たった一つの物語を求めて   作:黒プー

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23区の一角

カーリーという新米フィクサーにとって、23区は彼女のすべてであった。

巣の中にもかかわらず決して安全とは言えず、むしろ人が住むべきとはとても思えないほどの危険なその場所は、それでも彼女にとって家であり、故郷であり、そして彼女にとって守るべき人たちがいる場所であった。

だが彼女がどれだけその場所を大事に感じていたとしても、周囲の環境が変わるはずもなかった。ゆえに彼女はフィクサーという簡単に暴力をふるうことができる職に就いたのだ。

幸いその職は彼女にちょうど良いものだったらしく、彼女はめきめきと頭角を現していくことになる。

今日もまたフィクサーとしての依頼を達成し、帰路についているそんな中、彼女の耳に乾いた破裂音が響いてくる。

 

「...銃か?珍しいな。」

 

銃とはこの巣において非常に珍しいものだ。というのも、この巣を管理している頭が銃に対して最底辺の人間が人生をかけてようやく5丁買えるかどうかといった金額を銃に対して課税しているためである。

持っている人間がいたとしてもそれは裕福な金持ちといった人種であり、故に銃声というものがこの人すら近寄らない23区の一角で聞こえるというのは妙な話なのである。

 

「...」

 

とはいえここは巣の中でも最も危険であると評判の23区だ。それに彼女のクラスアパートが近いということもあり、彼女は守るべき人たちのためにもその銃声のありかを探ることにした。

 

 

 

 

裏路地の複雑な道を断絶的に響き渡る銃声を頼りに進んでいく。

その先の路地が、どうやら銃声のありかだったらしい。

その薄暗い路地にて、安っぽい香りのする煙草を吸いながら立っているのは一人の男。どうやら彼が銃声のありかだったらしい、その右手には拳銃が握られている。

そしてその周りにはそれなりの数の死体が転がっていた。死体の握る手製の武器を見るに巣の最底辺の住人達...俗にネズミと呼ばれる人々のものであるようだとカーリーは感じた。

ネズミたちの死体程度ならその辺に転がっていることが23区の日常である。それも目の前の男を見るに、このネズミたちは彼に襲い掛かった上で死んでいるのだ、返り討ちにされたということくらいは見なくてもわかる。

であれば気に留める必要もないだろうと考えたカーリーは、その死体を作り出したのであろう男に話しかける。

 

「...あんた、どこの出身かは知らないけど...金持ちならこんなところにいないで、さっさと家に帰ったほうがいいと思うよ。迷ったっていうんなら、案内くらいはしてやるけど。」

 

男はその言葉に対し吸っていたたばこを捨てるとカーリーのほうへと向き直り、言った。

 

「いいや、あいにく迷子ではない。待ち人を待っていたんだが...どうやら来てくれたようだからね。」

「待ち人...って、ここにはあんたと私しかいないだろ。」

 

まさか私を待っていた、なんてばからしいことを言うんじゃないだろうな。

カーリーはそんなことを考える。

 

「ご名答だ、私の待ち人は君だよ、カーリー。」

「...どこで私の名前を知ったんだ?」

 

カーリーは懐から武器を取り出し、構えながら言った。

自分を待っていたといい、名前を知っており、その上ここは路地裏の奥も奥。これほど相手を殺すのに特化した場所はない。故に彼女が武器を抜くのも納得の状況といったところだ。

だが警戒している彼女に対し、男はむしろ出していた銃をホルスターにしまうと、路地裏に捨て置かれた家財道具に腰を下ろし、新しい煙草に火をつけようとしていた。

 

「落ち着け、少なくとも私は君に対して害を与えようだなんて考えちゃいないさ。少し少しばかり人脈作りに励もうと思ったのと...君に少しばかりの警告をね。」

「...警告?」

「ああ。君の隣人についてだ。」

 

男は煙草の味が気に入らなかったのか若干せき込みつつ、言葉を続ける。

 

「あまり隣人を信じるべきじゃない、とだけ。君もここがどういう場所かはわかっているだろう?君は彼らを信じすぎているよ。」

「...少なくとも、あの人たちはお前よりは信頼できる。あまり間抜けなことを言うならお前をここで切り捨ててその銃を奪ったっていいんだぞ。」

 

カーリーのその返答に対して、男は対して期待していなかったからか肩をすくめつつ言葉を返す

 

「おお怖い、あの赤い霧の警告ともなると凄みが違うね...わかった、少なくとも私の要件はこれだけさ...今はおとなしく帰らせてもらうとしよう。」

 

では、また会おう。

そういった男は裏路地のさらに奥深くへと向かう道に突き進んでいく。

 

「っ、おい、そっちは奥に向かう道だぞ!」

 

嫌味な人間だったとはいえ人間ではある。カーリーは男を連れ戻すために同じ道をたどるが、そこに男の姿は影も形もなかった。

 

「...何だったんだ?」

 

見失った以上追いかける義理もないだろう。カーリーは男を追いかけるのをやめ、そのまま来た道を引き返していった。

 

 

 

 

”あまり隣人を信じるべきではない”その言葉は、確かに事実となっていた。

彼女の目には、彼女の家を荒らし、醜く金を探し回る卑しい人間が映っていたのだから。

ついさっきまで隣人として付き合っていた彼ら。ただ、少しばかりの助けにと思って渡した金がこれの原因となったのだろう、と彼女は存外冷静に考えていた。

どこに隠した、どこへやった。気持ち悪くわめきまわる彼らの声は、だんだんと遠くなっていき、ついには聞こえなくなってしまった。

あれだけ暖かく彼女を迎え入れてくれた言葉も、表情も、今ではすべてなくなってしまっていたのだ。

 

_気持ち悪い。

 

ただその感情だけが、彼女の胸中には残されていた。

だが、そんな喧騒は一発の銃声によってかき消されることになる。

 

「だから言っただろう、彼らを信じるなと。...まあ私にとっては好都合なのだけれどね。」

 

アパートの廊下につながる暗がりから、聞き覚えのある声が聞こえる。

つい数時間前に外で出会ったあの奇妙な男であった。

 

「お、お前、こいつの仲間か!?」

「あー...まあそうだね、ここは友人だとでも名乗っておこう。無償でまだ少しばかりあどけない彼女を助けに来る。まさに彼女の友人と名乗るにはぴったりな人間だと、君も思わないかい?」

 

そう喋る男に背後から容赦なく振り下ろされた鈍器は、だがその男に届くことはなかった。

 

「なっ!?」

「まったく、少しばかり待つということはできないのかな?」

 

男は振り向きざまにその下手人に弾丸を放つと、それを皮切りに乱闘が始まった。

一人、二人、三人。

一人対圧倒的な多数。カーリーはすぐにでもこの男は殺されるだろうとにらんでいたが、むしろ男は隣人だった彼らをあっという間に叩きのめしてしまった。

 

「さて、これで終わりだ。大丈夫だと声をかける必要もないかな。」

「...」

「おや、何も言わないのか?少しばかりかみついてくると思っていたのだけれど。」

 

そういいながら煙草を燻らせる男の周りには、先日まで隣人出会った人々の死体が転がっていた。

この男を殺すべきだと、彼女は考えている。だがその手にある武器を振り下ろすことは、彼女にはできなかった。もはやその死体たちは、守るべきものではなくなったのだから。

 

「...揺れているようだね、自分のやっていたことは正しいのかと。」

「......」

「少なくとも、君のしていたことは正しい。僕は肯定しよう。だが、君には足りなかったものがあるんだよ。」

 

何も言わないカーリーに対し、男はどこか上機嫌そうに話を続ける。

 

「君には人を見極める目と、他社を圧倒するような力が足りなかった。だから周囲の人々から舐められ、こういった下卑た人間に取り入られる。それさえあれば、だれも君の考えを否定することはできないと、私は思うよ。」

「...なら、どうすればいいんだ。」

 

ぽつりとつぶやいたカーリーに、男はまた少しせき込みながら言った。

 

「探せばいい。こんな小さいところではなく、もっと外に向けて出歩くといい。そうすれば、君の人を見るための目玉も、君が元べるべき力も見つけることができると思うよ。」

「...だが、闇雲それをに探したところで、こうなるだけじゃないのか。結局無意味になるなら、こうしてここにいたって...」

「...驚いた、存外冷静だね。」

 

さすが赤い霧と呼ばれる人間だ。

男はそうつぶやいたのち、懐から一枚の名刺を取り出す。

そこにはカルメンと書かれた名前と、どこかの研究所のロゴがあしらわれていた。

 

「...これは?」

「彼女を探すといい。彼女はきっと君の眼鏡にかなう人間だろうし、君に力を与えてくれるだろうからね。」

「...信じられるのか?」

「さあ?それは君次第だ、私に聞かれても困る。...だが、君はきっと彼女を気に入るだろうさ。」

 

そういった男は、要はなくなったといわんばかりに煙草をふかしながら地面に座り込んでいたカーリーを置いてその場を立ち去ろうとする。

だが、カーリーはその男を呼び止める。

 

「...待て。」

「ん?...何かな、もう僕がいなくなったとしても大して変わらないと思うけれど?」

「お前の名前を、聞いていない。」

 

その言葉を聞いた男は苦虫を嚙み潰したような表情で振り返るといった。

 

「...僕は自分が脚本する作品に名前を残すつもりはないんだが...まあ、いいか。」

 

コンラッド。ただのしがない脚本家さ。

 

そう淡白に名乗った男のその顔を、カーリーは、そしてゲブラーは、長い間忘れることができなかったという

 

 

 

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