Brave×Beat   作:明石雪路

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黄金の指を持つ女

「う…帰りたい…」

 

 

3月2日。

 

 

後藤ひとりは、とある公園で顔を真っ青にしてベンチに座り込んでいた。

目の前、道路を挟んだ公園の向かいには【炎馬大学一般入試合格発表】と看板が立てられた校門と、4階建ての校舎が見える。

 

それ自体は客観的に見れば至って普通の合格発表会場なのだが、ひとりにとってはあんなに人のいる場所は断頭台にもふさわしい場所だ。なんか目をギラギラさせている頭が栗みたいなデカい人もいるし。

 

 

「ど、どうしよう落ちてたら…」

 

 

高校の定期試験ですら追試を何度も受けてやっと受かるのだ。大学受験なんて何浪すればいいのだろうか?

 

 

不安感で押しつぶされそうだ。一緒に合格発表を見る約束をした喜多郁代はまだ来ない。

 

 

「そうだ…高校入る時だってこんなになったのに、なんでまた私は同じことを…」

 

 

自家生産のストレスで体がウゾウゾと強度を保てなくなっていく。

ゲル化していく脳みそで思い出す。

 

 

 

 

 

遡ること半年前。

 

 

「あの、わ、私、大学に行ってみようかなー、なんて思ってたりして…… 」

 

 

高校3年の秋。恒例にもなった文化祭ライブを終えたあとの打ち上げの伊地知家にて、ひとりはそんなことを言った。

 

 

「ええ! ぼっちちゃんが大学って…高校中退したがってたぼっちちゃんが!」

 

 

アホ毛を跳ねさせながら驚愕したのは結束バンドリーダーにして芳文大学1年の伊地知虹夏である。

 

 

「驚いた。私とニートになるって約束は嘘だったんだね」

 

 

 ヨヨヨとペーパーナプキンで乾いた目元を拭うのはベースの山田リョウだ。現在はバンドマ…無…バンドマンである。

 

「先輩はそんな約束してないでしょ! 確かに驚いたけど、私は応援するわ! 一緒に勉強頑張りましょ!」

 

 

 キターン‪☆と陽気を放ちながら応援するのはひとりと同じ秀華高校3年の喜多郁代だ。現在はバンドにバイトに遊びに受験勉強にハードな生活であるにも関わらず、ハツラツとしている。

 

 

「でも意外だね。ぼっちちゃんはてっきり高校を出たらギターに専念するのかと思ってたよ。」

「何かあったの?」

 

 

「え、えっと」

 

 

 

その瞬間。結束バンドメンバー脳内にこれから到来するかもしれない記憶が流れ込んだ。

 

高校卒業。毎日往復2時間の通学や集団生活を終えた後藤ひとりは全てから解き放たれた。学生という重力から、集団生活というブラックホールから解き放たれ、自由とギターのみを持つ無重力の踊り手となったのだ。

 

 

 しかしひと月ほど経ってから気づく。今のひとりの存在を保証するものが何も無いことに。

 

 

 結束バンドの活動収入はあるものの、ライブハウスやスタジオ、諸経費に飛んでいって手元に残るのはせいぜい《バイトをまあまあ頑張ったフリーター》レベル。

 

 ひとり個人で活動しているヨーチューブアカウント《ギターヒーロー》の広告収入も最近落ちているような気がする。再生数は余り変わらないのだが、再生数あたりの収入が減っている……気がする。

結局一人暮らしも出来ずに実家暮らしだ。

 

 

この生活はいつまで続けることができるのか……。ひとりの人生は真っ暗な宇宙空間のようだ。

 

無重力の踊り手などでは無い。ただのスペースデブリだ。

 

 

「宇宙空間で宇宙服を着ないでいると水分が抜けてミイラになるのです。」

 

 

森〇レオのナレーションとともにひとりは宇宙空間で干からびて崩れていく…。

 

 

「ヒュー…ヒュー…」

 

 

「ぼっちちゃんが乾いていく! 喜多ちゃん!」

「はいっ」

 

 

バシャリと水をぶっかけられ、、乾燥わかめの様なひとりは水分を取り戻した。

 

 

「というわけで、もう少し社会的な存在でいようかな…と」

「社会に出るのが怖いってことね……」

 

脂汗を垂らしながら虹夏は納得した。

非生物的変化を引き起こす謎の生命体にしては人間的な理由だった。

 

「でも良いんじゃないかな? 私も出会いとか経験のために大学に行ってるけど、色々学べて楽しいよ!」

「なんか変な詐欺みたい」

「むっ、じゃあリョウはバンド活動以外何してるのさ」

「寝てるかバイトか草を探してる…」

「本気でお金がない人だ…」

 

 

 卒業と同時に家を追い出されたリョウは、一人暮らしをしながら現在バイトで命をつないでいる。家賃こそ実家から援助されているものの、爪に火を点す生活を強いられているようだ。借金は【閲覧制限】。

 

 

 

「ただいまー。あれ、お前らまだ居たの」

 

 

ガチャリと玄関が開いて帰ってきたのは《スターリー》店長、伊地知星歌である。

 

「お姉ちゃんおかえりー」

「おう、ってなんでぼっちちゃんびしょびしょなの?」

「ひとりちゃん大学行くんですって!」

「え? あの学力で?」

 

 

胡乱げな目つきで放たれたその言葉で、結束バンドメンバーは凍りついた。

 

 

「そうだった! ひとりちゃんの成績って……!」

「そっそうだ、秀華高校にも校内模試あったでしょ? ぼっちちゃん校内偏差値いくつだった?」

 

 

 虹夏に聞かれ、少し躊躇って答えた。

 

 

「えっと、あの……【検閲済み】」

「「「「…………」」」」

 

 

思わず伏せられてしまうほどの返答に全員が顔を伏せた。

 

 

 ひどいな…。さぼっているわけでもなく、しっかり勉強してこれなのだから居たたまれない。

 

 

「や、やっぱりダメですかね……」

「そ、そんなことないよ。探せばぼっちちゃんでも行ける場所があるかも」

「こことか」

 

 

意外にも提案したのはリョウだった。

スマホの画面には《炎馬大学》と書かれている。

 

「どこですか、ここ?」

「募集人数が多すぎて、よく定員割れ起こしてて名前書けば受かるって言われてる。学部がよく分からないものが多すぎて何が専門なのか分からないけど、マイナーなジャンルも学べるからトータルで悪くないって評価。」

 

 

サイトを見てみるとなるほど、キャンパスは広くて見た目も比較的新しい校舎のようである。

在校生の声としてインタビューを受ける坊主頭のアメフト部部員も真面目そうだ。

 

 

「じっ、じゃあここを……」

 

 

その後ひとりは両親に相談し、念の為猛勉強をして入試に望み、そして今。

 

 

 

「デロデロ」

 

 

 

公園のベンチでゲルになっていた。冬晴れの太陽光と乾いた空気によってカサカサと水分が失われていく。水分が無くならないよう、無意識的に日陰のジメジメした場所へ向かうが間に合わない。嗚呼、こうして後藤ひとりは『昔祭りで貰って机にしまってそのままほっといたスライム』のような最期を迎えるのか。

 

 

だが、ここで後藤ひとりに電流走る。

 

 

いつまでもこうして情けない動きをしていていいのか。

もう成人だ。大学生になる瀬戸際なのだ。結束バンドの仲間だっていつも助けてくれる訳では無い。たった合格発表を見るくらい自力でやらなくては……!

 

 

体が再構築され、元のピンクジャージの姿に戻る。

 

 

 そうだ、私はギターヒーロー。ネットでは10万人以上のカリスマギタリストだ…!

 

 

 謎の力に背中を押され、ズンズンと公園を出る。公園を出て左手の信号も青。これはツイているかもしれない。

 

 

 そこで。

 

 

「ヒイイイイイ、遅れるー!」

「え」

 

 

 声の方を向くと、右の方から恐るべき速度でダッシュする青年がいた。

 これまでの人生で運動をほとんどしてこなかったひとりから見てもかなり速いことがわかる。

 気づいたときにはすでにあと数歩というところまで来ており、激突は免れない。

 

 

 

(そういえば、こないだ喜多ちゃんから借りた漫画にもこんなシーンあったかも)

 

 

 青春色が強くて一話しか読めなかったが、登校時に少年少女がぶつかって、あとで教室で再開して…。

 

 

 

(でも私なんかとぶつかったら人生の汚点になっちゃうかも)

 

 

 

 危機的状況でひとりの思考は高速化し、衝撃にそなえて体をこわばらせる。

 

 

 だが青年の動きはひとりの見たことのないものだった。

 

 

 急に歩幅を縮め、ぶつかる寸前の一歩でジグザクに踏み切る。

 

 

 

(あれ? この人の体がブレてる…?)

 

 

 そして、煙のように消える。

 

 

 まるで自分の体をすり抜けたような錯覚にとらわれ、ひとりは思わず尻餅をついた。

 

 

(今の、なんだったんだろう)

 

 

「危なかった…。すみません、あ、あの、大丈夫ですか?」

 

 

 

 後ろから声がして振り向くと、同い年と思しき青年が申し訳なさそうに立っていた。

 目にも止まらぬ速度でひとりをかわした黒髪の青年は、キョドりながら転んだひとりに手を差し伸べた。

 

 

 

 




ケケケ、アメフト部(バンド)にぶち込まれたのもムリヤリで似てんだよあいつらよ
そのくせ音ェあげて辞めたりしねぇで続けてやがるところもな

というわけでこのクロスです。
お読みいただきありがとうございます。
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