばかり食ってるようなのはダメだな」
グアムは世界屈指のマグロ漁場である。ウィルソンもここへ赴任してからというもの、朝から晩まで供されるマグロ料理に、いい加減食傷気味であった。
「大佐、マグロはお酒によく合います。お召し上がり方をご存知ないのでは」
それまで従順だったカノーが、やや口を尖らせた。表情が変わった上官に気づき、咳払いをして「失礼しました」と言った。
そこへ、ドアをノックする音がした。
「グレンチコです」
「入りたまえ、少佐」
そう促されると、情報担当のグレンチコ少佐が入室し、敬礼した。
「大佐、恐れ入りますが、日本より届いた資料です」
執務中にも関わらず飲酒している上官に眉を吊り上げながら、グレンチコは分厚いファイルを渡した。
「少佐、ひとつ尋ねよう。これは君たち情報部が精査に精査を重ねた結果、ここまで厚くなったのかね?」
まともな人間なら、優に3日はかかりそうな紙の束だ。だがグレンチコの鉄面皮は少しも揺るがなかった。
「同様のファイルを、取り急ぎ本国へ送らなくてはなりません。大佐、どうかお急ぎいただきたい」
「わたしはここへ赴任してから、少しの間も休息がないのだぞ?」
「どうかお目通しいただきたい」
休息なら、いまたっぷり取っているではないか、そう言いたげなのがウィルソンにも理解できた。このカタブツめが、貴様はそんなだから、こんな酷暑の島へ飛ばされてきたのだな・・・。
「今日中に確認する。下がってよろしい」
忌々しい限りだが、ここで仕事を怠って本国へ帰還する機会を逸するのも考えものだ。追い払うように告げると、グレンチコは敬礼の後退室した。
「エミー、君も席を外しなさい。わたしはこの駄文の山を解読するのに、いささかの時間がかかりそうだ」
「では、ご用の折にはなんなりと」
そう微笑むと、優秀な秘書も退出した。
再度ひとりになったウィルソンは、ペールの中の氷をグラスに放ると、冷水で割ることなくバーボンをなみなみと溢れさせた。冷たさと熱さが混ざり合って喉元から食道へほとばしり、胃がマグマを湛えたように発熱した。
それからしばらくして、資料の概ね8割を読み終えた頃だった。すっかり3本目を空にしたウィルソンは、それでもさして思考が鈍ることなく、この三文小説に読みふけったのだ。
ふいにドアをノックされた。カノーがペールに氷をたっぷり用意してきたのだ。
「君の気遣いは実に素晴らしい」
若い頃に読んだシェイクスピアの小説そのままの文言で礼を告げたつもりだったが、カノーは訝しげな表情だ。どうやらここまで文学的な英語を理解するには、語学力が足りなかったようだ。
「書類解読の進捗はいかがですか?」
「ふむ、もう間もなくなのだが・・・」
最後まで読まずして、上官が並々ならぬ感心を寄せているとわかった。
「グレンチコ少佐をお呼びしますか?」
「・・・ああ、頼む」
ややあって現れたグレンチコは、ウィルソンの執務室いっぱいに充満したアルコール臭に辟易しながら入室してきた。
「報告書をある程度読んだ。これは、極めて・・・」
極めて、深刻、あるいは興味深い、もしくは・・・興奮、と告げて良いものか。ウィルソン自身、言葉を適切に選べなかった。
「大佐、わたし共の情報整理に問題がありましたか?」
この東欧系鉄面皮は、やや不満気に口を尖らせた。
「そうではない。むしろ大変わかりやすい。まるで学生時代に読んだコナン・ドイルの冒険小説だったよ。いや、私が気になっているのはむしろ、この内容そのものに関してだよ」
そうでしょう、とばかりにグレンチコは頷いた。それも、鉄面皮のままで。
「これが本当なら・・・というか、事実なのだろう。このアンダーセン空軍基地は、太平洋の孤島などではない、米軍のアジア大洋州戦略上、極めて重大な拠点と位置づけられるな」
もしそうなれば、何が左遷なものか。むしろ米軍最重要拠点の幹部として、棚ぼた式に栄転したようなものだ。
「大佐、わたしはあまりジョークが得意ではありません。ですがこのままいけば、大佐は、明日からも休息を取る間もなくこの基地の再編業務に追われることとなるでしょう」
事態の推移と上官の言葉にいくらか気を良くしたのか、グレンチコは言った。
少し気分を変えよう、と、ウィルソンは葉巻を持って外に出た。マッカーサーのクソ野郎が去ったのは昼過ぎだったが、いつの間にか夕暮れが迫りつつある。しこたま喰らったアルコールを醒ましたい気分なのだ。
部下のグレンチコは酒こそ忌避するが、タバコは好きな様子だ。ウィルソンも気分を良くしていたので、自身の葉巻をわけて滑走路の端、よく太平洋が臨めるところまで足を進めた。
「しかし不思議なことがあるものだ。日本における先の災厄による死者が減少、生存者が増加しているとはな」
目を通した報告書にて、一番最初に気になった点だ。
「いくら我が国の統治が進んでいるとはいえ、まだまだ日本の行政機関も混乱があることは否めません。ですが、到底人間が生存しえぬ状況下において、続々と生還や生存が報告されているというのは・・・」
「ふむ。部下のエミーを見ていると・・・いや、そもそも戦時中を考慮しても、日本人というのは実にきめ細かく律儀な連中だ。そんな彼らが、いい加減な報告や調査をするとは思えんしな。だが・・・生存者の少なくない人間が、精神に異常をきたしているというのはどうにも解せんのだよ」
「あれほどの怪物を目撃したのです。気が触れてしまってもおかしくないでしょうが、それにしても・・・」
「うん。そして気になった点がふたつめになるが・・・。日本近海で、海難事故が増加し始めたとあるな」
「はい。本国では建前として、朝鮮半島の不穏な情勢や日本国統治のさらなる推進を理由としてますが、実際は≪ヤツ≫が再び現れたことを想定して本基地の軍備再編を進めるようです」
「わたしは願ったり叶ったりなのだがね」
「大佐、その先まではお読みになりましたか?」
葉巻を吸い終えたグレンチコが、葉巻を海へ放り投げてウィルソンへ向き直った。
「出掛けに少しばかり目を通したが、ここグアム近海でも海難事故が増えているというところかね?」
そう尋ねると、グレンチコは頷いた。
「まさかとは思うがな。ここグアムは、先住民が昔ながらの作り方で設えた粗末なボロ船ばかりだ。少しの波でさらわれてしまった、といったところだろう」
「我ら情報部の考えすぎ、とおっしゃるので?」
「そうは言わんが・・・よしんばそうだとして、日本からここまでどれだけ距離があるのかね?≪ヤツ≫が到達するのに、どれだけ時間がかかるというのか・・・」
「大洋州を荒らした後、≪ヤツ≫が東京へ上陸するまで1年以上かかっております。たしかに、その仕業とするのはいささか早計かもしれませんが」
「だろうな。ま、その先まで目を通せておらん。わたしはもう1本葉巻を味わって、それから最後まで読み進めるとしよう」
グレンチコは敬礼すると、基地へ戻っていく。宣言通りに葉巻に火をつける。左遷された先だが、この海の美しさは別格だ。
肺いっぱいに煙を吸い込んでいると、海面が何やら浮足立ってきた。魚だった。まるで死んだように、かなりの数の魚が海面に浮上してきているのだ。
ぼんやりと目を開ける。どうやら深酒の効果が現れ、深い眠りへと誘われたようだ。
外はすっかり暗くなっている。そういえば、しっかりと書類に目を通し終えたのだったと思い出した。
いくら何でも、あれほどのバケモノはこの世に唯一無二のものだろう。
人間というものは、得体の知れぬ恐怖を味わうとなんでもそこへ結びつけてしまいがちだ。きっとそのテツだろう・・・。
そう思っていると、基地全体にけたたましいサイレンが鳴り響いた。外では何人かが慌てふためき、やがてジープが何台か、滑走路の端へと向かっていく。
「大佐!」
ノックもせず、カノーが入ってきた。
「非常呼集です!」
そう言われてもよくワケがわからず、立ち上がると一気に胃からアルコールを多量に含んだ呼気が湧き上がってきた。
「いったい何事か?」
アジアへ向いているこの基地に警報が鳴るというのは、空襲か戦艦による来襲が考えられた。
「まさか、ソビエトのヤツら・・・」
太平洋の重要拠点となりそうなこの基地を先んじて叩いておこうというのか、と言おうとしたが、ものすごい地響きと、猛獣のようなうなり声にかき消された。
執務室を出ると、ちょうどグレンチコが通りかかった。
「少佐、少佐!」
普段冷静なはずが、珍しく慌てている。どうにか呼び止めた。
「何事なのか?」
「わかりません!何か、巨大なものが・・・」
再び、激しい地響きがウィルソンらを揺らした。今度は、何かが壊れる音がした。聞いたことがある。あれは、6年前のハワイ島、パールハーバーだ。
日本軍の爆撃によって、基地の設備が徹底的に破壊されていくときに耳にした、コンクリートと鉄骨が砕かれていく音に酷似していた。
「空襲なのか!?」
事態が即座に、ウィルソンの問いをかき消した。基地守備隊が、何かに向けて発砲を始めたのだ。あれは、到底航空機などへ向けられたものではない・・・。
ウィルソンは外へ飛び出した。基地守備隊がM1ガランド小銃、そしてジープに搭載されたM2重機関銃を派手に放っている。
一瞬、発射光に照らされた。鋭い爪のように思えた。そう、動物園にいるような、猛獣のそれだ。
その爪は、軽々しく重量物を搭載したジープを弾き飛ばした。空中で回転し、基地格納庫へ落下するジープと、甲高い悲鳴。
別方向からの発砲に反応したように、今度は小銃をかまえた守備隊の一行を文字通り爪弾きにした。人間の身体が玩具のように舞い、基地施設に叩きつけられる。
おぞましい甲高さの咆哮が、基地を揺らす。
「まさか、これが・・・『ゴジラ』?」
カノーがつぶやいた。彼女が発音するその単語は、どうにも我々ネイティブの人間には相容れない発音だ。どう聴いても、『GODZILLA』ではないか・・・。
そんな一瞬の思考は、再度放たれた甲高い咆哮で飛び去った。そもそもコイツ、『GODZILLA』なのだろうか。
かの報告書に記載された、いくつかの難破船から検出された、『GODZILLA』とは異なる細胞片を持つ未知の存在、とやらではないのか。
そう、太平洋上に突如出現し、我が国の船舶を襲いながら北上して日本に現れたあの『GODZILLA』ともさらに異なる、何者かによって襲われた米国通商船・・・。報告書の最後に記載があったものだ。
もしかして、その存在がこうして、アンダーセン基地に上陸したのだとしたら・・・。
目の前が真昼のように明るくなった。目の前のバケモノが格納庫を踏み抜いたのだ。あそこに格納されているのは、たしか戦略爆撃機B29だったはず・・・そんなウィルソンの思考は、自身に叩きつけられた激しい爆風と熱波に止めを刺された。
カリフォルニア州アナハイムにある米軍統合情報部へグアム島の異変が報じられたのは、現地時間で11月1日になったばかりのことだった。
通報を受け、統合情報部の責任者であるローゼンバーグ大佐は、ただちに首都ワシントンDCにある、米国軍統合参謀本部・・・新設されたばかりの五角形の建物にちなみ、ペンタゴンと呼称されている・・・へと事態を通告した。
「以上、事実のみお伝えします」
禿げあがった頭をかきつつ、ローゼンバーグは告げた。
『承知しました。こちらも深夜4時を回ったばかりです。統合参謀本部長と国防長官、そして大統領に報告するまでいま少し時間がかかりそうですが・・・』
担当武官の焦りと困惑が伝わってきた。
『いま一度確認します。グアム・アンダーセン空軍基地は壊滅状態だというのですね?』
「はい。基地機能は崩壊。スピルバーグ少将以下、ウィルソン大佐を始めとした基地首脳及び、要員の大半が犠牲となった模様です。数少ない生存者とともに事態を報告してきたのは、アンダーセン基地所属、エミー・カノー大尉です」
ローゼンバーグは数週間前、熾烈な出世競争の果てに、アルコール中毒を理由に左遷させたかつての同僚のことを思い起こしながら告げる。
『グアム島の様子は?また、基地を壊滅に追い込んだ存在は何なのですか?』
「いずれも詳細不明。ですがカノー大尉の報告によれば、基地はおろか、グアム市街地も方々から火の手が上がっているそうです。そしてそうした事態を引き起こしたのは・・・巨大生物である、と、報告を受けています」
『・・・その巨大生物というのは・・・?』
「それが、『GODZILLA』とは明らかに異なっている、とだけ報告を受けております。カノー大尉によれば、4足歩行で、背中は亀の甲のようなものに覆われ、そこから無数の突起物らしきものが視認できたと。あたかも、古代に存在したとされる恐竜、アンキロサウルスのようだったと・・・」
『・・・して、その巨大生物の行方は?』
「・・・目下、不明です・・・」
『・・・わかりました・・・いま、日本の横須賀からも報告がありました。日本近海にて、チェレンコフ光と思しき青い光が確認され、複数の船舶が巻き込まれた模様、そして・・・東京都内で、暴動が発生しているそうです』
「暴動?かの国において、珍しくないと耳にしてますが?」
『・・・暴徒はみな、東京都内複数の医療機関にて確認されているそうです・・・』
続
もしかしたら、新作に登場するかもしれないとウワサされる存在に焦点を合わせてみました。
この続きはもしかしたら、新作にて描かれるのかもしれませんね。。。