Xで流れてきた「ノアと同じ空間を共有するだけのおうち読書デート」概念がにょきにょき成長したので書き散らしました。突貫作業で書いたので多少荒いところはあるかもしれませんがそこは目をつむっていただけると幸いです
かち、かち、かち、かち。
時計の針が一歩ずつ回っていく音が部屋に響く。それに交じって、定期的に本のページをめくる音がする。さらに耳をすませば、規則正しい呼吸音と、時折かすかな衣擦れの音が聞こえてくるだろう。稀にキヴォトスでは馴染み深い銃声が遠く鳴って、静寂を通り過ぎる。
部屋に満ちた清涼感のある甘い匂いが落ち着かなくて、手元の文字列に集中できない。いや、おそらく匂いは原因の一部に過ぎない。本当に気を取られているのは、この部屋に満ちている香りと同じものを持った少女が隣に腰掛けていることなのだから。
モモトークでノアに「一日付き合ってほしい」と言われて一緒に食事を済ませ、書店に立ち寄ったまではよかった。しかし、何冊か本を見繕って書店を出た後、カフェで買った本について歓談していたらいつの間にか彼女の家へとお邪魔する流れとなっていたのだ。
あれ、と思った時には時すでに遅く、あれよあれよという間に彼女の部屋へと通された私は現在、彼女のベッドに並んで腰かけながら買ってきたばかりの本を読むふりをしていた。
私は元来読書は嫌いではない、どころか好きな部類ではあるが、さすがに状況が状況だ。最初のうちは本に集中しようとしたものの、いつものように文字の海に沈んでいく感覚が訪れる前にノアに意識がさらわれていく流れを何度か繰り返した。今は本を読んでいるふりをしながら意味もなくページを手繰ってぼんやりと文字列を眺めていた。内容自体は面白そうだったし、この本は少ししてからちゃんと読み返そう。
かち、かち、かち、かち。
そういえば、ノアの部屋にある時計はアナログなのだな、とぼんやりと考える。この科学技術が非常に発達したミレニアム自治区、さらにはその中枢を担うセミナーに身を置いているノアの部屋は、近未来的なデジタルアイテムが多いだろうという予想は、部屋に入った瞬間に裏切られていた。時計に限らず、重厚感のある木製の机や天井まで届く本棚、そして万年筆やボトルインクといった道具が空間と調和しながら存在するこの部屋は、むしろ古書館のようなアンティークな印象すら与えてくる。
考えてみれば、ノアは普段から手書きの手帳とペンを持ち歩いているような生徒だ。機械に頼らないやり方を尊重しているのは当然といえば当然なのだろう。
そう脳内で結論付けて、ちらりと部屋の主を盗み見る。窓辺から差し込む陽を反射してきらきらと輝く白銀の髪はその一部を耳にかけるように上げており、整った横顔がよく見えた。本に没頭しているのか、引き込まれそうな菫色の瞳が流れるように上から下へと落ち、また持ち上げられる。
きれいだな、と改めて思う。触れてはいけない妖精のような神聖さを内包した美しさを醸し出すノアだが、本人にそれを言っても喜ばない気がする。思うに、彼女は素直に伝えたら距離を感じていると解釈してしまうのではないか。それとも私の考えすぎだろうか。
かち、かち、かち、かち。
秒針が12を跨ぎ、長針が揺れたところで立ち上がる。手元の本のページをめくり切ってしまった。次の本を取ってこなくては。
部屋の隅にしゃがんでバッグを開き、今まで持っていた本をしまう。次の本はどれにしようか。なんとなく表紙に惹かれた本?それとも、印象に残るタイトルのこっちかな。
贅沢な悩みにため息をつくと、ぽんぽんとやさしく肩をたたかれた。つられて振り向くと頬に何かが当たる感触がした。
「ふふ、いたずら成功です」
いつの間に近づいて来ていたのか、イタズラっぽい笑顔を輝かせるノアが、私の肩に置いた手からほっそりとした人差し指を伸ばしていた。そのまま人差し指で円を描くように私の頬をむにゅむにゅといじる。
なんともかわいらしい悪戯だが、普段は大人びた雰囲気を醸し出すノアがこういった子供っぽいことをしてくると、ギャップなどの相乗効果で「かわいらしい」では済まない破壊力を生む。
驚きだけではない動揺に視線と声をさまよわせながら、たっぷり数秒もして声を返す。
「これまた随分と古典的というか子供っぽい悪戯だね」
「それはもちろん、私は生徒で子供ですから。ね?」
ウインクしながら私の肩に置いていた手をそのまま口元へ持っていき、人差し指を唇にあてがう。その動作で、ついさっきまでの無邪気な表情から一転、妖しい色香を纏った印象へと早変わりする。これだから、ノアは私の心臓に悪いのだ。
「都合のいい時ばかり子供のカードを切るのは感心しないな」
「あら、私は今まで先生に大人を自称したことも、そう思わせるような行動をしたこともないはずですが」
「……言われてみればそうかも」
確かに記憶を掘り返してみても、ノアが大人であると……いや、彼女自身に関して大人だ子供だと言っていた記憶がない。私が勝手にノアを大人びた生徒だと強く認識しすぎていただけだろうか。
「それよりも先生、先ほどは本に集中できていないようでしたが」
「あぁうん、ちょっとね。でもよく気付いたね」
「私は書記ですから、周辺のことは記録できるように気を配っているんです。それに、先生のことを記録しないのは少し、もったいないと言いますか……」
そういうものだろうか。のめり込んだら周囲の一切が見えなくなるタイプの私にはできない芸当だ。ところでもったいないというのはどういうことだろう。
「とにかく、あまり本に集中できていないようでしたら、普段は読まないような本を読んでみるのはいかがでしょう?この部屋にある本であれは、自由に読んでいただいて構いませんよ」
一歩引いて、今度は柔和な雰囲気でそう言うので、言葉に甘えさせてもらうことにした。本棚を端から目線で走査していき、ふと目に留まった本を引き出す。ハードカバーでやや柔らかい印象の装丁がなされたその本は、どうやら詩集のようだ。普段ならそもそも売り場にすら足を運ばないものだが、せっかくの機会だ。読んでみるのも悪くない。
先ほどまで座っていた場所に再び腰を下ろすと、それまでの様子をニコニコしながら見守っていたノアもまた、私の隣に戻ってきた。静かな二人きりの時間をそっと想いながら表紙をめくると、ぽて、と肩に何かが乗った。
ノアが、体をこちらに倒してきたのだ。私の肩に頭を預けて、上目遣いにこちらをうかがっている。彼女の手元の本はまだ栞が挟まれたままだ。私よりも少し高い体温がじんわりと伝わってきて、鼓動が跳ねるのを感じる。
「ノア、なんというか……これはよくないんじゃないか?」
「先生は生徒に肩を貸してくれる存在じゃないんですか?」
「確かにそうだけど文字通りに肩を貸すことになるとは思わなかったよ」
「ふふ、では座布団一枚いただきましょうか」
そう言ってへにゃりと表情を緩めたノアが、ぐりぐりと頭を押し付けてくる。いくらキヴォトス人の力が強いとはいえ、体重はそう変わらない以上、読書の邪魔になるほどではない。ちょうどいい身長差がお互い心地よい感覚をもたらしていた。
「ところで、私の体は貧弱とはいえ男なわけだし、読書のための枕には不便なんじゃない?」
「そうでもないです。きっとこうしているのがばれたら、私は色々な人に妬まれるでしょう。それぐらい先生の肩は人気なんですよ?」
「おかしいな、今日まで使われた形跡もないのになぜか人気スポットになっているらしい」
いったいどういうことなんだろうか。
だが、それだけの人気スポットだとしたらもう少し価値を上げてもいいのではないか。いや、私にとってノアがもたれかかってきてくれる以上の価値があるわけではないのだが、それはそれとしてノアがあまりに余裕なのが少し悔しいのだ。
そんなわけで、すっとノアの頭を持ち上げて、肩をずらす。
「ノド乾いたし水でも飲んでこようかな」
白々しくそんな言い訳をして立ち上がると、私の手で支えられていたノアはそのまま重力に従ってぽて、とベッドに倒れ込んだ。目を開いてぱちくりと瞬きを繰り返す姿はどこか小動物のようで愛らしい。
すぐに状況を把握したらしいノアは、体勢は変えないまま目だけを動かして、私に恨めしげな視線を送ってきた。そのまま頬を膨らませ、わかりやすく拗ねているふりをしながらこうつぶやく。
「……いじわる」
私が呆気に取られて何も言えずにいると、ゆっくりと体を起こしながらノアがまくし立てた。つーんという擬音が似合う、いかにも拗ねてますよというアピールを添えて。
「私は傷つきました、先生。膝枕を要求します」
「肩に飽き足らず膝をご所望ですか」
「それがいやでしたら、先生の膝の上に座って後ろから抱きしめてもらいながら本を読む時間を要求します」
「膝枕で」
その二択であれば選択の余地はなかった。外聞的にも、私の理性的にも。ノアを抱きしめながらベッドに腰掛けている状況など我慢できる気がしない。
なんだか今日はいつもよりも表情豊かなノアにどぎまぎしながら膝の上を空ける。私は筋骨隆々というタイプではないが、それでも男の膝枕など固くて満喫するようなものではないと思うのだが……ノアがご所望なのだから別にいいか。
どうぞ、と少しおどけながら言ってやれば、ノアが仰向けに私の膝に頭を乗せる。長い髪がいつもよりも広がって、儚い美しさを醸し出していた。
「やっぱり少し硬いですね。寝具としてはあまり適さないかもしれません」
「そりゃそうだよ、君たち生徒と違って私の体は柔らかくできていないんだから」
「ですが、憩いの場としてはこれ以上の物もありませんね。……えいっ♪」
「ひょぇっ!?」
噛み締めるようにつぶやいていたノアが、突然私のお腹を突いた。予想だにしない刺激に、思わず変な声が出てしまう。
「ふふふ。先生もリアクションが良いですね。やっぱり、ついからかってしまいたくなります」
「な、なにおぅ……そういうことならリアクションを抑えるよ?」
「あら、できるんですか?」
「私にだってそれくらいできるさ。試しにやってみようか、今から3分間私は何があってもノアの悪戯にはリアクションしませーん」
「それは寂しいですねぇ」
いたずらへの抗議も含めてそんな宣言をするが、ノアは微塵も寂しそうではない、微笑ましいものでも見るかのような表情でくすくすと笑うばかりだ。できるわけがないとでも思っているのだろうか。私だってやる時はやるんだぞ。
わざとらしく口を引き結んでみると、ノアはしばらくこちらを見ながら目を細めていたが、やがて行動に出た。先ほど同様、私のお腹を二度、三度とつついてくる。
くすぐったさと、言葉にできない満ちた感情とに声が出そうになる。が、こんな早くに音を上げては即堕ち2コマもいいところだ。全身の筋肉がぴくぴくと痙攣するのを感じながらも堪える。
これでは埒が明かないと思ったのか、一度ノアの指が離れる。そして今度は、へそのあたりに人差し指をたて、つつつ……とお腹の表面をなぞり始めた。先ほどまでとは種類の違うむずがゆさに背筋が伸びるが、何とか声は抑える。今のは危なかった。
私のお腹をノアの指が三周した辺りで、撫でる指が増えてきた。同時に、動きがどんどんと不規則に細かくなっていく。
ノアの細い指でくすぐられる感覚は、かつて友人たちとじゃれていた時にくすぐりあったのとは違い、より鮮明に刺激を伝えてくる。笑わないように堪えれば堪えるほど体に力が入って、こわばりを溶かすかのようなノアのくすぐりに敏感になっていく循環ができてしまう。
やがて、均衡が崩れる。
最初は喉から絞り出されるような笑い声が漏れ、すぐに抑えの効かない笑いへと変わっていく。
「記録は2分40秒。も少しでしたね、先生?」
そう言いながら微笑むノアは、くすぐるのをまだやめてくれない。笑いながらでは、満足に返事をすることもできないというのに。
「我慢できなかった先生には罰ゲームです。内容は……そうですね、またこうして一日私に付き合ってもらう、というのはいかがでしょう」
へそのあたりを、わき腹を、その両手でこしょこしょと弄り回しながら私の膝の上でそう言ってくるノア。ところでそれは、罰ゲームではなくご褒美……基、楽しみになる気がするのだが。
「いかがですか、先生?」
体を捩りながらノアのくすぐりから逃れようとして答えられずにいると、彼女の指の動きが少し早くなる。どうやら、はいと言うまでくすぐり続けるつもりのようだ。提案の形をとっていても、拒否権をくれるわけではないらしい。拒否するつもりは毛頭ないのだが。
両手を上げ、なんとか頷くこと数度。ようやっとノアの手が止まる。
「はぁ、はぁ、さすがにくすぐるのはずるくない?」
「何があっても、と仰られた以上その抗議は難しいと思いますが」
ぐうの音も出ない。
「というか、今度こそ喉乾いたから水飲んできていい?笑うのって結構体力使うんだよ」
「でしたら、コーヒーでも淹れましょうか。まだお茶もお出ししていませんし」
「やった、ノアが淹れてくれるコーヒーおいしいんだよな」
「では、すこしお待ちください」
そう言って私の膝から起き上がり、部屋を後にするノア。一人残った私は、横に置いてあった詩集の存在を思い出し、手に取った。
ゆっくりと眺めながら頁をめくっていくと、やがてコーヒーの香ばしい匂いが漂ってくる。
たまには、こういったものを読んでみるのも、悪くないかもしれない。そんな考えが、今日見てきたノアの姿とともに脳裏をよぎった。
結局同じ空間を共有する「だけ」じゃないと思ったそこのあなた、正解です。お題通りにやるとくもたろーの創作能力を超えちゃうので多少は許して下せえ……
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