今年もよろしくお願いします。
「か、歌詞が思いつきませんでしたぁぁぁぁ……!」
バイト前、スターリーにて結束バンドの新曲打ち合わせが行われていたのだが、ひとりは開幕一番べそ掻きながら土下座していた。
「あの、本当に申し訳ありませんでした……! せっかく集まってもらったのに、歌詞が何にも思い浮かびませんでした……!エッエッ、先々週あんなに皆さんに期待させたのに! 皆さんは今日を楽しみにしてくれたのに! バイト早出までしてくれたのに! 今日ヒット曲誕生のお祝いの準備までしてもらったのに! あの、ほんッ…とうにすみませんでした……!」
えづきながらチョイチョイ調子のいいことを言いつつひとりはおでこで地面を擦る。
「大丈夫だよぼっちちゃん?! そんなに気にしなくても待つし、相談にも乗るし、お祝いの準備なんてしてないから!」
「まあ、ひとりちゃん先週あんなに『今の最強の私ならちょちょいのちょいですよ! 次の曲はビリオンセラー確定です!』まで言ってましたからね……」
「ここまでやられてるのは結構面白い」
リョウだけはスマホのカメラでばっちり撮影している。
「でも、先週リョウに見せたんじゃないの?」
「ひどかったから書き直してっていった。2週間前のバイトおわりの時点でそれを言って、『すぐ直しちゃいますよ!』っていってロインでさっきの自信満々のセリフをグループに送って、今これ」
「なるほど……」
虹夏はそういうと、土下座をするひとりのもとに膝をついた。ひとりの頭を撫でながら、
「ぼっちちゃん。歌詞が出来てないからって、私たちはぼっちちゃんを責めたりしないよ?」
「そうよひとりちゃん! 結束バンドは家族なんだから、悩みやスランプには一緒に悩みましょう?」
郁代も同じようにひとりの頭を撫でる。
「……うん。困ったら、頼るのがバンドでしょ」
リョウも手を置いた。
結束バンドの優しさに触れ、ひとりは顔を上げた。
これが、これこそが結束バンドの結束力なのだ
「あ、ありがとうございます……!」
「とりあえずさ、今のやつ見せてよ! それで皆で意見出して纏めていこう!」
「は、はい」
ひとりは、鞄から一冊のノートを取り出した。虹夏を真ん中に郁代とリョウが並んで覗き込む。
「歌詞ノート」と表紙に書かれたノートをめくる。そこにはこれまで書いてきた詩がいくつも記されていた。これまでの結束バンドの詩の歴史がそこにあった。
一番新しいページをめくる。
『生きる意味』
「いきなりパンチ強いの来た!」
随分と哲学的なタイトルに虹夏は気圧されてしまった。
『天上天下唯我独尊
私が宇宙のど真ん中
わからないことしかわからねえ
だけどそれでいいんだソクラテス
向かってくるならレボリューション
それこそがロックだぜ』
(((ダッッッッッッッッッッッッッッセェ!!!!!!!)))
「ぼっちちゃん、一般教養科目で倫理取った?」
「な、なんでわかるんですか?!」
「歌詞が直接的すぎるよ……」
初めて世界史を学んだ中学生のラノベみたいなセンスである。
浅い知識で触れた感じが痛々しい。
ほかにも書きかけの歌詞があったので目を通してみた。
書けてはいる。しかしどれもいつものぼっち節は感じ取れなかった。
一通り目を通してから、郁代が口を開いた。
「ひとりちゃん、もしかして今に不満がないの?」
「喜多ちゃんどういうこと?」
「前にひとりちゃんが言ってたんです。今の不満や悩みをテーマに書いてるって。でも今の歌詞って最近知ったことやうれしかったことをそのまま書いてるだけというか……なんて言えばいいかわからないんですけど」
「た、確かに今の生活に不満ないかも……!」
大学で居場所がないことなんてないし、授業も助け合ってなんとか追いついている。バイトも前ほど生理的嫌悪感は無くなったし、ギターヒーローの活動も特に恙ない。なによりバンド活動はCDも出て、ライブも高評価でいい調子だし……。不満なんてないなと思う。むしろかつてないほどの幸せ、人生の夏休みを楽しんでいるといっていい。
不満なんてなくて幸せになった。だからこそ、これまでの歌詞が書けなくなってしまったのか。
「『
「なにかっこつけてるのさ」
括弧つけたリョウのセリフに虹夏は白っとした目つきを送る。
「それじゃあ、いつもの鬱々としたひとりちゃんになればいいってことですか?」
(いつも……?)
自分はそこまでネガティブだっただろうか。しれっと自分がどう見られているかばらされてひとりは小ダメを受けた。
「じゃあ、特定の状況でネガティブな人に聞いてみようか?」
虹夏はスマホを取り出すと、ある人物に電話をかけた。
「え~、スランプ~?」
片手に鬼ころ、片手にバキバキスマホ、薄汚い格好で現れたのは我らがアル中廣井きくりだった。
なぜ電話したときに着メロが店の外から聞こえたのかは誰も追及しなかった。この女がタカリに来るのはよくある話である。
「ぼっちちゃんが幸せになったことでこれまでみたいな歌詞が思いつかないみたいで」
「え~、幸せ~? もうお酒飲めるっけ~?」
「いえ、
「ってことは単純に大学生活が楽しいってこと~?」
「そ、そうかもしれません」
「そっか……」
廣井はそう言って、深いため息を吐いた。
「いいなあ……。私高校も大学も楽しいって思ったことないしな……。志麻に会えたのはよかったし一緒にいるのは楽しかったけど、それ以外はずっとボッチだったし……。あ~……卒論提出ひと月前にテーマ変更しろとか言われたときとか死ぬかと思ったな~……」
「あ、そろそろ大丈夫です」
陰鬱スパイラルが始まりそうだったので虹夏は片手で制止。廣井はチクショウと叫んで鬼ころを煽った。
閑話休題
「将来への不満とかでネガティブさをアップさせるとか? 私いつでも将来に不安持って、過去のやらかしで絶望してるけど」
「こんな感じですか」
リョウはスマホを取り出した。虹夏や郁代も続く。
・日本の将来を憂うタイプのドキュメンタリー番組
・文化祭ライブでダイブしたときの映像
・めっちゃウェイ系の曲のPV
・買うだけ買ったはいいけどまだ封も切ってない過去のmy new gear投稿
・ゴトキン&オオツキン動画再生リスト
「あ」
あらゆる角度からのコンプレックスの刺激を受けまくるひとり。
だが、突如として郁代の脳裏に過去の映像がフラッシュバックした。思い出すは高1の夏、ひとりの家に言った時のこと。
「あっ!」
「どうしたの喜多ちゃん!」
「こんなに一気にストレスを与えたら、ひとりちゃんストレスの過剰生産で死んじゃうかも!」
「! 確かに!」
そう、虹夏と郁代は一度体験している。後藤ひとりの領域展開を。
気づいたときには遅かった。
急激なストレスに耐えきれなくなったひとりの体は胞子となってスターリー中に溶け出していた。
「全員マスクつけて!」
「ハンカチでも大丈夫です! 早く!」
経験済みの虹夏と郁代は慣れた手つきで口と鼻を押さえ、リョウと廣井に注意を呼び掛ける。
だが、手遅れだった。
周囲の光度はさがり、薄暗くなる。
酸素濃度は低下し、呼吸が難しくなる。
湿度が加速度的に上昇し、指先がべたつき始める。
溶け出す胞子は特定のカビの性質を持つ。光速を超えて、ハンカチの繊維を貫通して全員の肺を侵していく。粘膜から体内に吸収されたぼっちの胞子は脳の一部、扁桃体や前頭前野に強烈に作用し混沌よりもマイナスの思考を生み出してゆく。
結束バンドの3人は干からびて水分を9割失い、粘土の高いネチョネチョとした後藤ひとりだったものの周りに倒れこんだ。
「いつも明るさだけで乗り越えようとしてすみません……」
「ギター上手くならなくてごめんなさい……かわいすぎてごめんなさい……」
「いつもお金借りてすみません……美人すぎてごめんなさい……」
多少図々しさを出しつつも恐ろしいほどのネガティブに陥る結束バンド。先ほどの美しい友情と結束力を見せたメンツが嘘のようだ。
皆ひとりと同じになる。心なしか全員の髪色が白くなっていた。
「あれ、みんなどうしたの~?」
否、廣井一人だけ無事だった。彼女は普段からマイナス思考が生まれてはアルコールで飛ばす生活を繰り返しているためマイナス思考に慣れており、ひとりの胞子が聞かないのである。(ついでに取り込みすぎたアルコールが殺菌効果を及ぼしているのも理由だったりする)
ウソップにネガティブホロウが効かないようなものだ。
何なら今の不快感に満ち満ちた室内環境も廣井のアパートと似たような感じなのでこの領域も廣井には効かなかったりする。
「霊に憑りつかれたウチのアパートの下の部屋の人みたいだなあ。こういう時は……塩か~?」
廣井は千鳥足でドリンクカウンターに向かうと、味の素をもって戻ってきた。パッパッと軽く数回結束バンドにかけてみる。
幸いなことに数分で正気に戻った。
「えー、気を取り直しまして。どうやってぼっちちゃんのスランプから脱出させるかという話ですが……」
「ほっとけばいいんじゃないかな?」
虹夏が改めて問題を提示したが、あっさりと解を出したのは廣井だった。
「別に今度のライブで出す分の新曲は出来てて、だいぶ先に発表する予定の奴なんでしょ? 今急いで書いてもらっても仕方ないんじゃない? 作詞も作曲もインスピレーション待ちなところあるしさ」
「そうかもしれません」
作曲担当であるリョウが賛同した。実際、虹夏のスケジュール管理もあって多少作詞作曲が遅れても余裕がある。マネージャーである司馬からも特に催促の連絡はない。
ひとりは、
「も、もう少し……考えてみます」
「ひとりちゃん、私にできることがあったら何でも言ってね!」
「あ、ありがとう喜多ちゃん」
手を強く握ってくれる郁代の強く握ってくれる手が心強い。
ひとり自身も、〈書けはするのにアウトプットされた歌詞が自分の感性にしっくりこない〉状態は自分でどうにかするしかないと感じていた。
その日は『もう少し待つ』ということでお開きになった。
バイト中、郁代と虹夏で清掃を行っていると、郁代はうつ向きがちに言葉を漏らした。
「私、何ができるかしら」
「まあまあ、喜多ちゃんも思いつめなくても大丈夫だよ。予定ならまだ余裕あるし、なんなら4人で考えちゃうのもありだしさ!」
「そうなんですけど……。こういうの初めてじゃないですか」
「こういうの?」
「毎日が楽しすぎて歌詞が上手く書けないなんて今までなかったじゃないですか。それってつまり、これまでの私といた高校生活とかではいつも不満とかあって、今の……私のいない大学行ってる時の方がストレスを感じないほど幸せだったんだなって」
「喜多ちゃん、それは違うよ」
虹夏のその言葉は普段の会話のテンションとは違い、重みのあるものだった。
「『大学に行き始めてから楽しい』と、『喜多ちゃんといた高校生活がつらかった』はイコールじゃない。『喜多ちゃんと一緒の大学に行き始めてから楽しい』もあったかもしれないし、単純に『高校生活が辛かった』だってあるかもしれないんだから」
「そう……ですね。そうかもしれません。考えすぎだったかも!」
郁代は笑って両手でグッと力こぶを作る。郁代らしい、かわいらしいジェスチャーだ。
しかし、虹夏はその動きがどこか寒々しく見えた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「何がダメなんだろう」
次の日、ひとりは大学に向かう道で何十回目かわからない自問自答を繰り返していた。
正直、自分がここ最近で変わった気なんてしないため原因が全く思いつかなかった。だというのに自分で紡ぐ歌詞が自分らしくないのだから気味が悪い。
最近は今の生活が楽しかっただけに、バンドのことが出来なくなっている自分が恥ずかしかった。
教室に入り後ろの方で席を探すと、丁度ひとりが好む窓際のあたりに鈴音がいた。
「ひとりちゃん。おはよー」
「あっ、鈴音ちゃん、おはようございます」
「いつも早いときは真ん中あたりに座るけどさ、ひとりちゃんは後ろの方座ると思って……後ろ居たら当たったね」
太陽のような笑顔。ひとりは危うく浄化されるところだった。
(やっぱり優しいなあ)
〈下北沢の大天使〉伊地知虹夏に並ぶ、〈炎馬の聖人〉瀧鈴音かもしれない。ニヘラと笑って隣に座る。
「あれ、小早川くんと雷門くんは」
「二人は朝練出てるから、ギリギリになるって」
「は、はあ」
「ってひとりちゃん、二人のこと苗字で呼んでるの? 二人とも名前で呼んでも気にしないと思うよ」
「そ、そうですかね」
軽口を交わしながらひとりは手提げからノートとレジュメを取り出した。
「あれ、ひとりちゃんそれって」
「え? あっ」
ひとりが取り出したのは、講義用のノートではなく昨日からずっとにらめっこしていた歌詞ノートだった。
「それってもしかしてひとりちゃんが作詞するのに使ってるやつ?」
「そ、そうです。まっ、まあ、駄文しか載ってないですけどね、へへっ……」
「またネガティブになってる……。もしかして、歌詞で怒られたの? あの人たちがそういうので怒るとか想像できないけど……」
「そ、そんなことないです!」
若干声を裏返りながらも、ひとりは鈴音の推察を否定した。鈴音が彼らのことを悪く言うわけではないが、誤解をされてほしくないと変に強く思ってしまったからだ。
「虹夏ちゃんもリョウさんも気を遣ってくれてるし、喜多ちゃんも力になってくれるって言ってくれたし……。喧嘩してるとかじゃ、ないです。むしろ心配してくれて……。
なのに今の私、全然歌詞が思いつかなくて……皆の足を引っ張るだけのお荷物で……」
「そ、そんなことないんじゃない? たまたま今歌詞が思いつかないだけで……。何かの拍子で思いつくとかあるかもしれないよ」
鈴音は音楽に詳しくないながらも、必死なひとりに言葉をかけた。
鈴音に気を遣わせてしまい、ひとりは申し訳なくなった。そしてミジンコ以下の自分にそこまで気を遣ってくれる鈴音や結束バンドのメンバーのことが不思議に思ってしまった。
「あっ、そっ、そうかもしれないですけど……。あの、鈴音ちゃんも……なんで皆そこまで私に心配してくれるんでしょう?」
ひとりの疑問に、鈴音は少し考えたところで始業のチャイムが鳴った。
ドタバタとあわただしくなる教室の入り口と、教室中に鳴り響くチャイムで言葉が通りにくくなる。鈴音は口元に手を当てて、ひとりの顔に顔を近づけていった。
「きっと、結束バンドの人たちはひとりちゃんが好きなんだよ。勿論私もひとりちゃんのことが好きだし。それに何より私、頑張ってる人を見ると応援したくなっちゃうんだよね」
ライバル達に向かっていくセナを見るたび、ぶつかり合いながらボールをキャッチするモン太を見るたび、戦い続ける彼らを見るたび、そして一心不乱に音楽に取り組むひとりを見るたび。喉がつぶれても応援したくなるのは鈴音にとってどうしようもないことなのだ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
その日の授業がすべて終わり、ひとりは一人大学を歩いていた。
(みんなも心配してくれてる……。なんかうれしいな)
バンド活動を始めるまでこうなるなんて想像もできなかった。小中学生に比べて圧倒的に一日の会話の量が増えているし、連絡先もずいぶん増えた。もし虹夏に見つけてもらえなかったらきっと、まだあの公園のベンチでひとりで座っていたことだろう。そして、大学に行きたいとも思わなかったはずだ。
珍しく元気があふれ、頑張りたい気分になった。
(今日はバイトもスタ練もないし、図書館に籠ってみよう! 何か本読んだらインスピレーションが浮かぶかも!)
ひとりは意気込んで大学の図書館に向かい、
「学生証忘れた……」
図書館は学生証がないと利用できないのを忘れていた。
一応忘れたことを申し出てインスタントの入場券を貰えば入れるが……コミュ障には無理な話だった。
(近くのベンチで考えてみるか……)
やる気を出した瞬間に出鼻をくじかれるほど萎えるものはない。敷地内の適当なベンチに腰を落ち着け、ノートを見返す。
別に書きたいテーマがないわけではない。書き溜めたメモはまだまだある。ただ、前よりもそれらに対して不満な気持ちが乗らないのは確かだった。
(どうしようかな……)
作詞に集中しようとして、
「あっ、学生証忘れた……」
自分と似た情けない声が聞こえた。
セナはその日の授業はすべて終わり、大学内を一人歩いていた。モン太も鈴音もバイトや用事で、練習もグラウンドの設備の点検で急遽なくなってしまった。
(陸に勝つためにどうするか。図書館で教本とか見て調べてみよう! 何かわかるかも!)
セナは意気込んで大学の図書館に向かっていた。そして、
「学生証忘れた……」
図書館は学生証がないと利用できないのを忘れていた。
一応忘れたことを受付に申し出てインスタントの入場券を貰えば入れるが……ビビりには無理な話だった。
(近くのベンチで考えてみるか……)
やる気を出した瞬間に出鼻をくじかれるほど萎えるものはない。適当にベンチに行こうとして、
「あ、後藤さん」
「ど、どうも……」
似たような境遇のひとりに会った。
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