Brave×Beat   作:明石雪路

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お久しぶりです。


虹と雲

 

 時刻はもうすぐ23時を回るころ。

 

 

 伊地知虹夏と金剛雲水は街灯に照らされた帰路を歩いていた。

 雲水の背には虹夏の姉、伊地知星歌が背負われており、眠気が回ったか気を失っている。

 

 

 雲水のリュックは代わりに虹夏が運んでいた。自分のリュックもあるので、雲水のリュックは前にかける形になっている。

 

 

「ごめんね、バイト終わりなのに」

「いや、問題ない。俺の家もこっちの方向だから」

 

 

 

 

 ザッザッ、と足音がやけに大きく聞こえる。下北沢とは言え、夜の住宅街は静かだった。

 

 

 

「なんか今日のお姉ちゃんすごい飲んじゃってさー、楽しかったのかなぁ?」

「それはよかったじゃないか。まあ、居酒屋店員としては水も飲んでほしいけどな。健康的に」

「タハハ、ごめんね……。今度からはちゃんと管理するから!」

 

 

 虹夏は胸をドンと叩いて意気込んだ。

 

 

「虹夏さんは星歌さんと……お姉さんと仲いいんだな。昔からそうなのか?」

「うーん、昔は全然だったよ? 歳離れてるし、お姉ちゃんはバンドばっかりで構ってくれなかったし」

「そうなのか。歳が離れているとそういうこともあるのか」

 

 

 

 

「まあそれもあるんだけど……って、あ」

 

 

 どう話したものかと虹夏が言い淀んでいると、突如として雲水のリュックの底が抜けた。

 かなり使い込んでいたこともあったからだろう、中身のノートや水筒がぶちまけられる。

 

 

「あっ、ごめん!」

「かなり使い込んでいたからな……脚とか大丈夫?」

「それは大丈夫なんだけど、ノートとか散らばっちゃって……ん?」

 

 

 急いでノートや文房具等リュックの中身を拾っていく。

 

 拾っていく最中、街灯に照らされてノートの中身が見えた。

 丁寧な字と綺麗な線でアメフトのフォーメーションや作戦、試合のワンプレーにおける反省点などが記されている。

 

 

「これってもしかして、アメフトのノート?」

「そうだよ。試合とか試合の後に反省点を書いたり、次の作戦を考えたりするんだ」

「へぇぇ……」

 

 

 びっしりと書かれたノートからは懸けた時間がうかがえる。そういえば炎馬ファイヤーズは日本の大学アメフトで最上位リーグに位置する程強いチームらしい。ここまでしないとトップを維持できないということか。

 

 

「すごいなあ……」

 

 雲水のストイックさに感嘆の声が漏れる。

 だが、雲水は言い淀むように虹夏の言葉を否定した。

 

 

「いや……本当に凄いのはチームの皆だよ」

「え?」

「ウチのチームは、栗田とかセナとか……皆世界大会で日本代表に指名されるような実力者ばかりなんだ。ラインの皆も粒ぞろいで、最高のメンバーが揃ってる」

「そうなの?」

 

 

「その代わりほとんど全員何というか……頭使うのが苦手というか……。追試受けたり課題で再提出喰らったり……俺だけはしっかり全体を見ないといけないというか…」

(聞いた事のある話だ……)

 

 

 ため息交じりに愚痴をこぼす雲水から、虹夏は気まずそうに目をそらす。追試を受けまくるリードギターやバンドを始めてから成績を下げまくったギターボーカル、半分無職のベースを抱えたバンドのリーダーとしては身をつまされる思いである。

 

「うちも似たようなものでさ……」

「本当か?」

 

 

 お互いの愚痴を聞き、苦労話に花が咲く。

 

 

 

「それでも、皆世界の舞台に選ばれるような選手たちなんだ」

「じゃあ世界レベルで上手いってことでしょ? すごいなあ……。雲水くんは?」

「選ばれなかった。トライアウトに出れば違ったのかもしれないけどね」

「……」

「だからたまに思うよ。最悪、彼らが何とかしてくれるんじゃないかと。そんなスポーツじゃないんだけどな」

 

 

 悲しそうでもなく、ただ淡々と言い放つ雲水に虹夏は言葉を失った。

 

 

 似ているかも、と虹夏は思った。

 皆はだらしないけどスキルは一流レベルで。自分だけがしっかりと全体を見ている。

 自分が皆を引っ張っているのに引っ張ってもらっているようなもどかしい感じ。

 

 

 

 ()()は、虹夏がいま現在乗り越えようとしているところだ。

 

 

「でも、今は雲水君がキャプテンでみんなを引っ張る立場にあるんでしょ?」

「ああ」

「じゃあ、思いっきりやればいいじゃん! 俺についてこい!! てさ」

 

 

 

 雲水は一瞬目を丸くし、破顔した。

 たしかに「クォーターバック」として神龍寺ナーガや炎馬ファイヤーズを纏めてきたが……「俺」として率いたことはなかったかもしれない。

 

 

「そういうタイプじゃないんだが…そういうのもいいな」

 

 

 雲水はそう言って笑うと、少し笑った。

 虹夏はその笑みを見ると心の底から安心して、嬉しくなった。

 

 

「私もまだまだだけどね……タハハ。気持ちだけでもひっぱってやろー! って思っててさー」

「そうなのか。前のライブではあの連携に感動したんだけどな」

「ありがとう! うちもさ、喜多ちゃんはどんどん歌が上手くなるし、リョウは相変わらずベース美味いし、ぼっちちゃんなんてギターひ……あ、いや、大学行ってるし」

「一人だけおかしくないか?」

「いっ、いやー!? べつにどうもしないけど? あ! せっかくだしコンビニで水とか買ってくるね!」

 

 

 流石にひとりの正体をそう簡単にばらすわけにはいかない。

 コンビニが近くに見えてきたので、虹夏はごまかすようにダッシュでコンビニに飛び込んでいった。

 

 

 

 

 

「なんだったんだ、いったい」

 

 

 とりあえずコンビニ前に設置されたベンチに星歌を座らせて声をかける。

 

 

「星歌さん。具合はどうですか?」

「……オォ……」

 

 

 呂律が回らないのか言語にならないうめき声が漏れ出た。これでは家までは歩くのもまだ厳しいだろう。

 虹夏が水を買ってきてくれるとのことなのでそれを待つほかない。

 

 

 雲水が手持ち無沙汰になったところで、星歌のポケットからサングラスが落ちた。

 

 

(これは、さっき俺がかけたやつか)

 

 

 帰りのどさくさに紛れて星歌が回収する形になったのだろう。

 

(まぁ、そういうタイプじゃないけどな)

 

 もう一度つけてみて、コンビニのガラスを見てみる。

 映る姿はなるほど一時期の阿含にそっくりだった。

 

 

(阿含。ライスボウルで……必ず正面から勝ってやる)

 

 

 自分の血を分けた兄弟で、一番のライバルを想起していると唐突に声をかけられた。

 

 

「あれ~、阿含くんじゃん! 久しぶり~!」

「珍しいじゃない!」

 

 

 見ると二十台後半と思しき美女二人が馴れ馴れしく近づいてきた。

 

 

「は?」

「あれ、また坊主にしたの? 二度としないって言ってたのに」

「というか関西に行ったんじゃなかった?」

 

 

 ぐいぐい来る二人に雲水は状況が飲みこめ……た。

 

 

(阿含の奴、下北沢でもナンパしていたな!)

 

 

 双子とはいえ普段はムスッとした表情で坊主頭の雲水と軽薄そうなドレッドヘアの阿含は似ていると言われることはない。

 しかし、夜で顔が見えにくいこと、サングラス、阿含も一時期坊主だったという奇跡の要因が重なりあった結果雲水は阿含と見間違えられたのだ。

 

 

「そこに座ってる人は? またナンパしたの?」

「お持ち帰りだなんて、相変わらずね」

 

「誤解されているようだが、俺は阿含ではなくて……」

 

 ボディタッチ多めで反応しずらい上に不名誉な誤解が深まり始めたので弁明しようとしたところ、

 

 

「あの、雲水くん。その人たちは……」

 

 

 水を何本か抱えた虹夏が困惑しながら雲水たちを見ていた。

 美女二人にぐいぐいと近づかれながら話している姿はなんだか……中々見ていられるものではない。

 

 

「に、虹夏さん」

 

 

「あれ、阿含くんてば二人も引っ掛けてたのね。今日も三人なの?」

 

 

「ひっか……!?」

「ち、違う、誤解だ……!」

 

 

 高校や大学(まんがタイムきららMAX)であまりそういった話をしたことのない虹夏としては、少々大人な感じに赤面した。

 ずっとバンドに青春を注ぎ続けてきた虹夏には男女のそういった話に免疫がほとんどないのだ。

 

 

「じ、じゃあ私先に行ってるから……!」

 

 虹夏は顔をそらしながら水を抱えたままダッシュで駆けた。

 

 

「おい、星歌さん忘れてる!」

 

 

 雲水は慌てて星歌を背負うと、虹夏の後を追った。

 

 

「まあ、あの状況から脱出できてよかったか」

「あばばばばばばば」

 

 

 走りながら少し安堵する雲水はその背中で星歌を揺さぶりながらなんとか伊地知家に運ぶことが出来たのだった。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「えあー……ごめんね志麻ぁ……」

「次やったらマジで機材車で新宿引き回すからな!」

 

 

 深夜の国道を走らせる車のなかで、SICK HACKのドラマー志麻はハンドルを指で叩きながらガチギレていた。

 

 

「本厚木まで行きやがって……明日の朝から次のライブの打合せあるってわかってるのか?」

「ほんとごめんて……」

 

 

 しょんぼり顔で窓に頭を預けていた廣井は、唐突に顔を上げていった。

 

 

「そういえば、かなり前に私のこと介抱してくれた男の子にあったよ!」

「セナ君か? お前また困らせたんじゃ、」

「違うよお! セナ君じゃなくて、ドレッドの子! 今は坊主だったけど……」

「は? ああ、あの厳つい見た目の……」

「そうそう! どっかで飲んで潰れてた時さあ」

「いつもだろ」

「『大丈夫かい?』って手を差し伸べてくれたあの子! 元気そうでよかったよ」

「よく殴られなかったな」

「なんで?」

「なんでってお前、その手に」

 

 

 

 

「吐きやがったんだよあのカス女……!」

 

 大阪。

 

 飲み屋街を歩きながら、阿含はこめかみに青筋を立てながら吐き捨てた。

 その話の阿含らしからぬ内容にヒル魔は馬鹿笑いが止まらない。

 

 

「ケケケケケケケ!!! 神速のインパルスの阿含サマがゲロを躱せないとは、よっぽど速くぶちまけたんだな!!」

 

 

 2人は、地元のオイタが過ぎたチンピラどもをシバき、ヒル魔の脅迫手帳に名を記したあとだった。

 飲み屋街から少し外れた公園のベンチで、ギターケースを傍らにおいた、顔がいい女性が俯いていたのに声をかけようともしなかったのである。怪しくてヒル魔が尋ねたところ、どうやら昔下北沢で似たような女に声をかけた際に差し出した手にゲロを吐きかけられたとのことだった。

 

 

「テメーならキレて半殺しにしそうなもんだけどなァ」

「すぐにバンド仲間っぽい女が来て、クリーニング代だって金を寄越してどっか行っちまったからな。しかも借金がどうのほざいてたから関わらねえようにしたんだよ。それ以来酔ったバンド女はシカトだ」

 

 

「テメーに目を付けられないってんなら、その女はラッキーかもなァ」

「どーいう意味だ殺すぞ」

「てか下北っつったら炎馬がちけーじゃねーか。雲水もその辺にいるんだっけか」

「あ゙~? ……そういや言ってたな」

「今年は糞チビや糞ザルが炎馬に入った。甲子園ボウルに来るかもしれねえ。雲水もな」

「だからなんだってんだよ。誰がこようが、潰すだけだろ」

 

 

 その表情は、かつての対戦相手を雑魚と見下した傲慢な表情ではなかった。

 

 全力で倒す。妥協も油断もなく本気で叩き潰す。戦士の眼だ。

 

 

 そしてその眼には、どこか楽しみにしているような……。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

炎馬大学アメフトフィールド

 

 

「SET! HUT!」

 

 

 毎度恒例実戦形式の練習だ。

 

 今回は雲水がQB。セナと陸がRB、モン太がWRを務めている。

 

 

 栗田はディフェンス。重量級ディフェンスが来た時のシミュレーションなのだ。

 

 

 ボールを受け取った雲水はフィールドを見てパスかランか。陸かセナにボールを渡すか判断する。

 

(今の状況は……パスは敵ライン勢が高くて難しい。セナか陸か……いや。)

 

 

 否。選択肢はそれだけでない。ラインの脇、少しだけ空いた隙間。自分なら抜けられる。

 

 

 雲水は練習前から先日の虹夏との会話と、神龍寺でのプレーを思い出していた。

 

 

『俺についてこい! ってさ』

 

 自分に自信があれば、きっと変わってくる。リスクを踏み抜いて勝利を手に入れられる。

神龍寺ナーガ対泥門デビルバッツ。

 

 

『お前の力を信用しているからキックで行くんだ』

 

 

 あの時、キックではなくドラゴンフライを選択し、得点していたら勝っていたかもしれない。

 あの時、『お前』ではなく、『俺たち』を信用していたら違う未来もあったかもしれない。

 

 

 

(俺が道を切り開く!)

 

 

 雲水はボールを脇に抱えると、全速力でその隙間に体をねじ込んだ。

 ライン勢に体を無茶苦茶に押し込まれ、思わず倒れこみそうになるが、歯を食いしばって足を踏み出す。

 

 

「ウォォォォォ!」

 

 

 雄たけびを上げて無理やりぶち抜き、そのまま走りぬける。セナと陸に守備を割いていたため雲水は最後尾のセイフティに止められるまで走り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

「いい走りだったな、雲水」

 

 

 練習後のミーティングにて、溝六は雲水の走りをねぎらった。

 

 

「暴走してしまいました」

「何言ってんだ。栗田もいるあのラインを、栗田から離れた場所とは言え抜けられたんだから上出来だ。今まではずっとランの時はよっぽどじゃないとセナか陸に渡してたろ」

「……そうかもしれません」

「確かにヤード数は稼げるが、向こうも警戒するから結果として少ししか進めん。だが、多少のリスクを覚悟して走った雲水は30ヤードも進んだ。大成果だ!」

 

 

「しかし、俺の今の力では、」

「必要なのはパワーだけじゃない。気迫だ」

 

 

 溝六は興奮しながら続けた。

 

「セナと陸の走り。モン太へのパス。栗田の爆破。コータローのキック。それに雲水の不意を突く粘り強いランが加わってみろ。どれだけ戦略が広がる?」

「……」

 

 

 雲水は、自分の走りが炎馬の強力な攻撃の選択肢に入ることに少なからず興奮を覚えていた。

 

 

 

「そろそろ、練習に入ってもいいかもしれねえな」

「! 本当ですか。」

「ああ、チームの連携度も上がってきたし、相手に圧し付けられる選択肢も増えた。」

 

 

「って、なんのですか?」

 

 

 セナが尋ねると、雲水は口角を上げながら言った。

 

 

「炎馬の攻撃シリーズの開拓。ドラゴンフライだ。」

 




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今でも思うのが、『あんときドラゴンフライでごり押しされてたら負けてたんじゃね?』です。
確実性ならキックしかないので雲水が間違ってるとは言えないのですが。
栗田がバケモンすぎるのよ
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