それじゃあ、適当に話すとしよか。
ウチは
ギターの経験年数は……5年くらいか? 結構やってきたな。
何でギター始めたのかって……テレビで見たギタリストがカッコよかったから。
中学時代は部活に入らずずっとギターを練習してた。1日6時間はやっとったな。
で、高校に入って軽音楽部に入って……すぐやめた。
私はプロになりたかったけど、部の奴は皆青春のためだったからや。音楽性というか方向性の違いってヤツ。
地元のライブハウスに入って何度もバンドを組んだ。
……なんや、けったいな顔しおって。ああそう、何度も解散したりやめたってこと。
理由は……別になんだってええやんけ。そこでも青春ごっこしたいヤツしかおらんかったから。
ほかにも色恋沙汰とか……腕前の違いとかいろいろ。
地元でバンドクラッシャーなんてアホくさいあだ名がついたの知ってから上京して、今は配信とバイトで飯食っとる。
推してるバンド? ……結束バンド。ええ曲いっぱい出しとるし。
今は解散せんようにネットで声かけたお前らに給料払ってバンド組んどるわけ。とりあえず三か月契約でな。
お前さんらのおかげで未確認ライオットの審査も通って今度ライブ審査まで来た。
まあ、ウチのSNSでの宣伝とか、別アカで何度もうちらの曲弾きまくったのもあるけどな。
……ああ、ギターヒロインもウチや。使えるモンは体でん何でん使わんと損やろがい。
あえてギターファンの目に付きやすい、有名なギターヒーローと名前似せることで検索に出やすくしてるのがミソやね。
ネットじゃ直接関係ほのめかすようなことは言わんで勿論。エロで売ってることがばれると色々面倒やし……、多いねん、ギター1本で勝負しろって硬派なバンドファン。そういう考えは賛成するで。賛同は出来んけどな。
で、今はランキング30位ギリギリでもうすぐライブ審査って状況。
はい、語ったで。牛丼奢ってや。
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「理解できたけど、正直よくある話だと思ったわね」
練習後、スタジオの近所の牛丼屋で語った希望に対して、東は腕を組みながらバッサリと言い放った。
「さんざ訊ねまくっといて聞いたらそれかい」
「よくあるバンドマンじゃない。いくつかのバンド解散を経て未確認ライオット出場なんて。シデロス知ってる? あのバンドは2年間メンバークビにしまくってやっと形になったのよ」
「ああ、二年前に優勝しとったな。腕があるとそういうこともできるんやな」
「私も小森も、途中でクビとか無いから安心なさい。優勝目指して頑張りましょう。というか申し込み後にメンバー交代とかできないけど」
「ちゅーか、なんで私のこと聞いたん?」
「小森は私と同じ高校だからいいけど。貴女はまだ練習とデモテープの収録くらいしか交流ないでしょう? 私、お金だけでなく貴女とお友達になりたいのよ。良いバンドにするためにもね」
「……あっそ」
「もう行くわ。あとあんまり露出してギター弾くのはやめなさい。貴女は真面目なギタリストなんだから」
希望はシッシと煙たがるように手を振った。
特に気分を害した様子もなく、ただ少しため息をついて東は二人分の牛丼代を払うと肩で風を切って店から出て行った。
(ハン、友達とかやってられんな)
だが、腕は確かだ。
ヨーチューブでコアなバンドファン……否、楽器ファンなら知っているベーシスト、ジパングとは彼女のことだ。
登録者は2万人ほど。SNSで一切告知せず、コラボせず、ただ淡々と手元も見せずに演奏動画を上げているだけにしてはかなりの数である。
(アイツの希望もあったが、ジャイアントステップの動画で名前出さなくてよかったな)
変に有名人を出して「あのベーシストのいるバンド」なんてイメージがついても困る。実際、希望自身もギターヒロインの名前は一切出していない。
そしてドラマー、小森も彼女自身の名前は売れていないが、高校時代は全国まで行った吹奏楽部の打楽器パートリーダーだ。腕は確かにある。
(うちには勿体ない人材バッカやなぁ……)
だがそれでいい。阿野希望という人物が音楽で売れるには、周りで固めるしかない。
一生音楽で食べていきたいと思うなら、そして自分が検閲事項なら、なんだってやるしかない。
(そろそろ行くか)
「ごちそうさまでした」
「あいよー!」
希望はギターバックを抱えて街に出た。
希望の運ぶ足に迷いはなかった。あらかじめ調べていた場所に真っすぐ向かうだけだからだ。
新宿FOLT。ガールズバンド〈SIDEROS〉が拠点としているライブハウスである。
次の未確認ライオット、ライブ審査の行われる場所を下見するために来たのだ。
(この辺で合っとるはずやけど)
スマホ片手にキョロキョロと周囲を見回し……あった。向かおうとして、そのドアから二人の少女が出てきた。
「んー、動画の収録も疲れたわね。今回こそは伸びるわよね?『アルミ球』……」
「は、はい……そうですね……」(長谷川さんの目とか虚ろだったけど……)
「時に後藤さん。こないだも姐さんと路上ライブしたことあるって聞いたけど」
「はひ、あのすみません……」
「なんで謝るのよ」
一人は小柄で釣り目のツインテールの少女、一人は猫背でピンクジャージの少女である。
ピンクジャージの方はギターケースを抱えているだけだが、ツインテ少女はギターケースにハードタイプの黒いアンプケースを転がしている。
(ってあれシデロスのボーカルと結束バンドのギターやんけ!)
かたや未確認ライオット優勝者、かたや次の未確認ライオットの有力馬である。
正直、何を話しているのかすごく気になる。ガチで。
(ついていくか)
ついていくことにした。
「路上ライブね。今の私達からしたら無理してやるようなことではないわね」
「そ、そうかもしれないですね……」
(たしかに路上だと距離近くて怖くてあんまりやりたくない……)
「……まぁ、でもだからこそ今やると噂になるというか、語り継がれる気もするのよねー?」チラチラ
「はぁ……」
(なんやこれ)
大槻と一人がダラダラとしゃべりながら歩く後ろを、希望は会話が聞こえるギリギリの距離で歩いていた。
もう20分くらいあの調子である。
(結局大槻が後藤を遠回しに路上ライブに誘ってるだけやんけ。ほいで後藤が気づいてなくて全然話進んでへん。地獄みたいや)
(ちゅーか大槻がゴロゴロ引きずってるの充電式アンプやん。絶対この後路上ライブしたくて持って来とるやん。ほなら先に伝えとけや! さっきから同じところ回っとるだけやぞ)
(ほいで後藤も気づいてへんのか? 言い出せんのか? 仲いいのか悪いのかわからん!)
脳内でツッコミながら歩きながら近くの自然公園に差し掛かったころ。唐突に大槻がグリンと後ろを向いた。その眼は希望を補足している。
「さっきから、あなた私たちをストーカーしてるの? ギターケース持ってるし、バンドマン?」
警戒した低い声でそういわれると、希望も我に返った。
(そりゃ20分もついて行ったらバレるか。しかも同じとこぐるぐる回っとるし)
自分の正体をばらす必要はない。適当に嘘を吐くことにした。
「いやー、すみません。シデロスの大槻さんと結束バンドの後藤さんですよね? ウチ二人のファンでして、路上ライブって聞こえたのでもしかしたらついて行けば聞けるのかなって……」
「え、あ、路上ライブ!」
「えっ」
低い声は何処へやら、大槻の声が上ずった。正解だったようだ。
「そうね、そろそろこのあたりでやろうと思ってたわ!」
「え」
髪を払ってドヤ顔の大槻に、何が起きているかわからない後藤ひとりさん(18)。
「このあたりでいいわよね、後藤さん?」
さも当然のように訪ねているが、一緒にやろうなんて話していない。大槻がいきなりぶっこんだのだ。
一世一代の大博打に出た大槻。その大胆さたるや、ひとりの顔も修復でやらかしたイエスのように虚無の造形に変形している。
さて返事は。
「は、いや、まあ、大丈夫です……」
(あーっ、大丈夫って言っちゃった! どうしようやりたくないのに!)
ここは我らが後藤ひとり。青春の一ページ目が虹夏の拉致から始まった女である。断れるはずもなく許諾してしまった。
ひとりの葛藤なんて露知らず。大槻はその言葉を聞いた瞬間、キラキラと顔を輝かせて
「それじゃあ準備するわね!」
ウキウキでずっと持ち歩いていたアンプを準備し始めた。
明らかに手際が良すぎる大槻に、恐る恐るひとりが訊ねた。
「え、あの、大槻さん。急に路上ライブなんて怒られるんじゃ」
「もうあちこちに連絡はしてるから大丈夫!」
(外堀固めまくっといて本人には話してないんかい!)
これでもかと取れてない連携を大槻の情熱だけで成り立たせている。
結局希望は一ファンの体で嘘をついたため、終わるまで帰れなくなってしまった。
(まあ二人の演奏が聴けるなら問題ないか……)
ガチャガチャと準備している間、大槻が怖いことを言い始めた。
「あれ、音が出ない」
「じ、充電がないとか……」
「さっき満タンにしてきたからそれはないはず……」
せっかく準備したのに機材トラブルでグダって空気が悪くなるあの感じ。
なんとなく胃が重くなる感じが漂い始めた。
一ファンとして逃げられられなくなった希望は見ていられなくなり、
「もしかして姐さんが前に蹴っ飛ばしたやつかしら。目立つ傷はなかったけど……」
「あの、よかったらウチ見ましょうか?」
「え、あなたわかるの?」
「楽器ショップでバイトしてるんで……」
希望がざっと見てみると故障の原因はアンプ側のケーブル端子の接触不良。先ほどたまたま買っていた接点復活剤を吹きかけて擦ると、無事音が出るようになった。
「それってホームセンターにしか売って無くない? なんで持ち歩いてるのよ」
「あー……。ウチ中古で機材そろえること多くて。アンプとかよく不具合起きるんでそのたび自分で直してるんで……」
「す、すごいですね……!」
目を輝かせたのはひとりだった。感性が少年じみたひとりからしたら、先日見たアニメに出てきた蟹みたいな髪型のジャンク使いのようでカッコよく見えたのだ。
「ねえ、よかったらあなたも弾く?」
「は?」
唐突な大槻の申し出に希望は思わず聞き返した。
「あなたジャイアントステップのギターボーカルでしょ? その髪色と見た感じどこかで見た気がするのよね。注目のダークホースとかで少し話題になってたわよね」
腕を組んでデレる大槻と反対に、希望は冷や汗びっしりで戸惑った。
「え、あの……」(結局バレるんかい……)
「宣伝にもなるし、アンプ直してくれたお礼にね。あ、後藤さんからしたら敵に塩を送ることになるけど……」
「わ、私は大丈夫です、多分」
(アカン。これはアカンど。
(宣伝できるというメリットを加味してもまずい!)
「ウチはその……こういうのは苦手というか」
「だ、大丈夫ですよ、私でも上手くやれるから……!」
(なんでこいつは嬉しそうなん?)
なぜかひとりはドヤ顔でサムズアップしてきた。先輩面が鬱陶しいくらいである。
「ぐ、な、ほいだらせっかくやし参加させてもらおかな……」
これ以上ごねると空気が微妙になってくる。シデロスの大槻といえば新宿FOLTの代表的バンドの一つだし、ここで変にマイナスイメージを持たれるのもよろしくない。
「曲! 曲はウチが選んでもええですか? これなんですけど」
自分が一番弾きなれている曲を提案する希望。マイナーだが、昔から練習しているため希望の数少ない十八番だ。
「一回聴けば弾けるかも。後藤さんは?」
「わ、私も一回聴けば……」
(二人ともすごいな)
イヤホンをつけて二人が曲を聴いている間、希望はだんだんと冷めていく目つきで二人を見ていた。
自分が初見の曲を弾けるようになるまでどれくらいかかるか知ったら驚くだろうか。憐れむだろうか。
二人の準備が整い、自然公園でのゲリラライブは幕を開けた。
両隣で大槻とひとりのギターが唸り。
自分のギターからは騒音が聞こえる。
希望は、今すぐ逃げ出したくなった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「今日は二人ともありがとう! 最高の路上ライブになったわ!」
「あ、あの、ありがとうございます」
「……おおきに」
顔をキラキラさせながら大槻は二人の手を握ってブンブン振り、ひとりと希望の二人はぶんぶんと体ごとゆすられていた。
「後藤さんは前よりも合わせやすくなってたし」
それじゃあね、と新宿FOLTに機材を返しに行った大槻と反対に、ひとりと希望は駅に向かう。
ひとりの脳内では反省会が行われていた。
(今日の路上ライブ……。前よりは良くなったかも。……まあほとんど大槻さんと阿野さんの二人が合わせてくれたのもあるけど……)
(初めてお姉さんとやった時より緊張しなかったし……楽しかったな。)
(って阿野さんと何にも話してない! な、何か話さないと)
しばし沈黙が続き、ひとりは何か話そうとしては口をつぐむ。
何度目かの決意を胸に、「今日天気いいですね」と言おうとして、
「後藤さん」
「は、はい?」
「才能って、あると思う?」
「今日天気……え?」
「ギターヒーローって、後藤さんやろ?」
「ヴぇ!!??」
いきなりぶち込まれた。鳩が
「ウチ最初期からギターヒーローの動画見てん。ずっと追っかけとる。だから隣で聞いて分かったわ」
「は、はひ……」
「あとはちょうど結束バンドが新曲だしたらわりかしすぐにギターヒーローがカバー出してるし」
「ふへ」
「一時期結束バンドステッカーの位置まで一緒だったし。ステッカーというかシールの貼り跡やけど」
「ほォ!!??」
(最後の致命的すぎる!)
綺麗に剥がしたつもりだったのだが……観察眼がダンチすぎる。
希望はひとりの顔を一切見ないまま、少し先を歩きながらポツポツと話し続ける。
「私も動画投稿してんけどな。始めたばっかの頃にギターヒーローを見つけたときは嬉しかった。歳が近い女の子が同じように頑張っとるんやなって。
でも動画を投稿するたびにギターヒーローはドンドン上手くなっていて、ウチは怖くなった。ウチは全然上達しないのにって。登録者数も再生回数も追いつけないくらいになって……。今のギターヒーローも結束バンドもこれまでよりずっと魅力的になっとる」
「……」
「なあ、どうすればギターヒーローみたいになれるん?」
希望は振り向いてひとりを見た。逆光となった西日が希望を照らし、
そう尋ねる希望の姿は、帰り道がわからなくなった迷子の子供のような、泣きそうな顔をしていた。
ひとりは、
「……私は、――――――――」
「そっか。ありがとうな」
希望は、それだけ言うと街並みに消えていった。
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