先ノア短編集   作:くもたろー@溶脳炉

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シリーズ化に伴い再投稿です。単体のほうは申し訳ございませんが削除という形になります。読んでくださった皆様、特に評価・お気に入り・感想等くださった皆様には申し訳ございませんがご理解ください

Happy Halloween!


もてなしましょう、大切に

 こつ、こつ、こつ、こつ。

 

 ミレニアムにしては珍しく、照明が弱く薄暗い廊下に私の足音が溶けていく。伊達にマンモス校を誇っているわけではないミレニアムサイエンススクールは、何度も来たことがあると言えどまだまだ地理が把握できていない場所がたくさんある。

 

 タブレットに表示されている地図に従って、歩く、歩く。十月も末日となれば、空気はすっかり冷たくなってしまっていた。それがまたどこか恐怖をそそるようで、思わず足早になってしまう。

 

 見知った場所を離れて五分ほどは歩いただろうか。ようやっと目的地の教室に着く。『調理実習室』と書かれたプレートを確認して、扉に手をかける。

 

 驚かせないようにそっと開いた戸の奥には、かなりの人数が使えるであろう広い調理実習室が、煌々と輝く照明に照らされて私を待ち受けていた。その中で、ひときわ輝く白銀の長い髪。楽し気に左右に揺れる体に合わせて波打つそれは、三角巾でまとめられていることも相俟って、まるで一年に一度の祭典に思わず踊り出した可愛らしいお化けのようだ。微かに透き通るような鼻歌と、甘い匂いも漂ってくる。

 

 扉を閉めると、その音で気づいたらしいノアが振り返った。

 

「こんにちは、先生。お忙しい中、来ていただきありがとうございます」

 

「やあノア。それで、今日は何をするの?」

 

 挨拶もそこそこに、ノアに問いかける。モモトークで今日この場所に来てほしいとだけ言われたため、何をする課までは聞いていないのだ。

 

 とはいえ、今日はハロウィン。調理台に並んだ材料と、楽しそうなノアの表情を見れば想像は難しくない。

 

「先生の想像通り、お菓子を作ろうと思いまして」

 

 やっぱり。

 

「ユウカちゃんにあげるための、ですけどね」

 

「えっ」

 

 てっきりノアの手作りお菓子が食べられるものだと内心ガッツポーズをしていたのに、急にはしごを外されて声が出てしまう。それを見て、ノアはにまぁ、と意地の悪い笑顔を浮かべた。

 

「あら、どうしたんですか?そんな驚いて」

 

「えっ、いや、その……。お菓子、私の分は……」

 

「ふふふっ、思った通りの可愛らしい反応をしてくださってありがとうございます。そうですね、あげないとは言いませんが……そんなにお菓子が欲しいんですか?そ・れ・と・も、欲しいのは私、ノアからのお菓子でしょうか」

 

 唇に手を当てて、わざとらしく思案するフリをするノア。しかし、楽しげに細められた目をこちらに流しながら妖しく微笑んでいるところを見るに、私の求めている物など先刻御承知なのだろう。

 

まったく、この菫色の瞳はどこまで見通しているのか。

 

その見通す深さが、ノアに敵わない範囲だ。それと同時に、ノアが私を見てくれている範囲でもある。大人として、先生として、ノアを愛おしく思う一人の人間として、悔しいやら嬉しいやら。

 

「さあ先生?しっかりと言葉にしていただけないと、先生が何を欲しがっているのかわかりませんよ?」

 

 一言一言、私の耳に刻み込むようにあえてゆっくりとそう宣うノア。こうなっては、素直に言うのが一番いいというのは、これまでの経験でわかっている。両手を挙げて降参アピールをしながら、正直に言うことにした。

 

「さすが、全部お見通しだね。そう、ノアからお菓子が欲しいな、もらえる?」

 

「よく言えました、と言いたいところですが、今日はハロウィンですよ?もっとピッタリな言葉があると思いませんか?」

 

「ピッタリな……あぁ、なるほど。それじゃノア、トリック・オア・トリート!」

 

本来なら仮装してやるべきなんだろうけど、持っていないものは仕方がない。精一杯の努力として、腕を広げて襲い掛かろうとするポーズを作る。ノアよりも私のほうが身長が高い分、少しは示威効果もあるだろう。

 

そこで、パシャリとシャッター音が鳴る。見てみれば、いつの間にかノアがカメラを手に持っていた。

 

「ねえノア、なんで写真撮ったの?あとこれ絵面的に大丈夫かな。二人きりの教室で教え子の女の子にお菓子を強請ってる教師の図になってる気がするんだけど」

 

 ちょっとした照れ隠しにこんなことを言ったのがいけなかったのかもしれない。

 

「先生がそんなことをする人だなんて思いませんでした」

 

「えっ」

 

「こうやって他の生徒にも手を出してるんですか」

 

「ちょっとノアさん?」

 

「ノア『さん』だなんて、どうしてそんな他人行儀なんですか。あの日の言葉は嘘だったんですか」

 

「あの日の言葉って何!?どれ!?どの日のこと!?」

 

「そんな、心当たりが多すぎるだなんて」

 

「言ってないね」

 

「どれだけ女の子の心を弄べば気が済むんですか!」

 

「今弄ばれてるのは確実に私だよねぇ!?」

 

「はい、ちょっとした悪戯でした♪」

 

「名優が過ぎるよノア……」

 

 ちろりと舌をのぞかせながらウインクするノアに、思わず何でも許してしまいそうになる。可愛いは正義と偉い人も言っていたような気がするし、ノアは正義なのかもしれない。

 

 それにしても、ノアの演技は本当にうまかった。途中から本当は自分が悪いのではないかと錯覚するほどには。

 

「では先生、お返しも兼ねて……トリック、お願いしますね」

 

「へ?」

 

「先生が言ったんですよ?トリックオアトリート、お菓子をくれなきゃ悪戯するぞって。面白いですよね。仮装した子供たちを悪魔に見立てて、トリート、大切にもてなさないと……つまり、お菓子をくれないと悪さをされてしまう、だなんて」

 

 寸前のやり取りをすっかり忘れて首を傾げた私に、ノアはそんな豆知識を教えてくれる。だが、私の頭はそれどころではなかった。

 

 ノアの手作りお菓子……いや手作りとは限らないけど状況的にほぼ確定だと思っていた手作りお菓子が……。トリックを選ばれるとは思ってなかったから悪戯なんてなんも考えていないし。

 

「え、えっとノア、私は余った材料で軽く作ったものでももらえればそれで」

 

「さて、私は一体どんなイタズラをされてしまうんでしょうか。トリックを選んだのは私ですから、どんなイタズラでもいいですよ?ただし……ふふっ、今日はあえて言わないでおきましょう。何度も繰り返すことでもないでしょうし、ね?」

 

 何とか逃げを打とうとしたところで、言葉を重ねられて退路を断たれてしまう。そのままノアは、後ろに手を組んで、一歩、懐に踏み込んできた。少しかがむようにして上目遣いでじぃ、と大きな瞳がのぞき込んでくる。どこかワクワクしているように目が輝いている気がするのは私の気のせいだろうか。

 

 一歩、ノアが詰めてきた分だけ後退すれば、今度は二歩距離を縮められる。先ほどよりもさらに近く、互いの息遣いすら感じられるまでにノアの整った顔が迫り、思わずごくりと喉が鳴る。少し強く息を吸えば、きっと鼻腔がノアの匂いに満たされるだろう、そんな間合い。

 

 イタズラ、イタズラ……。

 

 至近距離からノアに見つめられて沸騰寸前の脳内を、どんなイタズラでも、というノアの声が駆け巡る。そのせいで、ノアの柔らかそうなほっぺを、瑞々しい唇を、たわわな胸を、魅惑的な腰を、すらりとした脚を、視線が順繰りに巡ってしまったのは不可抗力だと信じたい。

 

 もちろんそんな私の視線を見逃すはずもなく、ノアは嗜虐的で蠱惑的な笑いを漏らす。

 

「さあ先生、悪戯をどうぞ?」

 

 まるで悪魔のような、理性を甘く激しく溶かす囁き声。その毒が、理性の糸をぷつりと切る音が、聞こえた気がした。

 

「ふふ、ここまでにしておきましょうか。実は今、先生にあげる分のカップケーキを焼いて……」

 

 ガシッ。

 

「ガシッ?」

 

 一瞬で妖しい空気を霧散させたノアが、一歩下がったところでその両肩に手を置く。そのまま足先で近くの椅子を一つ引っ張りよせる。

 

「あの、先生?ちゃんとお菓子は用意してあるのでこの辺で……」

 

 珍しく目を白黒させているノアが、かわいらしく何か言っているが聞こえなかったことにする。生憎と私は書記ではないし、中立に正確に物事を記録するとは限らないのだ。

 

 そのままノアを180度振り返らせ、後ろ向きになった彼女を引き寄せる。自分ごと椅子に座るように引っ張れば、自然とノアは私の膝の上に腰を下ろす形になった。驚きのあまり固まっているのをいいことに、腕をノアの肩から除け、今度はその細い体に回す。逃げられないように、しっかりと抱きしめさせてもらおう。

 

「えっ、あのっ、えっ」

 

 まだ脳の処理が追い付いてないらしいノアからは、ふわふわと柔らかい感触と私よりも幾分か高い体温が伝わってくる。痛くないように力を込めているわけではないため、逃げ出そうと思えばいつでも逃げ出せるはずなのだが、そこまで考えは至っていないらしい。ノアにしては珍しいことだ。

 

「せ、先生、なにを……」

 

「ノア」

 

「ひゃいっ!」

 

 いつもより甘みの強い香りを孕んだ髪をかき分け、耳元で名前を呼んでやれば、ノアは裏返った声と共に背筋をピンと伸ばした。少し視線を動かせば、茹で上がっているかのように真っ赤になった横顔が見える。そんなノアが愛おしくて、少しだけ抱きしめる腕に力が入った。

 

「イタズラ、していいよね?」

 

「そ、それは!」

 

「何でもしていいって言ったの、ノアだよ?」

 

「えと、その……お、お手柔らかにお願いしましゅっ!」

 

 一体何を想像したのか、今にも目を回してしまいそうなほど緊張して噛んでしまうノア。そこまでの事をするつもりはまだないんだけどな、と笑みを浮かべて、ノアの体に回していた腕を解く。そう、まだ。もちろん、将来的にノアが受け入れてくれるのなら、その先を望む気持ちはある。しかし、今ではない。

 

 そして、両の手で、ノアのやわらかそうなほっぺたをつまんだ。

 

「ふぇ?」

 

 拍子抜けした、といった感じに一気に緊張を解いたノアのほっぺを、もちもちむにむにと弄り回す。想像通り、手に吸いついてくるようなもちもちな肌と、よく伸びる柔らかい頬で触り心地は抜群だ。ノアと自分のもの以外触ったことないけれど。

 

「ひ、ひぇんふぇい?ほれは……?」

 

「ん?イタズラ。嫌だったらやめるけど」

 

「ひょういうわふぇでは……」

 

 ノアは困惑しているようだが、拒絶されるわけではないようなので引き続きほっぺを堪能させてもらう。もちもち、むにむにと柔肌を堪能していると、やがてノアが脱力してこちらに体重を預けてきた。

 

「先生」

 

「なぁに?」

 

「これ、楽しいんですか?」

 

「うん。すごく触り心地よくて楽しいよ」

 

「こんなことで喜ぶなんて、先生は変わってますね。このことはしっかり記録しておかないと」

 

「そんなことないと思うけどなぁ……。あとその記録は門外不出でお願いします」

 

 好きな女の子の頬をいじらせてもらえるなんて、全男子の夢ではないのか。それに自分の硬い頬と比べ、マシュマロの様なほっぺたは触っていて飽きることがない。

 

 だが、ノアはどこか不服なようで、一瞬指が離れた隙をついて頬を膨らませた。すぐにつついてやれば、唇から空気が漏れていく。それがなんともかわいらしくてつい笑ってしまうと、ノアは彼女が座っている私の太ももをぺしぺしと叩きだした。

 

「せっかくの機会を、こんないつでもできるような悪戯で済ませてしまっていいんですか?」

 

「これで十分だよ。これ以上は私も、ノアの方も保たないでしょ?だから、親しくしてくれるのは嬉しいけど、今後はあんまり頑張りすぎないでほしいかな。私の理性がいつでも仕事してくれるとは限らないんだから」

 

 現にこうして、理性の防衛線が一つ突破されてしまっているのだし。

 

 しかし、ノアはそんな私の言葉を聞いて、上機嫌に笑った。

 

「ふふっ、そうですかそうですか。それなら、もっと頑張らないといけませんね♪」

 

「私の話聞いてた?」

 

「ええ、もちろん聞いてましたよ。記録は私の特技ですから」

 

 それならなんで、と問いかけようとしたところで、チンと軽い電子音が鳴り響いた。

 

「あら、先生にあげる予定のお菓子が焼き上がりましたね」

 

 そう言って、ノアは私の膝の上から立ち上がってしまう。もう少し堪能していたかった、という思いを胸の内にしまい込んで、私も立ち上がる。

 

 オーブンからノアが取り出した、そのお菓子は。

 

「……カップケーキ?」

 

「正解です。正確には、パンプキンカップケーキですね。先生はあまり甘くない方がお好みかと思いましたので、砂糖は控えめにしてあります。あとは、少し待って粗熱を取れば完成ですね。その間に、コーヒーを淹れてきちゃいましょう。先生はこちらで待っていてください」

 

 そう言って、オーブングローブを取り外し、手際よく準備を進めるノア。言われた通り、私は甘い匂いを前に座って待つ。

 

 やがて、ノアが二人分のコーヒーカップを持って戻ってきた。

 

「どうぞ、先生。こちらではシャーレとは違い、豆から挽くということはできないのでインスタントですけど」

 

「いや、十分だよ。ありがとう」

 

「こちらのカップケーキも、いい頃合いでしょう。せっかくですから、暖かいうちに召し上がってください。出来立てですよ?」

 

 ノアがお皿にフォークと共に載せて渡してくれるのを受け取って、早速いただくことにする。フォークを入れてみると。固いというほどではないがしっかりと中身が詰まっている。そこそこ食べ応えがありそうだ。

 

 一口食べてみれば、確かに甘すぎないほど良い甘さと、バターの香りが口の中に広がる。コーヒーともよく合う味で、とてもおいしい。

 

 ノアはなんでもそつなくこなす印象があるため、料理もできるだろうとは思っていた。しかし、実際にその成果を食べさせてもらうに、想像以上に上手であるらしい。普段のお世辞も褒められたものではない私の食生活と比べると、ノアの手料理とはなんと贅沢なものだろうか。

 

 そう、思った時だった。

 

「……ふふ、食べてしまいましたね、先生?」

 

 ノアがつぶやくと同時に、部屋の明かりが落ちる。急に真っ暗になった調理室の中で、鮮やかな赤色に輝くノアの瞳だけが目に映る。

 

 やがて目が慣れてくるに従い、背中から生えた蝙蝠のような翼、普段のヘッドギアの代わりに側頭部についている短い角、そして唇からはみ出して伸びる長く鋭い歯が見えてきた。

 

「先生は、亡者の出す食べ物を食べるとどうなるか、ご存じですか?」

 

 暗闇の中、ノアがそう問いかけてくる。確か、あの世の食べ物を食べたものはこの世に戻ってくることはできないとかなんとか。まさか。

 

「今宵は、忘れ去られた亡者が今一度訪れる日。あるいは、亡者に扮する私の手作りお菓子を食べてしまった先生は……ふふっ」

 

 一段と、ノアの瞳の輝きが強まる。

 

「トリック・オア・トリート。私から逃げられるとは、思わないでくださいね。先生♡」




どうもクモです。
今回は脳内の「お隣の天使様にいつの間にかダメ人間にされていた件」エミュレーターが暴走気味で、いつもとは違ったノアをお届けしております。これはこれでと思う反面、ノアらしくない言動もしているような気がするので、どう感じたか完走いただけると非常にありがたいです。是非!ぜひお願いします!
その他お気に入り、評価もお待ちしております
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