Brave×Beat   作:明石雪路

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ダッシュ(―)は四コマの切り替わりとかイメージしてます。
伝わらない? そうねぇ……


一生続けるために

 

「え~と……」

「ど、どうも……」

「あ、後藤さんも図書館に?」

「そっ、そうです。学生証忘れて入れなかったんですけど」

「僕も忘れちゃって……。まだ慣れないよね、こういうの」

「そっ、そうですね」

 

 

 コミュ障とビビりのまるで盛り上がらない会話が続き、気まずい空気が生まれ始める。

 

 

 

 セナは頭を掻きながら時間を圧縮して脳みそをフル回転させ、どうにかこの空気を打開する話題を模索した。

 そこでセナは、ひとりの手元にある歌詞ノートを見つけた。

 

 そういえばライブ後に購入したCDの歌詞カードや、オーチューブのMVのキャプションにも『作詞:後藤ひとり』と書いてあった。

 

 

 

「それって歌詞の……」

「あ、これはその、図書館で書こうと思って」

「そういえば、後藤さんって結束バンドの作詞してるんだっけ」

「はっ、はい……」

「か、歌詞書けるのってすごいね……」

「ありがとうございます……」

 

 

(会話が続かない……。にしても大人しい後藤さんがあんなカッコいい歌詞を書いてあんなカッコいい演奏をするって、正直意外だな~……)

 

 

 現在、セナから見たひとりの印象は『人見知りで調子に乗りやすいけどギターを持つとカッコいい人』だった。

 

 

(普段とのギャップがすごいというか……。いやでも正体明かしたあとの僕も似たようなこと言われてたか……)

 

 

 セナがアイシールドを外して小早川セナとしてデビューしたときも、世間の持っていたイメージと正体への印象はだいぶ乖離していた。まさか〈精悍な求道者〉が〈しょぼい〉に代わるとは……。

 

 

 それはさておきセナのひとりへの印象は『普段は人見知り』という大人しいと言う評価であり、セナ自身もトークスキルが高いわけでもないので、現在の様にセナとひとりの会話が死ぬほど盛り上がらないのは特に驚くような話ではなかった(基本的に4人で話すときは鈴音かモン太が話題を回しているため)。

 

 

 驚く話ではないのだが……今目の前でベンチに座るひとりはどうにも普段より元気がないように見えた。

 ここ最近のひとりと比較すると随分と落ち込んでいるように見える。入学当初のようだ。なんならさきほど凄いと褒めたのにリアクションが薄かったので、それ以上かもしれない。

 

 ふとセナはこの間の改修前のバイトのことを思い出した。

 

(前は僕の話聞いてもらったし、今度は僕が聞いてみようかな……)

 

 

「もしかして、後藤さんって今なにか悩みとかあるの?」

「な、なんでわかるんですか?!」

「なんでって言われても……な、なんとなく……?」

 

 ひとりはバックンと心臓を大きく振るわせて驚いた。

 いきなり図星を突かれてしまった。

 

 

(な、なんで私の考えてることがわかるの?! そういえば虹夏ちゃんや喜多ちゃんにもたまに心読まれるし、もしかして私ってわかりやすかったりするの?!)

 

 その通りである。

 

(それともセナ君アメフトやってるし、何か一本打ち込んできた人は心を読めるのかな……)

 

 

 ギターに6年近く打ち込んできたひとりはそんなことを考えて観念した。

 

(でもスランプのことを言っても困らせちゃうだけだろうし、ぼかして話そう……)

 

専門外の相談を受けた時の申し訳なさを痛いほどわかっている。ひとりは必死に言葉を選び、言った。

 

「えっと……今まで学校であった嫌なこととか将来への不満があったんですけど、今そういう不安が無くなっちゃったんです。

やっとバンド活動でも上手くいかないんじゃないかみたいな、嫌なこと考えたりしなくなったのに……」

 

 

「ん?」

 

セナは首を傾げた。なんだかイマイチ飲み込めない。

 

(これが悩み?)

 

セナはひとりの独白を黙って聞き、少しばかり考えて、

 

「それは……今の後藤さんって……自信がついたってことなんじゃないかな……?」

 

『悩みも将来への不安がない』というひとりにセナはそんな感想を述べた。

それを聞いて信じられないような顔をしたのはひとりである。良いわけがない。歌詞が思いつかないのだ。

 

「バンドの将来への不安がないっていうのも、今の結束バンドの人達とならきっと上手くいくって自信がついてるって事だと思うし」

「でも、不満がないんですよ?」

「? うん……? 」

「ストレスも全然たまらないし……」

「……?」

 

ひとりがスランプの部分を隠すためにおかしなやり取りが発生していた。

 

(え、悩みなんだよね? 不満もストレスもないのはいいことなんじゃ……)

 

セナは会話の不条理さに頭がクラクラしてきた。キャパを超えたセナの顔は生物学的常識を超えて顔のパーツが歪み始める。

 

「あっ顔が!」

 

ひとりは初めて人の顔が非生物的に歪む瞬間を目撃した。極めて生命に対する恐怖を覚えた。

 

(こ、こんなのを毎日見ていたら精神が崩壊してしまうに決まってる!)

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

なんとか顔のパーツが整ったセナは、ようやっとひとりのスランプについて聞くことが出来た。

 

「歌詞が思いつかないってことだったんだ、気を使わせてごめん……」

「いえ………」

(どうしよう、やっぱりなんて言えばいいか分からないや)

「えー……と」

 

なんと言葉をかけたら良いものかとセナは必死に頭を回していたが、ひとりはそれどころではなかった。

 

「せ、成長して自信がついたからって、歌詞が書けなくなったんじゃ意味ないんじゃ……」

 

しゃがれた震える声で呟くひとりに、セナは思わず声を荒らげた。

 

「そんなことないよ! ……ってそれで詩が書けないって困ってるのにそんなこと言えないか、ごめん……」

「い、いえ……」

 

 セナは自分が思ったより声が出たことに驚き、そして軽率なことだったと謝罪した。

それでも、成長していくことを否定してほしくなくて続けていった。

 

 

「僕はそういう、作詞みたいなことしたことないからわからないけど……自分が前より上手くなったのに届かなくて、どうやっても勝てないというか……上手くいかないんじゃないかって気持ちはわかるよ。実際にそう思ったことはあるし……」

 

 

 思い出されるのは二年前のアメリカ戦。パンサーことパトリック・スペンサーをはじめとした五芒星との試合。

 パンサーとの全てをぶつけた一騎打ちに負けた時、セナは初めて絶対に勝てないんじゃないかと敗北感を味わった。

 

 

「に、日本一になったのに?」

「うん。世界大会でも、アメリカに留学した時なんか何度も思ったよ」

 

(世界怖すぎる……)

 

 

「そ、その時はどうやって立ち直ったんですか……?」

「立ち直ったというか……結局超えられないかもしれないと思った。今でも思ってる。それでも、挑んで戦い続けたい思ったんだ、何度も。一生」

「戦い続ける……」

「うん。アメフトが好きだから。……ってバンドで戦うってなんだって話だよね?! ごごごごめんなんか偉そうに語っちゃって……」

「そっそんな……! こっ、こっちこそ急に私の話して時間取っちゃってすみません……!」

 

 お互いにペコペコと頭を下げて謝りあう二人。どうやら根っこは変わっていないようだった。

さらにセナは自分の失言に気づく。

 

(っていうか僕の言い分じゃ『ひたすら書くしかないでしょ』って言ってるみたいなもんじゃん! ヒィィィ我ながら人の心無さすぎる!)

「いや、とにかく書けって言ってる訳じゃなくて、ええとその……!」

 

光速の4秒2で目を泳がせながら言葉を探す。

 

しかしどうやら、ひとりの反応はセナの想像とは違っていた。

 

「い、いや……今の話で少しわかったかもしれないです……」

「えっあっ、そ、そう? そ、それなら良かったけど……」

「戦い続ける……戦い続ける……」

「戦闘狂?!」

 

 

変な火の付け方をしているかもしれない。

 

「わ、私もう行きます! あの、話聞いてくれてありがとうございました、セナ君……」

「いやいやそんな! 役に立ったかわかんないし、前にバイトの時に聞いてくれたしお礼っていうか……って、ん?」

「げっほ!!」

 

 セナはある違和感に気づき、ひとりも気づいて思わず咳き込んだ。

 

(しまった、さっき鈴音ちゃんと話したからつい下の名前で呼んじゃった! 断り入れてないのに馴れ馴れしかったかも!)

 

 

 

「えっと、その……」

「もしかして、鈴音から聞いたの?」

「はい?」

「さっき鈴音が言ってたんだよ。『ひとりちゃんと知り合って1ヶ月経つのに二人のこと苗字で呼んでる、もっと仲良くしてほしい』って」

「鈴音ちゃんが……」

「こんなこと畏まって言うことでもないかもだけど……別に下の名前でも大丈夫だよ。というかこれまで会った人はみんなセナって呼ぶし……たまに街中でも知らない人に呼ばれるし……」

「個人情報……!」

 

諦めたように呟くセナに情報化社会の恐怖の片鱗を見たひとりは戦慄した。

 ヒル魔の策略によって知名度は段違いのセナ。流石にひとりはそのレベルの知名度に憧れることはできなかった。知ってる人から呼ばれる時すら怖いのに、街中で急に呼ばれるのはヤバすぎる。

だが一方で

 

(ちょっと憧れるかも……)

 

ひとりの中で承認欲求モンスターが静かに鼓動していた。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「それじゃあまたね、後藤さん」

「ま、また明日、セナ君」

 

次はすんなり言えた。さっきよりも少ししっくり来た。

 

 

 その後、別れたひとりは駅に向かって歩いていた。

 

(今まで不満や不安で書いてた。でも成長して自信がついたからそれらが無くなって書けなくなった……)

 

言葉にしてみると酷いなと思う。しかし、不思議と気持ちは落ち込んでいなかった。

 

日本一になったセナだって勝てないと思っても諦めないのだ。未確認ライオットで2度も勝てなかった自分は万倍頑張らないと優勝にたどり着けない。

 

 

(思いつくけど歌詞が弱い……。なら、いっぱい書こう。私が満足するまで、皆が納得いくまで! 有名になって、結束バンドでずっとバンドやるために!)

 

一生結束バンドで奏で続けるために!

 

 気持ちが高ぶり、ひとりは駆けだした。早く帰って作詞に取り掛かりたい。腹の底から込み上げるエネルギーのようなものがひとりを突き動かす。そして本能の赴くままに走り……

 

 

「ヒーッ、ヒーッ、ヒーッ……………オエッ」

 

 慣れない有酸素運動をしたことによって横隔膜などの筋肉が痙攣、脇腹が死ぬほど痛み、呼吸が乱れに乱れまくった。腹の底から昼ごはんが込み上げるかと思った。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

その夜、ひとりは一心不乱にノートに歌詞を書き込んだ。

書き溜めておいた不満リストを薄目で見ながら思いついた詩を書き記していく。

 

 

ふとピコンとスマホが鳴った。見ると、《大槻さん》とある。

虹夏から話を聞いたのだろう、アドバイスがヅラヅラと記されている。

 

(大槻さんも心配してくれてるんだ……)

 

初めて会った時は怖い人だと思ったが、実際はバンドにストイックでひたすらに真面目で優しい人だと最近わかってきた。(それでも少しは怖いが)

 

「ありがとうございます、頑張ります……と、これでよし」

 

送信ボタンを押そうとして、

 

「……少し置いてから返信しよう……」

 

さらにスマホが鳴る。送り主は郁代だった。

 

『あんまり一人で背負い込まないでね! 気分転換でもなんでも、私いくらでも付き合うから!』

(色んな人が私の事心配してくれるんだ……嬉しいな)

 

きっと気持ちに応えたいと思う。ひとりはその夜ずっと歌詞を書き続けた。心の底から満足するような歌詞は書けなかったが、数を書いたおかげか我ながら上手いと言える言葉選びがいくつか出来た。

胸中の炎は燃え盛っていた。

 

 

大槻へのロインは朝になってから返した。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

時は少し戻り、セナとひとりが別れたあと。

セナはユニフォームをロッカーに置いて帰ろうと思い、部室に向かった。

 

中に入ると、ボールやらユニフォームがぐちゃぐちゃに散らかる部室の奥で雲水がひとりパソコンをいじっていた。

 

部室については、先日までは頑張って雲水が片付けていたのだが、何度言っても片付かないので諦めた結果こうなった。

ぐちゃぐちゃの部室を見た時、雲水が『神龍寺のあいつら話聞いてる方だったんだな……』と呟いたのをセナは妙に覚えていた。

 

 

「雲水さん」

「セナか。どうした?」

「ユニフォーム置いて帰ろうかと思って。雲水さんは?」

「ああ、今週末の練習試合の相手のデータを確認していた」

「確か次って……」

 

 

「ああ、集英ドクターフィッシズだ。前シーズンに1部リーグに上り詰めた、捲土重来のドクターフィッシュ。全く、やりにくい相手だよ」

 

 

 

同時刻、集英医大アメフト部部室。

 

 

「きっと今年の関東大学アメフトの注目は、炎馬と王城だろうね……」

 

集英ドクターフィッシズクォーターバック、高見伊知郎はメガネを拭きながらため息混じりに言った。

運動部部室にあるまじき綺麗に整った部室の窓際の椅子に腰掛けてノートパソコンを見る。そこには『超解! 熊袋リコの大学アメフト紹介』とある。全国各地のアメフトチームが注目選手をピックアップしつつ分かりやすく丁寧に解説されている。

別の窓には昨シーズンの試合映像が映っている。栗田に守られながらパスを投げる雲水や、阿含のリードブロックを受けて走るヒル魔の姿がある。

 

「お疲れ様です、高見さん」

 

部室のドアが開き、1人の青年が入ってきた。

 

「雪光か。今日のトレーニングは長かったね」

「ええ、久しぶりに昔の仲間に会えますから。少し気合いが入ってしまって」

 

雪光と呼ばれた青年は、防具を外しながら照れくさそうに言った。

 

かつてセナやモン太たちと同じユニフォームを着ていた彼の名は雪光学。彼は昔、頭髪が少し心配な痩身の男だった。しかし今の彼の体つきは1年前のそれではない。細身であることに変わりは無いが、全体的に筋肉がつき、がっしりとした印象を与える。1年間基礎トレーニングと体づくりに専念した結果だった。

 

 

「気合十分で何よりだ。それじゃあ胸を借りるつもりで……」

 

高見はメガネを押し上げて、言う。

 

「僕らが次の頂点になるってことを見せてやろうじゃないか」




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