朝陽食堂・銀ベロ始めました ~赤き瞳のクレイドル 外伝~   作:末末

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銀ベロ9回目 特注品・朝陽の箸

 

 

「へー、これが前から聞いてた、数量限定の特別製のやつなんだー」

シャーリィがチャキチャキと、器用に箸を素早く動かす。

グレイオウル領にある、老舗の工務店。

石と木の砦(フォートオブストーンウッド)”──その工務店の棟梁、デュワンに発注した箸が今日届いたのだ。

 

「重さ、長さ、バランス。使い捨ての物とはまるで違うだろう?」

開店前の朝陽食堂。お気に入りの醸造酒で一杯やりながら、棟梁デュワンが云う。

大将が発注した箸は、いつもの使い捨ての物では無く、数量限定の箸──白を基調として、箸の上半分を、昇る朝陽を象徴する様な朱色で塗られている箸だ。

 

「木材でも無く、金属でも無い素材を使うとなると……魔物か魔獣素材だわな。大将の注文には少しばかり難儀したぞ?」

「まあ、おかげさまで想像以上の物に仕上げてもらいましたよ」

徳利を持ち、デュワンの盃に酒を注ぐ大将。うむ、と盃にちびりと口をつけるデュワン。

 

「特注の箸の、最初の持ち主が儂では無いのがちと気になったがな」

手酌で酒を注ぎながら、デュワンが愚痴っぽく云った。

「最初の持ち主は大将じゃないの~?」

シャーリィは特注の箸が気に入ったのか、まだ器用に動かしている。

「いや、最初に渡す人はもう決まっているんだよ」

パチリ、と指先で煙草に火をつける大将。

 

「ふむ……誰か気になるな。儂の様な常連か?」

盃を止め、考え込むデュワン。

「……分かった! 桜通り(チェリー・ストリート)の、アンネさんだ!」

チキチキチキと、箸を上下に激しく動かすシャーリィ。

「違います。何で、あんなデカブツ(おネエさん)に限定品の最初を渡すかね」

フゥー、と煙草の煙をシャーリィに吹き付ける大将。

煙たい! と抗議の声を上げながらも、箸を動かすのを止めないシャーリィ。

わっはは、と二人のやり取りに、顎髭が揺れるほど笑うデュワン。

 

 

コンコン、と戸がノックされ、戸の向こうから声が聞こえた──「大将ー、商人ギルドからの配達でーす」

聞き覚えのある常連の声。確か……。

「あいあーい、今行きまーす」

大将の返事を待たず、シャーリィが箸を手にしたまま、戸を開く。

 

「あれ、まだ開店前ですよね?」

配達員の制服に身にまとった常連。ロス君だ。二十歳少しのギルド職員。

ロス君が、カウンターで早くも一杯やっているデュワンの棟梁を見る。

「おう。早くも一杯やらせてもらってるぞ」

棟梁が盃を掲げ、わはは、と豪快に笑い盃を干した。

そんな棟梁を、羨ましそうに見やるロス君だが、すぐに気を取り直し、改めて俺に告げる。

 

「ええと、大将宛に……封書です。受取書にサインお願いします」

妙な緊張を見せながら、ロス君が告げてきた。

その灰色の封書には、見覚えのある印章が蝋で封じられていた。印章は、ここグレイオウル領の住人には馴染みのある家紋──ロス君が緊張するのも当然だ。

早くも返事をくれたか……。

 

 

「……サイン確かに。受取書の控えです」

「夜にでも寄ってくれ。良い報せを持って来た礼をするよ」

ロスから控えを受け取り、礼を云う大将。じゃ、また夜に、とロスは笑みを浮かべ、店から出て行った──

「うん? その灰色の封書……御領主、からか?」

盃を手に固まるデュワンに、微笑みを浮かべ頷く大将。

 

「ああ、そうだよ。特注品の最初の受け取り手は──」

シャーリィの手から、ひょい、と箸を取り上げ、大将が続けて云った。

「御領主、グレイオウル伯だよ。最初に出来上がった一膳を、棟梁から受け取ってすぐに、商人ギルドに配達を頼んだんだ」

「しかと受け取った……との返事が来た、という事か」

ふうむ、と感慨深げに頷き、盃をちびりと傾けるデュワン。

 

「最初の受け取り手に選ばれた事を、嬉しく思う──との事だよ。あと、デュワンの棟梁に礼を伝えておいてくれ、とも書かれているよ。ほら」

大将が封書を差し出すと、まるでグレイオウル伯から直に受け取ったかの様に、恭しく受け取るデュワン。

「……おおう。確かに、確かに……うむ。そうか、お気に召した様だな」

食い入る様に、封書の内容を確かめるデュワン。

 

「はぇ~。そういえば、大将と棟梁って御領主と知り合いだったよねー」

箸を奪い返そうと、大将ににじり寄りながらシャーリィが云う。

 「ああ、この店を建てる時に棟梁を紹介してもらってね。棟梁とも(・・)それからの縁だよ」

箸を奪還すべく、にじり寄るシャーリィに、煙草の煙を吹き付け撃退する大将。

 「御領主が最初の受け取り手か……まあ、当然だな。と、なれば?」

手酌で酒を注ぎ、チラと大将が持つ箸を見やるデュワンだが──大将の答えは無情だった。

 「二人目は、ラザロさんかな。シャーリィちゃん、そろそろ暖簾と看板出して」

箸の奪還を諦めたシャーリィが、あーいと応え、開店の準備に取りかかる。

 「順番で言えば儂ではないのか?!」

ぐい、と盃を呷るデュワン。少なからず傷付いた様だ。

 「まあまあ。もう一本どうぞ」

新しい徳利を差し出しながら、盃に酒を注ぐ大将。

むう、と不満げに盃に口をつけるデュワン。

 

 「……まあ、そう焦らないで下さいよ。順々に渡していきますから」

大将の言葉に、待ちくたびれる前に頼むぞ、とデュワンが手酌で、盃に酒を注ぐ。

 「ラザロさん、いらっしゃーい!」

開店準備中のシャーリィの朗らかな明るい声が、外から響いてきた。

 「……ふん。二番目の男がやって来たか。大将、何か摘まみを頼むぞ」

忌々しげに云うデュワン。あいよ、と大将。

 

──渡す順番で揉めそうだな……。

大将は何となく、他人事の様に思った。

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