タタタタタッ!ドン!ドン!
のどかな昼下がりに、自動小銃と散弾銃のうなり声が響き渡る。それに合わせて何事か言い争う声も聞こえるけど、銃声と破壊音に遮られて内容までは聞き取れない。おおよそ、とっておいたプリンを勝手に食べたとか、予算が足りないだとか、そんなことだろう。
見上げれば、今日もいい天気だ。気温は少し肌寒いくらいだけど、柔らかな陽の光が縁側に差し込んでいて、日なたはとても心地よい。このままではいつの間にか眠ってしまいそうだ。
「ふふ、若い子は元気でいいですね」
隣に座っていたノアが、すっかり丸くなった背を伸ばしながら、そう独り言ちる。在りし日の、透き通るような声とは変わってしまったけど、それでも私の愛する声に変わりはない。
「私たちも、あんな日々があったんですね。今から思えば、ずいぶんとやんちゃでした、ホ、ホ、ホ」
「そうだな、もう遠い日々だけど……。懐かしいね」
「そりゃあなたは女の子に囲まれてたんですもの。当時の私がどれだけ気を揉んだとおもってるの、『先生』?」
冗談を窘めるように皴の寄った手を振りながら、自分は冗談めかして昔の呼び方をしてくれるノア。こうやってうまく手のひらで遊ばれるのは、終ぞ変わらない関係だったけど、私たちにはこれくらいがちょうどいい。
「でも、俺だってあの頃は仕事だらけで毎日大変だったんだし。ノアをはじめ、モテるような錯覚を楽しむくらいは許されていいと思うんだけど?」
「また錯覚なんて言って。結局今日にいたるまで、何人の告白を受けたか覚えてないんですか?」
「えっと、ひぃ、ふぅ、みぃ……」
「結局249人から、621回に及ぶ告白を受けてましたよ。私の隣で」
一人ひとり思い出して指折る私に、ノアは面白くなさそうな表情をしながらも、答えを教えてくれる。当然、最終的に伴侶となったノアからすれば面白いものではないだろうけど、告白してきてくれた子たちにも想いがあったに違いない。
「私はぜーんぶ、覚えてるんですからね」
すっかり年老いたノアが、昔のように年不相応に可愛らしく拗ねて見せる。そんな様子に、いつまでも色あせない愛おしさが胸の底から湧き上がってきた。
だから、ちょっと反撃することにした。
「さすが、それじゃノアが俺に『好き』って言ってくれた回数も覚えてるよね」
「……そんなの、数えてないですよ」
「少なくとも、俺が告白された回数よりは多いはずだよ。だって、俺の記憶に残ってるのはノアが言ってくれた言葉ばっかりだから」
「それはただの贔屓目でしょう、まったく」
冷ややかな目で見つめてくるのは、本当に覚えていないのだろうか。特に結婚してすぐの頃なんかは、毎日のように好き好きと、私の心臓をいじめて楽しんでいたのに。特に夜は
「そこまでですよ、あなた」
「その読心術も変わらないね」
「あなたの考えることなんか、手に取るようにわかりますもの。どれだけ私があなたを見てきたと思ってるの」
「そういうことなら、俺も負けてないはずなんだけどな」
「あなたは忘れっぽいんですからあてになったものじゃありません」
言って聞かせるようにそういうノアだが、ことノアに関してはしっかり覚えているつもりだ。とはいえつもりなだけで、忘れていること自体を忘れてしまっている可能性はひくくないけど。
「あなたの物忘れで、どれだけ冷や汗をかいたか数えられたものじゃありませんよ。娘の授業参観の日を間違えかけたのだって一度や二度じゃないんですから」
「そんなことも……あったな」
あの時はノアが教えてくれなかったら大変なことになるところだった。娘の頑張っているところを見れないなんて、そんな悲しいことがあるだろうか。
愛情たっぷりに育てていた娘は、既に母親となっている。孫もすっかり大きくなって、生きているうちにひ孫の顔が見られるかもしれないとノアとひそかに楽しみにしているのだが、本人は今のところその気はないらしい。
「本当、いろいろなことがあったなぁ」
「そうですね、全部……えぇ、全部、覚えています」
思わず口をついて出た言葉に、遠い目をしてノアが同調する。きっと、その言葉は、文字通りの意味なのだろう。
酸いも甘いも、喜怒哀楽のすべてを、決して忘れることのできない能力。時には、時間の中で前後不覚に陥るほどの、個人が背負うにはあまりに過ぎた力。
もう、私もノアも先は長くないけれど、だからこそ今、聞いておこうと思った。
「ノア」
「なんですか、久しぶりに改まって」
「ノアは、人生楽しめた?ちゃんと、幸せになれたか?」
近くも遠くもはっきりとは見えなくなった目で、それでもノアだけを鮮明に捉えてそう問いかける。すると彼女は驚いたように目を見開いて、そしてすぐにくしゃりと破顔した。
笑顔の美しさは、歳をとっても損なわれないんだな、などと呆けた俺に、ノアはゆっくりと倒れ掛かって体重を預けてくる。昔から軽かったが、それに輪をかけて軽くなった感触が、物寂しさを感じさせる。
そんな私の内心を吹き飛ばすように明るい声で、ノアは答えを告げた。
「色々ありましたけど、私は幸せでしたよ。こうして、心の底から愛する人と一緒に生きてこれたのですから。あなたのおかげで、私の記憶は幸福でいっぱいです。私が、苦痛を忘れてしまうくらいには、ね」
午後の日に照らされながら相好を崩したノアは、若いころにも負けないくらい綺麗で、久しぶりに頬に血が集まるのを感じる。だが、それ以上に溢れ出て止まらない愛おしさが、ノアの肩に手を伸ばさせていた。
そうしてしばらく、秋の日の下で老夫婦二人、身を寄せ合って幸せを噛み締めた。
お久しぶりですクモたろーです。
冬コミ原稿忙しいのになんか降ってきちゃったものだからさぁ大変。でも降ってきちゃったものは……書くしかないよな!
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