たった一つの物語を求めて   作:黒プー

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プロローグ

 物語には、必ず終着点というものが存在する。それがどれだけ悪いものであったとしても、逆にどれだけ良いものだったとしても、物語というものは必ずそこで終わってしまうものなのだ。まったく、残酷なものだろう? 

 ...ここに一つの本がある。長い道のりを歩み、そしてその果てに自らの求めるものを得ることができた人物の物語だ。彼女の物語はごく最近終わりを告げた。彼女はずっと探し求めていたものを得ることができ、だからこそこの物語は終わりを告げた。終着点にたどり着いてしまったのだ。

 

「...だが、君はそれでいいのかな? 都市の大半の知識を飲み込み、今もなお狙われ続ける図書館の主となった方、蒼白の司書殿よ。君はそのエンディングに納得しているのかい?」

 

 男は目の前の蒼白の司書と呼ばれた彼女にそう問いかけた。

 だが彼女はその冷たい視線を変えることなく言葉を返す。

 

「ええ。少なくとも、あなたの語った通り、欲しかったものは得たから。欲しかったものを持っているなら、終わり方に満足していないわけがないでしょう?」

「ほう。その割に、あなたはずいぶんとこの本を大事にしているようだけれどね」

 

 そういった男の手の中には、『黒い沈黙』と銘打たれた本が握られていた。

 確かにその本は大切にされていたようで、二人の周囲にある乱雑に積み重ねられたほかの本よりは、幾分か状態が良いようであった。

 それを見た彼女は、ここに来てやっとその冷たい視線に動揺を宿す。

 

「...その本、どうやって持ってきたかは知らないけれど。貴方のような人間が持っていてはいけないものだということは、貴方も気が付いているのでしょうね?」

「はは、これは異なことを。君にとって、これはもう必要ないものであるはずだ。だが君は自分でこの結末に満足しているといった。であればこの本、あなたの夢を壊さんとしていた者の物語は...必要ないはずだろう?」

 

 そう言った男がその本を宙に投げると、化学か魔術か、あるいは幻術か。その本はまるで火をつけられた神のようにして、燃え尽きていく。

 ...それを見た蒼白の司書の動きは、早かった。

 彼女は男の首をつかむと、言うが早いが床に打ち付け、そのうえで脅しをかける。

 

「その本が私のものである以上、私が望まなければ燃えるはずがない...あの本はまだあるはずよ。出しなさい」

「これはこれは、ずいぶんとお怒りのようだ。無論本をお返ししても構わない。少なくとも、私はこの本の原型となった人生に興味はないのでね。構わないのだけれど...それは取引の後ということでどうかな?」

「取引なんて、この状況でできると思っているの?」

 

 蒼白の司書はそう言い、さらに首をつかんでいる手に力を込める。

 当然それに合わせ、肉がちぎれるような音が男の首から聞こえてくるが、男がそれをやめるよう望んでいる様子はない。それどころか、彼女にとって気味が悪いといえるような満面の笑みで言葉を続ける。

 

「ああできるとも。あの本は今君から見えない()()にある。そしてその場所を知るのは私だけだ。この意味は分かるだろう?」

「..」

「具体的にどこに隠したかといえば...そうだな、少し前に次元移動の能力を与えた彼女...確か、紫の涙といったかな。彼女が行うそれと似たような類のものだ。つまり私を殺してしまえば、それを引き出すことはもうできなくなってしまう。...どうかな、取引をする気にはなったかい?」

 

 それを聞いた彼女は、男の首を離した。

 自由になった男は服についたらしいほこりを払い落し、服装を正しつつも再び話を続ける。

 

「どうやら理解してくれたようだね。話が早くて助かるよ。イオリの時はひどかったんだ、ひどく気が動転していたからか、能力を渡した後すぐに飛んで行ってしまったんだ。おかげで能力は不完全になったらしいがね」

「...あなたのおしゃべりに興味はないわ」

「そうか。それは残念だ。...では、契約と行こうか」

 

 男がそう言いながら指を鳴らすと、虚空からいくつかの紙がひらひらと舞い降り、彼女の手に収まる。

 

「できれば読んでほしいのだけれど、きっと警戒されてしまいそうだから代わりに説明してあげよう。...といっても簡単な内容だ。君はもう一度君が歩んできた物語をやり直すだけでいい。その道を歩むお膳立ても、そのサポートもすべて僕が請け負おう」

「...この契約、私から見ればあなたに利益がないように見えるのだけれど?」

「いいや? 君から見たらそうかもしれないが、少なくともこの話は僕にとって利益のあるものだ。だから君は、その紙にサインをするだけでいい。たったそれだけだ。昨日の約束がするような、陰湿な契約も入れていないから、安心するといい」

 

 それとも、君はやり直したくはないのかな? 

 説明を終えた男は、最後に彼女に対してそう言い放った。それを聞いた彼女は...その契約書に、つたない文字で自らの名を書き入れた。

 男はその様子を見てにんまりと笑うと、サインが入った契約書を先ほどと同じように燃やすと、代わりに黒い沈黙と銘打たれた本を彼女に返した。

 

「さあ、ここに契約は完了された。これからしばらくの間よろしく頼むよ、契約主殿」

「...その前に、あなたの名前を聞いてもいいかしら? 契約した悪魔の名前を覚えておいても損はないでしょう?」

「はは、悪魔だなんてひどいことを言う...でも、あながち間違ってはいないだろうね」

 

 そう言って笑った男は、自分の名前を彼女に告げた。

 

「私の名前はコンラッド。君の物語をほんの少しばかりのぞかせてもらう、ただの脚本家だよ」

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