朝陽食堂・銀ベロ始めました ~赤き瞳のクレイドル 外伝~ 作:末末
「ええと……何だったか。ほれ、あの醸造酒の飲み方よ。冷える夜には、何より美味い飲み方の」
銀ベロを頼み、酒の注文をしようとしていたドワーフが、大将に訊ねた。
「……ああ、熱燗ですか?」
煙草片手に、大将が答える。おうおう、それだそれ、とドワーフが云う。
「熱燗、ちょっと時間貰いますよ」
「おう、構わんよ……ふむ、今日のお通しは肉団子か」
大将に応え、お通しに箸を伸ばすドワーフ。肉団子は柔らかく、すうっと箸で切り分けられる。
肉団子を口にするドワーフの顔に笑みが浮かぶ。
「お通しの良くないところは、お代わりが出来ないという事だな」
甘めのタレが絡んだ肉団子を、何とも美味そうに食べるドワーフを、微笑ましく見る大将。
“
その工務店の棟梁、デュワン。陽に焼けた、どっしりとしたビア樽体型。ドワーフのお手本の様な筋肉質の体付き。
太い眉をした厳つい顔付きだが、瞳には柔和なものを湛えている。
髪はつるりと剃り上げており、胸元まで伸びた豊かな茶色の髭を、二つの三つ編みにしている。歳は百五十ほど。ドワーフとしては、中年期を越えた初老だ。
ドワーフの人生の折り返し地点を迎えたデュワンは、半分隠居状態となっているが、今だ現役時代と変わらぬ体力と技術を保っている。
デュワンが現場に出る事は少なくなっているが、大きな案件の際には、棟梁として現場に出る事も珍しく無い──
「棟梁、熱燗お待ちどーさまー!」
猫族の娘が、デュワンの目の前に、盆を運んで来た──盆の上には陶器製の、首が細く、下部が少しばかり膨らんだ酒の入れ物と、指で摘まめる程度の大きさの、同じく陶器製の杯が乗っていた──徳利と猪口という物だ。大将が、これを街の工房に注文した際、説明になかなか苦労した──「おう、これよこれ」
相好を崩し、うきうきと徳利を掴み上げて、猪口に酒を注ぐデュワン。
猪口を持ち上げ、くいっ、と一息に呷ると、デュワンは沁々と息を吐いた。
「……いや、美味い。こんな小さな入れ物の一口で、満足出来るとはな」
「薫りと風味でしょうね。他の酒とはちょっと違うんですよ」
大将の言葉に、ううむと唸るデュワン。
「直接、酒を火にかけてはいかんのだったか?」
「ええ、そうすると風味が変わるんですよ。それに、酒精もほとんど飛びますね」
咥えた煙草にパチリ、と指先で火をつける大将。
「それで、酒を入れた陶器を湯煎だったか。なかなかに手間だな。まあ、手間をかけるだけはあるな」
猪口に酒を注ぎ、今度はちびりと飲むデュワン。
「はいよ、お任せ一品目お待ち……っと、そういえば、熱燗に似合いの品になったな……貝の酒蒸しです」
デュワンの前に出された一品目。平皿に盛られ、パラリと刻み葱が散らされた、煮汁に浸かった貝だった。
開いた殻から、ぷっくらと肥えた身が見えている──「貝の酒蒸し?……ふむ、いい匂いだな」
デュワンが、身を乗り出す様に平皿を見る。煮汁の薫りが鼻をくすぐるのか、小鼻がぴくりとヒクついている。
「貝を手掴みにして、身を吸い出す様にすると食べやすいですよ」
「ほう、なるほどの……では早速」
ゴツい指先で貝をつまみ上げ、ちゅるりと貝の身を吸い込むデュワン。
二、三咀嚼し、飲み下すと猪口に口を付け、酒を干す──「熱燗に似合うと言ったが……うむ、まさにだな。貝の出汁がこんなにも美味いとはな、味もそうだが、何より薫りがよいわ」
何とも嬉しそうに云うデュワン。猪口に酒を注ぎ、くいっ、と呷る。
「さて、次の酒は……いや、熱燗もう一本つけてくれ。まだ酒蒸しは残っているからな」
徳利を振りながらデュワンが云う。猫族の娘がベロ札を回収すると同時に──
「はいよ、熱燗二本目ね」
大将が、空になった徳利を回収し、二本目の徳利を盆の上に置いた。
「んむ? ちと時間がかかるのではなかったか?」
デュワンが、訝しげに大将を見やる。
「棟梁のねー、徳利を空ける時間を見計らって、燗を付けていたんだよー。貝の酒蒸しなら、二杯目も熱燗もう一本付けるだろうってねー」
にひひ、と笑う猫族の娘。その言葉に、デュワンが大将に云う。
「酒好きの気持ちはお見通し、という訳か。全く……たまらんな」
妙に嬉しそうに云うデュワン。大将は微笑みながら徳利を手にすると、デュワンの猪口に酒を注ぐ。
すまんの、と礼を云い、猪口を呷るデュワン。
「……美味い」
満面の笑みで、大将に答えた。その笑みを受けた大将も、微笑みで返す。