朝陽食堂・銀ベロ始めました ~赤き瞳のクレイドル 外伝~ 作:末末
「ほらな、ラザロさん。開いていただろ?」
「……ふむ。確かにの」
淑女が帰り、店を開けるには少し早いが、さてどうするか……と煙草を燻らせていると、“魔導卿”ことラーディスの若がラザロさんを伴って店にやって来た。
「おう、いらっしゃい」
ほぼ反射的に挨拶をする大将。
同時に、まあ少し早いが店を開けるか、と思った。せっかく、“魔導卿”が来たのだしな、と──
「ふむ?猫娘はどうした?」
とりあえずの黒ワインを傾けながら、ラザロが大将に尋ねる。
「ああ、そうだった。起こしてこなきゃな」
ラーディスにオウルリバー炭酸割りを出しながら、ふと思い出した様に、大将が云った。
これでも摘まんでいて下さいと、ラザロとラーディスに小鉢を出す。今日のお通しの、大根の塩煮だ。
「お、なかなかおつな物じゃな」
ラザロが笑みを浮かべ、早速箸を伸ばす。
「……大将、さっきまで……いや」
グラス片手に、店の中に視線を泳がせていたラーディスがグラスに口を付ける。
「うん? 何じゃ若?」
早くも黒ワインを干したラザロが、大将にお代わりを頼む。
ラーディスの、呟きに似た声が聞こえなかった大将がラザロのグラスにワインを注ぎながら云った。
「シャーリィを起こしてきますよ。ゆっくりしていて下さい」
大将は裏口から出て行った──その背を見送り、ラーディスとラザロが杯に口を付ける。
「さっき、何か言いたげじゃったが?」
「……ラザロさん。〈しとしとあめふるこんなひは みずみのしゅくじょがさんぽする みちをゆずってあたまをさげよ〉てやつですよ」
「……ふむ。グレイオウル領の子守唄か。それが──」
言いかけ、ああ、と何かに合点がいったかの様に頷くラザロ。
「今朝からしとつく雨だったからの……霧雨の来客、
ふむ、とラザロが外を見やり杯を呷る。
とうに雨は止んでいた──
「まどーきょー、久し振りだねー!」
裏口から、シャーリィが店内に飛び込んで来た。
その勢いのままカウンターを回り込み、ラーディスに向かって、ぶつかる様に抱き付く。
ガタン、と椅子が揺れ、ラーディスが手にする杯から少しばかりオウルリバー炭酸割りがこぼれた。
「……いきなりだな。全く」
抱き付きながら、グリグリと頭部を擦り付けてくるシャーリィに、呆れながらも目を細めるラーディス。
「ふふ……相変わらず、なつかれとるのう」
喉を鳴らしながらラーディスに抱き付くシャーリィを、和やかな目で見やるラザロ。
分かった分かった、と言いながら優しくシャーリィを引き離すラーディス。
「すまないな、若」
苦笑する大将に、構いませんよ、とラーディスが手を振る。
「ふむ。若はシャーリィの命の恩人じゃったな?」
黒ワインのお代わりを頼みながら、ラザロが云う。
「そーだよー、まどーきょーが居なかったら、私ここの看板娘になってなかったんだよー」
にっしし、と笑う看板娘シャーリィ。
「随分、前の話ですよ……大将、銀ベロの前にもう一杯、オウルリバー炭酸割りをお願いします」
「前の話のう……大将、何ぞ摘まみをの」
ラーディスとラザロの注文に、あいよ、と応える大将。
「ラザロさん、今日は俺の奢りで。大将も一杯やって下さい。好きなのをどうぞ」
馳走になるか、とラザロ。ありがとよ、と大将。
「私も飲むー!」
シャーリィの言葉に、大将が念を押す様に云う。
「看板娘が酔うのはよくないからな。一杯だけだぞ」
あいあーい、と看板娘が明るく応えた。
客が本格的に入り始めた、夕暮れ。
あまり他人には聞かれたくない、ある種の物騒な話をする為、カウンターから二人掛けのテーブルに移ったラーディスとラザロ。
曰く付きの“魔道具”や“呪物”等の話──そういう話は、喧騒の中が適切なのだ。
もっとも、ラーディスならば適切な範囲内の音を遮断する術を使えるが、あえて使わない。
こういう場所だと不自然になるからだ。それに、こういう場所の喧騒を、ラーディスは嫌いでは無い──
「ふむ。今度はどういった物じゃ?」
ラザロが黒ワインをちびりと啜りながら、慣れた様に云った。
「“魔導士の塔”に納められていた、古代の魔道具の鑑定が終了したんですよ」
ラーディスが、オウルリバーのロックグラスに口を付ける。
ふうむ、と唸る様にラザロが呟き、黒ワインを干す。
「して、モノは何じゃった?」
ラザロのグラスに黒ワインを注ぎながら、ラーディスが応えた。
「“バラガナスの目”」
ほおう、とラザロがため息めいた唸り声を上げる。
「魔導士の塔所属の鑑定士数名で、鑑定を終えるまでに半月以上かかったそうです。鑑定終了後、全員疲労で倒れたとか」
ラーディスは他人事の様に云い、グラスを干す。
「古代の魔道具じゃからな。鑑定も命がけにもなろうよ……して、“魔導卿”よ。近いモノは造れそうか……?」
ラザロの質問に直ぐに応えず、ラーディスはグラスをカラリ、と鳴らし、オウルリバーのボトルと氷を頼んだ。
喧騒の中、あーい、とシャーリィの声が響く。
「……似た様なモノは出来るかもしれませんが、今のところは模倣する気にはなりませんね。ちと試したんですよ……“バラガナスの目”を」
「で、どうなった?」
好奇心を隠す事なく、ラザロが身を乗り出す様にラーディスに尋ねる。
「まずは“深淵”を覗き見たんですが……直ぐに、“女王”に捕捉されました」
その時の事を思い出しながら、ラーディスが云った──
──《
凍てつく様に輝く、巨大な瞳が
《誰かと思うたら、魔導卿か……ふん、覗き見が趣味になったか》
「……
バルガナスの目の前で膝を付くラーディス。
凍てつく瞳に、穏やかな光が宿った。
《まあ、よい……他の者に言うておけ。目を使う時、向こうからも覗かれ、干渉を受ける事もあるとな。それと、覗く場をよう考えよ、とな……》
「承知いたしました。では、これにて」
《待て──》
何も聞こえなかったかの様に、ラーディスは素早く“接続”を断った──
「……神の領域を覗き見たか。随分に剛胆な事をしたのう……」
黒ワインを呷り、呆れた様に云うラザロ。
「
ロックグラスの氷を見つめながら、ラーディスが云う。金色の影が、ラーディスの瞳に一瞬瞬いた。
「お代わり、おまちどーさまー!!」
シャーリィが、オウルリバーのボトルと氷を盆に乗せて来た。機嫌良さげに、尻尾がゆらゆらと揺れている。
「シャーリィ、
まめまめしく、ラーディスの前にボトルと氷。新しいグラスを準備するシャーリィに、ラザロが尋ねる。
「あるよー。良く冷えたのが!」
ラザロに愛想良く応えながらも、手はラーディスのために動いている。
シャーリィのその様子に苦笑を浮かべるラザロ。
「では、それをの。それと燻製チーズもな」
「ああ、後は自分でやる。仕事に戻っていいよ」
ラーディスの言葉に頷きながら、ついでとばかりに抱き付き、喉を鳴らすシャーリィ。
その背を、優しく撫でるラーディス。その様子を見るラザロと大将の眼差しは、何とも和やかだった。
“バルガナスの目”──その効果は、今だ見ぬ遠くの情景を見るために造られた物。だが、それはいつしか人の領分を越えた物を覗き見るために使用される様になったという……。
その代償は、破滅──領分を越えた代償は、取り返しのつかない悲劇を呼ぶ事になった。
故に、軽々しく扱うべきでは無いと、“魔導士の塔”に永く仕舞われていた。
再鑑定され、再び表に出てきた古代の魔道具が、どういう使い方をされるのか、今はまだ誰も知らない──
今回、食事描写ほとんど出てないな……。
( ´-ω-)y‐┛~~