Brave×Beat   作:明石雪路

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九死に一生を得る午後7時

 

 

 

新宿。午後6時を回ったころ。あるレンタルスタジオにて。

 

 

「それじゃあ、15分休憩ね!」

 

 

 

 ガールズバンド《SIDEROS》リーダー、ギター兼ボーカルの大槻ヨヨコはそう言ってスタジオのソファに体を沈めた。

 

 

SIDEROS 新宿を中心に活動するメタルバンドで、インディーズでありながら多くの知名度を誇る若手人気バンドである。

 

 

「ふー…」

 

 

 大槻は疲れにため息を突きながらポケットからスマートフォンを取り出し、そわそわとチェックしていた。

 

 

新宿FOLTのライブスケジュールを確認、『SIDEROS・結束バンド~18:00』と記入されている。

 

 

 

その文字列を見る度にツインテールがぴょこぴょこ動き、目付きが3割増で柔らかくなる。実際には黙ってスマホを見ているだけなのだが、どうにもやかましく見える不思議だ。

 

 

「ヨヨコ先輩ずっとあんなでうるさいっすね」

 

 

 そんなムスッとした表情で感情豊かに動くリーダーを見て、朴訥に感想を述べたのはミネラルウォーターとエナドリを抱えて部屋に戻ってきたドラムの長谷川あくびだ。

 

 

 

「一週間くらい前からあんな感じだもんね~」

 

 同じくドリンクを抱えて戻ってきたギターの本城楓子はまるで娘を見守る母親の様に優しい目で自分たちのボスを見ていった。次の日の予定を楽しみにしてソワソワする様は子供のようだ。

たが、ベースの内田幽々はありがとうと水を受け取りながら、少し前の出来事を思い出して呆れていた。

 

「あの時の誘い方は流石に引いたな~…」

 

 

 

 

 

 

 時は1ヶ月ほど前に遡る。

 

 

 

 

 楓子の芳文大学入学式にSIDEROSメンバーが集まった際、大学にたまたま結束バンドリーダーである虹夏が居合わせたのである。

 

 

「けっそ…伊地知虹夏!」

「あ、大槻さん! SIDEROSの皆も」

 

 

 

 大学に忘れ物を取りに来た虹夏は、珍しく大学に勢ぞろいしている知り合いに驚いた。

 同時に、楓子の手に一年前に自分が握りつぶすほど眺めた見覚えのある用紙を見つけた。

 

 

「あれ、ふーちゃん受験票持ってるってことは」

「芳大受かりました~」

 

おっとり笑顔でピースサイン。

 ライバルバンドであれど友達の合格は素直に喜ばしい。虹夏は楓子の合格を寿いだ。

 

「お~おめでとう!」

「私も受かっててたっす」

「あくびちゃんも! おめでとう! ぼっちちゃんも喜多ちゃんも受かってたし、結束バンドもSIDEROSも安心だね」

「それはおめでとう。それで……その」

 

 

大槻は腕組みしながら指で上腕をタンタン叩きながら言葉を選ぶ。

相変わらずッスね。

 

 

あくびはリーダーの真意に気づき、あっさりと言った。

 

 

「これからヨヨコ先輩主催の入学式おめでとう会行くんですけどどうっスか?」

「えっ、いいの?」

「勿論よ!!!」

「声デッカ!!」

 

 

 鍛えられた声量でおもっきし承諾され、虹夏は泡を食った。

 

 

「ヨヨコ先輩の奢りだし安心していいっスよ」

「もっ………………………………………もちろんよ」

「今すんごい間があったけど」虹夏は鼻白む。

 

 

 

 だが、これから同じ大学に通う後輩の門出なのだ。

 

 

「まぁ先輩だし、めでたいし私と大槻さんで出すよ! ね?」

「伊地知さん……!」

 

 一瞬で顔がふやけて熱い視線を送る大槻。

 

(なんでこの子一回は見栄を張るのかな)

 

 

 いつか騙されるんじゃなかろうか。虹夏は目の前の同級生の行く末を案じてしまった。

 

 

 

 

というわけで焼肉屋《焼肉王》に到着したSIDEROS一行と虹夏は着くやいなや早速肉にありついた。

 

「そ、そういえば最近どう?」

 

カルビを掴みながら話を振ったのは大槻だ。

 キムチをつまみながら虹夏はため息混じりに答えた。

 

 

「それがSTARRYの上階から漏水出ちゃってさー、そのまま音響設備とか色々点検するからライブの予定流れちゃって」

 

延期になったしまだ先だしあんまり大事にならなかったけどね〜…と多少の落胆を見せながらキムチを喰らう虹夏。

 

 

「ふ、ふーん」

 

 まるでその話を知っていたかのように大槻は棒読みの反応をとった。

 

 

 

「そっ、そういえば来週新宿FOLTでライブするんだけど、対バン相手に1つ空きが出ちゃったらしくてね? いや〜困ったものだわ本当に」

(((ヨヨコ先輩……!)))

 

相変わらずの遠回しなお誘い。ここまでのツンデレは天然記念物である。シデロス一同は心をリンクさせて呆れた。

 さらに楓子はあることに気が付く。

 

(合格発表の時にお祝いしたのに今回もお祝いするのなんでかなって思ってたけど…。もしかして結束バンドのその事情知ってたからわざわざこの場を設けようとしてた?)

 

 

ストレートで誘えばいいのに大リーグボール2号の如く紛らわしくて遠回りな変化球をぶち込む大槻にSIDEROSメンバー全員が引いていた。

 

 

 

「え〜、直前にそれは大変だね。私バンド仲間の知り合い少ないから力になれないや……」

虹夏は申し訳なさそうに答えた。純粋に協力できないことを悔やんでいるようだ。

 

 

ホラ気づかれてない。消える魔球なぞ投げるからである。

大槻はプルプル震えながら、

 

 

「いっ……やぁ〜、私たちとの対バン相手なんてそれこそ実績のあるバンドじゃないと務まらないから探すのに苦労するわ〜」

「有名になると大変だねぇ」

 

 

 しみじみとホルモンを焼く虹夏。

 もはや嫌いなんじゃないかというレベルで大槻の気持ちに気づかれず、大槻のキャパを超えようとしていた。

 

 

「へっ、ほっ、ふっへっ…………」

 

せっかく作ったドヤ顔が引き攣り、顔面神経痛の患者のごとく歪む。大槻の口からは空気しか漏れてこない。

 

 

「ヨヨコ先輩ぶっ壊れた!」

 

 

 結局、あくびが次回のライブに参加してくれないかと打診し、無事に承諾となったのだった。

 

 

 

 

 

 

 時は戻り、現在。

 

 

「ヨヨコ先輩~、そんなに楽しみなんですか~?」

 

 

 幽々が見かねて話を振ると、大槻は顔を真っ赤にした。

 

 

「そ、そんなわけないでしょ! 明日寝不足で来れないなんてことがあったら困るなって思っただけよ!」

「ライブ前に毎回寝不足で死にそうなのはヨヨコ先輩っスけどね」

 

大槻の手にはエナドリが握られている。大槻はライブ前は3日前から緊張で寝られなくなるので、エナドリを摂取しないと日中活動できないのだ。

 あくびのツッコミもどこ吹く風、ヨヨコはロイン通話を起動した。

 

 

「え、いきなり電話するんですか?」

「今日夜更かしなんかして明日のライブに支障があったら困るからね!」

 

 

 何回かコールが成り、電話がとられた。

 

 

「もしもし、伊地知さん? 体調はいかがかしら。崩してない?」

「いきなり体調聞いてくる電話なんて聞いた事無いっスね」

 

 

 しかし、電話口から聞こえてきた声は大槻の想像しようのないものだった。

 

「ああ、大槻さん…………………」

 

 まるで死人のような生気のなさ。いつも快活とした虹夏の声とはとても思えなかった。

 

 

「え、あの、大丈夫? 明日ライブだけど……」

「ああ、うん……大丈夫……。明日は………うん…………」

「え、ちょっと?」

「ごめん、ちょっと切るね……」

「ちょっとまtt…」

 

 

 プツリと通話が切れた。

 

 

「え」

 

 

 あくびも楓子も幽々も今の電話の内容が聞こえていたので何も話すことが出来なかった。

(100パー何かあったやつだ……)

 

 

 大槻だけが、

 

 

「え?」

 

 

 

 

 

同時刻。STARRY

 

 

 結束バンドのメンツは机しか残っていないライブハウスで四人頭をそろえていた。

 

 

 

「まさかお前らまで渡してるとはな……」

 

STARRY店長、伊地知星歌は冷や汗を書きながら言った。

 

 

「一応私はバイト代のおまけのつもりで渡してたし、てか今度改修後のうちでやる分のだからいいけどよ…お前ら明日のライブので自腹だろ」

 

何とか無償譲渡分は20枚に済んだことが発覚した。よかった……な訳ない。まだ4万円赤字である。

 

 

「す、すみません伊地知先輩、この間5人くらいならバンド経費で出せると聞いたから後で言えばいいかなって……」

「まぁ、まさか同時に全員が5枚マックス渡すとは思わないよね……どーしよー、アメフト部の人全員で来るのかな……」

 

心底申し訳なさそうに謝る郁代に、しゃーないしゃーないと虹夏は手を振る。だがその手もどこか力ない。

 

「鈴音ちゃんと話してたら盛り上がっちゃって……」

「モン太が良い奴だった。」

 

反省しながら話す郁代とどの口で言ってんだ山田。

一方で、

 

(小早川くんたちに返してって言う?)

(自分から言い出したくせに?)

(多分、返してくれると思う……けど)

(元気出して欲しくて渡したのに自分から落とすなんて……!)

 

 

ひとりは膨れ上がる罪悪感で溺れそうになっていた。

 

「あっ、ひとりちゃんが蕩けちゃう」

 

水分量をミスった粘土の様に形を崩すひとりに、慣れた手つきでコテを取り出して成形する郁代。すると虹夏は、

「仕方ない、ここはもう受け入れよう!」

 

机を叩き、キッパリと言い切った。

 

「え、そんなことして大丈夫なんですか? 最近機材車買ったのに」

「大丈夫! 次回の皆の収入から差っ引きます! 連帯責任!」

「なにっ」

 

 

『結束バンドは有限会社』『労働者に権利を』

 

すっからかんのライブハウスの何処から出したのかプラカードを掲げて抗議活動を行うリョウ。バンド収入とバイト代で生活しているリョウにとって減給は死活問題である。

 

 

「聞きません! リョウだってモン太くんにあげてたじゃん! てかリョウがタダでチケット渡すとか珍しくない?」

「……」

 

虹夏に不思議に思われ、リョウはミッフィーの口になりながらそっとプラカードを閉まった。

 

(虹夏をネタにリストバンド売ったなんてバレたらシバかれるな……)

あんな話で買っちゃうモン太が可哀想になったとかライブにハマれば恵恋奈の様に推してくれるのでは、なんて思惑があったが黙っておいた。

ちなみに恵恋奈とは日向恵恋奈、山田リョウのガチオタクであり推しの養分になりたいオタクである。

 

「まぁいいけど、そういうわけだから……」

 

 

そこまで言ったところでロインがピロン☆と鳴った。

虹夏のスマホだ。相手は『金剛雲水』とある。

 

「雲水くん?」

 

ロインを開く。そこには

『結束バンド

伊地知虹夏様

春風駘蕩の候、いかがお過ごしでしょうか。

 

さて先程はライブのチケットをお譲りいただき、誠にありがとうございました。炎馬ファイヤーズを代表しまして心より御礼申し上げます。

 

しかしながら我々は既にアルバイト代を既に譲り受けており、これ以上の報酬は身に余る物と感じております。つきましてはアルバイトに参加した5名分のチケットを買い取らせていただき、余剰分を返却しようと考えております。

 

差し出がましい提案ではございますが、ご一考していただけたら幸いでございます。

 

お忙しいところ恐れ入りますが、よろしくお願い致します。

 

 

金剛雲水』

 

 

「文面カッチカチ!」

「こ、これって」

 

 

ひとりが震えながら文面を指さす。

要約すると、

 

『チケットは返します。5枚分買います』

 

 

「「「「雲水様!」」」」

「うるさっ」

 

 

結束バンドは絶叫し、星歌は顔を顰めた。

 

 

数分前。

 

「今ここにチケット25枚集まっちまったな」

「ど、どうしようか。というかこんなに貰っていいのかな。アメフト部全員で誘われてるとか……?」

「喜多ちゃんは後で言っとくわよって言ってたけど……」

「あ、僕のだけ日にち違うや」

「確か栗田は店長から貰ってたな……ふむ」

 

 

ライブハウスからの帰り道。全員がライブチケットを貰っていたことが発覚し、ミーティングが設けられた。

 

全員の意見を聞いた雲水は一考して、

 

「もしかして結束バンドの皆さんは全員が後で報告するつもりで渡したんじゃないか? それならアメフト部に20枚ではなく皆5枚貰ったのも頷ける。栗田のはバイト代に上乗せされた報酬だろう。『色つけといたぜ』と伊地知店長が言っていたしな。それぞれが5枚だけ渡すはずが懇意が重なって20枚も無償譲渡する形になってしまったのかもな。

15枚は返却して、5枚も買おう。聞けばシデロスというバンドも有名で買うのに一苦労なライブチケットのようだし、優先で買えるだけ得したと言うことで……どうだろうか?」

 

 

雲水が全部看破した。

更に上に紳士な提案をしたおかげで、誰も反対せずに決まった。

 

 

 

 

 

 

 

「何とかなってよかったわね!」

「え、ええ本当に……」

 

一件落着し、郁代とひとりは帰路に着いていた。

 

(土下座して謝罪する羽目にならなくてよかった……)

 

言葉以上にひとりは安堵していた。そんな心中も露知らず、郁代は気になったことを口にした。

 

「そういえばひとりちゃん、小早川くんにチケット渡したのよね? 正直ひとりちゃんが誰かを誘ったのって意外ね」

「あっそっそれは」

 

 

ひとりは言葉を選びながら、

 

「小早川くんが最近アメフトで悩んでることがあるみたいで。大会の映像とかじゃすごく堂々としてたからなんだか意外で……。

私が高一の時に文化祭ライブが嫌で悩んでた時はお姉さんにライブに誘ってもらって、昔陰キャだったって話聞いて、自信もってって励ましてもらって、それでやろうって思えたから……。こんな私でも出来るから大丈夫だよって……」

 

郁代はひとりが言葉を綴るのを聞いた。そして、

 

(ひとりちゃんが誰かに元気になって欲しくなってライブに誘うなんて……他の人に恐怖より興味が出てるって事なのかしら?)

 

会ったばかりの頃は目を逸らすどころか全身隠すほどだったのに、今は自分から友達を誘うほどになるなんて。

 

 

郁代はなんだか胸が暖かくなるような気分がした。

 

 

「それってすごく素敵ね! 明日のライブも絶対成功させましょう!」

「は、はい!」

 

郁代はひとりの手を取り、力強く握った。




あれ……ライブ回になるはずが作中時間2時間経ってない……。


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