魔女の幻燈   作:P-PEN

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第2話

 渋谷のアイコンともいえるスクランブル交差点を起点に、およそ350m続く繁華街。活気あふれる通りにファッションや雑貨などのショップ、カフェや居酒屋、カラオケ店など、あらゆるジャンルの店が並び、若者カルチャーやトレンドを感じられるエリアとして、国内外から多くの人が集まるスポットになっている。七夕や夏祭り、クリスマスのイルミネーションなど“渋谷センター街”で行われるさまざまなイベント期間は、より一層大勢の人で賑わう。しかしながら、2020年代から渋谷ではハロウィンイベントは行われていない。その理由はゴミのポイ捨てや暴行騒ぎ、器物破損などの迷惑行為。これを受けて2019年から渋谷区では「渋谷ハロウィーン対策検討会」が設置され、同年からハロウィーン期間中や年末年始の渋谷駅周辺での路上飲酒を禁止する条例が制定され、2024年10月からは追加で年間を通じて路上飲酒を禁止すると改定されている。渋谷区でのハロウィーン対策は年々強化されているものの、204X年現在も、勝手に人が集まってきて勝手にお祭り騒ぎを始める。という状況が常態化していることが問題視されている。しかしながら、2010年代には渋谷区はハロウィンを大々的に宣伝しており、ハロウィーンを渋谷の誇りに。というメッセージを掲げるほどの状態からの方針転換に民間人は困惑し、実質罰則が無いため“まぁ、良いんじゃね?”と考える人が地方から集まってきて大騒ぎするのが恒例化してしまっていた。

 

 そんな無秩序なハロウィンナイトに、渋谷の裏路地を歩く“魔女”が居た。圧倒的、そんな表現しか見当たらない空気を纏っているその少女は“コスプレの出来がいい”という領域はとうに超えている。既にしこたま飲んでいるであろう道行く通行人(酔っ払い)がつい振り返ってしまう……内側が鮮やかな朱に染められ、複雑な文様が描かれた魔女の帽子には、薔薇の花と艶やかな鴉の羽毛が飾られている。胸は日本の成人女性の平均値よりはある程度だが、その(おもて)の造作はまだどこか幼さが残っているものの、その深紅の眼の鋭さは“魔女”の威厳を補って有り余る。すらりと伸びた脚がスカートのスリットから覗くが、その足取りはネコ科の猛獣の様に軽やかだ。夜故に見難いが、その輪郭が触れている周囲の空間が揺れている。異常に高い基礎体温?オーラ?或いは瘴気?いずれにしろ、その油断の無さは。突如の落雷にも対応しうるだろう。

 

 獰猛、凶悪、高圧的……現在のその男を表現するなら、そんな言葉ばかりが羅列される。強キャラだけにつけることが許されるような赤サングラスを装着しながら、尚その眼光は見るものを射竦める。妙に気合の入った漆黒の吸血鬼コスチュームから伸びる四肢はしなやかな筋肉が付いていることが見て取れる。もしその道を知る者がよく見るならば、そのコスチュームが無数の袈裟や狩衣をカシャーヤのように継ぎ直して作り上げた強力な呪物だと看破できるかもしれない。普通の人間ではうかがい知れない程の夥しい実戦の痕跡……(おもて)が丁寧にメイクされている。口紅のセンスが終わっているが、吸血鬼コスという事を踏まえれば今夜だけは相応しい仕上がりだ。フツウではない経歴、フツウではない日常を思わせる……そんなその男はこの無秩序なハロウィンナイトにまさしく相応しい存在だった。

 

 ――そんな、スゴイAちゃんと。スゴイB君が。まるで意図したかのように出会ってしまったのだから、悲鳴が上がるのも無理はない。

 

A――九鬼 鼎(くき かなえ)

 

 「はっぴーはろうぃん、と言った方が良いのかしら?トリック(●ね)orトリート(■す)?」

 

B――有得 流我(ありえ るが)

 

 「――あり得ないが?」

 

 周囲には夜だというのに、九羽の鴉達が馳せ参じている。そして何より、膨大な鬼気を放射している目の前の魔女から通常は感じる加護封印のリミッターが三つも喪失している。これでは人というよりは界異の領域だ。如何に少女が熊野神道の傑作(クラシカル祓魔師の天才)とはいえ、この規模の穢装を中和出来る筈がない。しかし、今夜のこの身体は幸運な事に――或いは不幸な事に、千年前の陰陽師たちと戦えていた身体である。故に“それ”に気が付くことが出来た。魔女から立ち昇る致命的な量の“穢れ”……それは天にまっすぐ立ち昇りハロウィンの夜に浮かぶ“月”の向かって吸い込まれていっている事に。

 

 「“幽界の門”が開くハロウィンの夜だからこその形態か……まて!俺は今夜こちらで戦闘が起きると新宿側で騒ぎが起きるように仕掛けがしてある」

 

 正確に事態を読み取った有得が機先を制するために事実を口にする。前回の戦闘で限定的に時間を留める(時間凍結)を行えていた相手のリミッターが更に外れている状態だ。光の速度で動かれてもおかしくはなかった。そうなれば、今夜の目論見は全て水の泡どころか“不死殺し”の祓魔師であることを鑑みれば、或いは本当に自分の最後の刻になる可能性もあった。終わることへの恐怖は無いが、此処で終わってしまうのは少々残念だと感じる程度の未練はあった。

 

 「そうなれば、お前達が新宿ハロウィンを邪魔した事になる。テメェも境対にいてこの夜に出張ってくるのならこの意味がわかっているだろう?」

 

 必ずトリガーを引いた者が割を食う。だから、有得は打ち合わせで渋谷で暴れる時の動画投稿を無辜の民に任せる段取りをしていたのだ。邪魔をしたのは自分達ではないという形が重要なのだ。それ故に、均衡が産まれる余地がある――有得が問題を起こさなければ魔女も仕掛けられない。

 

 「……じゃあ、どうするの?逃がす気はないけれど」

 

 逆に言えば、有得が少しでも問題を起こせば引金(トリガー)を引いたのは呪詛犯罪者たちという事になる。千日手に見えるが魔女側はハロウィンの夜が明けるまで監視しつつ明けた瞬間に始末すればいい。単純明快な祓魔師の結論。

 

 「……どうやらお互い、もう少しハロウィンの夜を楽しむ必要があるみたいだな」

 

 もし、これが準Ⅳ号級にも匹敵する今の有得に及ばない祓魔師であったなら、或いは仮装をしていない集団であったなら、仮装をすることで狩衣や武装の装着制限がある相手であったなら……対処は容易だった。しかし目の前の魔女は全方位今の自分の“天敵”だった。彼に必要なのはまず対策を考える時間だ。

 

 「此処で駄弁っていても仕方ねぇ……少し歩くか」

  

 渋谷ハロウィン中止の年から歩行者天国は無い。車道側のポジションを取りながら、吸血鬼コスプレおじさんは歩き出す。鴉の魔女も追随するが、珍獣を見る眼をしていた。その視線に気が付いた有得は咳払いをしたのち。

 

 「一つ教えておいてやるガキ、イイ女になるなら気が付かないふりも重要だぞ……お前には縁のない話だろうけれどな」 

 

 「反射的に女の子を車道側を選択した事(危険から守った事)がそんなに恥ずかしいの?誤魔化すなら最初からやらなければ良いのにダサい」

 

 少女特有の遠慮のない言葉が呪詛犯罪者の心を抉るが、有得は間違いなくカス犯罪者であるため余計に遠慮が無い。 

 

 「可愛げのないガキ――」

 

 「貴方の産まれた時代では当たり前の事だったんでしょう?時代によって求められる常識の所作は変わる。一々そんなことで馬鹿にしたりしないわ」

 

 常識を口にする生真面目さで続けられてしまうと、有得の口から出かかった罵倒が喉の奥に戻る。ここで罵倒する大人は余りにも情けなさすぎる。カスにもプライドはあるのだ。

 

 「……ちっ」

 

 舌打ちするも、即座に露店の一つを見て閃く。少し待つようにジェスチャーをしてその露店に向かう……“飲む焼き芋”とのぼりをあがっていた。2022年から焼き芋をドリンクとして提案する飲食店やメーカーが増えている。ペースト状の焼き芋を牛乳などで割ったドリンク商品、焼き芋味のアルコール飲料などが続々登場。国産サツマイモの新たな楽しみ方として飲む焼き芋の提案は、今も広がっている。見たところ国産のねっとり系の品種のサツマイモの焼き芋と、牛乳をミキサーにかけて作るポピュラーな温かい飲み物だ。まず試飲が出されているので一口飲む……滑らかで飲みやすく、サツマイモの皮も使うことでしっかりとした香りがするのが特徴のいい出来のラテだ。一つ買って魔女の元に戻るとそれを差し出す。

 

 「なら、これも受け取っておけ。不本意だが、祭りで連れてるガキに手ぶらで歩かせる程無粋な心算はねぇ」

 

 10月31日の夜ともなれば、それなりに気温も低い。鼎の魔女の格好はそれなりに露出がありそれを気遣うという格好だ。当たり前だが有得にそういうつもりはなく、そもそもこの魔女が穢装を纏っている間は極地での活動も意に介さないであろうことは予想している。重要なのは飲み物を持つことによる行動の制限だ。気休めだが無いよりはいい。後、芯からの祓魔師相手にアテには全くしていないが、一応絆されることによる隙を狙って逃亡をキメられないかという展望もある。

 

 「あら、気が利くのね。いつもはこうやって誰かを呪詛犯罪者の道に誘っているのかしら?」

 

 言っている事には棘だらけだが、口調には全く毒が無い――これだから“本物の祓魔師”は厄介だ。実際の所、この魔女は有得を憎む気持ちや悪意はないのだろう。肉食獣が獲物を狩るように、鴉が空を飛ぶように自然な事として呪詛犯罪者や界異を狩る。だから、親密になろうが情を持たれようが意味が無い。“そういうもの”とは全く違うロジックで本物は穢れ撒く存在を狩る。調略が不可能な相手だ。ともあれ――

 

 「変な事を言うな。俺は界異になるか聞いてみることはあるが、呪詛犯罪者になれだなんて言ったことはない。態々犯罪者になる必要が無いやつが成るもんでもねぇだろ」

 

 ――誤解は受け入れ難い。有得 流我という男は自分が自分である事に拘りがある。自己連続性が失われている以上、自己認識がブレる事は即ち存在する意味を失う事に近しい。犯罪は良くない、この男は本気の眼で言っている。頭がおかしいのは知っていたが、流石に鼎も驚いた表情をしていた。憮然とした表情で吸血鬼おじさんは妙な空気を換えるために移動を再開する。どこという目的地は無いが、一通り事前調査してある有名なマルシェ……要するに旨いキッチンカーが集まる広場に足を向ける……新宿ハロウィンの屋台組みは生え抜きだが、客側に新宿区に立ち入る人数の入場制限がある。その為に事前の大会があり、席に着いた店には主催者側(大荒教)から売り上げとは別に報酬を受け取れるという大きなメリットと新宿ハロウィンで店を出したという名誉がある。しかしながら、純粋な暴利を得たいという話なら無秩序な渋谷ハロウィンで店を出す方が儲かる。そう考えるものもいるし、選考から落ちたものの腕は悪くない店も当然という顔で渋谷に出てくる。つまり、向かう先に困る事は無い。問題は――

 

 「すっげレベル高い仮装だな」「ヤバ、あの帽子の内側が光ってるギミックえぐいんですけど」「吸血鬼コスも迫力あるなあ……」「おい、有得の癖に赤眼鏡付けてるぞ!」

 

 二人が滅茶苦茶目立っているという事だろう。一人一人でもその瘴気や鬼気が陽炎のように漂う二人である。一般人ですらそれを感じ取れるほど濃密な気配なのだが、今夜はハロウィンナイトだという事が裏目に出ている。完全にその本能的に感じる危険さすら“良い刺激”としか感知されていない。その結果、オーラのある二人という感想に集約してしまう。また、注目するのは生者だけではない。この夜不死の神(ジャック)がもたらす力が逆側に働き、ロクに邪悪な事が出来ない悪霊たちは新宿を避け渋谷にやってくる。生者を害する事が出来ないほど弱体化するが故に、せめてお菓子を一つでも多く手に入れて満足しようとする涙ぐましい努力をする悪霊たちだ。彼等はお菓子を貰う為に可愛らしい子供の姿になっているが“悪霊が畏怖する仮装”をしているクオリティが高い一部の参加者と、真の力を持つ仮装をしている二人を見ると即座に逃げ出してしまう。そんな歩くだけで騒がしい、渋谷ハロウィンを適当にキッチンカーを冷やかしながら巡る。意外な事に鼎は道行く人々に一緒にスクリーンショットを取る事に応じているし、会話にも卒なく応じている。そうすると畏怖を感じさせる魔女は途端にそのイメージを逆転させる。時折献上品のおかしを持ってくる悪霊(おちび)にも寛容な態度で、ハロウィンを無邪気に楽しんでいるようにさえ見える……事実楽しんでいるのだろう。しかし、有得は常に魔女の視線を感じ取っており、本気でこの夜を楽しみながらも獲物を逃がす事はない鼎の立ち振る舞いが悪い癖だとは思いつつも逆に面白くなってきた。背筋が凍るような気配、心拍数の上昇、呼吸数の増加といった症状も常に監視されている状況ではいい加減馴れてきたという事情もある。

 

 「楽しそうだな。ガキは気楽なもんだ……境対はもっと忙しそうなイメージがあったものだが」

  

 仮装する人間に紛れた雪ん子から氷菓子の献上品を受け取り、鷹揚な態度でお菓子の飴玉を与えた魔女が戻ってくるのを見ながら呟くが、言っていてこれはどういう冗談なのか有得も悩む言葉が漏れ出た。自分で言っておきながら苦笑いをしてしまう。

 

 「そうね。初夏から境対に入って殆どの戦闘班が出撃した大阪環状線事変、次に横浜駅覚醒事件でしょ。その後に痣守一族の猛者たちと出向先で戦って、国際展示場襲撃事件、この時に初めて呪詛犯罪者と交戦したわ。夏には水着型狩衣の試験運用実験中に、海魔の群れを第六班と協力して迎撃したし、夏の終わりに暫定的な山神と目された念仏峠のターボババアとのミッドナイトレース勝負……それから秋には飯綱山で貴方と殺し合ったわね。この時初めて四号級の界異を祓滅したわ」

 

 「……あり得ないが」

 

 核地雷を踏んだ有得のテンションは低い。もちろん内容については調べているので知っている(それ故の苦笑いだ)し何なら最初と最後の事件の首謀者は自分なのだが、改めて認識するとそうも言いたくもなる。設立からロクな訓練も施す前に実戦投入され、激戦に継ぐ激戦、死闘に継ぐ死闘を潜り抜けてきた“特葬班”(とくそうはん)のエースアタッカー、境対ルーキーの中でも注目されている職員に放つべきジャブではなかった。そして、何より本人が本気で“忙しくなかった”と思っている態度なのが、やめておけばよかった感を深めた。目の前の少女が書類上20歳だが実年齢が15でありながら、消耗前提の決死の作戦に満足な訓練期間も無く投入され続けてきた事実を再確認させられ、ふと疑問が浮かぶ。

 

 「なぁ、お前さ……」

 

 「お前じゃないわ。九鬼 鼎っていう名前があるの。大人ぶりたいならちゃんと呼びなさい」

 

 いきなり出鼻をくじかれたが、この程度で不屈の吸血鬼コスプレおじさんは怯まない。その程度で傷つくナイーブな心はこの名前を名乗り始めるころには既に無くしていた。

 

 「鼎、十年かそこら幽閉されてたんだろ?それから境対に入ったのが五月雨の季節だ。入ったのは特葬班、界異を戦力に転用できないか試す試験部隊。訓練期間は数日単位で実戦投入、んで生還してると……それから最初のリミッターが解除されたのがターボババアの時だ。狭義でいえば山の神でもある山姥の変化形と考えられる界異の対処のための措置だった。そうだよな?」

 

「何だか妙に私の事を調べてるのね。もしかして、私のファンなの?」

 

「そ、そんなことはあり得ないんだがっっっ??」

 

 揺るがないおじさんも突然のキラーパスには対応できない。本題が吹き飛び否定を主張するも、その切実さに適当な舌戦をした鼎の方が困惑した。

 

「ちょ、やめて唾を飛ばさないで!冗談に決まってるでしょ?界異に興奮するヘンタイなのは知ってるから!何でこんなどうでもいい話にそんなに反応するのよ」

 

 有得の唾がかかってしまった仮装した悪霊をハンカチで吹いてやりながら吸血鬼おじさんを落ち着かせる。どっちが年長者なのか。

 

 「話の腰を折るんじゃない……それで、その次が飯綱山でやりあったアレだが。そう考えると、辻褄が合わない部分があるように思える」

 

 「何が?」

 

 「九鬼鼎、お前はあの戦いで極短時間だが“時間を留める”事で何度か戦況を有利に導いたな?俺も時間に関係する界異を切り札として手元にある(いつでも使えるとは言っていない)から分かる。俺たちの切り札だったⅣ号級偽骸綱権現(ぎがづなごんげん)……仮にも山神クラスの界異を一息に祓滅した出鱈目のからくりもそうだ。原理は分かる、太陽クラスの天体は空間を歪ませる。もちろん、恒星程度ですら空間を歪ませるのはほんの僅かな影響範囲だ。しかしお前の中には射日神話の九羽の鴉が――九の天体が存在しており、本来の移動能力は光速だ。そして、光速に近づくと時間の流れが遅くなるという基本的な物理の話を踏まえると、お前が展開した祓魔術(アーツ)の正体が分かってくる」

 

 魔女は自らの力の解析が行われているというのに余裕の微笑。有得はその理由を正確に理解していた。目の前の少女が余裕面を崩さないのは、発想の基となる起点がこの世界の法則に準じているからだ。つまり“堅い”祓魔術なのである。

 

 「今のお前は分からんが、あの時のお前は光速での行動を可能とはしていなかった。ではどうやって実現したか?答えは“静止しながら超高速”黒不浄さえ捕食する鴉の領域――お前の中にある“常夜”いわば体内の幽界で鴉達を転回させる事で周囲の時間を僅かな間静止。原理的に時間を越えられるお前と鴉達だけが動き、結果的に命中弾が外れ、外れる筈の攻撃が急所に命中し、偽骸綱権現は回避不能の連続攻撃をまともに受けることになった。凍った時間が溶けた瞬間、それまでの攻撃全てが解決され傍からみれば……大阪環状線事変の時の様に、屍封陣一発で倒したように見えたというわけだ」

 

 不死の神が固有の権限を持つように、神と呼ばれる存在は世界の在り方そのものが顕現したかのような力を持つことが一般的である。しかし、当然それは人間が使用できる力の限界を遥か彼方に超越している。無限大の加護出力を人は持たないし、無限大の耐久値を持つことも無い。即ち、鼎は鴉たちの基本能力はある程度引き出せても、その要である権能を使用する事は不可能である。それなのに固有能力のような力を発揮したのは鴉たちの特性の一つ“恒星である”という現世の法則を鼎が学んだからこそ結実した力であると言える。しかし、それには決定的な矛盾があった。体内の幽界ともいうべき箇所で発動させる極々僅かな時間を留める祓魔術。ほんの僅か、瞬きの間しか発動しないであろうそれと同時に、偽骸綱権現の頑強な穢装を穿つ祓魔術の中でも高難易度で知られる熊野鴉神流の奥義を発動している。祓魔術(アーツ)熊野鴉神流の奥義(アーツ)を重ねたのだ、何という戦闘センス、何という術式制御能力――バカを言うな!

 

 「だが、お前にそんな力を習得する時間的余裕はなかったはずだ。そのような力を試す訓練施設は無く、師も居なかったはずだ。リミッターを最初に一つ解かれた時が念仏峠、その後再度封を受け再び解放されたのが飯綱山!どこにもその力を訓練する時間など無い!お前は何処でその力を学んだ?」

 

 突きつけた疑問に対し答える義理は無い。返されるのは想定内。しかし、現実は想定を斜め上に越えた。魔女は興味深そうに体内の溢れ火が透けて朱く輝く眼をきらめかせ、毒蛇の様に舌を閃かせて邪悪な微笑を浮かべた。

 

 「あら?貴方はとっくに気が付いていると思ったのに意外ね?貴方だって毎夜訪れているじゃないの」

 

 それは物理的な衝撃を伴っているかのような驚愕を呪詛犯罪者に与える返答だった。赤眼鏡がズレて呪詛犯罪者の視線と魔女の視線が絡み合う。そうだった、この世でもあの世でもない場所、何処かで見たあの戦術……あれは伝説の将、痣守傷将の戦術だった、何処かで見たあの技、夜叉の一族の戦闘術に似ていた。熊野鴉神流に無い技や発想。それらは全てがある事を指し示していた。

 

 「お、お前……まさか……」

 

 「鼎だよ」

 

 「九鬼鼎、テメェは黄泉平坂で死者から学んでいたのか……!?」

 

 魔女は応えず微笑んだ。悪夢を通じて技術を与える悪魔型の界異の伝説は確かにある。それに有得が有得でなかった時代、平安の時代でもある陰陽師は冥土に通い閻魔から教えを受け、遂には代理を任されるまでにもなった。しかし、現実でも倒れるまで訓練を繰り返すのはまだしも、その意識を手放してからも黄泉平坂に飛び、死者に教えを乞うなど呪詛犯罪者の眼から見ても完全に常軌を逸している。同時に、何故自分が目の前の少女を気にしているのか理解した。

 

この女は――――界異だ。

 

現世という結界、現世という人間の世界に産まれた純然たる祓魔師(界異)なのだ。 

 

 

 

 

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