Brave×Beat   作:明石雪路

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乾杯

 

 伊地知虹夏は考える。

 

 

 四年前、初めてひとりとリョウと三人でステージに立った時からどのくらい自分たちが……周りが変わっていったのか。

 

(私達、正直かなりレベルの高い場所に来れたほうだと思う。

 リョウは自分だけの世界に入り込みすぎず、周りを見ながら自分のリズムを弾けるようになった。

 喜多ちゃんは俯かずに前を向いて、堂々と歌って弾けるようになった。

 そしてぼっちちゃんは、バンド演奏でもギターヒーローの実力を十分でなくても……前より格段に発揮できるようになった。

じゃあ、私はどうなんだろう?)

 

 

 薄暗いステージの上で、各ドラムやキックペダルの調子を確かめる。

 

 

(バンドをやっていけるのかって考えるより、私はちゃんと貢献できてるのかって気持ちになる……)

 

 

 バンドの足を引っ張っているとは思わない。だが、皆を引っ張っていけているとも思わない。

 リーダーとしてスケジュール調整やMV、CDジャケットのアイデア出しなどではいくつか採用されたものもあるが……。

肝心の演奏はどうなのだろうか。

 

(む、またネガティブになってるな私)

 

 深く息を吐いて雑念を吹き飛ばす。

 タイミングを計ったかのようにスポットライトが結束バンドの面々を照らし出した。

 

 

「始めましての方は初めまして! 結束バンドです!」

 

 

 ボーカルの郁代が演奏前の挨拶をはじめ、場を温める。

 観客席には数年前よりも多くの観客でにぎわっている。

奥の方では最近から働き始めた新しい後輩たちがチケットやドリンクを配っている。一度に六人も入ったときはどうなるかと思ったが、実際働いてみてもらえれば頼もしい限りだ。

……一人だけ腕に黄色の結束バンドを巻きすぎてガントレットみたいになっている後輩がいるが。

 

(集中、集中!)

 

 頭を小さく振って前を見る。前に星歌の元バンド仲間・リナからアドバイスをもらったばかりじゃないか。

 

 

(私が道しるべなんだ。堂々と胸を張って叩けば良い!)

 

 

「それじゃあ聞いてください、『僕と三原色』!」

 

 

 虹夏がスティックを鳴らし、演奏が始まった。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

1 セナ、廣井、虹夏、山田、モン太、郁代

2 ひとり、鈴音、陸、水町、星歌、PA

 

 

「それじゃあ、ライブお疲れ様ってのと新人どもの歓迎を兼ねて!」

 

 

「「「「「かんぱーい!」」」」」

 

 

 星歌の音頭でグラスがガツガツと打ち鳴らされた。

 ライブ後。結束バンドとスターリーの新人バイトが集まってライブの打ち上げ兼歓迎会が開催されていた。

 

 

「ホントはもっと早くやりたかったんだが、予定が合わなくてな」

「いえいえ! こういう会やってくれるだけでも嬉しいです!」

 

 

 鈴音は謙遜しながら取り皿を配っていく。

 

 

「私服おっけーだし、皆優しいしでいいとこっすね~」

「どうも。まあ水町くんはTシャツぶん回さないでくれるともっと嬉しいけどな。こないだなんか湘南乃風みたいになってたぞ」

「盛り上がっていいじゃないスか」

「夏フェスじゃねえんだわ」

 

 

 長い手でしゃっしゃかとお通しの酢モツを配る水町に、普段の接客に注意を入れる星歌。

 

 

「全く。ライブハウスのダークな雰囲気が損なわれる」

「リョウ先輩? いきなりタッパーに入れないでください」

「あ、唐揚げ……」

「ひとりちゃんそれ食べるの? 取ったげる!」

 

 

 勝手に持ち帰ろうとするリョウに注意する郁代、タイミングを掴めずに何も食べられないひとりに唐揚げを配膳する鈴音。

 

 

「いや~にしても皆上達したよね~」

 

 

 セナの隣でジョッキをグイと煽って上機嫌なのは〈SICK HACK〉のベースボーカル、廣井きくりだ。

 またしてもこの女は呼んでもないのに勝手に飲み会に参加していた。

 

 

「お姉さんも見に来てたんですね」

「まあね~。ちょうど近くに用事あってさ~。そういえばセナくんにこないだのお礼してなかったなって。ほらほらいっぱい食べなよ」

(う、酒臭い……)

「自分はお金払わないのに……」

 

 

 虹夏は白っとした目つきで廣井を見やる。

 セナは助けを求めるように、

 

 

「ね、ねぇ陸、お姉さんからどぶろく先生みたいな匂いがするんだけど……」

「あんまりそういうことを言うな。失礼だぞ」

「そう思うならこっち見てよ……」

 

 

窘める陸はセナのほうに一切目を向けずに反対側を向いてコーラを飲んだ。触らぬベーシストに祟りなしといったところか。

 

 

 ドン引き男子大学生2名の気持ちなど露知らず、んふーとアルコール臭い息を吐いてセナの肩を組む廣井。そんなセナの姿を見て、少し離れた席の鈴音が目を剥いた。

 

 

 はたから見ればセナが美女と超スキンシップをしているので、鈴音は内心穏やかでいられない。……実際には話が通じないし酒臭いしで引き笑いしかできないのだが。

 

 

 

「え、ちょ、え、セナの隣のあの人は」

「す、鈴音ちゃん。唐揚げが潰れて……あっあっ……ああ……」

「あ? 廣井の奴セナ君に絡んでんのか。ったく昔は可愛かったのになあ……そうだ、今のセナ君とかぼっちちゃんみたいにオドオドしてさあ……」

 

 

 

鈴音はセナにスキンシップを仕掛ける廣井を見て内心穏やかでいられず、昂った感情で唐揚げを箸で握りつぶす。

 星歌は時が経つのははえーなーと独り言ち、潰れゆく唐揚げを憂うひとりを見ながら黒ラベルの大ジョッキを煽った。

 

 

(え、この人もしかして後藤さんを肴にビール飲んでる?)

 

 

 上司のあまり見たくないところを見てしまいPAは少し引く。

 

 

「廣井さん。ウチの後輩に変な絡み方しないでください」

 

 

虹夏は絶対零度の眼差しで睨めつけながら廣井をセナから引き剥がした。

 

 

「そんな怒んないでよぉ~。ほらプレゼントあげるから」

 

 

 廣井はポケットから取り出したソレを虹夏に着けた。

 

「なんですかこれ?」

「サングラス~。こないだファンの子からもらったんだけどね……って妹ちゃん似合わねー!w」

「………………………………」

「ちょ、ちょっとやめてよ『こいつダメだな』って顔するの!」

「………………………………」

「返答をください!」

 

 

 思いのほかスベった。ブチ切れ寸前ゲーミングドラマー寸前のの虹夏になったので慌てて廣井はごまかした。

 

 

 

 

 喧々囂々。少し遅い時間から始まった飲み会は大いに盛り上がっていた。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「そういえば、セナ君ってなんでアメフト始めたの?」

 

 

 宴会が始まって一時間ほどたったころ、すっかり落ち着いていつも通りの虹夏は気になっていたことを口にした。

 

「ほら、他の……水町くんとか甲斐谷くんとかモン太くんはわかるんだけど、セナ君って結構内気なところあるでしょ? だからあんなにぶつかりに行くアメフトやってるのがなんか以外で……」

「私あれ知りたいかも! あの顔隠す……アイシールド? なんでつけてるの?」

「えーと……僕は、」

 

 

 急な質問攻めにセナは―――――――

 

 

 

 

 

 

「そういや、後藤ってなんでバンド始めたんだ?」

 

同時刻。モン太はふと気になったことを口にした。

 

「や、なんというかバンドって結構派手なイメージがあると言うか……いつもの後藤からは想像つかないから、気になってよ。やっぱ憧れのギタリストがいるとかか?」

「あ、それ俺も知りてーや、ごっちゃんのバンド始めたばっかの頃とか!」

 

 ちなみにごっちゃんとは水町が勝手につけたひとりのあだ名である。

 

 

 

「わ、私は、」

 

 

 急な質問攻めにひとりは――――――――

 

 

 

 

「ヒル魔さんっていう、こないだ試合見に来てた金髪の……先輩に無理やり連れ去られて」

「公園にいたときに虹夏ちゃんが声をかけてくれて……そのままライブハウスに無理やり……」

 

 

「強引に選手にされて次の日には試合に放り込まれて」

「その日のうちにライブに出ることになって」

 

 

「最初はすごく怖かったけど、でも少し楽しくなって」

「せっかく誘ってもらったし、このチャンスを逃したくないなって……」

 

 

「他の部に正体ばれて勧誘合戦にならないようにってアイシールドで顔隠すことにしたんです」

「人前出るのを怖がってたらリョウさんが段ボール貸してくれて、それで隠れて演奏を……」

 

 

「モン太が入ったのはその後で、」

「喜多ちゃんがギターボーカルとして入ってくれて」

 

 

「……いや、最初モン太はアメフトとラグビーの違いも知らなかったんだよ」

「ベースとギターを間違えて買ってましたけど……」

 

 

 自分たちの原点について話し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 セナの話を聞いた虹夏は、

 

 

「結果オーライだからよかったけど……強引に連れていくなんてひどいねえ」

「……?」

 

 リョウはどこかで聞いたような話だと首を傾げた。

 

 

 

 

 ひとりの話を聞いたモン太は、

 

 

「正体隠して演奏するなんてカッコいいな! アイシールド21みたいだ」

「段ボールド510……?」

 

 

 鈴音は段ボールアーマーに身を包んだひとりを想像してみた。どうやってもビジュアルがカッコよくならない。脳内にマインクラフトみたいになっているひとりが生まれた。

 サクサクと地面のブロックを掘って家を作って隠れるひとり。鈴音はブッ!! と吹き出した。

 

(笑われた……)

 

 ひとりはこっそりと自傷ダメージを受けていた。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「お待たせしました。こちらご注文の……ってお前らか」

 

 

 しばらくして、何度目かの料理とドリンクの注文をした後である。個室のふすまが開かれ軟骨を持ってきたのは、まさかの炎馬ファイヤーズのクォーターバック、金剛雲水だった。

 

 

 

「雲水さん!?」

「何してんスか?」

「何って、バイトだよ。前に居酒屋でバイトしてるって言ったろ。今日は用事があったから……結束バンドの皆さんもお久しぶりです。ごゆっくり」

 

 

 慇懃に挨拶を済ませるとふすまをしめて立ち去ろうとする。

 

 そこで雲水を止めたのは廣井だった。

 

 

「あれ~店員さんどっかで見たことあるんだよなぁ………」

「前に一度ライブを拝見させていただいたので、その時かもしれません」

「ん~、そん時だっけ……?」

 

 

「おい廣井、ダル絡みすんな」

「そだ、これ付けてみてよ!」

 

 

 廣井はそう言って先ほどのサングラスを差し出した。

 

 

「いえ……仕事がありますので」

「え~、いいじゃんケチ!」

「………」

 

 

 雲水は小さく息を吐いた。

 

 

「すみませ~ん……。一回見たら落ち着くと思うので……」

 

 

 PAが申し訳なさそうに手を合わせた。雲水も一年近くバイトしているので、酔った面倒な客はよく来るものだ。

 雲水は仕方なくサングラスを付け、その様を見た炎馬組はごくりと息をのんだ。

 

 

(阿含さんだ……!)

 

 

 サングラスを付けた雲水のその様は元神龍寺の天才プレイヤー、金剛阿含と全く一緒だった。

 坊主頭も相まって世界大会の阿含に瓜二つである。

 

 

「ちょ、超似てる……」

「やっぱマジに双子なんだな……」

「アゴンヌだ……」

「一卵性双生児とはいえここまで似てるのか」

「ンハッ、ゾリュンヌされたときの阿含じゃん!」

 

 

「うわー、すごいチンピラみたい!」

 

 

 炎馬組が戦慄(一名除く)するなか、廣井はまたも失礼なことをぶちかました。

 幼いころから派手に着飾ることなく、弟と比較して真面目そうだといわれてきた雲水は初めてのチンピラ発言に困惑し、

 

 

「ぇあ?」

 

 

 変な声が出た。しかし周囲の人間はあまりの外見に

 

 

「あ゙~~~~?」

 なんか誇張して見えた。

 

 

 鬼ヤバイ威圧感。全員が黙りこくる。流石の廣井も危機感を持ったか、口を引き結んでこれ以上の失言を抑え込んでいる。

 一方で緊張感の走る現場に気が付くことなく、雲水はサングラスを外して廣井の近くに置いた。

 

 

「もうよろしいですか。それではごゆっくり」

「「「「「「………………………………ウス」」」」」」

 

 

 

 調子に乗りすぎたのかもしれない。

 ふすまが閉められ、静寂が訪れた。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 それはともかく。

 

 

 

 

 

 

 その宴会は閉店時間まで続き、そして

 

 

「悪い虹夏、歩けねえ」

「もー! 飲みすぎるからでしょ!」

 

 

 星歌が酔いつぶれていた。

 

 

「ここから家までまあまあ距離あるのに」

「タクシー呼ぶか……」

「ここまで酔ってたら断られちゃうかも……」

 

 

 どうしたものかと虹夏は頭を抱えた。

 先ほど結束バンドのメンバーもバイトも全員家に帰した。終電が近かったからだ。

 店の前のベンチで座って休んで少し時間がたったが、まだ星歌の体調は良くならないようだ。

 

 

「お疲れ様でしたー……って虹夏さんか?」

 

 

 困り果てた伊地知姉妹に話しかけたのは、ウィンドブレーカーを羽織ってリュックを背負った金剛雲水だった。

 

 

「あ、雲水くんお疲れ様。バイト終わりなの?」

「ああ、いつもこの時間だよ。家が近くてね」

「そうなんだ、私たちも家近いんだよ。それで油断してお姉ちゃん飲みすぎちゃったんだけど……」

 

 

 タハハと頭を掻いて困り気味に笑う虹夏を見て、雲水は

 

 

「そうなのか。もしそちらが問題ないなら家まで運ぶが……」

「え、いいの? そしたらお願いしてもいいかな……!?」

 

 

 そういうことになった。

 

 混濁した頭の中で星歌は、

 

 

(え、私次回の更新まで泥酔したまんまかよ……)

 

 

 




セナといい運んでばっかだな。


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