朝陽食堂・銀ベロ始めました ~赤き瞳のクレイドル 外伝~ 作:末末
深夜を少し過ぎた時間。この時間帯にやって来る客層は、大概が何らかの客商売をやっている者か従業員。もしくは、自由業か職人達だ──
カラリ、と引き戸が開く。ぬうっ、と入って来たのは、がっしりとした体格の、全身が引き締まった男。
身長は百九十ほど、体重は百二、三十はあるだろうか。
尖った様に生える赤い短髪の間から、短い黒角が覗いている──魔族だ。歳は四十後半ほどか。
「おう。いらっしゃい」
煙草片手に、大将が挨拶する。
邪魔するぜ、とカウンター席に着く魔族の男。微かに、椅子が軋んだ。
魔族の名は、ドルヴィス。ここグレイオウル領で、ブレイズハンドという店名の、燃える金槌の看板が目印の鍛冶屋をやっている。
帝国屈指の、鍛冶職人の一人だ。
「ドルヴィスさん、こーんばんわー!」
猫族の娘が、明るく声をかける。
食堂内の喧騒を切り裂く様な甲高い声に、一瞬顔をしかめる、ドルヴィスと呼ばれた魔族。
「何時から働いているんだよ。全く……元気なこったな」
「たっぷり、休憩取ってるからねー。注文何にしますー?」
にっひひ、と笑いながら猫族の娘が注文を聞く。
「まずは銀ベロだな。酒は
「あーい、ベロ一つですねー。んじゃ、ベロ札二枚置いときまーす」
パチリ、と銀ベロ札二枚をドルヴィスの前に置き、猫族の娘は厨房に入って行った。
「はいよ、お通しね」
小鉢を置く大将に、ドルヴィスが云う。
「ベロ札な……ふうん、銀ベロといい、よく考えたもんだな」
銀ベロ札をつまみ上げ、まじまじと見つめるドルヴィス。
「ここらの飲み屋で、広まって欲しいけどね」
煙草に火をつけながら、大将が云う。
「間違いなく、真似する店はでるぞ……このお通しというやつもな」
ドルヴィスは小鉢を見る。今日のお通しは、小エビの素揚げに刻み葱を散らしたものだ。
「悪くないな……手間をかけて無さそうなのがいい」
素揚げした小エビに、塩少々。その上に刻んだ青葱。たったそれだけ。
「塩気の中に、甘味も感じるから不思議なものだな……うん、美味い」
小エビのさくりとした食感の中に、微かに肉の歯応え。甘味は肉からのものだ──ドルヴィスの賞賛に、大将は煙草をくゆらせながら微笑む。
「蜂蜜酒炭酸割り、お待ちどーさまー!」
猫族の娘の甲高い声に、ドルヴィスが苦笑する。
大きめのグラスに満たされた、蜂蜜酒炭酸割り。ぱしり、と炭酸の弾ける音が、金色の酒の薫りを引きたてる──ドルヴィスはグラスに口を付け、一息に呷る。あっという間に、グラスの中身が半分ほどになった。
「相変わらず、いい飲みっぷりだね」
感心した様な、呆れた様な大将の言葉にドルヴィスが応える。
「昨日、今日と、ちとしんどい作業をしたんでな。酒がいつもより、美味く感じるよ」
ふう、と一息吐くドルヴィス。
「へ~え。帝国の中でも、指折りの鍛冶職人のドルヴィスさんがしんどい思いしたんだー?」
猫族の娘が、興味深そうに云った。
「……“雷光剣”アッシュの依頼でな。まあ、これ以上は言わないでおこう」
グラスに残った蜂蜜酒炭酸割りを、一息に飲み干すドルヴィス。
アッシュ・エインジ──大陸に十人いるかいないかの、上級冒険者の一人。
通称、“雷光剣”または“戦場剣”──百歳を越えるハーフエルフで、冒険者としての経歴は、優に数十年は越えているだろう。
逸話の数々は、ほとんどおとぎ話レベルだ──
「えー! ドルヴィスさん、“雷光剣”と知り合いなのー?!」
「声、でけぇな……ったく。ああ、ラーディスの若からの紹介で知り合ったんだよ」
それより、酒のお代わりだ。と云い、ベロ札を猫族の娘に差し出すドルヴィス。
「オウルリバーの、蜂蜜酒割り頼む」
あいあーい、とベロ札を受け取る猫族の娘。
「なかなか良い飲み方するね……はいよ、お任せ一品目お待たせ」
ドルヴィスの注文に感心しつつ、今日のお任せをカウンターに置く大将。
ドルヴィスの前に置かれた、一品目。
鶏と豆腐の煮込み──塩茹でした鶏肉と軽く火を通した豆腐。それらを、鶏ガラと野菜で出汁を取った煮汁で煮た物──
「おお、良いな。鶏豆腐か」
ドルヴィスは備え付けの箸を取り、豆腐を二つに分けるとゆっくりと口にする。
以前、火の通った豆腐を口に放り込み、危うく口の中を火傷しそうになった事があるからだ。
「……よく、煮込まれているな……美味い」
ゆっくりと味わいながら食べるドルヴィスの口から、湯気が微かに覗き見える。
「オウルリバー蜂蜜割り、お待たせー!」
猫族の娘が、グラスをドルヴィスの前に置き、前のグラスを下げていった。
オウルリバー蜂蜜酒割りを手に取るドルヴィスが、大将に云う。
「聞いたぜ、大将。デュワンの棟梁に特別注文したってな?」
「ふうん? 耳が速いね。職人繋がりかい」
咥えた煙草に、パチリと生活魔法で火をつける大将。
グラスをグビリと呷り、ドルヴィスが云う。
「こういう使い捨ての
ニヤリと笑い、鶏豆腐の鶏に箸を付け、口に運ぶドルヴィス。
皮の柔らかさと、引き締まった肉の歯触り。鶏肉に充分染み込んだ煮汁が、何とも美味い──
「まあね。幾つ作るかは、まだ決めていないけど」
イタズラっぽく笑い、ふう、と煙草を吹かす大将。
「鶏肉もよく煮込まれて、いい味だな。うん、美味い……ところで、俺の分の箸もあるかい?」
「ん? 数はまだ決めていないって言ったろ?」
大将の言葉に、ドルヴィスは肩を竦める。
「……まあ、いいさ。さて、お任せ二品目を楽しみにしとくか」
三杯目は何にするかな……と考えながら、ドルヴィスはオウルリバー蜂蜜酒割りを、一息に呷った。
感想は、まあまあ励みになります。あればどぞ。
(`・з・)ノU☆Uヽ(・ω・´)