「完全に抜かれた……」
「青柳、一度抜かれただけだ。切り替えろ。炎馬のキックオフは休んで次の攻撃に備えるんだ」
高見は汗をびっしょりとかいて歯を食いしばる青柳の肩を叩いた。
青柳は防御の要だ。ここで倒れてもらうわけにいかない。
(これが、進を破った走り……!)
クリスマスボウルで超人的なステップを魅せたセナがさらに進化するとは。今年の大会で相まみえる前に確認できたのは僥倖かもしれない。
「いや……俺がいないとセナが来てしまうでしょう。出ます」
雪光と三人で考案した防御の技、『エースステーション』は今のところ青柳しか使えない。彼がいなくなればセナが完全に開放されてしまう。
だが、青柳は目の前の敵とは別に考慮しなくてならない問題があった。
それは絶対にバレてはならない。青柳は深呼吸してグラウンドにでた。
その姿を、雲水はジッと見ていた。
「コータロー」
「ん、なんだよ雲水?」
「狙ってほしい場所がある」
フィッシズの攻撃。
炎馬の精度100パーセントキッカー、佐々木コータローのキックで試合開始。
ボールは整った軌道を描きながらフィッシズの中央辺りにセットしていた青柳の元に落ちた。青柳はすかさずキャッチ。
本来のキックは出来るだけ相手のコートの奥まで蹴りこむ。ボールが止まった場所から攻撃が始まるのだから、敵陣奥まで押し込むのは当然のことだ。
そうなるとこのキックは定石とは反対、かなり不利なキックだ。
しかし、
「……! やってくれたな雲水!」
青柳は悪態をつき、ボールを抱えて駆けだした。
そのスピードはなんだか、その、
「あれ、思ったより青柳先輩遅くねっスか……?」
モン太の言う通り、セナや陸を取り押さえられる選手にしては足が遅い。40ヤードを5秒切っているのかも怪しいところだった。
モン太、セナの二人がかりで押さえつけ、青柳が地面に転がる。
集英ドクターフィッシズ、自陣40ヤードの地点から攻撃開始。
まずまずの位置だが、高見にとってはかなり厳しい状況になったと言わざるを得なかった。
「SET! HUT!」
高見がボールを受け取り、レシーバーの位置を確認する。
(大丈夫だ。魚群が破られたわけじゃない。雪光たちが敵陣に切り込むのを待って……!)
だが、壁をぶち破ってセナが光速の
「!!」
青柳が高見とセナの間に割り込んでブロックに入るも、セナはステップと腕で躱していくデビルバットブーストで抜いてしまった。
鈍足の高見では躱しきれない。
すかさずボールを投げ捨ててパス失敗。
「青柳、大丈夫か?」
「ゼェ、ゼェ……少し不味いかもしれません……」
――――――――――――――――――――――――――
「あの
観客席でヒル魔はドローンを巧みに操作しながら無糖ガムを膨らませた。
「もしかしてだけど、青柳くん……」
「ああ、体力が限界なんだろ。つーか足か。
これまでの試合を見た感じそもそもあの糞ロン毛は特段足が速いわけじゃねえ。プレジャンプで無理やり一瞬だけ糞チビ並みに加速してるだけだ。そりゃあ何度もやりゃあ脚はダメになんな」
「神龍寺戦のセナみたいことね……」
思い出されるは三年前の秋大会、神龍寺戦でのセナの足だ。当時のセナは常時40ヤード走4秒2が出せなかったため、阿含とサシでは限界速度を出し続け、足が潰れかけたのだ。
当時の雲水はセナの足の状態を見抜き、セナに負荷がかかるよう対策しずらいドラゴンフライで攻め続けた。今回も足に限界が見え始めた青柳にボールを回すことでリターン距離を稼がせないようにしたのだ。
恐るべきは青柳の脚を見抜いた雲水と、その位置に的確に落とすコータローのキック力か。
「糞ロン毛をランニングバックに構えさせてたのは、高見の後ろで糞チビと糞銀髪に睨み聞かせて電撃突撃を予防するためだろ。あの走力じゃランで攻めるのは得策じゃねえみたいだな。足のある奴は魚群のレシーバーに回してんのもあんだろうが……つーか後ろで控えさせてランで攻めなかったのも休ませるためか?
フィッシズの種は全部割れて、糞チビは新ワザ覚えてボルテージも上がってやがる。こっから捲んのは厳しいな」
結局フィッシズはほとんど進めずに攻撃権を返した。
――――――――――――――――――――――――――
すでに流れがあった。
フィッシズの攻撃ターンではセナがひたすらデビルバットブーストにて高見に突っ込み続け、パスの距離が委縮する。
対して炎馬の攻撃は青柳の脚の限界によってラン対策が大幅ダウン。その穴をセナが全力で走り抜ける。
セナの走る様をベンチから見ていた陸は、体を起き上がらせて目を見開いた。
タオルが落ち、鼻血が足元に垂れる。慌てて郁代が陸を諫めるも、陸は気が付いていないかのように走るセナから目を離さない。
「ちょ、ちょっと甲斐谷くん、鼻血が……」
「……ずっと、触れもしない速さことが最強の武器だと思ってた。まさかセナ、
自分では想像もしなかった速さの極致。蒙を啓かれた興奮と、自分ではそこに至れなかった悔しさが陸の中を渦巻いていく。
どうして思いもよらなかったのか。あれなら最適解のデイライトは無限に広がっていくはずだ。
「ちくしょう、俺も、あそこまで……!」
「甲斐谷くん……?」
チームメイトが活躍する姿を見て悔しそうな陸を、郁代は不思議そうに見ていた。
――――――――――――――――――――――――――
炎馬の攻撃。ゴールラインまで30ヤード地点。
パスが選択され、モン太が全力でフィールドを上がる。
対して雪光が徹底マークで併走する。
本当はフィッシズのセイフティと二人でモン太をマークする作戦だったが、セナがブロックに来たことでモン太と雪光の一対一になっていた。
(まだだ。まだ負けちゃいない。ここでインターセプトすればまだ間に合う!)
雲水の手からボールが放たれてモン太の元へ。
「今度こそ勝つっスよ、雪さん!!」
モン太は振り返る力もすべて使ってハイジャンプ。両手を頭上に上げてキャッチの構えを取る。
デビルバックファイア!
長年ボールを追い続けてきた、背面でボールを追うという経験則によって編み出されたモン太の必殺技だ。
モン太は頭上でボールを掴み、即座に体に隠そうとして……腹の辺りに雪光の手があった。
「な、雪さんの手が……! ボールをしまい込む場所にあらかじめ!?」
「モン太くんはこうやって、競り勝ってきたでしょ……?」
神龍寺の一休、白秋の如月、帝黒の鷹。彼らとの戦いでネックになったのはキャッチの瞬間だけでなく、キャッチの後で、ずっとベンチで見てきた雪光はこの瞬間しかモン太に勝てないと踏んでいた。
(モン太くんと同時に取り合って勝てると思えない。僕じゃ、この瞬間しか狙えない!)
ベンチから見てきた雪光の、モン太へのたった一つの策。
「それでも! 負けねええええ!!!!」
モン太はボールを掴むと、腕を使い、背中を丸め、足を畳んでボールをしまった。まるで全身が手になったかのように、全霊でボールを掴む。
モン太が確保したボールとモン太の体に雪光の右腕が挟まる形でキャッチされた。
執念によってホールドされたボールを雪光は掻きだそうとして……
「取れない、これがモン太くんのキャッチ……!」
まるで融着して一体となったかのようにボールがモン太から引き剥がせない。大きな手でガッチリと掴み、腕もつかってホールドして体を丸め込まれては奪う隙なんてどこにもない。
腕を引き抜くこともできないまま、ボールを確保したモン太はエンドゾーンで着地、タッチダウン。
やっと戦ったモン太と雪光の一対一。制したのはモン太だった。
炎馬ファイヤーズ 21対13 集英ドクターフィッシズ
――――――――――――――――――――――――――
試合は続き終盤も終盤、最終クォーター残り3分。炎馬優勢の状態で炎馬の攻撃の番になった。だが、ここで時間稼ぎに入る道理なんてなかった。
「まだだ。ここでさらに追加点を取る」
「お? 雲水にしては珍しいじゃん」
練習試合でもガンガンに攻めるというのは雲水らしくない。コータローが茶化すと、
「今、いい感じに『入ってる』からな。ここは思い切りやってもらおう」
雲水が目を遣ったほうを見ると、グラウンドをじっと見ながらブツブツ呟くセナの姿があった。
「さっきはタックルを食らった……。フェイントが効いてない? そうか、空けてる腕でどっちに抜けるかバレちゃうんだ。なら直前まで両手でボールを持って、ギリギリまで腕を開かないようにしてみよう。あとは押して加速するときの脚も少しぎこちなかった。右でも左でもタイミングよく踏み込めるようにして……」
「……!」
「モン太! セナ!」
「ハイっス!」
「はっ、ハイ!」
突然雲水に呼ばれた二人。
「二人に任せるぞ」
――――――――――――――――――――――――――
「青柳! 脚はどうだ」
「はい! 少し休んだので結構動けると思います」
ベンチから青柳が防具を付けて戻ってきた。先のフィッシズの攻撃で青柳を控えさせていたのが功を奏したようだ。
「まだだ、タッチダウン一回、キック一回で追いつける!」
フィッシズのキッカーのキックで試合再開。
楕円形のボールは大きな弧を描き、炎馬の陣地に落ちる。その先には、
「モン太!」
10年以上ボールを追い続けた経験則によって軌道を見極めたモン太がいた。
そしてその横にはセナがいる。
「雲水先輩の言う通り、後ろの方に構えて良かったぜ!」
「『ボールキャリアーを確実に捉えられる青柳が追いつけるようにできるだけ奥に蹴りこむ』。読みが当たってたね……!」
ボールの動きをある程度見極められるモン太にキャッチを任せ、セナに後を追わせる。
それによってモン太が確実にキャッチしたあと、セナに渡して爆走ランを仕掛けられる!!
モン太から手渡しでボールを受け取り、セナは足元を爆発させた。
(見える、ゴールまでの最適解が……!)
行き先を示すデイライト。今まで培ってきたステップに加え、新しくコツを掴んだデビルバットブーストによって今ではゴールが恒星のごとく光を放っている。
新境地を見出したセナはブーストによる加速を経てフィールドをねじ伏せる。
(1、2、3 4!!)
掴んだリズム感でステップは一定を保ち続ける。
(5、6、7!!)
敵と接触しても、鍛えた体幹で姿勢は乱れない。
(8、9、10、11!!)
誰にも止められない!!
「タッチダウーーーーン!!!!!」
「まさか、オンサイドキックを制してからそのままタッチダウンを決めるなんて……!」
高見はしゃがれた声でつぶやいた。
――――――――――――――――――――――――――
「ケーケケケケケケ!!!!」
今の瞬く間のプレーを一切目を離さずに見ていたヒル魔は、ゲラゲラと笑い始めた。
「フツー、ボールを奪ってあの姿勢からリードブロッカー無しで11人抜きタッチダウンなんてありえねーだろ!!」
「ヒル魔くん楽しそうだね」
涙が出るほど笑う隣人に、まもりは目を細めて言った。
「たりめーだろ! あんなプレーできるヤツ最京にだっていねーぞ! 大和か阿含でギリだろ!
つーか糞マネ、テメーも手ェ震えてんじゃねえか」
指摘されて手元を見ると、確かに自分の手は春先だというのに震えていた。
「敵チームのセナがあんなに凄くなったんだし、武者震いもするよ」
「やっぱ生半可な敵じゃねえ。今日の情報徹底的に洗って、あらゆるトリックプレーでブチ潰す!」
ヒル魔は立ち上がって先ほど脅してきたドローン操縦手の元へ向かった。
――――――――――――――――――――――――――
「ねえねえ、今の見た!?」
「見た。一瞬でバーッて」
「ね! あんなにズバーッて走れるんだね! シャッシャ躱して! すごかったー!!」
観客席で、虹夏とリョウは声を上げて興奮していた。ルールは何となくしか知らなくても、今のが超スーパープレーなのがわかる。
普段ローテンションのリョウが音楽以外のことでテンションが上がっているのも珍しい光景だった。
「ぼっちちゃんも見た? セナ君すごかったね」
「は、はい……! えっとその、あの、はい……!」
ひとりは腕を胸の前でぐるぐる回しながらいっぱい言いたいことがあるのになにも言葉が出てこなかった。
試合を見て、そして今の走りをみて超新星の爆発のごとく言葉が生まれたのに。
そのとき、ひとりの脳髄を閃光が貫いた。
(そうだ、今まで思いつきそうで出なかった新曲の歌詞、これだ!!)
「あっ、あっ」
スマホを取り出して思いついたことを書きだそうとして……ちょうどバッテリーが切れた。
(そういえば昨日充電し忘れてた……!)
「に、虹夏ちゃん、歌詞が、歌詞が思いついたのに……」
「えっ、ここでスランプ脱却!? とりあえず私のスマホで」
「い、急がないと……!」
わあわあと結束バンドの面々は色めき立っていた。
――――――――――――――――――――――――――
28対13。 試合は、炎馬の勝利となった。
「ありがとうございました、高見さん」
「ああ。僕たちの完敗だ」
高見は悔しそうに、だが満足げに言った。
「雪光を軸にした魚群が通用することも、青柳が通用することも、体力がネックだということもわかってよかったよ。勝ったらもっとよかったけどね」
「ええ、我々も新しい可能性や課題が見つけられた、いい試合ができたと思います」
「はじめてモン太くんとキャッチ勝負が出来て良かった。ずっと戦ってみたかったから」
「そうなんすか?」
「ベンチからずっと見てきた、理想のレシーバーだからね」
「なんか照れるっスね……」
「キャッチ勝負じゃ勝てないって切開バンプを編み出したけど、やっぱりキャッチも勝てないと。次は負けない」
「セナにも陸にも、勝てたと思ったんだがな……結局セナには抜かれて、陸も完全には止められなかったままだ」
「そ、そんなことないですよ! ブーストが思いつかなかったら抜けなかったし」
「俺も、加速のタイミングとか……走りの課題を再確認できたのは青柳さんのおかげです」
試合によって自分たちの実力を理解し、長所や短所を見極めて次の試合に臨む。炎馬ファイヤーズと集英ドクターフィッシズは互いに互いを理解して、次の試合への準備を進めていくのだった。
何はともあれ……炎馬ファイヤーズ、まずは一勝!
――――――――――――――――――――――――――
「どう、書けそう?」
「な、なんとか」
試合が終わった後も、ひとりは虹夏のスマホでポチポチと歌詞を綴っていた。だが速くタッチすることに慣れていないのか、誤字脱字が多い。ひとりは上手くアウトプットできないことに焦っていた。
そこで。
河川敷グラウンドの近くで、唐突にダダダダダダダ!!!! と連続して発砲音が聞こえた。うっすらと『ファー―ック!!』と下品な叫び声も聞こえる。
「え!? 何今の音!」
「発砲音! このあたりで抗争が……!」
「……」
「リョウは何テンション上がってんの! ぼっちちゃん全然気にしてないのは流石に緊張感持ってよ……」
二人のずれた感覚に呆れている頃。
すぐ近くでまもりのスマホが鳴った。
「もしもしヒル魔くん? もしかして今の……え、録画が取れてない? 脅した人たちがドローン落っことしたって……うん、うちのドローンと私たちの場所から録画してた分でなんとか……うん、うん。バズーカはダメだよ!? わかった、今あるデータはクラウド上げとくから」
ため息をつきながら三脚で立ててあるスマホを見てから、まもりは息をのんだ。
「あ、容量不足で後半が取れてない……!」
寄りにもよってセナのデビルバットブーストの辺りや最後の11人抜きが撮れていない。最悪だ。
同時刻。
「あ、虹夏ちゃん……消しちゃった文字ってどうやって戻せますか……!?」
見ると、うっかり何行も選択した後に消してしまったらしい。
「えっ! スマホじゃ無理だよ、何とか思い出せない?」
「す、すぐに書き出せばなんとか……」
「どうしよう、ほかに定点で撮影した映像があればいいんだけど」
「どうしよう、何か紙とかあればいいんだけど」
そして。
「姉崎さん、レポート用紙くれてありがとう!」
「どういたしまして。こちらこそ映像データくれてありがとう」
上手いこと噛み合った結束バンドとまもりは、お互いに交換することで危機的状況を切り抜けた。
パソコンに映像データをコピーしているのを待ちながら、一心不乱にレポート用紙に書き込むひとりを見てまもりが尋ねた。
「その、後藤さんは何を書いているの?」
「……」
集中して聞こえないひとりに代わって虹夏が答えた。
「私達結束バンドってバンドやってて、ぼっちちゃんは作詞なんですよ」
「バンドで作詞!? すごいね、じゃあライブやったりするの?」
「小さい箱ならたまに単独ライブしたりしてます」
リョウもドヤ顔でぶちかましていく。
「おおー! ってなんで敬語? 同い年だよね?」
「あ、確かに……」
「あー……」
なんとなく虹夏とリョウははまもりに対して敬語で話していたことに気が付いた。
どちらも19歳なのだが……自分らのほうが幼い気がする。作画の違いだろうか?
なんというか
取り繕うように咳払いして話を逸らす。
「ゴホン、姉崎さんはアメフトのファンとかなの?」
「ううん、いや違うってこともないけど……最京大のアメフト部のマネージャーで、今日は偵察に来たの」
「最京大……って関西から!? わざわざ見に来るなんて、炎馬大ってそんなに凄いんだ……」
「うん、セナもモン太君も……元々チームメイトだったからね。どんなに強くなってるのかなって」
落ち着いていて大人っぽい印象のまもりは、一層凛とした様子で言った。
バインダーを纏めながら試合の記録を纏めていると、
「え、じゃあさっき一緒にいたあの人は彼氏さんとか?」
メキャリとバインダーが真っ二つに割れた。
「ち・が・い・ま・す!!」
「でもさっき金髪のカッコいい人が」
「ただの部活のチームメイトで……」
「「なんか楽しそうな話!?」」
いったいどうやって聞きつけたのか、グラウンド脇でグリンと首を回して目をキラキラと輝かせながら鈴音と郁代が振り向いた。
目はかわいらしいほどにキラキラしているのに首関節だけがフクロウもかくやというほど異常に回っている。怖い。
河川敷の道なき急勾配を踏破しながら走ってくる。怖い。
近づいた鈴音はまもりを見つけると声を上げた。
「あっ! まも姉!! 久しぶり!!」
「え、じゃあさっきから聞こえる銃声は……」
「ヒル魔くんが来てるってこと!?」
まもりに気が付いてなんか勝手に気まずそうにするモン太と、先ほどからの銃声を聞いてヒル魔の姿を察知して戦々恐々するセナや雪光。
雲水と高見はわかり切っていたかのようにため息を吐いた。
「おい、糞マネ! 帰るぞ!!」
例の悪魔の司令塔の声が聞こえて全員が振り向くと……
アメリカの汎用装甲車、M20装甲車(ヒル魔カスタム、デビルバットのアイコン付き)が飛び出してきた。整地速度90キロだが、ヒル魔の違法改造によって高速道路でも安心の速度を出せるモンスターエンジンである。
その場の全員が茫然とする中、ヒル魔は宣戦布告した。
「じゃーな、糞坊主ども! 今年も甲子園ボウルは最京大が制覇すんぞ!」
雲水や高見は好戦的ににらみつける。
そう言ってヒル魔は全員を見た後、セナを見た。
勝ち上がってきやがれ。
実際にヒル魔が言ったわけではないのだろう。だが、セナはそう言っている気がした。
「絶対に勝ちあがります。それで、ヒル魔さんに勝つんだ――――――――」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「新曲の『シューティングスター』、いい曲だと思います」
結束バンドのマネージャー、司馬は渡された歌詞とCDを聞いて総評した。
「いろんな小惑星にぶつかりながらも彼方の恒星をめがけて進み続ける流れ星。素晴らしいと思います。どこか切なさを感じるこれまでの曲とは違い、明確に希望を持たせる内容になっているのは珍しいですね」
「ぼっちにしては明るい歌詞だったから、アップテンポにしてみた」
リョウは自信ありげにサムズアップ。声色もどこか明るい様子である。
ひとりが書き上げた歌詞は結束バンドメンバーからも、知り合いからも好評だった。
だからか案の定ひとりは身の丈に合わない高級ジャージを着ているものの、服に着られている。服の高級感で1人の解像度がガラケーのカメラレベルまで下がっている。ぼやッとしているのだ。
それはともかく。
「無責任に上手くいくようなことは言わないけど、せめてうまくいくように祈るっていうのはぼっちちゃんらしいよね!」
「ひとりちゃん、これは何かもとになった体験とかあるの?」
「新宿から小田急線の乗り換えるときの気持ち……ですかね……」
(試合の最後のセナ君の走りが最終的な決定打なのは黙っておこう……)
郁代の先日の反応を見るに余計なことを言われかねない。それにたたき台のネタは間違ってないのだし。
なにはともあれ、ひとりの「これまでのネガティブ観と大学入学から芽生え始めたポジティブ観が混ざり合ったあたらしいひとり節」は、少なくとも身内の間では好評を得ることが出来たのだった。
連休明け。
ひとりは大学に向かっていた。校門をくぐり講義の行われる教室に向かうも、誰も彼もひとりに話しかけなかった。
そうして歩いていると、曲がり角でセナに会った。
「あ、後藤さん。おはよう」
「あ、セナ君、お、おはようございます」
「なんか久しぶりだね、授業とか」
「9日くらい休みだったからですかね……」
ぽつぽつと益体のない話を断続的に続けながら一緒に教室に向かう。
あれだけ試合で凄い走りを見せたというのに、今のセナからそう言った覇気は感じられなかった。
まるで流れ星のようだ。刹那の間に焼き付いて、あっという間に見えなくなる。
ひとりは、そういうのもカッコいいなと思っていた。
承認欲求モンスターたるひとりは正直呼吸をするようにチヤホヤされたいという気持ちは確かにある。
でも、普段は特になんとも思われなくても、試合……ライブの間だけは、ギターだけは、結束バンドの皆と一緒に眩く煌めく星みたいになりたい。
それもきっとひとりがカッコいいと思うスターの姿の一つだ。
目の前の青年がひとりのことを「普段はおとなしいけどライブの時は雷鳴かき鳴らすカッコイイギタリスト」として尊敬していることにも気が付かずに、ひとりはそんなことを考えた。
後藤ひとりが、連休明けの課題が今日までと知るまであと30秒。
小早川セナが、連休明けのテストが今日あると知るまであと42秒。
2人が、鈴音から課題提出とテストが今日どちらもあると知るまであと53秒。
何も知らないモン太が絶叫するまであと56秒。
後藤ひとりが、正真正銘結束バンドのギタリストに成るまで、あと――――――――。
小早川セナが、ヒル魔妖一と甲子園ボウルで相まみえるまで、あと――――――――。
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