朝陽食堂・銀ベロ始めました ~赤き瞳のクレイドル 外伝~   作:末末

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銀ベロ6回目 ダーンサンパルと老人と獣人

 

朝陽食堂の夕方過ぎ。直に夜になろうという時間──夕食を楽しむ客達と、酒を求めて来る客達とが、入れ替わる時間帯だ。夕食を終えて一杯やる客のほとんどは、長居せず帰っていく。

目的が違う者同士が混じり合う喧騒は、独特の雰囲気がある──大将は、朝陽食堂で過ごす時間で、この混沌とした雰囲気が特に好きだった。

 

客同士の、ほんの少しの交流──

お互いの身の上の事はろくに知らないが、名前と好みの酒と摘まみの事は知っている顔馴染みや常連客。

そうでない一見客でも、朝陽食堂独特の雰囲気と、頼めば大概の料理を提供してくれる事に物珍しさを感じ、いつの間にか足しげく通う様になるのだ──

 

 

「邪魔するよ」

音も無く、するりと戸を開き店に入って来たのは、グレイオウル領で冒険者向けの中古品店を営んでいる、風格のある痩せた鶴の様な風貌のラザロ老だ──

「こーんばんわー!」

「……相変わらずじゃの、お前さんは」

猫族の娘。シャーリィの甲高い挨拶を受けたラザロは、顔をしかめた。

「ラザロさん、いらっしゃい」

ラザロの反応に苦笑する、煙草片手の大将。

「……ふむ、相変わらずの繁盛じゃの」

カウンター席に着き、店内を見渡すラザロ。この朝陽食堂は客の回転が良く、完全な満席にはまずならない。

必ず、どこか座れる場所がある。そうでなくても、大将や客が座れるスペースを作ってくれる。ここ朝陽食堂はそういう店なのだ。

 

「さて……銀ベロの前に、まずは聞いていた炭酸黒ワイン(ダーンサンパル)をもらおうかの。お通しは、その後にしてくれ」

「はい、ダーンサンパルですね。ただ、ラザロさんには少し甘いかもしれませんよ?」

大将の言葉に、まあ、試してみるわい、とラザロ。

 

「うん……よう、冷えているな」

ダーンサンパルをすうっ、と呷るラザロ。いつものワイングラスではなく、ほぼダーンサンパル用の細長いグラスだ。

「なるほどの……大将の言うた通り、甘めじゃの。ふうむ……」

グラスに残ったダーンサンパルを、一息に飲み干すラザロ。

味はどうですか? とは大将は聞かない。先に口を開いたのはラザロだった。

「炭酸を飲んだのは久しぶりじゃが、たまには悪くなかったの……うむ、ダーンサンパルか。悪くないの。この甘口に合う摘まみはどういう物がある?」

ラザロの言葉に、そうですね……と少し考える大将。

 

「……うむ、良いな。香辛料の効いた燻製チーズとなかなか合うの」

ダーンサンパル片手に、チーズを口に運ぶラザロ。燻製チーズの辛味をダーンサンパルの甘味で爽やかに流す──

「……何とも、こたえられんな……美味い」

目を細めながら、沁々とグラスを揺らすラザロ。よほど気に入ったのだろう、はっきりと感想をのべるラザロ老。

「気に入った様で何よりです。そのダーンサンパル、試供品としてタダで譲ってもらったんですよ」

咥え煙草に、パチリ、と指先で火をつけ、ゆっくりとふかす大将。

 

「ふうん? 試供品じゃと?」

大将から、もう一杯、とグラスにダーンサンパルを注がれながらラザロが云う。

「馴染みの酒屋の従兄弟が、暗黒都市で葡萄農家をやっているそうでね。そこの葡萄を使って、ダーンサンパルが造られているそうなんですよ」

 

ダーンシルヴァス神王国──暗黒神の信徒の総本山。中央大陸の北西に位置する、ミルゼリッツ帝国に匹敵する大国。通称、暗黒都市。ちなみに、“ダーンシルヴァス”は暗黒神の名ではない──には、以前から炭酸黒ワインはあるにはあった。だが生産数が少ないため、一般に出回るにはあまりに少なく、一部の階級層にしか口にする事が出来なかった。

ただ、味が良いからという理由で一部にしか回っていた訳では無い。単に数が少なく、希少価値が付いていたゆえだ。

 

あるワイン好事家の貴族いわく──「味は普通。炭酸の喉ごしと爽やかさに意味がある」

はっきり言うと、炭酸のワインは珍しい。というだけの評価だった……今までは──

 

 

「ダーンサンパル用の葡萄の改良が進んでいたみたいでしてね、かなり味は良くなったそうです。その葡萄での製造が軌道に乗り始めたので、近い内に他国にも輸入出来る様になるだろうから、それで──」

大将は、煙草を大きくふかす。煙がゆったりと、天井付近に溶け込んでゆく。

「試供品として譲るから、ダーンサンパルを広めるのを手伝ってくれないか、との事でしてね」

「ふむ、なるほどの。して、どれほど譲ってもらったんじゃ?」

「五本。一本は、昨日寝る前に空けました。今ラザロさんが飲んでいるのが、二本目です。ダーンサンパルは一度栓を抜くと、飲みきらないとダメですからね」

大将はラザロに、最後の一杯を注ぐ。

「ふむ。これで、あと三本、か」

空いたダーンサンパルの瓶を見て、ラザロが呟く。

グラスに注がれた、ダーンサンパルの炭酸が静かに弾けるのを、ラザロは穏やかな目で見つめる──カラリ。食堂内の喧騒の中、戸が開く音がはっきりと聞こえた。

 

「今晩は、大将」

やって来たのは、灰銀(シルバーグレイ)の毛並みをした狼族。シスター・ルュシア。

いつもの修道服ではなく、珍しく私服姿だ。

黒を基調とした長袖のワンピース。襟元、袖口は朱色。腰回りを、飾り気のない銀色のベルトで固定している。

高身長の、引き締まった体格を包む衣服は、質素で飾り気もない慎ましやかな物ではあるが──肉感的で、豊満な体付きはどうあっても隠せず、シスター・ルシェアに気付いた男性客の目を引いている……。

 

「あら、ラザロさん。今晩は。お隣、よろしいですか?」

「構わんよ。私服とは珍しいの?」

ラザロの隣に座るシスター・ルシェア。並んで座ると、老体のラザロよりも一回り以上の体格差がある。

シスター・ルシェアの、何をどう見たのか、シャーリィがデカイねー……と呟いた。

「今日は同郷会がありましたので、お休みをもらいましたの」

「へえ、同郷会ねー。狼族は横の繋がり強いよねー」

ルシェアの、同郷会という発言にシャーリィが反応する。

「そうですわね。特に同郷ともなると、皆で助け合う事も多いのですよ」

穏やかな笑みを浮かべながら、ルシェアが云う。

 

「……銀ベロを、と言いたい所ですけれど……」

横でグラスを傾けているラザロを横目で見ながら 、少しばかり言いよどむルシェア。

「それ、ダーンサンパルだよー。試供品で貰ったのー」

シャーリィが応えると、ルシェアの耳がピクリと動き、ぐるりと勢い良く首を大将に向けた。

「大将、私にもダーンサンパルを……その、頂けますか?」

「もちろん。構いませんよ」

大将の言葉に、嬉しそうに微笑むルシェア。

「ちと、甘口じゃが、悪くはないぞ」

そんなシスター・ルシェアに、グラス片手のラザロが云う。

もう片手には、お気に入りになったらしい燻製チーズ。そんなラザロの姿を見て苦笑する大将。

 

「シャーリィ、二人にお通し出しといて」

あーい、とシャーリィが明るく応えた。

今日のお通しは、ゴボウとニンジンのピリ辛和え。酒好きの二人の口に合うだろうな……。

そう思いながら、大将はダーンサンパルの三本目の準備を始める。

 

 

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