【挿絵表示】
お久しぶりです、クモたろーです
今回は黒5Ma先生(pixiv:https://www.pixiv.net/users/65922049、X:https://x.com/KuR_5Ma)のイラストに触発されて筆が走った先ノアSSになります。ありがたいことに挿絵までいただきました、神に感謝……!それではお楽しみください
「スタンド」
そう宣言して、私はそっと手を横に振る。目の前のテーブルに並べられているのは、4とKのトランプ。ブラックジャックにおいてKは10として扱うため、合わせた数は14になる。……心許ない数字だが、ここでヒットして失ったチップの数を思えば、ギリギリを攻める気にはなれない。
対するディーラーの前に置かれた見せ札の数字は、これまた4。裏に何のカードが伏せられてるのかはわからないが、もう一枚引かなくてはいけないことは確実だ。
条件は対等、いやむしろこちらの方が選択が自由なはずなのに、こちらとは違って滅多にバーストしないディーラーをチラリと窺う。暗めの室内で照明を受けて、きらきらと輝く白髪を携えながらくすりと笑う彼女には、いつもとは違った美しさがある。考えていることが見抜けないポーカーフェイスは、いつも通りだけれど。
黒い手袋に包まれた細い指が、4の裏に伏せられたトランプをめくる。現れたのは、Aのカード。Aは1として扱うほか、11としても扱うことができる。すなわち、合計値は15。そしてディーラーは、17以上の数字になるまでカードを引き続けなくてはならない。彼女は流れるようにカードシューから一枚引き、表向きに並べる。運命の数字は……3。これで合計は、18となる。
「また私の勝ちですね、先生?」
瑞々しい唇を薄く引いて、ディーラー用のバニー衣装に身を包んだノアは微笑む。
また一枚減って、来た時と比べてめっぽう低くなってしまったチップの山を眺めながら、私はどうしてこうなったのか思い返すことにした。
―――――
そもそもカジノに足を運んだのは、コユキがまた脱走してカジノに行ったという事件を聞いたからだ。ユウカとノアから聞いた話によれば、今回はコユキ自身のお金でちょっと気分転換をしに行っただけらしい。とはいえ、それでも脱走は脱走。コユキは再び反省部屋に行くことになってしまったらしい。残念だが当然だ、合掌。
そんな中で、コユキからカジノに忘れ物をしたから取ってきてほしいとモモトークが来たのだ。曰く、ノアとユウカにはバレたくないモノで、先生にしかお願いできないんです……とのこと。幸い時間はあったので、例のカジノに足を踏み入れた……の、だが。
「なんか……ずいぶん静かだな……」
光量はやや少なめながら煌びやかさを感じさせる内装に、ゆったりとしたジャズが流れる空間。落ち着いた熱気を孕むはずの場は、しかしそれ以外の音を立てるはずの客の不在により、裏通りのカフェを想起させるような雰囲気を纏っていた。
一歩踏み出してもカーペットに足音が吸われ、ジャズの邪魔になることはない。だからだろう、いつの間にか真横にまで近づいていた彼女に気が付かなかったのは。
「こんにちは、先生。こんなところで逢うのは珍しいですね」
耳をくすぐるように、鈴を転がすような声が吐息と共に吹きかけられる。
あまりのことに飛び退いて、声のした方を見てみれば、見慣れない装いの見慣れた生徒がいた。
「ふふっ、驚いて声も出ない、といったところでしょうか」
囁いたときに口元にあてがっていた手を、今度は丸めて笑うのは、セミナーの書記こと生塩ノア。だが、いつもの白いセミナーの制服ではなく、今は黒いバニースーツに身を包んでいる。白い肌と対照的な黒い生地が綺麗なコントラストになっていた。
首から腕にかけては袖に隠れており、露出が激しいわけではないのだが、だからこそ肌が見える胸元が強調される形となっており大変刺激的な格好に仕上がっている。袖とつながった襟を水色のネクタイが結び、そのまま谷間の中へ流れているのも煽情的に見える一因だろう。
ヘッドギアはいつも通りだが、長く綺麗な髪は後ろでまとめられて、元気そうな印象と凛々しい印象を両立している。さらに目を引くのは、途中で折れる黒い兎耳だろう。バニーといえばな装備だが、これがあるおかげかただ色っぽいだけではなくポップなかわいらしさをも纏っており、下品なイメージを遠ざけているようにも思える。
足は片方を黒のストッキングに包み、もう片方は大胆に露出している。生足の方の太ももにはベルトがつけられており、女性らしい肉感を強調していた。これまた黒いヒールと合わせて、長く綺麗な脚をより引き立たせている。全体のシルエットとしても、細く引き締まりつつも豊満な体型が強調されていた。
たっぷり数秒眺めながら思わずごくりと生唾を飲み込んで、そこで私はようやっと我に返って、きょろきょろと周囲を見回す。……よかった、男性客は、いやそもそも客がいないようだ。
心配と後ろめたさと、そしてなにより独占欲から、そっと自分の上着をノアにかける。
「ノア、ちょっとその恰好は刺激が強いというかなんというか……とにかく、これを羽織っててほしいな」
「先生は心配性ですね。大丈夫ですよ、この格好は今日だけですから」
わがままを言う子供をあやすように、やんわりと断って上着を返してくるノア。そのまま一歩こちらに踏み込んで、抱き着くような形で再び口を耳元に寄せて来る。
「で・す・が。先生が刺激を感じてくださるのであれば……また着てみてもいいかもしれませんね♪」
理性を溶かす甘い声に、鼓動が跳ねる。一拍遅れてノアの言葉を理解した脳が、一瞬で茹で上がったのがわかった。
このままではいけない、と、何がいけないのかもわからないまま沸騰した頭で考える。なんでもいい、とにかく話題を逸らさなくては。
「そ、そういえば、どうしてノアはこんなところにいるの? しかもバニー姿で……」
「先日コユキちゃんがこのカジノに訪れたことは、先生にも連絡したと思います。あの後、連れ戻したコユキちゃんが脱走したときに持っていたものがひとつなくなっていることに気が付きまして。連れ戻した日はお説教に時間を使ってしまい、その後もセミナーの業務が続いたため、今日ようやっとコユキちゃんの忘れ物を回収しに来れたんです」
「なるほd……うん? つまりノアは、コユキが脱走したときに持っていたものを全部覚えていたの?」
「ええ、記録は私の本分ですから」
「つまり、ノアはコユキが脱走しているところを見てたのに、コユキが脱走できたってコト……?」
「ふふっ、それはどうでしょう。ですがそうですね、私だってたまにはオニではなく、逃げる側をやりたいとは常々思っているんですよ?」
くすくすと笑って誤魔化すように、いつかの鬼ごっこに言及するノア。きっと今回のコユキの脱走も、はじめから気付いて敢えて逃がしていたのだろう。なんともノアらしいことだ。……そのあおりを受けるユウカの心労には、同情するけれど。
「そんなわけでコユキちゃんの忘れ物を回収しに来たところ、オーナーに熱烈なアピールをされてしまいまして」
「あ、アピールって……!?」
想定外のノアの一言に、自分でも思っていた以上の衝撃を受けてしまう。色々と良からぬ想像が脳内を駆け抜けていくのは、漫画の読みすぎだろうか。
「そう慌てないでください、先生が危惧しているようなものではありませんよ。……もちろん、誤解を招く言い方をしたのは私ですが。とにかく、アピールというのは一日だけディーラーとして立ってみないかという提案でした。ご覧の通り少し際どい衣装なので、即決したわけではありませんが……コユキちゃんが楽しんでいる物を、私も少し触れておきたかったですし。それになにより、『特別なゲスト』が来ると私の記録が囁いていましたので♪」
どこに隠し持っていたのか、いつの間にかノアの手にはいつもの手帳とペンが握られている。収納するような場所はなかったと思うのだが……私は女性服に詳しいわけではないし、きっと知らないだけでポケットのような場所があるのだろう。
「それにしても静かだね。カジノってもっと賑わってる印象だったけど」
ノアから目を逸らすついでに室内を見回して、素朴な感想を述べる。しかし、ノアから帰ってきたのは意外な答えだった。
「一時間ほど前までは大賑わいでしたよ。オーナーもこんなに賑わっていたのは初めてだと涙を流していたほどでした」
「へぇ、それなのにこんなにいなくなっちゃうんだ。カジノって波が激しいんだね」
「あぁいえ、おそらく理由はそれではなく」
そこでノアは一度言葉を区切り、手近なテーブルにつかつかと歩み寄って腰かける。そのまま見せつけるようにゆっくりと足を組み、テーブルからトランプを二枚とって口元を隠しながら微笑んだ。
「皆さん私の担当するテーブルにいらっしゃるので……全員チップがなくなって帰ってしまったんです」
「あぁ、それは……」
ご愁傷様というやつだ。ノアはそのポーカーフェイスと記憶力、さらには観察眼があるためこういった賭け事には滅法強い。たとえディーラー側の実力があまり問われないゲームでも、一向に崩れる様子のないノアの余裕を見続けるのはかなりのプレッシャーだ。並みのプレイヤーなら勝手に自滅していくことだろう。
そんな、実態はハズレと言っても差し支えないディーラーが、客にわかる情報からでは美しさとかわいらしさ、そして色気を兼ね備えた美少女で、しかもディーラー経験のない臨時従業員ということになるのだ。そりゃあ男性客は皆ノアのテーブルに群がることだろう。そして、服のせいか暗めの照明のせいかは定かではないが、今日のノアはいつも以上に凛々しさをも持ち合わせている。女性客からも人気が出たことは想像に難くない。
誘蛾灯に群がる虫のようにノアに惹かれた客を、これまた誘蛾灯のように片っ端から素寒貧にしていった結果、ほとんどだれもいないカジノが出来上がった、というわけだ。この有様に正規のスタッフはどう感じているのかと周囲の様子を見てみるが、ピリピリした空気は感じられない。むしろ交換所付近で高揚した空気が流れているところを見るに、これでも普段よりも収入がいいのかもしれない。
安堵に息を一つ吐いたところで、テーブルに腰かけたままのノアが口を開いた。
「ところで、先生。コユキちゃんの荷物は既に回収してしまいましたし、もう少ししたら私も約束の時間が終わります。せっかくですから、残った時間で……少しの賭けに興じてみるのは如何でしょう?」
ノアの目が放つ妖しい藤色の輝きに、ぞくりとした感覚が体を走る。どうやら、私には今日のカジノの客を揶揄する権利はないらしい。
「ふふっ、先生も乗り気なようで嬉しいです。……大丈夫、安心してください」
テーブルの奥からチップとトランプを取り出し、愉しそうに目を細めるノア。よかった、手加減してくれるんだろうか。こういった場所は初めてだから助かるね。
「私から誘った相手は、先生だけですよ♪」
つぅ、と私の胸元に人差し指をあてがいながら、上目遣いでノアは笑みを深める。どうやら、手加減してもらえるわけではないと悟って、私は熱くなった頬を咳払いで誤魔化すことにしたのだった。
―――――
「さて先生。随分チップも少なくなってきてしまいましたね?」
私の賭け皿に乗っていたチップを回収したノアがそう語りかけてきて、私は回想を終える。ノアに言われた通り、この短い時間で私のチップは雀の涙程度にまで減ってしまっていた。お金にしていくら分なのか、計算したくもない。
「ふふっ、私が持ちかけた勝負とはいえ、このままではユウカちゃんに叱られてしまいますね、先生。ですが、コユキちゃんを叱ったばかりのユウカちゃんが、今度は先生のことも叱らなくてはいけないのは可哀想です。ユウカちゃんだって、先生にはかわいいところを見てほしいでしょうから」
クスクスと笑いながら、ノアは表になったトランプを集めてディスカードホルダーにしまい込む。それにしても、今日突発で始まったアルバイトのはずなのに、ノアの動作はいちいち綺麗だ。こういった場に慣れているようにはとても思えないのだが。
「このままではユウカちゃんは叱らなくてはなりませんし、先生は叱られなくてはいけません。ですが、私から持ち掛けた勝負でそのようなことになってしまうのは、少し心苦しいですね……」
楽しそうな表情から一転、胸に手を当ててそっと目を伏せるノア。だがそれも、一瞬のこと。
「そ・こ・で。先生、次は少し変わったゲームをしませんか?」
相変わらず黒い手袋に包まれたままの、細い人差し指をピンと立てて、ノアが提案してくる。きっと先客たちも、こうやってノアに魅入ってしまう間にチップを巻き上げられていたのだろう。
「変わったゲーム?」
「ええ。といっても、やるゲーム自体はブラックジャックのままです。変えるのは、賭けるモノ」
「そうは言っても、、他になにか賭ける価値のあるものなんて持ってきていないよ?」
「ふふっ、大丈夫です。先生が賭けるのは物ではありませんから。私が賭けるのは、今日先生がここで使ったお金の3倍の分のチップ。そして先生には……」
そこで一度言葉を切って息を吸うノア。今日賭けた金額の3倍ともなれば、かなりの額だ。すでに私は乗るつもりで、彼女の言葉の続きを待つ。
「私との勝負をやめる権利、こちらを賭けていただこうかと」
「勝負を、やめる権利……?」
ノアの言わんとすることがわからず、オウム返しに問いかける私。それにノアは頷いて、手元から最高額のチップを取り出し、私の賭け皿に乗せた。
「時間、チップの残り、あるいはそれ以外の理由で。先生が私との勝負を終了する権利を頂こうかと。もちろん、永遠に終わらないというわけではありません。ただ、私が満足するまで、私との駆け引きを楽しんでいただきたいのです。……このチップは、金額の代わりにその権利を内包した一枚、ということで」
「……えっ、それだけ?」
「はい、それだけです」
とても金額に見合っているとは思えない条件に、素っ頓狂な声が出るが、それでもノアはニコニコしながら肯定を返してくるばかり。何か罠を疑ってみても、特に裏があるようには思えないし、何よりノアにそのようなことをするメリットがあるとは思えない。
「一応確認だけど、私や私以外のお客さんからどれだけの金額を回収できたかでなにかこのカジノから交換条件を出されていたりとかは……」
「大丈夫ですよ、脅されているわけでも特別な報酬を提示されているわけでもありません。この勝負に乗らなかったからと言って、先生や私、そしてミレニアムがこのカジノからなにか不利益を被ることはありません」
ノアは、全てを語らないことはあっても嘘はつかない。それは彼女が書記であると自らに課しているからであり、その点に関してノアを疑う必要はないと言っていい。つまり、これは純粋にノアが仕掛けてきた、悪戯のような勝負。
ならば、断る必要も、理由もないだろう。どうせ負けても、ノアと一緒にいられる時間が増えるのだから得とすらいえる。……それに、もし勝てれば得られる金額も、非常に魅力的だ。
「面白そうだし、折角だからやってみようか」
「……先生なら、そう言ってくださると思っていました」
ゆっくりと口の端を持ち上げて、ノアは嗤う。逃げ道のない狩場に迷い込んだ獲物を憐れむような、そんな笑顔。ようやっと嵌められたことに気が付いて、同時に既に遅いことも悟る。
「それでは、ゲームを始めましょうか」
そう言っていつも通りの笑顔に戻り、カードシューからトランプを一枚ずつ取り出すノア。先ほどは気圧されたが、考えてみれば勝負に勝てば何の問題もないのだ。……ない、はずだ。
多少のリスクを取ってでも、勝ちを狙ってみるのもよいかもしれない。
私の手元に7と8のカードが置かれ、ノアの手元には9が見せ札として置かれている。私の合計値は15。ここは……不利だけど、あえて勝負を!
「ヒット」
机を指先でトントンと叩けば、流れるようにノアが一枚カードを並べる。出てきた目は、5。これで合計値は20だ。これならば十分勝利が見える。リスクを吞んで勝負した甲斐があるというモノだ。
「現在の数字は20。続けますか?」
「いや、流石にここでやめておくよ。スタンドだ」
悪戯っぽく問いかけて来るノアに、手を振ってこたえる。さすがにA一点狙いはリスクが高すぎる。
ニコリとほほ笑んだノアは、見せ札の裏に伏せられたカードを裏返す。数字は2。合計値は11だから、次のカードでノアがバーストすることは、ない。ノアが一枚カードシューからトランプを引く。これがAから5であればノアはもう一枚引かなくてはならないし、6,7,8のいずれかであれば私の勝ちだ。逆に、10からKのどれかを引いた場合には、合計値は21となりBLACK JACKが成立する。
焦らすように、たっぷり3秒ほど裏のまま止めていたトランプを、不意にノアが裏返す。現れた数字は。
「クイーン。ブラックジャックで、私の勝ちですね、先生♪」
楽しそうな、少しはしゃいだような声音でそうノアが告げる。おそらくこの笑顔は、安堵を含んだ笑顔だ。これがわかるということは、最近ノアをこっそり観察していた成果が出ているのだろう。ノアもカードの数字に緊張していたのだろうか。
「さて、一風変わった勝負が終わったところで……ふふ、次は何を賭けましょうか」
「え、チップ以外を賭けるのは今のゲームだけじゃないの?」
唇に人差し指を当てるように考えるふりをするノアに、私は思わず問い返してしまう。だが、ノアはクスリと微笑んでチップを一枚取り出して弄び始めた。
「あら、私はそれ以降普通にゲームをする、なんて発言はしていませんよ? もっとも、最終的には賭け皿に何を載せるのかは先生が決めることですが……ただでさえ残り少ないチップを元手に勝ち越すのは難しいと思いますよ?」
「それは、まあ、そうかもしれないけれど……」
「『勝負をやめる権利』を失った先生が、何を懸け皿に乗せるのか。私、気になります♪」
チップを弄んでいた手を今度は後ろで組んで、ノアはテーブルに身を乗り出してこちらを覗き込んでくる。好奇心と高揚のせいだろう、きらきらと輝く瞳から目を逸らせば、体勢のせいでノアの胸元の谷間が視界に入ってしまい、結局顔ごと逸らす羽目になった。……相変わらず目にも心臓にも悪い生徒だ、なんて感想はもちろん胸の内にしまい込んで。
「ふふっ、真っ赤になってる先生も可愛らしいですね。……そうだ、面白いことを思いつきました」
「面白いこと?」
イタズラを試みるときのノアの声音になんだか嫌な予感を覚えながら問い返せば、彼女は待ってましたとばかりにこう宣言する。
「先ほど思いついたゲームがあるのですが、それのテストプレイをしていただくというのはいかがでしょうか」
「ゲーム?」
「はい。ゲームと言っても、電子ゲームや体を動かすアクティビティの類ではありません。ただのボードゲーム未満、しりとりのような戯れです」
「……よくわからないけど、そんなことでいいなら。というか、それぐらいは勝負もなにも関係なしにやるのに」
「いいえ、これは私のこだわりなので」
「そういうことなら……」
怪しいとは思うが、ノアの考えることは私にはわからない。それに、ノアがこうやって楽しそうに考えることが人を害するようなものではないことは、私が一番よく知っている。生徒の戯れに付き合うのも、私の役目の一つだろう。
今日何度もそうしたように、順番にトランプがカードシューから取り出され
「あ、AとJが揃ってしまいました。BLACK JACKですね」
「二連続ブラックジャック!?」
緊張も余韻も何もなく、伏せたカードを確認した瞬間に勝負が決してしまう。ここまでくるとイカサマを疑いたくなるところだが……。
「ふふっ、私の勝ちですね。では先生、オーナーの方と約束した時間になりましたので、私は着替えてきます」
驚いている隙に、チップとカードを片付けて、ノアはテーブルを離れる。なんというか、あまりにあっさりしていて呆然とするしかない。
「えっ、あぁ、うん……。えっと、じゃあ私はここで待ってればいい?」
「あら、待っていてくださるのですか? それでは急がなくてはいけませんね。……覗きに来ては、いけませんよ?」
「覗かないってば……」
いつかのやり取りをやり直して、ノアを見送る。
BGMを聞きながら少し待っていれば、見慣れたセミナーの制服に身を包んだノアが、手提げ袋を携えて戻ってきた。
「それでは帰りましょうか、先生」
「そうだね。ところでその袋は?」
「コユキちゃんの忘れ物です。中身はどうやら、反省部屋に持ち込んでいたカードゲームのカードのようですね。大方、カジノを出た後シャーレに遊びに行くつもりだったのでしょう」
おそらく、先日出たばかりの新弾パックを使ったデッキだろう。私は研究する時間が用意できていなかったから、正直とても気になる。後でこっそり見せてもらえたりしないだろうか。
カジノの入り口を出て、ノアと二人歩幅を合わせて夕暮れの道を歩く。
「……これは、先生に預けておきましょうか。私が持って行っても怖がらせてしまうでしょうし、先生が行ってあげた方がきっとコユキちゃんも喜ぶと思います」
「ノアが持って行っても喜ぶとは思うけど、そういうことなら受け取っておくよ。コユキから回収任務失敗についてあれこれ言われるのも、それはそれでかわいいけどむかっ腹は立つからね」
「あら、先生がそんなことを言っていいんですか? コユキちゃんがかわいいのは同意しますが」
「私も人間だよ、感情の動きはあるさ。それを出力するかどうか、そしてどう出力するかは、大人の責任だけどね」
「そう、ですか」
私の言葉にノアは意外そうに眼を見開いて、歩みを止める。
「ノア? 大丈夫?」
「ええ。……先生、最期の賭けの内容を覚えていますか?」
「流石にこの短時間じゃ忘れないよ。ノアが考えたゲームのテストプレイだっけ?」
「はい。それを、今から始めましょうか」
ゆっくりと言葉を選ぶように、慎重にノアは声を連ねる。まるでそれが、人生の重大な局面であるかのように。
「内容は、至極簡単です。あらかじめ決めた言葉を、相手に言わせるまでの時間を競うというもの。どのような方法を用いても構いませんが、相手より先に言ってしまっては負けとなります。……もっとも、タイムを競うので、お互いが発現するまでゲームは終わりません」
「なんだっけ、額のところにアウトになるワードをもって、それを言わないようにするゲームがあったよね。あんな感じかな?」
「それと近いかもしれませんね。違う点は、お互い自分の発言してはいけないキーワードを知っているという点です」
「そんなの、ずっと終わらなさそうだけど……?」
「ええ、ですから、どんな手段を用いてもよいのです。思わず、感情がそのまま言葉に出てしまうなんてことは少なからずあることですから」
どこかセンチメンタルな表情でそこまで言って、ノアはパッと再び笑顔に戻る。
「それでは、最初の言葉を発表します。自分より先に相手に……いえ、ここは誤解のないよう正確に。先生と私が、互いに言わせようと競う言葉は、『愛している』です」
ノアの顔が赤いのは、夕日に照らされているからだろうか。ヘッドギアに隠された耳も見えれば、答えがわかったのかもしれないが。
私がいつも心に秘めているノアへの想いを、こんな形で提示する少女は、何ともズルいことに自身の内は決して見せない。そんな様子に、また私は惹かれて、そして彼女に囚われていくのだろう。いつのまにかなくなっていた、チップの山のように。
「あぁ、ところで」
言葉にできない想いと共に口の中の唾液を飲み込んだ私とは対照的に、言い忘れていたとでも言わんばかりの気軽さで、ノアは言葉を続ける。一歩進んで、くるりと振り返って。
「先生は先ほどの賭けで『私とのゲームをやめる権利』を失っていますので。ちょっと……。いえ、そう簡単に先生がこのキーワードを言ってくれるとは思いませんね。というわけで、たっぷり。お時間いただきますね、先生♪」
地平線に沈む真っ赤な太陽を背に、心底楽しそうに、ノアは笑うのだった。
このSSを書いた後に海外でカジノ行ったんですけど、まあちゃんと負けました。そりゃそう。ブラックジャック楽しいね。
また近いうちにノアSSを書きたいと思っていますのでお楽しみに。
改めて、今回表紙にイラストの使用許可を下さり、挿絵まで下さった黒5Ma先生(pixiv:https://www.pixiv.net/users/65922049、X:https://x.com/KuR_5Ma)のよろしくお願いします!
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