あと、この作品の略称は友人からの提案でブレビになるかもしれません。
だから何だっちゅう話ですが。
スターリーでの打ち合わせの次の日。
「よしよし、こないだの新曲はまだ伸びてるな~」
芳文大学、学食にて。
二限が始まるまでの空き時間で、伊地知虹夏はSNS等で結束バンドのMVの反応をチェックしていた。ここ最近は日に何度も見てしまう。感想が増えるたびにふへへと変な笑みがでる。
いい調子だ。物販もライブの度に確実に売れているし緩やかだが、確実に成長している。虹夏は今の活動に確かな手ごたえを感じていた。しかし。
「ぼっちちゃんスランプか〜」
目下の悩みは作詞である後藤ひとりのスランプだった。
それによるスケジュールの遅れなどはないが……甘く見ていると長引き、取り返しのつかないことになる。
「なんとか力になりたいけどな〜、急かすみたいになるしな〜」
「もどかしいのはわかるけど、暫くは待つべき。ぼっちを信じよう」
「そうだね……って、なんでリョウはここにいるの?」
当たり前の様に隣の席にすわる結束バンドのベース、山田リョウに虹夏は軽くツッコんだ。
置かれたトレイには質素な食事が並んでいる。
「朝学生セット食べに来た」
「もう私より食べてない?」
芳文大学の学食、朝学生セットは100円でご飯ともやしみそ汁、小さい焼き魚に野菜が少しのセットである。あまりの質素さから苦学生くらいしか食べない限界飯なのだが、リョウは週5で食べている。なんなら休みの日も来ている。
「今日のトッピングは高菜マヨマシマシ」
「リョウそれいつか塩分過多で死んじゃうよ……」
若さにかまけた不健康男メシをうまそうに食らうリョウはとても医者の娘とは思えない。
「たくあんとか高菜とかのトッピングもおかわりし放題だし、しばらくはここのご飯のお世話になるかも。
ガシャガシャ ぐァつぐァつぐァつ」
と美味そうに飯を食らうリョウに虹夏は少し言いよどんで言った。
「そのメニュー、リョウはもう食べられないよ」
瞬間、リョウの時間は止まった。思わず箸を落とし、乾いた音が響く。
変だな。世界の音がしない。
「な、なんで」
「ウチの学生限定になったから」
「そういえば食券見せたとき食堂のおばちゃんに歪んだ愛想笑いされた……」
心当たりはあった。まさかそんな理由があったとは……!
「そ、それじゃあ私は何を食べれば」
「他のメニュー食べればいいじゃん」
「ほかのは高いから無理」
芳文大は朝食以外は大衆食堂と同じか少し安いレベルなので、リョウにとってはそれすら致命傷なのだ。
口元に手を当てて思案。
「安バーガーとカップ麺で凌ぐしかないか……」
「やめろ!」
いよいよ終わってる献立を提案し始めたリョウに虹夏は声を荒らげた。というかそこで雑草を選ばなくなってきたあたり舌が肥え始めている。虹夏はため息をついて、
「仕方ないなぁ……週1くらいならご飯作ってあげるから。ウチ来なよ」
「虹夏様……!」
リョウは真面目に涙が出るかと思った。本当にこのドラム好きすぎる。
是非ともおうちでも食べたい。
「ちなみにテイクアウト出来ますか?」
「調子乗んなっ」
デコピンで返されてしまった。
「冗談だよ」
「本当かな……」
「はいこれお礼、先払い」
リョウはカバンからソレを取り出すとスス、と虹夏の前に置いた。
「これは?」
「○ごとバナナ。」
「自分で食べなよ?!」
至極真っ当な正論パンチである。
リョウはそんなツッコミを無視して茶化した態度で〇ごとバナナを献上する。
妙にへりくだった態度に怪しみながらリョウに胡乱げな視線を向ける。
「こんなことしたって給料増えないけど」
「まあまあ、お礼ですから」
「というか少し前からリョウってば私にちょいちょいお菓子とかジュースくれるよね。なんで?」
「それは、」
リョウは言い淀んだ。無理もない。これは贖罪だからである。
虹夏に恋慕しているモン太に色々と非公式虹夏グッズを売りさばいてきたリョウは、モン太のチョロさがだんだんと可哀想になってきていた。というか最初に結束バンドを言い値で買った時点でもう涙ちょちょぎれるかと思った。
というわけでリョウはモン太から巻き上げた金を『グッズが売れた』だの何だの言ってバンドや虹夏に還元しているのである。(ちなみに普通の物販にある虹夏メインのグッズはすべて購入済み)
(モン太は『物を渡して虹夏さんの気を引こうなんて男らしくねぇや』とか言うし)
客観的にみたらスパチャみたいなものだろうか。
問題は虹夏の胃は満たされるものの、虹夏からモン太への評価は特に上がらないということくらいか。
「と……匿名の虹夏のファンからだよ」
「へ〜え? 紫のバラの人みたいな?」
「む、紫のバナナの人」
「フェイバナナ*1?!」
「まあ、くれるっていうなら貰うけどさ~」
おいしそうに〈〇ごとバナナ〉をモグモグ食べる虹夏にハイチーズ。
この写真をどうするかは言うまでもない。
ダラダラと話している二人のもとに、女性が一人近寄ってきた。
「伊地知さん、おはよう」
いつものツインテールではなく髪を下ろし、眼鏡をかけたその女性は大槻ヨヨコだった。
「あ、大槻さん、おはよー」
「おっす」
「どうも……って山田さんウチの学生じゃないのに毎日入り浸ってるわね………」
あきれた様子でリョウの隣の席に座る。
「そういえば、こないだのライブはありがとう。会場も盛り上がっていたし、下北のロックバンドファンが新宿に来てくれるのも私たちにとって新規開拓になったわ」
「いやいやこちらこそ! うちのライブとライブの間が空かなくて助かったし、シデロスやシクハックのファンが私たちのことを知ってもらえるいい機会になったよ」
「! そ、そうかしら、それならよかったわ! なんならまた一緒にやってもいいけどね!」
「うん! その時はよろしくね」
「つ、次は対バンでお互いの曲をアレンジとか……」
ぼそぼそと次のライブの提案をする大槻を見て、虹夏はハタと気が付いて質問を投げかけた。
「大槻さんってシデロスの曲の作詞作曲してるんだよね? スランプとかなったことある?」
「え、は、え、スランプ?」
急に話題転換された大槻はオホンと咳払いをして、
「まあ、思いつかない時とか作ったのがしっくりこない時とかはあるけど……。何、山田さんか後藤さんがそうなの?」
「ぼっちちゃんがね、――――――――」
「ふーん……」
虹夏の昨日の話を聞き、大槻は腕を組んで思案する。
「友達が出来て大学が楽しくてストレスがないらしい」
「! っふ、ふーん」
リョウからの衝撃的な発言を受け、大槻の眼鏡にヒビが入った。
(羨ましい……!)
入学前からロイングループで初手マウントという最悪のムーブをぶちかまして以来微妙な立ち位置の大槻は、大学生活は虹夏と虹夏の大学での友達だよりという薄氷を渡るような生活を送っていた。
その代わりに大学での人間関係に左右されずにバンドに打ち込めるという最高の環境(精一杯のフォロー)を手に入れたのだが……。
(こういっちゃなんだけどてっきり後藤さんもこうなるかと思ってた!)
随分な思われようだが、ひとりもセナ達に会わなかったら似たような感じになっていたかもしれないのであながち間違ってなかったりする。
大槻は頭を振って邪念を払ってから思考を切り替えた。
「まあ、作詞におけるスランプって
①自分の中にあるものが上手くアウトプットできないか、
②何も思いつかないか、
③何を書きたいかはっきりしてないかってところかしら?
もしくは、
④今まで作ってきたものとは違う作風というか、タイプの違うものを書いているか。今までのものが出来ないというより、これまでと違うものを作っている、みたいな……。極端な話、カレーじゃなくてハンバーグ作ってたら、美味しさは別としてこれまでと違うってなるでしょ?」
①〜③は料理が下手か、材料がないか、材料はあるけどメニューが決まってないと言ったところか。
意外とはっきりと提示された理由は虹夏にとって思いもつかないものだった。
「なるほど~。ぼっちちゃんはどれだろ? ①?」
「別ににこれだけってわけでもないし、ただ私がたまにあるのはこんな感じって話ね」
「リョウも前にスランプなったけど、この中に理由ある?」
「私は自分で自信なくしてただけだから、また違う。出来たものに自分で満足できてなかっただけだから」
「まあ理由は何であれ解決するときって意外とすぐよ。歩いてるときとかお風呂入ってるときとか。姐さんの言う通り待つのもありなんじゃないかしら」
「まあそうなんだけどさ~。どっかの誰かさんみたいにバイトとか学校に急に来なくなったら困るから」
「(˘ ɜ˘)~~~♪」
からかうような口調でリョウの方を見るが、当の彼女はどこ吹く風だ。
「そうだ! 大槻さん、ぼっちちゃんに何かアドバイスとかして貰えないかな? 私が言うよりも、同じギタリストで作詞家の大槻さんの方が説得力あるかも!」
「私が……。アドバイス〜? めんどくさいわね〜!」
虹夏の発言をかみしめてから、急に超ご機嫌になって腕を組んで体をくねらせる大槻。
「忙しいから、時間が出来たらね~?」
大槻は鞄を引っ掴んで踊りだしそうなステップでその場を後にした。
去っていく大槻に手を振った後、虹夏はリョウの方に身を乗り出した。
「大槻さん優しいなあ……。にしても、リョウはあんまり心配してないの?」
「別にぼっちはプレッシャーで書けなくなってるわけじゃないし。むしろ最初に渡すときに自信作って言ってくるくらいだったから。心配はしてない。前書いてきた歌詞もこれまでのぼっちらしさはなかったし正直微妙だったけど、それはそれとして味はあったし表現力は上がってたから」
「④番?」
「さあ。それ以外かもしれないけど。今は信じて待つよ」
「ハムッ、ハフハフ、ハフッ!! 」とリョウは箸をもって再びご飯を掻っ込んだ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
(アドバイス……)
ノートを広げて講義を聴く間、大槻はうつろな目で虚空を眺めていた。
(アドバイス……)
スタ練のために電車で移動する間、ロインの『後藤さん』のトークルームを開いて指を泳がせていた。
スタジオに着くと、長谷川あくびがいた。どうやら2人は遅れてくるようだ。先に入って2人で軽く合わせてみることにした。
(アドバイス……)
「ヨヨコさん、大丈夫っスか?」
「だ、大丈夫よ! なんで?!」
「マキタのドリル持ってるから……」
様子のおかしいヨヨコにドラムス、あくびが声をかける。
無理もない。大槻が無意識に選んだのはまさかの〈Mr.Big〉の光速のギタリスト、ポール・ギルバートが生み出した電動ドリル奏法であった。
あくびにツッコまれ、大槻は正気に戻った。
「はあ、おっじさんがスランプ……」
「安請け合いしたはいいけど、なんて送ろうかしら……キュイイン変に上から目線で言うと鬱陶しいだろうし。キュイイイン端的に送った方が良いかしらキュイイ」
「話入ってこないんで手持無沙汰でドリル回さないでくださいっす」
(自分のバンドのことじゃないのに、ヨヨコ先輩は真面目っすね)
「まあ、こうするといいみたいなことをさらっと言えばいいんじゃないっすか? 長いと目が滑るし」
あくびが試しに文章を打つ。
『お疲れ様!
歌詞の件、虹夏ちゃんから聞いたよ!
行き詰ったときは音楽とは全く別のものに触れてみるといいよ!
映画みたり散歩したり、意外と関係ないものに触れてみると解決したりするから!
何かあったら連絡してね、何でも相談のるから!』
「まあこういうのってロインひとつで解決しようとするんじゃなくて、事情知ってて心配してることと、相談受け付けてることが伝わればいいんすよ。あとはやり取りしていけばいいんじゃないすか?」
「ありがとう、あくび……!」
やはり持つべきは頼れる後輩である。一緒のバンドで本当に良かった。
「すみませ~ん、遅れちゃいました~」
「お疲れ様で~す」
遅れると連絡していた楓子と幽々がやってきた。
「全然大丈夫よ! それじゃあ、さっそく練習始めましょうか!」
悩みがスパリと解決した大槻は満開の笑顔でギターを構えた。
その夜。
大槻は8時ごろ帰宅した。大学から一人暮らしを始めた大槻は、1LDKの主なのだ。
冷ご飯と作り置きのおかずをレンジで温める間に豆腐の味噌汁を手際よく作っていく。
モソモソと一人で夕飯を食べながら大槻は先ほど送り損ねたロインの文面を見て、少し気になる点に気が付いた。
あくびが考えた文も悪くないのだが……。
(少し文面が冷たいかしら?)
(せっかくだし絵文字を使って……)
(な、名前で呼んじゃおうかしら)
『ひとりチャン、コンバンワ!
元気してたカナ❓ ワタクシはスタ練でクタクタです( ;∀;)
虹夏チャンから歌詞のコト聞いたよ〜❕
上手く書けなくて行き詰まっちゃうと辛いよネ(*_*;ワタクシも毎日ノートとにらめっこする毎日デス^^;
気分転換には映画や読書みたいに音楽から1度離れてみるのもアリ。
思いつく歌詞があるなら、ひたすら書き出すのも悪くない。
どちらにせよ、あんまり思い詰めなくても意外とあっさり脱却できるから。
今度ひとりチャンと一緒に練習したいナ〜♥️ナンチャッテ(^o^)』
「まぁこんなものかしら」
なかなか上手く丸い雰囲気の内容に落とし込めたかもしれない。
手応えを感じてロインを送る。
その夜、大槻は返事を待ち続けた。
タヒチを始めとする南太平洋諸島で食べられている品種。
上向きに実をつけ、端を切ると紫がかった汁が出てくる。
お読みいただきありがとうございました。
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承認欲求モンスターの糧になります。
またこれまで感想やここすき、お気に入りしてくださった方々、ありがとうございます!
めちゃ嬉しいです、何度も見返してニヤニヤしてます!
ペースが上がらないのは筆が遅いからですね、申し訳ない……。
次回もよろしくお願いします!
P.S.
オオツキンのスランプの理由には個人差があります。あんまり気にしないでください。
あとハーメルンだと絵文字使えないですね。これだと原案の3割ってところでしょうか。