朝陽食堂・銀ベロ始めました ~赤き瞳のクレイドル 外伝~ 作:末末
「へー、これが前から聞いてた、数量限定の特別製のやつなんだー」
シャーリィがチャキチャキと、器用に箸を素早く動かす。
グレイオウル領にある、老舗の工務店。
“
「重さ、長さ、バランス。使い捨ての物とはまるで違うだろう?」
開店前の朝陽食堂。お気に入りの醸造酒で一杯やりながら、棟梁デュワンが云う。
大将が発注した箸は、いつもの使い捨ての物では無く、数量限定の箸──白を基調として、箸の上半分を、昇る朝陽を象徴する様な朱色で塗られている箸だ。
「木材でも無く、金属でも無い素材を使うとなると……魔物か魔獣素材だわな。大将の注文には少しばかり難儀したぞ?」
「まあ、おかげさまで想像以上の物に仕上げてもらいましたよ」
徳利を持ち、デュワンの盃に酒を注ぐ大将。うむ、と盃にちびりと口をつけるデュワン。
「特注の箸の、最初の持ち主が儂では無いのがちと気になったがな」
手酌で酒を注ぎながら、デュワンが愚痴っぽく云った。
「最初の持ち主は大将じゃないの~?」
シャーリィは特注の箸が気に入ったのか、まだ器用に動かしている。
「いや、最初に渡す人はもう決まっているんだよ」
パチリ、と指先で煙草に火をつける大将。
「ふむ……誰か気になるな。儂の様な常連か?」
盃を止め、考え込むデュワン。
「……分かった!
チキチキチキと、箸を上下に激しく動かすシャーリィ。
「違います。何で、あんな
フゥー、と煙草の煙をシャーリィに吹き付ける大将。
煙たい! と抗議の声を上げながらも、箸を動かすのを止めないシャーリィ。
わっはは、と二人のやり取りに、顎髭が揺れるほど笑うデュワン。
コンコン、と戸がノックされ、戸の向こうから声が聞こえた──「大将ー、商人ギルドからの配達でーす」
聞き覚えのある常連の声。確か……。
「あいあーい、今行きまーす」
大将の返事を待たず、シャーリィが箸を手にしたまま、戸を開く。
「あれ、まだ開店前ですよね?」
配達員の制服に身にまとった常連。ロス君だ。二十歳少しのギルド職員。
ロス君が、カウンターで早くも一杯やっているデュワンの棟梁を見る。
「おう。早くも一杯やらせてもらってるぞ」
棟梁が盃を掲げ、わはは、と豪快に笑い盃を干した。
そんな棟梁を、羨ましそうに見やるロス君だが、すぐに気を取り直し、改めて俺に告げる。
「ええと、大将宛に……封書です。受取書にサインお願いします」
妙な緊張を見せながら、ロス君が告げてきた。
その灰色の封書には、見覚えのある印章が蝋で封じられていた。印章は、ここグレイオウル領の住人には馴染みのある家紋──ロス君が緊張するのも当然だ。
早くも返事をくれたか……。
「……サイン確かに。受取書の控えです」
「夜にでも寄ってくれ。良い報せを持って来た礼をするよ」
ロスから控えを受け取り、礼を云う大将。じゃ、また夜に、とロスは笑みを浮かべ、店から出て行った──
「うん? その灰色の封書……御領主、からか?」
盃を手に固まるデュワンに、微笑みを浮かべ頷く大将。
「ああ、そうだよ。特注品の最初の受け取り手は──」
シャーリィの手から、ひょい、と箸を取り上げ、大将が続けて云った。
「御領主、グレイオウル伯だよ。最初に出来上がった一膳を、棟梁から受け取ってすぐに、商人ギルドに配達を頼んだんだ」
「しかと受け取った……との返事が来た、という事か」
ふうむ、と感慨深げに頷き、盃をちびりと傾けるデュワン。
「最初の受け取り手に選ばれた事を、嬉しく思う──との事だよ。あと、デュワンの棟梁に礼を伝えておいてくれ、とも書かれているよ。ほら」
大将が封書を差し出すと、まるでグレイオウル伯から直に受け取ったかの様に、恭しく受け取るデュワン。
「……おおう。確かに、確かに……うむ。そうか、お気に召した様だな」
食い入る様に、封書の内容を確かめるデュワン。
「はぇ~。そういえば、大将と棟梁って御領主と知り合いだったよねー」
箸を奪い返そうと、大将ににじり寄りながらシャーリィが云う。
「ああ、この店を建てる時に棟梁を紹介してもらってね。棟梁
箸を奪還すべく、にじり寄るシャーリィに、煙草の煙を吹き付け撃退する大将。
「御領主が最初の受け取り手か……まあ、当然だな。と、なれば?」
手酌で酒を注ぎ、チラと大将が持つ箸を見やるデュワンだが──大将の答えは無情だった。
「二人目は、ラザロさんかな。シャーリィちゃん、そろそろ暖簾と看板出して」
箸の奪還を諦めたシャーリィが、あーいと応え、開店の準備に取りかかる。
「順番で言えば儂ではないのか?!」
ぐい、と盃を呷るデュワン。少なからず傷付いた様だ。
「まあまあ。もう一本どうぞ」
新しい徳利を差し出しながら、盃に酒を注ぐ大将。
むう、と不満げに盃に口をつけるデュワン。
「……まあ、そう焦らないで下さいよ。順々に渡していきますから」
大将の言葉に、待ちくたびれる前に頼むぞ、とデュワンが手酌で、盃に酒を注ぐ。
「ラザロさん、いらっしゃーい!」
開店準備中のシャーリィの朗らかな明るい声が、外から響いてきた。
「……ふん。二番目の男がやって来たか。大将、何か摘まみを頼むぞ」
忌々しげに云うデュワン。あいよ、と大将。
──渡す順番で揉めそうだな……。
大将は何となく、他人事の様に思った。