「それじゃあ、一番最初の課題から潰しましょか」
一つ目の課題はボールが零れまくるという課題だ。
「試しに、スナップからパスまでを何度かやってもらってええですか」
「う、うん」
というわけで、栗田も呼んでパスフォーメーションを組んでみた。
栗田からスナップされたボールをセナが受け、モン太が走り出す。
すこしSステップして場所を調整して、セナが投げた。
打合せ位置より少し飛距離が足りなかったが、モン太が飛び込んでキャッチ。
もう一度やろうとしたところで、花梨が口を開いた。
「あ、やっぱり一回でええです。わかりました」
「えっ、もう!?」
「はい……。えっと、セナ君ボールを投げるときってボールの真ん中を掴んで高い位置に持ちすぎやと思います。だからちゃんとリリースできずに慣性ですっぽ抜けて、自分のタイミングも狙いもずれるんです」
一回見ただけで看破するとは。雲水は花梨の観察眼に舌を巻いた。
「え、今のそんなにダメだったか?」
モン太が尋ねると、
「普通のQBなら問題ないんですけど、セナ君みたいに手が小さいと問題なります。プロみたいにボールを真ん中でもって走るくらいに手が大きくて握力があるなら別ですけど、セナ君にはどっちも全くないので」
グッサリとセナの胸に突き刺さる。ちなみに雲水はできる。
「せやったらいっそ投げるギリギリまで両手で持つか、体に密着させるように保持して安定させた方がええと思います。ボールの後ろの方を掴むようにして……。あ、そんな感じです。
あとはラインの向こう側が見えないって話ですけど……いっそジャンプしたらええんとちゃいますか」
「こ、こうかな」
「あ、もう少しこっちに……」
ぎこちない構えを見かねて花梨がセナの腕をつかむ。
超至近距離でのレッスンだ。
「あ」
穏やかでいられないのは鈴音である。瞳をブラックホールよりも真っ黒に染めて練習するセナ達を傍観している。
「あ~……うーん!」
割り込んで言って止めに行きたいが、練習しているセナを邪魔したくない。
そんな乙女の心中に気が付かず、お菓子の袋から視線を外せないのはひとりだ。
(せ、せっかくだし貰おうかな……)
「あ、阿野さんは何食べますか?」
「じゃあ、コアラのデスマーチとってもらってええ?」
ひとりが箱から取り出し袋を破る。
「ありがと……」
鈴音はすっ、とさりげない手つきでひとりの手からコアラたちを取ると、むしゃむしゃ食べ始めた。
「あ……」
「じゃあ、きのこの海ある? たけのこの空でもええけど」
「じゃあこれを……」
「ありがと……」
また持ってかれた。
虚ろな目でお菓子をむしゃむしゃと食べる鈴音は普段の明るい様子から想像できないほど陰のオーラを生み出している。
似たようなことは前にもあった気がする。飲み会の際、セナの隣に廣井が座った時だ。
もしかして鈴音は……。
(結構食いしんぼ)
「すずちゃんてセナ君のこと好きなん?」
「え?」
「は?」
空気が一瞬凍った。
そして解凍された鈴音は、
「そそそそんなわけ
セナとはただのチーム
誰かと付き合うこと
「は、はあ」
「……あーい」
早口でまくし立てるとと鈴音はローラーブレードを駆って去っていったあっという間。
唐突なラップに合いの手しか出せないピンクギタリスト二名。
わかりやすい反応に二人は合点がいった表情だ。
(わっかりやすいなあ)
(鈴音ちゃんラップできるんだ)
失礼、ひとりは理解できなかったようである。嘘だろ。
「あ、ええフレーズ思いついた」
(私も……なんか思いついた歌詞メモしとこう)
それぞれスマホとスケッチブックを取り出した。
どこまでもアーティストの二人は珍しいインスピレーションを元に創作を始めるのであった。
「タックル練行くぞ!」チラ
「おいしょー!」チラ
炎馬のライン勢は攻撃ラインと守備ラインでタックルの練習である……のだが、どいつもこいつもベンチに夢中である。
仕方ない。なんせ今日は女性が2名も来ているからだ。我こそは! と気合の入ったタックルをぶつけあってはベンチを見るので鬱陶しいことこの上ない。
(((見てくれ、俺の熱いスポーツマン魂を!!!)))
だが、何度か見たところで二人はそれぞれスマホとスケッチブックに夢中なことに気が付き、馬鹿ども全員が膝をついた。
「おい、ちょっと休憩しようぜ」
国木田の提案で休んでいると、人数分のスポーツドリンクを用意した鈴音が来た。
「おう、ありがとう鈴音ちゃん」
ちなみに炎馬組は全員鈴音に対してそういった目線は向けない。
誰も彼もどっからも鈴音はセナに
「あっちにも持っていきなよ、小泉さんとか疲れてるんじゃない?」
中村が言うと、鈴音は気まずそうに
「えーと、あっちはちょっと」
「はい?」
ジャガイモ共がそちらを見ると、そこには花梨が文字通り手取り足取りセナに投げ方の練習をしているところだった。
「「「…………」」」
「あの、ザッキー? 大丈夫?」
「
「は? 自分?」
「ちょっと山崎? 首根っこ離してくんね?」
山崎が立ち上がると、中村を連行して列に向かった。国木田はすでに〈休め〉の姿勢でライン組の前に憮然と立っている。さながら訓練された海兵隊の指揮官のようだ。
いったい何が起きているのか。鈴音が尋ねる前に国木田は全員の前を左右に歩きながら唾を飛ばして声を荒げた。
「今この時をもって、我々は剣を振り上げるのだ!!!」
「「「サー、イエッサー!!!!」」」
「貴様らはうじ虫か。それとも●●主義のブタか!? 全員に等しく与えられる餌をただ待ち続けるブタか!?」
「「「サー、ノー、サー!!!!」」」
「その通りだ! 待っているだけでは何も得られない!! 我々は戦い、勝ち、つかみ取らなければならないのだ!!!!」
「「「サー、イエッサー!!!」」」
「野郎ども!!! 我々ラインの特技はなんだ!?」
「「「殺せッ、殺せッ、殺せッ!!!!!!」」」
「フィールドの敵がいる!! 野郎ども、どうするんだ!?」
「「「殺せッ、殺せッ、殺せッ!!!!!!」
「その通りだ!! 行くぞくそ野郎どもッ!!!!!!」
「「「YA--------HA---------!!!!!!!!!!!!!!!!」」」
全員の目は血走り、正気の沙汰とは思えない。まるで狂信者の集会だ。
「それじゃあ、小泉さんの教えをもとに実戦形式の練習を始めよう。栗田はスナップの準備、モン太は定位置について……って何だあれ!?」
花梨がグラウンド端に移動し、雲水が指示を出していると怒声が聞こえてきた。
見てみるとやばい奴らがこちらに向かって走ってきていた。
グラウンドの向こうから来るは
自分たちを殺さんとする勢いである。
「あわわ、皆落ち着いて……えええええ!?」
栗田がブロックに向かうも、まさかの轢き倒されてしまう。
「やべえぜセナ! 栗田先輩がやられるんなら俺らひき肉だぜ!」
「ヒィィィィィィ!?」
すでに危険を察知した陸は逃走済み。モン太も走り出しているし、自分も逃げるべきだ。
なのだが……。
(デイライトが見える……)
嫉妬の炎に駆られた先輩たちの隙間に最適解が見える。
そして、その間でなぜか光が止まっている。
(もしかして、あれがボールを投げるのに一番最適な場所?)
確証はない。だが、やってみたい。
「モン太!! ポスト!!」
「! おう!」
セナは困ったような表情で自信ありげにモン太にパスコースを叫ぶと、モン太は迷わず駆けだした。
モン太が駆けあがる間、セナは全力で先輩たちを躱していく。
ランニングバックとして駆けあがるいつもの走りとは違う、攻撃をかわし続けてワイドレシーバーが目標の場所へ行くまで時間を稼ぐ走り。
躱し続けることで敵をひきつけ、防御が薄くなったフィールドをモン太が駆けあがる。
ガタイの良い先輩ラインマンによってモン太が見えなくなった。
だが、思い切り飛べば問題ない!
かつて王城ホワイトナイツ、進 清十郎を飛び越えたときの様に直上に飛ぶと、モン太が見えた。
走りの勢いと腕の力を使って投擲。指に集中し、リリース時にのみ力を込めて投げる。
ブレながら歪に空気を引き裂いて飛んだボールは、手前に飛び込んだモン太の手に収まった。
一流プレイヤーが見たらドン引きしそうなほどの荒れ球だが……確かにモン太の手の中に。
モバイルクォーターバックのその一端。セナは何かを掴んだような気がした。
その日の練習を終え、正気に戻ったラインたちがグラウンド整備にかかるのをよそに、セナ達はグラウンドの出口にいた。
「なんか今日はすみませんでした……」
「いえいえ、全然きにしてへんので……!」
お互いに頭を下げて謝りあう。
「やっぱ似てんな二人とも……」
「こ、小泉さんはまた来るの?」
鈴音が思い切って尋ねると、花梨は
「もしまた何か聞きたいことがありましたら連絡くれれば……インタビューも後でメールで送るので返事貰えればええので」
「あ、はい。またお願いします!」
セナはまだまだ学びたいことがある。力強く答えると鈴音は絶望に顔をゆがめて冷や汗を流し、他のメンバーはセナに(マジかこいつ……)といった表情を浮かべた。
「大事なのは回転ですから、いっぱい投げて練習してください」
「なるほど……ありがとうございました!」
「回転……か」
「おう、ヒル魔先輩のボールもキレイな回転してたからな。目指せデビルレーザー
モン太が意気込み、セナはボールを持つ手に力が入った。
「なんてったって、次に戦うのはムサシさんたちなんだから」
ダン! と音がして木の板にペンで書かれたダーツの的、その真ん中に矢が刺さった。
「それじゃあ、俺はこの後メシを奢ってもらっていいのかい?」
テンガロンハットの形を整えながらひげの男は申し訳なさそうにいい、
周囲で見ていた男たちは、息をのんだ。狭い事業所だが、明らかに空気が変わった。
別にダーツの真ん中に命中するなんて絶句する程大したことじゃない。良いコントロールだが、何度も投げていれば当たるようになる……ようは頑張れば誰でもできるものだ。
だが、彼らが驚いているのは投げられた「矢」だ。
太さ数ミリ、長さ五センチのネジ。らせん状に溝が掘られたそれがたった今ダーツに、投擲して、刺さったのだ。
本来工具で回しながら木材にねじこんでいくそれを、投げた際の回転だけで的に突き立てる。
神業とも呼ぶべき所業だ。
「ハアアアアアアアア!? キッドやべえええ!!」
刺さったネジをチョイチョイと触りながら興奮気味に話すのはたらこ唇が特徴的な男、黒木だ。
夕飯をかけてダーツ対決を申し込んだ黒木だったが、一投目にして敗色濃厚である。
一発勝負を申し込んで、刺さった瞬間に矢を引き抜いてイカサマしようと画策していた黒木だったが、こうも刺さってしまうと卑怯も糞もない。
「サボってないで片付け手伝え」
ぎゃあぎゃあわめく黒木を蹴飛ばしたのは武蔵工務店の職人、ムサシだ。
武蔵工務店。ムサシの実家であり就職先であるここは、泥門高校を卒業した黒木と戸叶、そして西部を卒業したキッドと鉄馬が務めていた。そしてもう一人。
「痛ってえええ!?」
「ラインがわめくな。暇なら戸叶を手伝え」
「ああ、あいつ何やってんの?」
「峨王のスレッド作ってるぞ」
「ハアアアアア、あいつまた壊したのか!」
「ふん、今度の試合相手聞いたらずっとあの調子だ。お前も見習え」
「ぜってー無理だろ!」
「まあ、ムサシもあんまり無茶いうもんじゃないよ」
キッドは呆れたように矢を取ると、ビスケースに戻した。
「だって彼のそれ、街路樹の植樹用で余った樹にグラスウール保温材*1適当に巻いて作ったやつでしょ? それで満足に練習できるの峨王くらいでしょ」
「ほら、出来たぜ」
「ああ、助かる」
ショベルカーを巧みに動かして仕舞った戸叶が戻ると、峨王は満足げに礼を言った。
武蔵工務店の敷地内、ちょっとしたスペースに一本のカエデの木が植えられた。
太い一本のそれには黄色っぽい保温材が巻かれており、これなら思い切りぶつかってもあんまり怪我はしなさそうである……別にクッション性は高くないのだが。綿のくたびれたボクシンググローブくらいはあるだろうか。
「前に作ったやつも壊れたしな。抜けたんだっけ」
「ああ、根元から倒した。……フン!!!!」
峨王は我慢できなくなってカエデの木にタックルした。ズドン!! と車でもぶつかったかのような重たい衝撃が響き渡り、カエデの葉が何枚も落ちてくる。
「気合入ってんなあ」
「当たり前だ。もうすぐ炎馬ファイヤーズと……栗田とまた死合えるのだからな」
お読み頂きありがとうございました。
よろしければ感想ここすき、お気に入りをよろしくお願いします。
やる気が
でます!