結束バンドのライブから2週間後。
朝6時。
セナは眠い目をこすって布団から体を起こすと、モソモソと寝間着を着替えた。
高校時代であればもう家を出て朝練に向かうのだが、今日は設備点検の都合で朝練はなかった。
久々のゆっくりとした朝を迎えると、高校時代の苛烈な練習スケジュールを思い出す。
(やっぱデスマーチってむちゃくちゃだったなー……)
2日徹夜で練習して1日休む。今じゃ有り得ないトレーニング法だ。……まぁあれはひと月で秋大会を勝ち抜く力をみにつける裏技みたいなものだったので、本来はこういうのが普通なのだが。
着替えて身支度を整えてから朝食を家族と囲む。
セナは父・秀馬と母・美生と猫・ピットの4人暮らしである。
朝のニュースをBGMに朝食を食べていると、美生がカチャリと箸を置いた。
「セナ」
「ムグムグ……何、母さん?」
「今年もアメフト部で頑張るそうね」
「う、うん」
「正直、セナがアメフトで全国優勝したり世界大会でアメリカ行ったり、なんならアメフト部でキャプテンまでやってすごいと思ってるわ」
「ありがとう……?」
(な、なんで今そんな話を……?)
セナには、内容よりもタイミングが理解できなかった。
だが、この後なにかヤバいことを言われる。そんなイヤーな気がしていた。
「でもね、大学での出費や部費は別だと思ってるわ」
「!」
やっぱりそういう系だった。セナはビクリと身体を震わせた。
秀馬は何も言わない。美生に賛成しているということだろう。
言われたくはなかったが…セナ自身もただアメフトばかりしていて良い訳ではないことも理解していた。必要経費はもちろん、今後は自分の自由に使えるお金も必要になるだろう。
てか高校時代のお小遣い月500円だし。
「う、うん。わかったよ」
「とりあえず学期初めのお金は出したげるから、前期後半からは自分で出しなさい」
その後セナは朝食を食べ終え、歯を磨いて家を出た。今日は練習があるので帰りが遅くなる。
(今日こそは陸に勝ち越したいな)
先日の練習が思い出される。
ライブの後、セナの心の中の靄はハッキリと晴れ渡っていた。ただひたすらまっすぐに練習するのみ。
迷いが吹っ切れたセナは引き続きアンクルを装備した体幹トレーニングを続け、続け、続け――――――――。
「ハアアアアアッ」
四角ラン。
30週目を超えたところでセナはまたもや陸に捕まった。
「今回も俺の勝ちだな」
「ぜ、全然追いつけない……」
「それでも今の勝敗は6:4くらいだけどな」
酒寄はどぶろくを煽って満足そうに言った。
「ふたりともだいぶ走りが安定してきたな。初めの方は足を滑らせたりしたこともあったが、今はどっちかが転んで終わりなんてことにならなくなってきた。陸の姿勢は特に安定してきた。ロデオドライブの緩急も大きくなってるはずだ」
「ありがとうございます」
「セナも前よりも走りのキレが増して、体のブレが無くなってきてる。だから陸に追いつかれにくくなったろ? いい調子だ」
「あ、ありがとうございます……」
(前よりもよくなってるらしいけど。まだ足りない気がするんだよなあ)
家の門を開け駅に向かう。おもむろにイヤホンを取り出し、右耳だけに付けた。スマホを操作し曲を選ぶ。ライブの後に、入学祝いに買ってもらったパソコンで試行錯誤してCDを落とし込んだのだ。
『ギターと孤独と蒼い惑星』
急に転調する感じと歌詞の荒っぽい感じが好きで最初に聞きたくなってしまう。
ガサついた音質なのがたまにキズだが……って、
(これイヤホンが悪いんだな。良いやつ欲しいなぁ。やっぱりバイトしないと)
心の中でボヤきつつ、セナの足どりは気づけば少し速くなっていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「急だが、君らバイトしてるか?」
練習後、雲水に呼ばれて炎馬ファイヤーズ一年生組が学食に集まっていた。
「僕はまだ……探さなきゃとは思ってますけど」
「俺もまだっス」
「私も」
「俺も一人暮らしの準備が被ったりでまだです」
セナ、モン太、鈴音、陸は異口同義に答えた。
「水町は……」
「ンハッ、すんませんっす、遅れちまいました!」
身長190以上あるディフェンスタックル、水町健吾が食堂の自動ドアに頭をぶつけそうになりながらやってきた。
「遅いぞ」
「自販機当たりチャレンジしてたら夢中になっちゃいまして……はいこれどうぞっす!」
きなこ練乳、いちごおでん、黒豆サイダーとわけのわからないジュースをメンバーの元に並べながら頭を下げる水町。
「ああ、ありがとう。後で払うよ。で、水町はバイトしてるか?」
「全然! おかげで乙姫ちゃんにも心配されちゃって」
乙姫とは水町のいた元巨深ポセイドンのチアガールである。水町は進学した大学が違うのに変えたはずのスマホの連絡先やバイトをしていないことまで把握し、心配してくれる乙姫が不思議だった。
(なんで全部わかんだろ。筧が教えてんのかな?)
「そうか。あまり心配させてやるな。
で、本題だがアメフト部では部費が必要になる。合宿や諸経費にな。額はこのくらい」
提示された紙を見て全員の顔が引きつった。水町は(・3・)な顔してた。
「先輩方もバイトしてるし、俺も一人暮らししながら居酒屋でバイトしている。コータローは喫茶店で……栗田は実家か。
だから君たちも速いうちに見つけた方が良いという話だ。
あと、怪我しそうなのはやめておけ。引っ越しとか配達とか。
以上、解散!」
「なーなー、バイトどうするよ?」
口を3の形にしながら水町が言った。
「オレ私服でもいける緩めのとこがいーな」
と水町。
「そして怪我の心配のない仕事か…」
と陸。
「全員で同じところにしねえ? そうすればシフトとか俺らで融通できるしよ」
とモン太。
「し、知ってる人がいる場所だと嬉しいかなー、なんて」
とセナ。
「けがの心配がなくて一気に何人も募集してて、知り合いがいて、あんまり厳しくない場所……」
鈴音がまとめて、
「「「「「「うーん……」」」」」」
全員が頭を抱えた。
「おおー! これが新《STARRY》!」
ライブから二週間後。結束バンドのメンバーは、改修を終えた新たな《STARRY》に来ていた。
以前と同じような雰囲気でありながらどこか真新しさを醸し出す新スターリーに全員が色めき立つ。
「新築のにおいがする~」
「前のダークな感じが残りつつも清潔感が増してていいですね!」
(暗くて圧迫感のある感じやっぱり安心って、あれ?)
ひとりは実家のような安心感を全身に補給していると、あることに気が付いた。
「な、なんか広くなってますか?」
「本当ね、ドリンク受付も階段から少し遠くなったかしら?」
「虹夏! スタジオがない」
「ええ!?」
ワイワイきゃあきゃあと姦しく騒ぐ結束バンドを、スターリー店長伊地知星歌は腕をプルプル振るわせて眺めていた。
「思惑通りに驚いてくれてうれしいんですねえ」
サプライズされて嬉しい派の店長がする側に回って彼女らを驚かせて喜ぶ様子はほほえましい。
騒ぐ女子大生たちを眺めて嬉しそうにする三十路をPAは優しい目で俯瞰した。
欲しかったリアクションを摂取して満足したのか、星歌がソワソワしながら説明し始めた。
「少し前からライブハウスが満員になることが多かったからな。スタジオをぶち抜いてホールを広くしたんだよ。そのせいで倉庫も少し小さくなったけどな」
「す、スタジオは……?」
「安心しなよぼっちちゃん。このマンションの一階がテナント募集してたからな。そこ借りた。前はカラオケだったらしいしちょうどよかったよ。」
「でも、一気にこんなに大きくしてよかったの? お金とかすごくない?」
虹夏が不安げに尋ねると、星歌は得意げに言った。
「他のバンドもそうだけど……お前らのおかげで儲かってんだよウチは。まあこの改修でだいぶ溜まってた貯蓄は寂しくなったけどな」
「やっぱり」
「でもお前らが有名にしてくれたからここもデカくなったんだぞ。
それでこれからもお前が……お前らがもっとここを有名にしてくれるんだろ?」
試すような。期待するようなまなざしを向けられ、虹夏がキューと胸の奥が熱くなった。
自分の夢が一歩前進した興奮と、ちょっとばかりのこれからのプレッシャーと、姉の期待。
「-----!! うん!!」
虹夏は力強くうなずいた。
「というわけで新たなバイトを募集します」
先ほどまでの胸の熱くな空間はどこへやら、今や今後の経営を考える打合せ室である。
丸テーブルを組み合わせた円卓を結束バンドと星歌、PAで囲って座ると、星歌は司令官のごとく手を組んで議題を発表した。
「今のバイトの人数で足りないんですか?」
郁代が尋ねると、星歌は
「まずドリンク倉庫をマンション一階に移動させたから補充に行く回数が増えちゃったんだよ。
あと単純に来客者数が増えるから今の人員じゃ足りないかもってのもある。あとスタジオの管理も受付と兼ねてたけど、スタジオも一階に移動してそうもいかなくなったし。
あと大山も受験であんまり入れなくなるからな」
大山猫々は、ひとりや郁代の高校の一つ下の後輩である。現在は高校三年生なので受験勉強のためシフトを減らしつつあるのだ。
「じゃあ、一気に後輩が増えるってこと?」
「わっ、私の立ち位置は……」
ウンザリした様子で尋ねたのはリョウで、絶望的な表情なのはひとりである。
どちらも他人に興味がないタイプと鬼人見知りするタイプであるため、初対面には強い抵抗感を示す傾向にあるのだ!
リョウは無理やり働かすので問題ないが、ひとりはほっておくと溶けて排水溝から流れて行ってしまう。
店先で門番させててるときにはぐれスライムみたいになったときはスターリー総出でガソリン用ポンプと片栗粉で集めたものである。
星歌は慌てて
「あ、ぼっちちゃんは心配するなよ? 仕事教えるのは虹夏と郁代がやるし……」
「しれっと私たちに仕事振ってる?」
「ぼっちちゃんは基本一階から補充のドリンク取ってくる……お茶くみ係だから!」
「それは意味合い違ってきませんか!?」
もう4年目のバイトに対してフォローになってない言葉選びをする店長に声を上げる郁代。
それはさておき。
「大山と日向は仲良くなってよかったが、一気に増やして人間関係でトラブルとか嫌だな……できれば仲いい奴らで一気に申し込んでこないかな」
星歌は腕を組んでそんなことを言った。
「あとは男性のスタッフがいると嬉しいですね~。設営とかドリンク運びとか、お客さん同士のトラブルとかにも対応できる……みたいな」
PAも意見を述べる。
虹夏は紙を取り出して、箇条書きにしてみることにした。
「それじゃあ今必要な人材は、すでに仲が良い人たち?」
と虹夏。
「一階と地下をドリンクもって往復ってことは、体力もないとですね」
と郁代。
「変にバンドに興味がありすぎると困る。エレナはともかく、近いヤツが増えたら疲れる」
とリョウ。
「あ、えっと、知ってる人だったらなんとか……」
とひとり。
「「「「うーん……」」」」
全員が頭を抱えた。
次の日。
新たに複数人も後輩が増えるというプレッシャーで眠れなかったひとりは、若干クマを作りながら大学に向かった。
(う、まだだれが何人来るかすらわかってないのにこの緊張……)
(大学始まったばっかで新学期より体が慣れないのに……)
(一気に何人も入ってきたら仕事覚えられて絶対に追い抜かれちゃうよ……何日先輩面出来るかな……)
普段の猫背を負の二次関数になる勢いで曲げながら歩くその姿は、ギターケースのネックが地面に擦れているのも相まって架空の小獣ハナアルキのようである。
ゴトアルキが教室に入ると、血眼になってバイト雑誌を読み漁る集団がいた。教室の扉が開いた音に合わせて一斉にグリンと振り向く。
目の周りにクマを作って探す彼らは閻魔の指示で何らかの儀式を行うサバトのようである。
朝からサバトを囲む謎のパンダたちと対峙した姿勢のおかしな謎の化け物はお互いを認識し、
「ヒイイイイイイ」
「ギャアアアアア」
お互いに半天狗みたいな悲鳴を上げた。
「「な、なるほど。バイトを探していると」」
セナとひとりはお互いの情報を聞いて理解し、
炎馬ファイヤーズ一年坊たちは面接を受けることとなった。
「あ、あれ? なんかデジャブが……」
お読みいただきありがとうございました。
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