先ノア短編集   作:くもたろー@溶脳炉

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シリーズ化に伴い再投稿です。単体のほうは申し訳ございませんが削除という形になります。読んでくださった皆様、特に評価・お気に入り・感想等くださった皆様には申し訳ございませんがご理解ください

はいドーモ、夏コミ前に急に書きたいものができて慌てて書き上げたクモです。今回は執筆に4時間ほどしか充てられなかったので、ちょっと粗が目立つかもしれません……。明日以降校正はします。夏コミの用意で忙しかったからね仕方ないね、でも日付ネタ引っ張りすぎてもよくないからね仕方ないね
というわけで皆様ごきげんよう、私は寝る


今日は何の日

 私は今、猛烈にノアを抱きしめたい!

 

 あ、違うんです不審者ではないんです、わたくしこういう者で、シャーレの先生をやってまして、ええ……。

 

 え?先生が生徒を抱きしめたいというのは猶更問題ではないかって?そこうるさいですよ!思想の自由は保証されていると知らないんですか。

 

 え?キヴォトスにそんなものはない?だまらっしゃい!ここは超法機関シャーレですよ?つまり私がその気になればいくらでも……。

 

 え?いい加減にしないと仕事増やすぞ?

 

 …………。

 

 私めが悪かったですなにとぞご勘弁を。

 

「先生、お疲れなのはわかりますが虚ろな目でぶつぶつと呟くのは、少々気になるといいますか……。心配になりますので、やめていただけると」

 

「あれ、ノア、いつの間に来てたの?」

 

「今来たばかりですよ。先生に呼ばれたので、急いできちゃいました♪」

 

 はて、いつノアのことを呼んだだろうかと思い、モモトークを確認する。するとすぐに、昨夜寝る直前に明日の当番に来れないかノアに確認を送った跡がみつかった。 今の時刻は始業時刻から少し経ったくらい。

 

 そういえば、昨夜は連日続いた大量の仕事を片付け終わった祝いと称して結構飲んだくれていたような気がする。寝落ち寸前のことが記憶に残っていないのも、そう不思議なことではない。

 

 しかし、ちょうどよくノアが現れてくれるとはなんたる僥倖。グッジョブ、昨夜の私。残る問題は、どうやってノアにハグさせてもらうかだが。……よし。

 

「それで、本日はどのような用件でしょうか?」

 

「それなんだけど。ノア、今日が何の日か知ってる?」

 

「今日、ですか。そうですね……」

 

 急に振られた話題にきょとんとして、その後視線を上げながら考えるノア。暑い中外を歩いてきたのか、髪が少し首筋に張り付いているのがやけに刺激的で、思わず息をのむ。ノアはそんな私には気づかないようで、回答を導こうと口を開いた。

 

「誕生日の生徒さんはいらっしゃらなかったはずですし、先生の誕生日も今日ではありません。個人的な記念になり得る出来事は私が把握している限りありませんし……となると、語呂合わせでしょうか?8月10日、はち、じゅう、とお……あぁ、もしかして。ハートの日、ですか?」

 

 胸の前で両の手でハートを型作り、語尾に合わせて首をかしげるノアに、一瞬意識を手放しそうになる。いやなった。あぁ、天使はここにいたか……。

 

 いや、そうじゃない。

 

「残念ながらハズレかな。ハートの日はとても魅力的だけど、それは明日でしょ?日付を間違えるなんて初歩的なミスをノアがするのは珍しいね」

 

「あら?今日は10日ですよ、先生?」

 

「え?」

 

「え?」

 

 お互いに噛み合わない会話に、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。いやいや、そんな馬鹿な。

 

 ノアに見せつけるため、スマホを開いてみれば、そこに表示されていたのは8月10日の文字。……あれぇ?

 

「ふふ、勘違いをしていたのは先生の方だったみたいですね。いくら忙しいとはいえ、日付感覚まで麻痺してしまうようでは弊害も出てきてしまいます。そうなる前に助力を求め、ちゃんと休むのも仕事の内、ですよ?」

 

 腰に手を当てながらめっ、と人差し指を立てるノアは、怒っているような表情をしているが、溢れ出ているかわいらしさを抑えきれていない。抑える気があるのか疑うほどだ。あぁ、ノア好き……。

 

「それに、先生に倒れられてしまっては、多くの生徒は気が気でなくなってしまってよくありません。先生の無理は私たち生徒のためとはわかっていますが、それでもやりすぎては逆効果だということも、頭に留めておいてください」

 

「皆にとって私がそんなに大きな存在かどうかはさておき、気を付けることにするよ」

 

「気を付けたところで、改善されなかったら意味がありませんよ?本当にわかってますか?」

 

「…………可能な限り善処することを誓います」

 

 圧が、圧が強い……!身長差のせいで下から覗き込む形でじぃ、と見つめてくる紫水晶から顔を背け、逃げの言葉を吐いて誤魔化す。悪いけど、大人というのはズルい生き物なんだ。

 

 それに対し、ノアは一つ息をはいて距離を取り直した。ひとまずの追撃は回避できたようだ。

 

「わかりました、今日はここまでにしておきましょう。私の前で誓ったんですから、きちんと果たしてもらいますよ?」

 

 前言撤回、これは墓穴を掘った気がする。ノアの顔に張り付けられたニッコリ笑顔は大いなる圧力でもって私やコユキを服従させる、ノアの七つ道具の一つだ。ちなみにあと6つがなんなのかは知らない。ノアのことだし何か持ってるでしょ、多分。

 

「さて、話を戻しまして。先生は8月9日が何の日だった、と仰るつもりなんでしょう」

 

「あ、そうそう。ノア知ってる?昨日は8と9をもじって、ハグの日だったんだよ!」

 

 そうだったそうだった。話の流れてすっかり忘れていたが、私は今ノアをハグしたいんだった。いや、ノアにハグされたいのか。……どっちでもいいな、ノアとハグしたい、うん。

 

「ハグ……確かにそうなりますね。こういった語呂合わせは、一体だれが考えているのか、聞くたびに少し気になるんですよね」

 

「えっ」

 

 は、反応が薄い……!?いや、私が期待しすぎていただけだろうか。確かに突然先生がハグの日だよ、なんて言ってきてもちょっとした蘊蓄だとしか思わないかもしれない。

 

 いや、落ち着け私。ノアは聡明だ、きっと私の話題の振り方から真意に気づいてくれるはず。それに少し時間がかかるのは仕方がないことだ。もう少し、もう少し様子をみてみよう。

 

「そういえば先生、ハグと言えば」

 

 ほら。さすがはノアだ。

 

「先日、エンジニア部がハグによる休息効果を得られるロボットの開発を依頼されて作成したのですが、これがまた大変なことになりまして」

 

 やっぱり駄目だったみたいだ、チクショウ。でもその話は少し、いやかなり気になる……ノアも思い出し笑いなのかくすくす笑ってるし。

 

「なんと、休息効果が最適になるように計算して作ったところ、そのあまりの効果にハグされた生徒は立ったまま眠ってしまったのです。さらに、そのロボットのハグに一度捕まったら3時間は抜け出せないというおまけつき。アルゴリズムが近くの人にハグするというものでしたから、その後数日にわたってミレニアムを徘徊する恐怖の睡魔に怯える日々が続いたんです。エンジニア部制製ということで、破壊も難しかったのですが、最終的にロッカーに隠れている花岡さんに夢中になっているところを、ゲーム開発部が無力化して事なきを得ました」

 

「それは……なんとも絵面がすごいことになっていそうだね」

 

 ロッカーに苦戦するハグロボットと、その後ろで網を構えながらにじり寄るモモイ、ミドリ、アリスの3人が脳裏に浮かび、ついシュールな笑いが出る。相変わらずミレニアムは平和で退屈しない日々が続いているらしい。

 

 ところでノアさん、そのハグに飢えている人がここにいるんですけど。先生としての立場もあるし無理にとは言えないけど、めっちゃハグしたい人がいるんですけど。

 

「他に8月9日は、バッグの日、野球の日、それに、かつての新素材開発部が初めて形状記憶合金を開発・発表したことにちなんで形状記憶合金の日といういうのもありますね」

 

 つらつらと述べるノアは流石、こういったことに慣れているようだ。

 

 しかし、どうにもハグの話が出てくる様子はない。やはり、私の意図は伝わっていないようだ。あるいは、伝わってなお無視されているか……いや、これは傷つくからやめよう。どんなに確度が高かろうが、私は私の心を守ってもよい、その権利を持っているはずだ。多分、きっと、おそらく。

 

 そんなことを考えていたら、どうやら知らぬ間に肩を落としていたらしい。それを見て、ノアがこらえきれないように笑い出した。

 

「ふっ、ふふふふふっ!そんなに落ち込まなくても……。そんなにしたかったんですか?私との、ハ・グ♪」

 

 最後の「ハグ」は殊更に強調するように、耳元で区切りながらささやかれる。驚きのあまり上体を逸らせば、さらに口を隠しながらくすくすと笑うノアが映った。からかわれていたのだと気付いたのは、数秒して言葉の意味をようやっと理解してから。

 

「せーんせい?してほしいことは、きちんと言葉にしていただかないと、わかりません。先生は、どうしたいですか?」

 

 後ろに手を組んで、私の懐に潜り込むように一歩距離を詰めながら上目遣いで問うてくるノア。その蠱惑的な光景に、振る舞いに、頬が赤く染まっていくのがわかる。

 

「さぁ先生。答えをどうぞ?」

 

「ノアとハグ、したいです……」

 

「ふふっ、よく言えました。さぁ、どうぞ♡」

 

 上ずって掠れた声で本心をこたえれば、待ってましたと言わんばかりに両手を広げて差し出してくる。吸い寄せられるように一歩、二歩と距離を詰め、ぎこちなくノアの細い体に腕を回す。

 

「はい、ぎゅーっ!」

 

 腕に力を籠める前に、ノアに思いっきり抱き寄せられる。クーラーが効いている中、自分のものよりもわずかに高い体温が伝わってきた。

 

「ふふっ、捕まえちゃいました。そう緊張せず、お好きなようにハグしてください。多少力を込めすぎても、それで私たちが怪我をすることはありませんから。ね?」

 

 ヒールのおかげで緩和されている身長差は、ノアの顔を息がかかるほどにまにまで近づけていた。ノアに促されるまま、ゆっくりと優しく、腕に力を込めていく。

 

 細い。フォーマルな服装と、ゆったりと着崩しているジャケットのおかげで普段はそのような印象は薄いが、触れてみれば今にも折れてしまいそうな感覚すら覚えるほどだ。 自分のそれとは違う、ふわふわと柔らかい感触がより一層儚い印象を強調していた。

 

 ノアを壊すのが怖くて、ゆっくりと。ノアを失うのが怖くて、しっかりと。

 

 力を込めていく自分の腕の中に、最愛の少女を感じる。わずかに汗のにおいが混じった、清涼感のある甘い匂いが鼻腔を突く。二人の熱が混ざり合い、溶け合うような感覚。心臓は痛いほど早鐘を打っているのに、心はどこまでも穏やかに安らいでいく、不思議な感覚。 時折ノアが喉を鳴らすように声を漏らしたり、ぐりぐりと頭を押し付けるように身じろぎをしたりするのが愛おしい。

 

 どれほどそうしていただろうか。やがて、ノアが腕に込めていた力を緩めながら口を開いた。

 

「先生、そろそろ終わりにしましょうか。少し、喉が渇いてしまいました。コーヒーでもいかがですか?」

 

 ノアの淹れてくれるコーヒーは格段においしい。ぜひ、と言おうとして、しかしその言葉を飲み込む。答える代わりに、離したくないと一層腕に力を込める。

 

「先生」

 

 困ったような声と声と共に、ポンポンと背中を数度叩かれてふと我に返る。少し力を弱めてみれば、再び間近にノアの顔が見える。

 

 ふと、空調の風がこちらに向く。ノアの背後から私のほうへ、快適で冷たい空気と共に、ノアの髪を持ち上げる。

 

 あるいは故障だったのかもしれない、ただの空調にしては異様に強い風だ。まるで二人の顔をこの世界から切り取るように、彼女の白銀の髪がたなびいて私の視界はノアに埋め尽くされた。困ったように笑うノアに、私の意識は釘付けになっている。

 

「仕方がないですね、あと30秒だけ……いえ、ではこうしましょう。先生の心臓が、あと100回拍を打つまで、先生の好きにしていていいです。ちゃんと数えますよ?もし私と少しでもハグしていたいと思ってくださるなら……頑張って、落ち着かせてください。それでは、スタートです」

 

 そう言って、頬ごとぴっとりと私の胸板にヘッドギアを押し当てるノア。その仕草に、それだけノアに甘えられている事実に、否が応でも鼓動は早くなる。どれだけ落ち着けと念じても、まるで効果がありそうにはなかった。いや、むしろさらに加速していくばかりだ。

 

 10回、30回、80回、そして100回。ノアの重みもあって自分でもわかる、面白いほど暴れる心臓はあっという間にリミットを迎えてしまう。そして。

 

「はい、100回ですね。ふふ、ずいぶんドキドキしていらっしゃいましたが、ご満足いただけましたか?」

 

 するりと拘束を逃れ、一歩下がったノアから悪戯っぽく問いかけられる。満足していないことなど、わかっているだろうに。

 

「そう名残惜しそうな顔をしないでください。きちんとお仕事を、今度は無理せず休息を取りながら頑張っていれば、またやってあげますから。ね?」

 

 人差し指を口に当てながらウインクを添えて、そう宣うノア。それに言葉を返せずにいると、彼女は上機嫌に微笑んで背を向けた。

 

 それでは今度こそコーヒーを淹れてきますね、とノアが給湯室へ向かっていくのを見ながら、今更ながらに喉の渇きを自覚する。ほとんど何も喋っていないはずなのに、いつの間にこんなに渇いていたのだろうか。

 

 一時的に満たされた、しかし決して満ち足りることはないようにも思える渇きを心の奥底へ封じ込めながら、香ばしいコーヒーの匂いに意識を移す。 非現実間に包まれてふわふわとまとまらなかった思考が、少しその働きを取り戻す。

 

 今日はまだまだ始まったばかりだ。せっかくノアも隣にいるのだし、仕事もほとんどない。さぁ、これから何をしようか。

 

 やがてノアが二人分のコーヒーを持って戻ってきた。マグカップを置いて、ノアが席に着くのを確認してから口を開く。

 

「それじゃあノア、今日は何の日にしようか?」

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