「あ〜……腹減った……」
連休明けて最初のバイトの日。モップをかけながらモン太はぐったりと呟いた。
「なんだか珍しいわね。モン太くんがここまでお腹すかせてるなんて」
「モン太のやつ、課題忘れにテストでやらかしたせいで課題追加されたんだ。昼飯返上で何とか乗り切ったんだってさ」
機材のチェックをしながら首を傾げる郁代に、陸が説明した。2人は、先日の試合での鼻血の看病から少し話すようになっていた。
「あれ? モン太くんお腹すいてるの?」
モン太の顔を覗き込んだのはモン太のひとつ上のバイト先の先輩である、伊地知虹夏だ。
想い人の思わぬ物理的急接近にモン太は心臓を不自然なほどバクンと鳴らし、顔を真っ赤にして後ずさった。
「にっ、虹夏さん!? はっ、そっ、そんな感じっス……!?」
(かっ、可ッッッッッッッッッッッッッッッッッッ愛!!!)
(うわ、なんかいい匂いする!)
思考がぶっ飛んモン太を他所に、虹夏は「それならねぇ……」と言いながらリュックの中から保冷バックを取りだした。
「ケーキ作ってみたんだよね、良かったら食べようよ! まだ開店まで時間あるしさ」
取り出されたのはパンケーキだった。甘い匂いが鼻腔をくすぐり、モン太の空腹を刺激する。
おまけにどこか嗅いだことのあるような……というか毎朝嗅いでいるような。
「あれ、この匂い……」
「バナナパンケーキだよ! 最近バナナにハマっててさ~……誰かさんが何度もお勧めしてくれるせいでね」
「フッ、それほどでもあるかな」
虹夏がジト目を作ると、トイレ掃除用のモップにゴム手袋を装備したリョウがキメ顔でトイレから出てきた。ちなみにリョウはまたもモン太にトイレ掃除を押し付けようとして、虹夏から罰則を食らったのである。
「別に褒めてないし……」
「虹夏さんの手作りバナナパンケーキ……!」
憧れの女性が自分の好物を使ったお菓子を作ってくれたなんて……!
モン太は黙って膝を地面に着き、両手をガッと上げて天を仰いだ。
「あれ、どこかで見たことがあるわね……。なんか映画のポスターの」
郁代がこめかみをぐりぐりと指で押しながら記憶を探っていると、陸がボソッと
「プラトーンだな」
「あー! 今言おうとしたのに!」
じゃあ切ってくるねと虹夏がドリンクカウンターの奥に消えると、モン太はリョウに感涙しながらお礼を述べた。
「山田先輩、ありがとうございますっス……!」
「大したことはない。はいこれ」
スマホを取り出して写真を見せる。
そこには丸ごとバナナを満面の笑みで食す天使の姿があった。
モン太は思わず口を押え、溢れそうになる尊みを押さえつける。
なんかもう補習で疲れた心に沁みてくる。涙が出てきた。
そんな満足げなモン太にリョウは右手を差し出した。まるで、何かを要求するように。
モン太は目尻の涙を拭い、用意していた封筒を取り出すと、リョウに差し出した。
そんな2人に近づく人間か1人。
「リョウ先輩! モン太くんも、何してるんですか?」
「うっひゃあ!?」
喜多郁代だ。
急に話しかけられてモン太は心臓が爆裂するかと思った。
(く、この取引は喜多に……というか誰にもバレたくねぇ……! どうする……?)
残念な脳味噌がフル回転を始めようとしたところで、スっとモン太と郁代の間に割り込んだのはリョウだった。
「郁代には、ないしょ。ね、モン太」
人差し指を唇に当てて片目を瞑るリョウのビジュアル偏差値に心を奪われそうになると同時に、困惑する。
「は、はいッス!」
(え、なんですかその反応……)
二人の間に見たことの無い間柄が生まれているのが郁代に感じ取れた。
まるでリョウとモン太は人に言えないただならぬ関係であるようじゃないか……!?
か、彼氏とか………………………………………………………………?
「嘘だ……」
「? ひッ!?」
郁代の顔がおおよそきららどころかジャンプにも掲載できないようなガチの絶望顔に彩られ、うっかり覗いた陸が目を剥いた。
「甲斐谷くん」
「な、なんだよ」
首が若干傾きながら、そして表情を青ざめさせながら訪ねる郁代に陸は若干たじろいだ。
郁代はどう質問をしたものかと脳のまだ焼かれていない部分で考える。バイトを始めたばかりであまり関係性のない陸にリョウのことを聞いても仕方がないだろう。モン太の方から切り崩していくことにした。
「ね、ねえ甲斐谷くん。あの、モン太くんってその……りょ……誰かと付き合っていたりするのかしら?」
「え、えーと。うーん……どうだかな」
(どうして急にモン太が誰かと付き合ってるかなんて聞くんだ? にしてもそんな話あったっけ)
陸が思い返してみると、そういえばモン太はこの間試合を見に来てくれた結束バンドのメンバーを見て顔を赤くしていたような気がする。鞄に十何本も巻いている黄色のインシュロックもそういうことなのだろうか。
(そうなると伊地知さんか、山田さんか、後藤さんになるのか? 喜多さんのチアにはあまり反応していなかったし。黄色だと……伊地知さん? 確証はないからはっきりとは言えないけど)
「まあ付き合っているかはわからないけど、結構距離感近い人はいるんじゃないか?」
「イヤーーーーッ!!」
聞きたくなかった情報に耐えきれずに郁代はガバリと立ち上がって発狂した。
そして、
「グワーッ!!」
スマホを取り出してタプタプ何かを打ち込み始めた。感情に対して動きが質素すぎる。それでいて顔は必死の形相なので、座り込んでスマホを打ち込む妙な冷静さとのギャップが恐ろしい。
「お、おい喜多さん。急に何を……」
画面を見るとイソスタを開いている。
『三千世界の鴉を殺し
おったまGetdown
まじぴえん(´;ω;`)』
「なんで都々逸!?」
まさかの高杉晋作。現役JDにしては渋いチョイスだが、これではとんだ鴉バスターである。
先の発狂に対しての発散行動がポップでいて雅すぎる。
「最近作詞の勉強してたからその時に知って……」
「割とまともな理由だった……」
感情をぶつけて作詞する様はロックかもしれない。
それにしてもモン太にいい人がいると知ってこんな反応をするとは。
(もしかして喜多さんはモン太のことが好きなのか? 意外だな)
「とにかく、この問題は看過できないわ」
「そうか、そんなに……」(モン太のことが……)
「私がリョウ先輩の娘になるために!!」
(流れ変わったな)
郁代のわけのわからない決意表明に陸の表情は一時停止した。
その後「切れたよー!」と満面の笑みで虹夏がケーキを、しゃーねーなーと言う表情で星歌が皿とフォークを持ってきた。
テーブルをバイトメンバー全員で囲い、虹夏のバナナパンケーキに舌鼓を打つ中、郁代は血眼になってリョウとモン太を観察する。
久しぶりのマトモな食事に涙を流すリョウと、虹夏の手料理に涙を流すモン太。
「リョウはともかく、モン太くんまで泣くことある?」
6人中2人が涙を流しながら食べる(さらにもう一人は血眼)という異常空間の中、虹夏は困惑した。
一方で郁代は、
「似てる!」
「何が?」
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一服後、二名ずつにわかれて準備を行う。
ドリンクカウンターで軽食やドリンクの準備を行うモン太とリョウをチラチラと見ながら、郁代は顔を青ざめさせていた。
「か、甲斐谷くん……!」
「ん?」
郁代に呼ばれ、一緒になって角から二人を観察する。
「二人が、あんなに近づいて……!」
「んー……なんか教えてもらってるんじゃないか?」
「お皿と柿ピー整理してる!」
「演奏中も軽食提供するからだろ」
「リョウ先輩が食べさせてる!」
「指ではじいてモン太にキャッチさせてるだけだろ……それより行儀悪いな」
「星歌さんが近づいた!」
「バレたんじゃないか」
「星歌さんに殴られてる!」
「そりゃそうだ」
「聖歌さんがこっちに来る!」
「なんで……あ」
「喜多はなにやってんだ」
郁代はコツンと頭を叩かれた。
陸は寸前で察知して入口の受付に戻ったのでセーフだった。
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「はあ、山田とモン太が付き合ってる?」
郁代たちの話を聞いた星歌は怪訝そうに首を傾げた。
「別にそんな風に見えないけどな」
「でもさっきも何か隠し事を……」
「つまみ食いのことじゃないのか」
「……いえ、きっと違います。他の人に言えない何かがあるんです!」
流石は恋に恋する乙女の勘といったところか。
「てか別に二人が付き合ってたとして問題ないだろ。まあ意外ではあるけど」
「ありますよ!」
郁代は声を荒げて言った。
「リョウ先輩が誰かと付き合うなんて……なんだか嫌というか……。だったら独身でいてほしい!」
「「最低だ……」」
(こいつ山田にあこがれてバンド入ったんだよな? 人の心ないのか?)
(俺の勘違いだったか。聞かなくてよかった)
妹のバンドボーカルの歪んだ感情に思わず脂汗を垂らす星歌。陸は自分がとんでもない勘違いをぶちまける前に助かったことに安堵した。
「なんか疲れたな、何でもいいけどサボるなよ」
対応にめんどくさくなった星歌が立ち去った後。
郁代のスマホが鳴った。ロインの着信ではなくエアドロップのそれとともに送られてきたのは、虹夏がキッチンに立ちながら鼻歌を歌う映像だった。
あ、と声が聞こえて2人でドリンクカウンターを見ると、ぼんやりとした表情のリョウと絶望顔のモン太がこちらを見ていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「黙っていてくださいお願いしますッ!!」
モン太が情けなく土下座する姿があった。
「なんだ、リョウ先輩がモン太くんに伊地知先輩の写真や動画を売っていただけなんですね、よかった」
「良いのかこれ?」
ホッと胸をなでおろす郁代に、倫理というものが分からなくなってくる陸。
不安げに、
「今店長さんに見つかったらやばかったんじゃないですか?」
「それは問題ない。店長も山田商会のお得意様だから」
サムズアップを決めて自信満々のリョウ。つい先ほども、とあるピンクのギタリストの激レア写真が『どこか』へ送信されたばかりなのはリョウと星歌しか知らないことだ。
「じゃあ私にもリョウ先輩とのチェキください!!」
「わかった、ハイチーズ」
リョウのチケットノルマを負担することでツーショットを手に入れた郁代は満足げに専用フォルダに保存した。
「というかモン太は伊地知さんのこと好き……」
「お、お前ハッキリ言うな! 恥ずかしいだろ!」
モン太は顔を真っ赤にして陸の言葉を遮った。
「でも素敵よ! こんなに女の子いるのに浮いた話無いから心配だったけど……こういう話してみたかったの! 伊地知先輩かわいいし優しいし」
「だよな! しかも笑顔は素敵だし面倒見良いし手作りケーキも美味いしムチャクチャすげー人じゃねーか」
「さらに虹夏はバンドの事務や機材車の運転、CDのデザインも担当してるし」
「おお!」
「しかも私の面倒を見てくれる」
「リョウ先輩、それは加点に入らないです」
「さすが虹夏さんだ……」
「それも加点なのか……」
「インテル入ってる!」
「? おお!!」
「もう適当だな……」
ほめたたえるリョウにひたすら好感度を上げていくモン太。
陸は呆れてしまった。
「ちなみにさっきの鼻歌はモン太も気に入ると思うよ」
なんのことかと先ほど再送された虹夏の鼻歌を再生してみる。
『ずっとふふーんふふー、ふんふふふふーんふん、ふふーん……』
「『Daydream Believer』アメリカのロックバンド・モンキーズの楽曲……」
「! おっっふ!!」
モン太はヘッドショットを食らったかの如くのけ反って倒れこんだ。
「モン太くん?」
「モン太ーーーーッッッッ!?」
もうなんでも好きになるのか。
顔が真っ赤のまま気絶しかけたモン太に驚く(比較的常識人)2人。
「どうしたの……ってモン太くん!? 大丈夫!?」
騒がしくしていたところに駆けつけた虹夏は、倒れたモン太を見て血相変えて駆け寄った。
「うう……」
「モン太くん、大丈夫?」
「は! …………天使だ……」
意識が朦朧とする中、視界に天使が現れた。モン太は、自分の命日を察してそっと意識を手放した。
「気絶しちゃった! リョウ! AED! 喜多ちゃんは救急車! 甲斐谷くんは心臓マッサージお願い! お姉ちゃーん!」
あきれる三人を差し置いてバタバタと店の奥に駆け込む虹夏。
先ほどまでの空気はどこへやら、すっかり救命救急の修羅場と化してしまった。
愛が深いのか浅いのか。モン太青年の恋は果たしてどうなるのかは誰も知らない。
お読みいただきありがとうございました。
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モチベとか今後の参考になります。