魔女の幻燈   作:P-PEN

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第1話

 心斎橋で派遣されてきたタクティカル祓魔師達を待ち受け、轢き殺された有得流我(ありえ るが)が次に見た景色は、周りには先ほどまでいたはずの地下鉄の風景ではなかった。真っ暗に塗りつぶされたような闇が広がっていて、かろうじて見える足元は板張りの廊下のようにも見える。

 

 その闇の中を既に彼は走っていた。何故走っているのか疑問に思った時。後方の闇の向うから何かの羽ばたきの音が聞こえた。その瞬間“あれから自分は逃げているのだ”と理解する。しかし、その“何か”が何なのかは分からない。ただ、奇妙に息苦しく、心臓の音が五月蠅く、背筋は凍り付くほど寒い癖に四肢は燃え尽きそうなほど熱かった。その熱の強さに比例するように、足が強く早く動き続ける――だが、背後から迫る何かは明らかに距離を詰めつつあった。このままで追いつかれる、そうなれば――――思わず振り返った時。闇から詰め寄ってくる“白装束”狩衣――境界対策課(きょうかいたいさくか)のタクティカル祓魔師が標準装備する狩衣(ジャケット)が見えた。よく見れば少々珍しい作りだ。白を基調とする境対製の狩衣なのはそのままだが、通常のものとは作りが違う。手練れの呪詛犯罪者の眼で見れば、重装衣の中でも各種穢れに対する封印や内部の加護出力を抑制するリミッターが組み込まれた特別なものだとわかった。特筆するべきは、装備ラックが一つも設けられていないという事。タクティカル祓魔師としてはかなり珍しい仕様だ。これでは常に祭具を両手で保持しなくてはならない。

 

 詰め寄ってきたその姿は狩衣を着た痩せた太ももあたりまでが見えていた。白と言うよりいっそ青白く、所々が欠けている、生きているとは思えない奇妙な足だ。そして狩衣の間から見える太ももにひび割れのような模様が見えている。そして太ももの横に羽根のようなものがうっすらと見えた気がするものの、辺りの暗さにはっきりと視認はできなかった。しかし羽根だと思っていたものが、ありえない方向にぐにゃりと曲がった事に気が付くと同時にその羽根のようなものの影から飛び出した猛禽類の爪先が鞭のようにしなり、有得流我の脚に巻き付くと同時に勢い良く引っ張られ地面に倒れ伏してしまう。

 

倒れた時、遂にそれに気が付く。

自分の周りの闇が、闇ではなく数えきれないほどの漆黒の鴉がひしめいていた事に。

その三本足の鴉達が鮫の様に笑ったのを確かに見た次の瞬間、一斉に倒れ伏す呪詛犯罪者にとびかかって――

 

 

 

 

 ――目覚めた瞬間に分かった。今のは“あの夢”だ。次に思ったのは『また見たのか』という事で、次に全身にかいている不快な寝汗を流したいと感じた。そして、どうしてもその“原因”の顔を思い出してしまい舌打ちをする。

 

 「……クソッ、認められるかっ」 

 

 そう吐き捨ててベッドから這い出ると、ビジネスホテルの有りがちなユニットバスに移動しつつ同時に寝汗で濡れそぼった寝間着を脱ぎしてていく。季節は暦の上では既に秋も終盤の筈だが、最近やっと秋らしくなった程度の気温で風邪を引く懸念は無かった。鏡に映った姿は、三つ編みにした長い黒髪に、緑色の目。普段黒色などの暗色の口紅をさしている唇は血の気が完全に引いて紫色になっていた。その下に現れた裸身には界異との大量の契約紋と、バラバラにされた肉体を縫合し繋げたような癒着跡が大きく残っている。見慣れた己の身体に、見慣れない鮮やかな血の三つ巴の紋が浮かんでいるのを見ると、大阪環状線事変で不覚を取った事を、飯綱山騒動で盤面を見事にひっくり返された事を思い出さざるを得なかった。其処まではいい……いや、良くはないが敗北する事や失敗する事は別に初めてではない。そんな些事に拘泥して停滞した時間は今『有得流我』と名乗っている呪詛犯罪者には存在しなかった。

 

 “問題”は何やら自分は最初の敗北での体験を忘れられない様だったという事なのだ。それを思い出すたびに、頭から血の気が引き、心臓が早鐘を打ち、四肢は強張って息と思考が乱れ、ある祓魔師の顔を思い出してしまうのだ。これが現状頭を悩ませている大問題であった、背筋に氷塊が落ちたかのような悪寒は致命的なミスを犯したと気が付いた時に似ているが、それで手が震えたり呼吸が荒くなったり、動悸が早くなったりしたことはない。何故なら彼にとってはたかが“死ぬだけ”の事でしかないからなのだ。通常の死が恐怖足り得ない……だからこその誤認、誤解。

 

 「この俺が……あんな小娘に惚れるなど、有り得ないんだが?」

 

 日本国の呪詛犯罪者の中でも、境界対策課に広くその名を知られる不死身不屈の呪詛犯罪者。有得流我、彼は滅するという差し迫った恐怖を経験したことが無いが故に実感できず――――初めて味わった滅の恐怖を“恋”かもしれないと全力で否定しながらも勘違いしていた。

 

 

 

 

 

 路地の暗がり、人知れず(ネット宣伝はする)不定期に開店される中華屋『界怪軒(かいけんけん)』。此処は普段開店する時には一般の人間にも開放されているのだが、今日は呪詛犯罪者専用となっている。というのも、今回に限っては飯屋を開く目的で開店が決まったわけではないからだ。

 

 食卓の上には店主のご自慢の料理がずらりと並び、開け放たれた天窓から差し込む午後の光の中で盛大に湯気を上げている。並ぶ料理は基本的に中華料理だが、ヌーベルシノワを始めとしたアレンジ料理も並んでおり、其処に座る者の好みに分かれており、テーブルの上が料理の様式で地図の様に彩られていた。食前酒など飲まないカスの前に置かれた、ジョッキやグラスには酒がなみなみと注がれて夢の様な有様であったがそれらを見ても、店主――有得流我の顔は浮かない顔のままだ。見かねた、もとい揶揄りたくて我慢できなくなった長身の偉丈夫――死火が薄ら笑いを浮かべながら口を開いた。

 

 「あら、浮かない顔ねぇ。明日はハロウィーンだからって、アタシたちを呼び出してひと暴れするって話をしたいってコトだったと記憶してるんだけど?」

 

 何が原因でこの傲岸不遜な男が浮かない顔をしているのか完全に理解している上での質問。有得の眉が正確に三ミリ跳ね上がる。おまけに明らかに喰いきれない量の料理を用意することを要求したのはこのカスである。有得が口を開く前に、白髪の麗しい女性の呪詛犯罪者が被せるように嗤う。

 

 「まさか以前言ってた小娘にまた負けた事を気にしてるのかしら?或いは、逢った事も覚えてもらってなかったことの方が問題なんですか?」

 

 毒蛇の舌が踊り人の神経を逆なでする事しか考えてない言葉を射出したのは、違法完全義体『マナコ』。採点者(マーカー)と呼ばれる、C.C.S.(Curse Crime Supporter)――呪詛犯罪組織の首領が操る人形である。義体の癖に食事も出来るようで、態々伝統的な中華料理と並べるには噛み合わない、コース料理前提のヌーベルシノワを要求したのはこのカスである。

 

 ――お分かりの通り、彼らは信頼関係で結ばれた関係ではなく“利があるから”協力する……事もある。程度の仲に過ぎない。たまたま、お互いがお互いに生き残っているから特に否定する必要のない関係を続けている。そのティッシュよりも薄っぺらい関係性の中で、最も頻繁に行われるやり取りは情報交換である。つまり、有得は第三者に自分が抱いた気持ちがアレ()ではないという証明の分析を取得しようと、雑談の一環として試みた事があるのだが……結果は見ての通りである。

 

 「お前らは一度くらい死ね。口と鼻を押さえ尻呼吸を試みて、名探偵でも悩む変死体となって死ね」

  

 「そんな事より」

 

 有得の毒を右に受け流しながら、優雅な手つきで料理に取り掛かった採点者が話を勧めた。

 

 「ハロウィーンに騒ぎを起こすのは良いわ。でも、無策でやる程“今の”あなたの頭はハッピーセットというわけじゃないんでしょう?」

 

 有得は鼻を鳴らして採点者の揶揄を一周すると、コックコートを脱ぎ去りテーブルに着いた――彼のテーブルの前には料理の代わりにタブレット端末が置かれている。それを操作し、地図と資料を繋がった中華屋のTVに映像を転写しつつ口を開いた。

 

 「“この俺”の用意の話は必要ないだろうから、概要から説明する。がその前に2010年から今日まで、何故幽界の門が開く“新宿ハロウィン”のこの日に問題を起こす界異や、俺のような古い呪詛犯罪者が息を潜めるか。から説明する必要があるか?」

 

 有得の視線に応えたのは元境対職員だった死火だ。つまらなさそうに小籠包を嚙み潰し終わった後に口にする。

 

 「……新宿にヤバいやつらが展開するからでしょ?境対の職員ならだれでも知ってるわ。“大荒教”1910年代発足、元々は神道の一派として登録されていたけれど、本人たちが否定して2000年になる前位に諸教に分類変更。当時の新興宗教ブームにのっかって拡大しつつもビジネス屋としての顔の方で売れ出して、今では先進科学研究と開発に優れる企業として一般人には知られているけれど、それは表の顔。裏の顔は帝都守護を任務とする“巫蟲八衆”(ふこはっしゅう)の第一席。境対が創立する前まで日本を裏から守護していた八衆の筆頭が開祖を務めてるトコロ――ま、どれくらいのまで力があるのかは実際の所知らないけれど、裏じゃ八衆とやり合って生き延びた呪詛犯罪者は居ない……という事が事実であることくらいは常識として知ってるわ」

 

 死火が口にした情報に同意するように採点者は頷きながら、渋い顔をしている。彼は自らが全能の神だと強い信仰を持っているため自分が喧嘩を売らない理由をひねり出すのも一苦労しているのだろう。有得はそのような機微を見てとりながらも全然そんなしょうもないプライドに興味がもてないので、気にせず続ける事にした。

 

 「まぁそうだな……お前等じゃ知らないか、この先の領域(レベル)の話は」

 

 冷笑する有得に、食事を続けていた二人の動きが止まる。急速に室内の気温が濃密な敵意により低下、科学的には存在しえない冷気に頬を嬲らせながら有得はPCを操作して、資料を展開する。全員の眼があるものに強制的に引きつけられる――石の棺だ。

 

棺以外にも多くのケルト、そしてドルイドに関する書物や物品が博物館には展示されているようだが。大半は歴史的価値のある物であるが専門家やマニアでない限りかなり目を引く物は無い。という事を差し引いても、そしてこれが写真という写しであるという事を差し引いても、それでもなおその壮烈な穢装はモニターから妖気を放っている。感覚的に採点者も死火もこれが“界異”と呼んでいい存在で無い事に気が付いていた。

 

 「これは、かつて渋谷に存在した西洋博物館の写真だ。ハロウィンをはじめケルト人そしてドルイドの文化品を収集しそれを宣伝しハロウィンがどの様な祭りだったかを教える。という趣向から、掘り起こしてはならないものを掘り起こして、あろうことか日本に持ち込んだ激烈馬鹿が2010年にいた。かくしてハロウィンに不死の神一柱が復活し、帝都に幽界の門が開いた。10月31日の事だ」

 

 部屋の温度が先ほどとは違う意味で下がっていた。エアコンが効いていて快適な室温の筈が、有得を除く全員の肌に鳥肌が立っている。義体であるはずの採点者の身体にさえも――それを打破するようにジン・ビームのハイボールを煽った死火が強張った笑みを浮かべた。

 

 「またまた脅かしちゃって。それが事実ならこれは?」

 

 ジョッキを握った腕を振って周囲を指し示す。幽界の門が開き、地獄と繋がった世界ならば彼らがある意味呑気に呪詛犯罪者を楽しめている世界であるのはおかしい。という指摘である。採点者は本体が汗を拭いているのだろう。ハンカチで汗をかいていない義体の頬を拭いながらその疑問に同意する。有得はやっと先ほどやり込められた留飲が下がったという顔で嗤った。

 

 「“それ”を何とかしたのが奴らというわけだ。その後ジャックの棺は新宿の何処かに移された……それはそれとして、不死の神(ジャック・オー・ランタン)は恐怖を力とする存在だ、ハロウィンの夜その力は頂点に達し封印が解かれる。だが、その時人々が楽しんでいたら、幸福であったなら――その力は逆に働く。これが新宿ハロウィンが開かれる理由で、本来久慈に本拠を持つ八衆第一席が新宿を縄張りにしていてこの日に出張ってくる秘密だ。統制されている麾下の下級信者や参加者達の大半はこのハロウィンが不死の神の封印と、門から出てくる死者たちの無力化を兼ねた祭りであることを知らない。事前に大金をかけて開いているマルシェコンテスト等もこれの布石というわけだ。ジャックの遺体の場所は分からないが、生え抜きの屋台を提灯行列させて、入場者コントロールを街規模で行い、至る所に技巧を凝らしたイベントが開催されるこの日に不死の神が甦る事は無く、死者が狼藉を働くことはできない。ハロウィンで頂点に達しているジャックの力が言わば負の方向に働くからだ」

 

 さらっと流されたが問題しかない情報だった。そもそも黒不浄を入手する話ではない以上、死火は命を懸けたいとは思っていないし、採点者としても自らの耳と眼である電子機器の開発元(大荒教)と揉めるのはかなりイヤだ。彼にとって、最新科学の専門家集団と電子戦をして面白いことなど一つもない。

  

 「お前達が言いたいことは分かっている。お前達より良く知っている俺はもっと嫌だし、そもそもそのような無謀な作戦のためにここ数十年偶にアホを演じていた訳ではなく、この身体を準備していたわけじゃねえ」

 

 採点者と死火に話が読めなくなってきたのを見越した上で、有得が歴戦の呪詛犯罪者の顔で続ける。

 

 「巫蟲八衆は強力な組織だが、特性が境対や他のクラシカル祓魔師の家とは決定的に違う。奴らはトリガーとなる部分に触れない限り“些末な事”には関わってこない。即ち、帝都守護及び日ノ本の守護。この二点だけだ。呪詛犯罪者が何人殺しただとか、何処の町を壊滅させただとかそんな――“そんな小さな事”では動いてこない。だが“それ”に触れる者は何人たりとも許さないんだよ。それが――境界対策課だったとしてもだ」

 

 「お前……貴方もしかして」

 

 思わず素が出かけた採点者に、我が意を得たりという表情で有得が頷く。死火の顔にも納得が現われる。

 

 「そういう事だ。ジャックの力が負の方向に働いている中での戦闘、しかもよりによって巫蟲八衆筆頭の組織と戦闘など愚の骨頂。新宿ハロウィンは邪魔する事は出来ない――それは境対も同じこと!その中に高名な呪詛犯罪者が居たとしても、ハロウィンを乱さず楽しんでいる限り絶対に手を出せない。しかし何か手を打たない訳にもいかない……強力な祓魔師たちを擁する班を複数監視につけるとかな。そして、中止されているにもかかわらず毎年渋谷でハロウィンになると集まるアホ集団、こいつらを利用する」

 

 三人の呪詛犯罪者の前で、醜くも悍ましい絵が完成しつつあった。

 

 「採点者(おまえ)死火(テメェ)が新宿でハロウィンを堂々と楽しむ、すると境対の連中はスクランブルをかけざるを得ない。がら空きの渋谷で俺が適度にハロウィンもどきをする連中を揺さぶって、その様子を動画サイトにアホたちがどんどん上げてくれるだろう。そうして増幅した恐怖でジャックを起こす――完全に目覚めても困る、あいつは神であって界異じゃないから俺は好きになれないからな。それはそれとして、神の寝返りで状況が混乱したところで、死火は集まってきた餌から好きな(黒不浄)を抜いていけ。その後さっさと離脱だ。採点者(おまえ)はそもそも戦う気はないだろ?適度に混乱を見て、死火が暴れるタイミングで渋谷に適当な呪詛犯罪者を追加してくれ。それで俺たちは全員旨いメシ(すきなこと)にありつけるというわけだ」

 

 

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