朝陽食堂・銀ベロ始めました ~赤き瞳のクレイドル 外伝~ 作:末末
朝陽食堂の近くで、一人の男が壁に寄りかかり立っていた。
褐色の、鍛え抜かれた体格と整った口髭が特徴的な、グレイオウル領の衛兵隊副隊長リカルドだ。
「……ううむ」
銀ベロを頼む事は決まっている。だが、その前に腹拵えをしたいのだ……。
朝陽食堂は、メニューに無い物も頼めば大概作ってくれる。
だが、以前聞いた話で、ある客が山葵を使った料理を頼んだところ、大将が『出来ない』と云った事があったとか……それから大将は、店に山葵を置くようになったそうだ……まあ、それはいい。
さて、腹拵えの料理は何がいいか……。
「おい、あれ……リカルド副隊長だよな?」
「だ、な……何してんだろう?」
若い衛兵二人。早上がりの今日、明日が非番という事で、夕食がてら飲みに行こうと二人して朝陽食堂に足を運んだのだが……そこで見たのは、壁に寄りかかり、険しい目で朝陽食堂を見つめている、副隊長の姿だった。
「……副隊長、何をしてるんですか」
「む……!」
リカルドは、不意の声に目を見開いた。
声の方を向くと、声をかけてきたのは若手の衛兵、狼族のバリーだった。
不覚──考え事をしていたとはいえ、気配に全く気付かなかったとは……むう。
「副隊長、端から見ると朝陽食堂を見張っている様に見えますよ……」
バリーと共にいるのは、人族のテリー。二人共に若手の有望株で、鍛えがいのある若手だ。衛兵としての心構えは充分であり、まだまだ伸びるだろう──いや、今はそういうのはいい。
「そうか、見張っている様に……か。誤解だからな?」
肩から力を抜きながら、太い溜め息とともにリカルドが云った。
「何であんな怖い顔で朝陽食堂を睨み付けていたんですか……?」
呆れ顔のバリーが尋ねてきた。私はそんな顔をしていたのか……下手をすれば、営業妨害になっていたかもな──
「副隊長、はっきり言わせてもらうと、営業妨害になりかねませんでしたよ」
くちさがない、テリーの言葉。
む……こうもはっきり言われるとは。反省せねばな──
「……お前らも、夕食がてらに一杯やりに来たのだろう?」
照れ隠しの様に、自慢の髭を撫でながら云うリカルド。
「はい。明日は非番ですので、一杯やりながら食事でもと」
テリーの言葉に、同じく、とばかりに頷くバリー。
そんな二人を見ながらリカルドが云う。
「立ち話も何だ。銀ベロくらいは奢ってやろう。入るぞ」
リカルドは部下二人に言い放ち、朝陽食堂に歩を進める。
バリーとテリーは顔を見合わせると、何とも逞しい副隊長の背を追った──
「通りで、妙に暇だと思ったんですよ」
煙草片手に、大将が苦笑を浮かべながら云う。
「何か変だなーって大将と話してたんだよー」
猫耳をピコピコと動かしながら、シャーリィが呆れ顔をする。
「む……面目ない」
自慢の髭に手をやりながら、謝罪を口にするリカルド。そんな副隊長を、苦笑を浮かべながら見やる二人の若手。
リカルド達は、二人掛けのテーブル席に椅子を一つ出してもらい、三人で座っている。
「構いませんよ。それより、御注文どうします?」
笑みを浮かべながら云う大将に、リカルドが応える。
「まずはこの二人に、銀ベロを頼む。私の奢りでな」
リカルドの言葉に、バリーとテリーがご馳走になります、と揃って頭を下げる。
はい、銀ベロ札ですねー、とシャーリィが札三枚ずつをバリーとテリーの前に並べると、リカルドが銀貨二枚をシャーリィに差し出した──
「リカルドさんは、御注文どうしますー?」
銀貨を受け取りながら、シャーリィがリカルドに尋ねる。
リカルドは、酒の〆に銀ベロを頼むのを知っているのだ。
「……そうだな。まずはオウルリバーの炭酸割りを頼む」
あーい、と明るく応えるシャーリィ。
さて、何を注文するかといった風に壁のメニューを眺めるリカルド。
(……ふむ。悩みどころだな)
腹拵えをするには、魅力的なメニューが並んでいる。
特に、
いっそ単品料理を幾つか頼み、そこに
自分好みの単品を頼み、そこに米と汁物を合わせる。何とも贅沢なものではないだろうか?
待てよ。贅沢か……外食における贅沢とは何だろうか。高級品? まあそれも贅沢だろう。
だがな、そうではない気もする……ふむ。
ちと大将に尋ねてみるか。外食における贅沢とは何か、と──
「外食での贅沢、ねえ……」
リカルドの質問に、煙草片手の大将がぷかり、と煙を宙に吹き付ける。
「副隊長は、高級品とはまた違う意味で聞いているんですよね」
大将の言葉に、うむ、と頷き、グラスを呷るリカルド。
「食べたい料理を、好きなだけ頼んで食べる。それも贅沢の一つですね」
「分かっているな……さすが大将だ」
今日のお通しは、やや大きめの肉団子。それを箸で半分に割り、口に放る。
ピリ辛な味付けが何とも酒に合うな……美味い。
さて……ここ朝陽食堂には、魅力的な単品料理はいくつもあるではないか。
それらを頼み、飯を食うか──よし、ならば……。
リカルドが、早速注文に入ろうとした矢先、大将がさらに続けた。
「俺が思う、外食の贅沢ってのは、家でも食べられる料理を外で食べる……という事ですね」
ふう、と煙草を吹かし、大将が云った。
バリーとテリーは、グラスに口を付けたまま大将に注目している。
「家でも食べられる料理を外で……か」
むう、と唸り、グラスを一息に干すリカルド。
それを見たバリーとテリーは、思い出した様にグラスを呷り、ふう、と大きく息を吐いた。
「はーい、今日の銀ベロのお任せ料理、一品目だよー」
シャーリィが、二人の前に出したお任せ料理──野菜の炊き合わせだ。
「おお、野菜か……」
二人が呟く様に云った。
肉を欲する年頃であり、若手の衛兵ならばなおさらだろうが、その声に失望感は無い。
「美味いな……たまにはこういうのも悪くない」
「ああ、宿舎の食堂だと肉が多めだからな」
人参、大根、椎茸、筍に青菜等が柔らかく煮られた、さっぱりとした味付けの炊き合わせ。
若手二人は嬉しげに目を細めながら、野菜の炊き合わせに舌鼓を打つ。
(野菜の炊き合わせか……それもまた。うむ)
そんな二人を横目で見ながら、オウルリバー炭酸割りのお代わりを頼むリカルド。
「だから、そんなに難しく考える事無いですよ」
大将の優しい言葉に、リカルドの肩から力が抜けた。
家でも食べられる、料理か……色々あるが、時おり妻が朝食に出すあれだ。あれにしよう。
「大将、ベーコンエッグを頼む。ベーコンは軽く火を通すだけで、玉子は固めでな。それと、飯に何か汁物を頼む」
迷いの無いリカルドの注文に、はいよ、といつも通りに応える大将。
さて、大将の作るベーコンエッグは如何な物か?
妙に心が浮き立つのを、リカルドは感じていた。
ソーセージエッグ何て物、出す店あるのかね?
( ´-ω-)y‐┛~~