なおこのクモは呪術廻戦を漫画でしか読んでいなかったためSPECIALZを知らずに参加表明し、後に土下座しながら純愛を書く許可を頂いた阿呆となっております。やるしかねえ、バカサバイバー……!とはいえ、呪い愛の舞台にふさわしいクモたろーの最大出力になっておりますのでどうぞお楽しみください。
恋をすると、景色が色づいて見えるという。それまでモノクロだった世界が、一人との出会いで突如彩られるという描写は、主に小説や漫画で広く確認することができる。
それは例えばこんな感じだろうか、と私は視線を下に落とした。
まだ夜の深い闇の中、降り積もって静謐を保つ雪が足元を真っ白に染めている。どこからか混じった木の枝や落ち葉がその中で主張し、寒々しい印象をもたらしていた。戯れに足を持ち上げて別の場所に降ろせば、ざく、と小気味いい音と共に靴の裏の跡が刻まれる。それを見て、一つ息を吐き、目の前が白い煙に覆われた間に視線を持ち上げる。
少し離れたところでは、石造りの階段が、ぼんやりと灯る提灯に照らされている。混雑しているというほどではないが、それでも人影は少なくない。どちらかというと生徒よりも大人のほうが目立つ人の群れは、この寒さの中にあっても互いに挨拶を交わし、会話を楽しんでいる。なんとも暖かそうだ。
目の前の神社は、さすが百鬼夜行が造っただけあって日本の建築様式に酷似している。とはいえ、ここはミレニアムサイエンススクール近郊であり、思いっきりミレニアムの管轄の土地なのだが。
元旦の恒例行事、初詣。私の故郷の行事ではあるが、どうやらキヴォトスにも同様の文化があったらしい。
なんでも、まだ各学園の管轄が定まる前の大昔に建てられたものが残っていたらしい。何度か取り壊しが提案されてきたものの、そのたびに文化的価値の観点から百鬼夜行連合学院及びその卒業生、そして一部のミレニアム生から強い反対を受けて先送りになっているとかいないとか。
もう一度、視線を落とす。雪が月明りと提灯の灯とを受けて控えめにきらきらと光っている。まるでこの雪が周囲の音を吸い込んでいるかのように、神社の雑踏の音は聞こえず、しんと静まり返っている。
うん。やっぱり、これも悪くない。
とはいえ靴から足を伝って這い上がってくる冷気と、痛いほどの静寂にずっと曝されているのは、それはそれで少し心細いものがある。寒いから両手はポケットから出したくないが、さりとて今度は暇つぶしにできることも限られてしまう。
再び足を持ち上げ、雪を踏みしめて遊んでみる。しゃく、しゃくと音を鳴らしながら、ふわふわの雪を押し潰していく。別に楽しいわけではないけれど、暇つぶしなのだから構わない。
そんなことをしていたからだろう。後ろからの接近に気が付かなかったのは。
突然ふぅっ、と耳に生暖かい吐息がかけられ、くすぐったい感覚が背筋を走る。
「ぬぉわっ!?」
奇声と共に飛び上がり、すぐに振り返る。いつの間にか近づいていたらしい、夢のように美しい女性が着物に身を包み、上品にくすくすと笑っていた。
透き通るような淡い青を基調とした着物には、紫と白をはじめとした牡丹の柄が上品に散りばめられている。明るく爽やかな印象をもたらすそれは、しかし派手過ぎず、新年を祝福するこの場にはピッタリと言えるだろう。その上には濃紫の袷羽織を被せており、身を引き締める冷気から細身の体を守っている。ピンクと白の蝶が踊っているのが美しい。
周囲の雪に負けじと光を孕んで輝く白銀の髪は後ろにまとめられ、クリアブルーと白という近未来的な色遣いの万年筆を模した簪がその中で揺れている。あの毛量であれば、下せば腰までは優に届く長さになるだろう。
着物の袖で口元を隠しながら笑っているため、こちらから見える顔は楽しそうに細められた目元だけだ。全てを見透かすような藤色の瞳は理知的な光を湛えて悪戯っぽく私の間抜け面を映している。
思わず息を漏らす。新年からこんなに綺麗な人を見られるとは、今年はツイているかもしれない。
「こんばんは、先生。さて、新年始まってまだ数分ですが、さっそく可愛らしいお顔の先生に問題です。私は誰でしょう?」
きっと唇は楽しそうに上がっているのだろう。聞き間違えるはずもない馴染み深い声で、そう問いかけられる。その声でようやっと気づいた私の驚き顔を目にしてか、彼女は再び目を細めて肩を揺らした。
「ふふ、もう答えは用意できましたか? それでは、私の名前をどうぞ」
第一印象に反して悪戯好きな彼女がこのような問いかけをしてくるのは初めてではないし、このような問いかけをしてくる人物は私の知る限り一人しかいない。いつかのやり取りを思い出しながら、私は彼女の名前を呼ぶ。
「あけましておめでとう、ノア」
「はい、あけましておめでとうございます、先生。生塩ノア、ただいま参りました」
一体どこで身に着けたのか、丁寧な所作で頭を下げるノア。つられて、私も慌ててお辞儀を返す。そんな私の様子に、ノアはさらに笑みを深めた。それを見て、わずかな対抗心が湧き上がる。
すでにノアに仕返しを企てても失敗に終わることはわかっているはずだが、気が付けば私は口を開いていた。芝居がかった口調で、普段ノアによく言われるあのセリフを。
「少し遅かったね、ノア」
「いえ、時間ちょうどですよ、先生。時計がずれていらっしゃるのでは?」
「ふっふっふ、私の時計はちゃんと正確な時間を指しているよ。むしろ、いつも時間通りに来ても、少し遅かったですね、なんて言うノアの時計こそずれているんじゃないかい?」
いかにも悪役然とした口調でノアに顔を近づけ、目を覗き込む。少し調子に乗りすぎた気がしないでもないが、普段からかわれているお礼だ、これぐらいは許してもらおう。
一秒、二秒、待ってもノアは答えない。必然的に、私はノアと見つめ合うことになる。ノアは笑みを浮かべたまま、視線をそらさない。透き通るような白い肌に、ほんのりと朱がさした頬。瞼にはうっすらとアイシャドウが塗られている。服装同様に、おめかしをしてきたのだとわかるその顔は、私の顔を熱くさせるのには十分な破壊力を持っていた。その中でもひときわ強く主張する大きな紫水晶は、私の内側に入り込もうとするかのように、じぃ、と私を見つめていた。
先に視線を外したのは私の方だった。つい先刻までは身を刺していた冷気が、今ばかりはありがたい。すっかり回転数の上がった心臓のおかげで、寒さはとうに消えていた。そんな私を見て、やはりノアはくすくすと笑う。
「ご心配ありがとうございます。ですが、私の時計も正確な時間を指しています。それでも遅刻と云うのは……そうですね、待つ側の都合、とでも言いましょうか」
そこまで言うと、ノアは一度息を吸い、囁くような声量で問いかけてくる。
「それとも、先生も私と合えるのを、それだけ心待ちにしてくださっていたと、そう記録してもよろしいですか?」
今度は悪戯っぽい笑みを湛えて、逸らした視線の先に回り込んで来るノア。どことなく目が笑っていないというか、楽しそうではあるものの幾分か真剣さを帯びていたようにも思えたが、まあ気のせいだろう。手を挙げて、白旗をアピールをする。
「わかったよ、降参だ」
「勝負をしていたつもりはなかったのですが……そういうことであれば、質問をはぐらかした分、あとでお汁粉でもご馳走してください♪」
人差し指を立てて微笑むノアに苦笑とOKサインを返して、私は事の始まりを思い返していた。
それは、しばらく前にノアからもらったモモトークだった。曰く、ミレニアム内での行事に立ち合うため、一緒に来てくれないかとのこと。セミナーの仕事の一環ではあるものの、年末年始はなんやかんやで忙しいらしく、ノア一人で行くことになったらしい。
年越しの瞬間は仕事もなく、やることと言えば炬燵で酒を呷りながらテレビを聞き流すくらいのもの。断る理由は寒いことぐらいしかなかった。そしてレッドウィンターの冬の猛威を227号特別クラスで体験したこともある私にとって、この程度の寒さは生徒の要請を断るに足るものではない。
それに、生徒の初詣に付き合うのは初めてではないのだ。
……ん? あれ? 私がキヴォトスに来てまだ1年目。つまり初めての年越しのはず、なのに便利屋のみんなや美食研究会のみんなと初詣に言った記憶が―――
「先生」
「うん?」
「それ以上はいけません」
「アッハイ」
有無を言わせぬトーンでノアにそう断じられては、それ以上追及する気も起きなかった。どこか遠いところでスタンバイしていた色彩が帰っていったような気もするが気のせいだろう、うん。こんなことで気軽に色彩が挨拶に来るなんてたまったものじゃない。
そんなことを思っていると、ノアは再び袖で口元を隠してしまう。さらに物憂げに横を向き、窺うように視線だけをこちらに流してきた。
横向きになったことで、先ほどは見えなかった後ろ側が見えるようになる。目を引くのは、普段はヘッドギアに隠れて見えないはずの、寒さのせいか少し赤みを帯びた丸い耳。そして、同じく長く綺麗な髪に隠れているはずの、ほっそりとした白いうなじだ。
思わずごくりと喉を鳴らす私をその瞳に捉えながら、ノアが口を開く。
「それにしても、私の装いには何も言ってくださらないのですね? 張り切って見せびらかしに来たつもりでしたが……どうやら、私の独り相撲だったみたいです」
寂しさを孕んだ声でよよよ、と泣き崩れんばかりにそう言われて、ハッとする。見惚れてばかりで言葉にするのを忘れていたとは、なんという不覚だろうか。
「いやっ、そのっ、すごく似合ってるよ! とてもきれいで、すぐにはノアだと気づかなかったぐらい!」
慌てて弁明するも、どうにもお世辞っぽさは否めない。こういう時にも自分の語彙のなさが恨まれる。
しかし、ノアはそこには触れず、幾分か楽しげな成分が混じった声で問い返してきた。
「つまり、普段の私はきれいではないと?」
「あっいや、そういうわけじゃ……! 普段からノアはとってもきれ……って言えるかぁ!」
危うくノアの前で致命的な発言をするところだった。こんな発言の記録が流出でもした日には、私は先生を続けられなくなってしまう。『シャーレの先生、年明けから生徒を口説く』……クロノス報道部ならこれぐらいのものは作ってくるに違いない。
色っぽくこちらをうかがっていたノアの目は、いつの間にやら楽しげに細められていた。
「ふふ、大丈夫ですよ、先生。先生がこっそりと私に熱い視線を送ってきているのには、ちゃんと気づいてますから」
そう言って笑うノアの言い方から、なんとなく察せられるけれど。
「もしかして、着物についても?」
「はい。まず0時0分5秒、驚いて振り返ったまま私が声をかけるまでの86秒間、口を開いたまま固まっていらっしゃいましたし、私が横を向いた時に瞳孔が7%拡大して」
「ストップストップあーあーあーあー聞こえない!」
ノアの言葉を遮りながら耳を塞いで天を仰ぐ。いくら事実だからとはいえ、好きな相手から直接見惚れてた記録をつらつらと読み上げられるのは気恥ずかしいというレベルではない。というか瞳孔の拡大率ってなんだよ。改めてノアの観察眼には脱帽するしかない。
「ふふっ。張り切って用意した甲斐がありました」
「そういえば、用意ってどうしたの? ミレニアムじゃ馴染みのない服だと思うけど」
「それでしたら、こちらの初詣の実行委員会からお借りしたんです。皆さん少し驚かれたようですが、宣伝にもなると喜んで協力してくださいました。確か、小紋だと仰っていたと思います」
説明を聞きながら、改めてノアの着物に目を通す。残念ながら着物には詳しくはないので、種類なんかはわからないのだが。
もとより全体的に白い印象の強いノア自身と相まって、どこか雪の精のような神秘的な印象すら受ける。羽織とのコントラストからは、惹き込まれるような色気も感じる。一方で、色遣いは楽しそうに話すノアにピッタリな明るさと華やかさも持ち合わせていた。
ノアにこの着物を用意した人のセンスに敬礼。
やっぱり、この感想はちゃんと言ったほうがいい気がしてきたな。もし切り取られて出回った時には……その時の私に頑張ってもらおう。
「うん、本当によく似合ってるね。とっても綺麗でかわいいよ」
今度は落ち着いて、しっかりとノアの目を見て素直な感想を口にする。それを聞いたノアは驚いたように目を見開いて、すぐににっこりと微笑んだ。
「いいんですか、先生? 私にそんなことを言ったら、記録に残しちゃいますよ?」
「記録に残されるのは少し困るけど、やっぱり直接言ってもらえるのって嬉しいと思うからさ。いつか、ノアが電話口で心配してくれたように、私も言えることはちゃんと言っておこうと思って。でもノアは記録しないっていうのも難しいだろうし……ここは、二人だけの機密事項ってことで」
「そういうことでしたら、この記録はしっかりと管理しないといけませんね。絶対に無くさないように漏洩しないように、厳重に。……それでも、褒めていただいてありがとうございます。仰る通り、言葉にしてもらえるのは……すごく、嬉しいです」
そう言って、ノアはへにゃりと顔を綻ばせる。普段の冷静で毅然とした表情とは違う、どこか甘えるように無防備にゆるんだ笑顔。
ノアが私に心を許してくれていることは、うすうす察していた。だが、まさかここまでとは。意図しては決してしないであろう愛らしさと、それが自分に向けられているという事実に、かっと頬に熱が集まるのを感じる。
寒さ対策で着こんできた服は、ノアのせいで過剰になった熱も律儀に捕まえて離さない。このままでは私は遠からず茹ってしまうだろう。一度冷却を挟まなくては。
「そろそろ詣でに行こうか。ここでじっとしていたら、その恰好じゃ寒いでしょ?」
移動中なら、ノアが私に燃料を注ぐこともないだろうと踏んでの発言。しかし。
「ふふ、そうですね。ですが、私はそこまで寒いわけでもありませんよ? 先生のおかげで、今はとても温かい気持ちなんです。記録に落とし込んでしまうのは、もったいないほど」
相変わらずゆるゆるな笑顔で、こんなことを言われてしまっては排熱が追い付こうはずもない。体温との差で喉が灼けてしまうほどの冷たい空気を大きく吸い込み、腹の底で燃え盛る炎を何とか抑え込む。
本当に、この少女はどこまで私を惑わせば気が済むのだろう。
そんな私の考えを見抜いたのか、ノアの表情がいつもの悪戯っぽいそれに変わった。わずかにかがんで、上目遣いで問いかけてくる。
「あら、先生。どうしたんですか? こ~んなに寒いのに、お顔が真っ赤ですよ? まるで照れているみたいです」
「誰かさんのおかげでとってもぽかぽかだからね。少し熱いくらいだよ、まったく」
「それはそれは、悪い人もいたものですね。でしたら、こうしましょう。少し失礼しますね」
堪え切れないといったように噴き出したノアは、そう断って私の手を取る。呆気にとられる私を他所に、ノアはそのまま両の手で私の腕を支えるようにしながら、自分の頬に私の掌を宛がった。
瑞々しく柔らかい感触が伝わってきて、思わず背筋が伸びる。同時に、自分よりも数段低い体温も。いくら火照っていても手汗が滲んでいなかったのは、この寒さのおかげだろうか、なんて考えが頭をよぎる。
ノアはすり、と頬を手に軽く押し付けて、再びふにゃりとした笑顔を浮かべた。
「本当に暖かいですね、ふふふっ。では先生、私の冷えてしまった手を温めるついでに、エスコートをお願いします。実はカイロを忘れてしまいまして、指先が冷えてしまうのは避けられそうにないんです。それと、慣れない履物で転んでしまっても、せっかくの着物を汚してしまいますし」
「あ、あぁ。えっと……それじゃあ、お手を拝借、でいいのかな?」
「はい、喜んで。それでは、お願いしますね。先生♪」
上擦った声で何とか受け答えをし、オーバーヒートした脳でノアの手をとる。白くほっそりとした指が、私の指と絡まり、しっかりと繋がれる。
互いの熱を共有するような、溶け合うような錯覚すら覚えながら、ゆっくりとノアの手を引いて、神社に続く階段へ進んでいく。
ノアが忘れ物をするわけがないということにようやっと考え至ったのは、参拝を済ませた後だった。
◇ ◇ ◇
参拝の後は、そもそもの目的である立ち合いを行った。とはいえ、特別何かするわけではなく、有事の際に対応できるように居ればいいだけの仕事だ。キヴォトスにしては珍しくこれといったトラブルもなく、境内を巡っているうちに空が白み始める時間となった。
休憩時間ということで、約束通りノアの分のお汁粉も購入。二人並んで石に腰掛け、アツアツの甘味に息を吹きかける。
「さすがに、少し疲れましたね」
湯気の止まる気配のないお汁粉を前に、ノアがそうこぼす。それも無理はないだろう。
着物姿のノアは、同じく着物姿の人が多い中にあっても一段と人目を引くようで、一緒にいる私まで好奇と羨望の眼差しを受けていた気がする。もとより着慣れない服で、夜通しこのような状況に置かれては誰だって疲れる。
「お疲れ様。元旦から大変だね」
「ありがとうございます。大変は大変ですが……私は楽しかったですし、不満には思っていません。それよりも、声をかけた私が言うのもなんですが、お付き合いしていただいた先生の方こそ、お疲れではありませんか?」
「私は大丈夫だよ。普段の大量の仕事を捌いてるときと比べたら、一晩くらいなんてことないさ」
「それはそれで心配なのですが……」
おかしいな、冗談を言ったはずなのに全く笑ってもらえる気配がない。というか、ノアと一緒に過ごせるだけで役得というもの、疲れるはずなどないのだ。
「ユウカやコユキも一緒だったら、もっと楽しかっただろうね」
「そうですね。きっと二人とも、着物がよく似合うでしょうし……来年は、みんなで一緒に来ることにしましょうか。それまでにリオ会長も見つけて、みんなで」
「年初めからそれは、きっと賑やかで楽しい一年になるだろうね」
きっとコユキがリオをからかって、真に受けたリオともどもユウカに叱られることになるのだろう。そしてそれをノアが宥めて。
「セミナーは皆いい子たちだよなぁ」
「ええ、本当に。ですが先生、せっかく二人でいるのに、他の女の子の話をするというのはあまり褒められませんよ?」
「ノアも乗り気だったじゃん、許してよ……」
「さぁ、どうしましょうね?」
わざとらしく悩む素振りを見せながらくすくすと笑うノア。しっかり仕事をこなしている彼女が、私をからかって楽しめているのならそれでよしと思うことにしよう。
「先生、そろそろ初日の出ですよ。一年で、最初に世界が色づく瞬間……ふふ、先生と一緒だと、より彩られるような気がしますね」
ふと、ノアが地平線を指さしてそう言った。彼方では、ミレニアムの建造物群の隙間から、太陽が顔を出そうとしている。
朝焼けが空に美しいグラデーションを描き、新年を祝福しているようだ。天に浮かぶヘイロー模様が、これからの生徒たちの未来の様に燦然と輝いている。
「昨年も、色々ありましたが……私にとっては、とても良い一年でした。先生はどうでしたか? 何か、印象深かったことはありますか?」
去り際の月に照らされて、きらきらと輝くノアの瞳。
去年の思い出深いことは、考えるまでもなく、この輝きと出会ったことだろう。世界の色は同じでも、それまでとは何かが決定的に違う。確実に、良い方向に、変わっている。
「私にとっても、いい一年だったよ。印象深かったことは……内緒かな」
「教えてくださらないのですか?」
私が隠し事をしたのが珍しかったのか、ノアがきょとんとした表情で私を見ている。だから、私はいつもノアにされるように、その目をしっかりと見返して微笑んだ。
「どうしても教えられないわけじゃないけどね。どうしても教えてほしかったら、ノアの去年の印象深い出来事と交換かな」
「ふふ、なるほどなるほど。それは、確かに内緒、ですね?」
二人見つめ合って笑い合う。
そしてノアは、手元に残っていたお汁粉を飲み切って、立ち上がった。ちょうど地平線を乗り越えた日光が、彼女顔を照らす。
「さあ、先生。新しい一年の始まりですよ!」
初日の出で上がる歓声にも負けない、明るい声でノアが宣言する。振り返って微笑みかけてくるノアの笑顔は、今度は新しい太陽に照らされて、息を飲むほどに美しかった。
あぁ、そうか。
その輝きを見て、ようやっと理解する。
恋をしても、世界の色なんか変わらない。世界はいつだって、同じ色で、同じ輝きをしている。
変わるのは、それを見つめる私たちの方だ。あの日の色を、あの日の輝きを。愛する人と共に生きるその瞬間を、より鮮明に覚えておこうとする、私たちの方だ。
「ははっ」
こんな簡単なことに気付かなかったとは。自嘲と、答えがわかった爽快感で笑いが漏れる。
「先生?」
急に笑った私を、ノアは不思議そうに見つめていた。なんでもない、と手を振って、答える。
「ちょっとね、簡単なことにようやっと気づいただけだよ。『先生』なんてやってるけど、私もまだまだだね」
「そうですか。ふふっ、少し安心しました」
「安心?」
「ええ。先生は、いつだって私たちを助けてくださいます。私たちには思いもよらないような方法で、解決の一手を導いてくださいます。ですが、そんな先生でも、わからないことがあるとすれば……あぁ、安心というよりは、親近感を覚える、のほうが近いかもしれませんね」
そう言って、満足げにノアは微笑む。そのまま、座ったままの私に、手を差し出した。
「行きましょう、先生。今年もいい一年になるよう、改めてお祈りしたい気分になってきました」
「いいね、神様には悪いけど、もう一つ願い事を届けさせてもらおう」
差し出された手を掴み、立ち上がる。そのまま手を握りなおしてみれば、ノアは少し驚いた後、相好を崩した。
二人、連れ立って神前へ向かう。
きっと、今年はいい年になる。いや、来年も、再来年も、その先もずっと。隣に愛おしい人さえいてくれるならいつだって。
「「今年は、あなたのことをもっと記憶できますように」」
愛とも、呪いともいえるような強固な祈りを、神様に捧げて、新しい一年に一歩踏み出した。
せっかく年越しを描いたんだから元旦に上げればよかったのにというのは言わないでください。忘れていたクモたろーが一番思っております。
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それではまたどこかでお会いしましょう