「早く、荷馬車の列から遠ざけねぇと!」
ヴィルコの必死な声が、シャーナの耳をつんざいた。
「分かってる!」
そう言い終えると、二人はうまく手綱を操って無防備なクィンタ市民を
我が物顔で追いかけている奇行種の方へ一直線に向かう。
眼前には、避難民を乗せた2~3つの荷馬車が縦列を成して巨人の間をかいくぐる
ようにしては逃げている。
しかし、その列の後方には、人類にとって招かれざる客が嬉々として
今かいまかとその瞬間を待ちわびるように、最後尾の荷馬車に近づいていた。
そのはっきりとした弱者と強者の間に、シャーナら駐屯兵の面々が、列の周りを囲み
盾となり援護している。
だが、なぜかその荷馬車の周りには、誰一人としていなかった。
おそらく、奇行種が来る以前に他の巨人たちによって全員――――
当然のごとく、守り手を失った荷馬車に乗せられた住民達は、初めて見る巨人の
恐ろしさと獰猛さ、何よりも死への恐怖によってある者は、泣き叫びうろたえ、
またある者は、神に祈り、そして、達観したかのように呆然と立ち尽くしていた。
この惨状を見て、隣で馬を駆るヴィルコが一言呟く。
「ッチ…全滅か…」
シャーナは、ヴィルコが放ったその言葉を聞き返さずとも一瞬で理解し
黙ってただ前だけを見つめて聞いていた。
そう、今助けにいこうと向かっている荷馬車の守りを受け持っていた班は
シャーナとヴィルコもその一員として加わっていた班であった。
つまり、二人が戦列を離れこれから大急ぎで復帰せんと向かっていた矢先…
もののわずかな間に、隊は≪全滅していた≫
その中には、訓練兵時代から苦楽を共にしてきた”友人”も
日ごろからシャーナが慣れ親しんでいた先輩もいた。
その人達のことを思うと、今にも胸が張り裂けそうであるが
その死を嘆いている暇など、時間の問題以前に戦場という場が許さなかった。
その点は、よく訓練兵時代に叩き込まれた精神の賜物だと思う。
嘆いている時間があったら巨人をいったいでも多く狩って
死んだ仲間の分まで頑張れよというものだ。
そうすることによって、仲間たちがなしえなかった無念を紡いで浄化させて
あげるのが、生き残った者達の役目であった。
私が、身近にいた大切な人を失ったようにヴィルコもまた同様に、何かしらの
存在を失った。
ただでさえ、友達が少ないヴィルコのことだ。その鉄仮面の奥底の胸中を
考えれば、想像を絶する。
しかし、考えていることは彼もまた同じであった。
「あの人たちを守れるのは…もう私達しかいない」
「ああ…。でもよ…まさか、こんなに早く経験するなんて…
思ってもみなかったけどな…」
「そうだね。私もだよ…。もっと、ずっと先の事かと思ってた。ましてや
自分が生きている間には、起こるわけがないとさえ…」
私は、擦れそうな声を必死に振り絞って口に出した。
「だけど…。全然怖くはないよ。むしろ、体中に力がみなぎってきて
だんだん興奮してるのが分かる…。だって…」
「だって、4年前の訓練兵団の入団式に…人類に俺たちの心臓を捧げる覚悟を
したもんな!」
突然、言葉を遮られたシャーナは、びっくりしてヴィルコの方を向く。
だが、横目で見たヴィルコの表情は、厚く決意を固めた未だに新兵とは
思えない凛々しい顔になっていた。
普段、ヴィルコをなんとなく毛嫌いしがちであったシャーナであったが
逞しい彼の姿は自分の命を預けられると決心させた。
そしてなぜか、同時にこの期に及んで或る感情が芽生えるのであった。
「どうせ死ぬなら、どんなに小さい形でも人類の役に立って死にたいからな。
じゃねぇと、故郷の親や…家族に…そして、何よりもあのハゲじいさんの顔に
泥塗っちまうからよ。だよな?」
「えっ!?あっうん…」
曖昧なシャーナの返事に、ヴィルコは怪訝な顔つきになった。
「怖くないとかいいながら、やっぱり動揺してるのか?」
「なっ何、馬鹿なこといってんの!私に二言はないわよ!」
シャーナは、自分でも顔がさらに赤くなっていくのを感じた。
「だったら…いい。俺の命を賭ける相手が…生半可な気持ちではないことを
確かめたかった。それだけからな。」
シャーナは慌てて、違う方向に興奮しかけていた心を制する。
頭が急に冷えていった。
(もう何やってんだ…。しかもこんな時に…!こんな奴の前で!でも…でも…
アイツったら…ヴィルコは慌ててるのを知りながらも私を信じてくれた。だから…!)
「ヴィルコ…私もあなたを信じる!」
「…分かったぜ。そうと決まれば…シャーナ!」
ヴィルコの威勢のいい声が戦場にこだまする。
「ハイ!」
「これからは、一心同体だ。どっちかが、ヘマをすれば俺ら二人の命どころか
ここにいる罪のないクィンタ区の住民達もみんな死んじまう!だから、相手が
奇行種だろうが関係ねぇ!結果として命落とすことになっても、その命が尽きる前に
なんとしてでも奴を止める。そのために、俺がまず、相手の足の腱に切り込んで
動きを止める。お前はタイミングを見計らって、うなじに飛び込め!」
「了解!」
本当は、どうやってヴィルコが腱を削ぐのか聞きたかった。
ただでさえ、二足歩行ではなく四つん這いで、動く速さが早いうえに経験豊富な調査兵でさえ、苦戦するような巨人を今回が初めての実戦であり、しかも入団してまだ2年目の駐屯兵団の新兵がやろうとしているのだから。
だけど、その考えは一瞬で消えた。何せお互いを信じるという誓約をしたのだから。
ただ今は…
―――機を待って素早くうなじへ斬り込む―――
だけ
二人は、己の武器となるブレードを手に取り、いよいよ臨戦態勢へと入る。
直前になって、念のためとヴィルコが話しかけてきた。
「お前…うなじの場所忘れてないだろうな?」
「頭より下うなじにかけての縦1M幅10cm」
「よし。行くぞ!」
瞬間、二人の新兵は、命を賭して馬の背を蹴り飛び出した。
更新大幅に遅れてすいませんでした;年末年始でいろいろ忙しかったもので。
誤字脱字あったら申し訳ありません。後日、すぐ修正いたします。