『エルムスの年代記』(Crónica de Elmos)の成立時期や記録された背景は、次のように設定できます。
成立時期
この年代記は、エルムス王国が衰退する13世紀頃に成立したと考えられます。ちょうど中世スペインで王国間の戦争やカトリック教会の影響力が強まる時期です。この時期には、古代ケルト的な要素が失われつつあり、それに対する郷愁や記憶を呼び戻すために記された可能性が高いです。特に、王国の衰退とともに消えゆくケルト文化を保存する意図が強く、エルムスの宮廷や宗教施設で編纂されたと考えられます。
記録者と社会的地位
記録を行ったのは、王国に仕えた学者や僧侶たちです。特に、ケルトの伝統を尊重する一部の王たちに仕えていた学識者や、まだケルト文化に強く影響された僧侶たちが中心となりました。
- 僧侶層:一部の修道士や僧侶は、ケルトの宗教的儀式や伝承に共感し、またはそれを学問的に記録する必要性を感じていました。彼らはキリスト教を受け入れつつも、古代の文化を尊重する立場をとっていました。
- 宮廷の学者:王家に仕えた学者や書記官は、王国の歴史と正統性を記録する責務がありました。特に、エルムス王国の王権はケルトの神秘的な要素を重視していたため、彼らの記録にはケルト神話や英雄の物語が盛り込まれたのです。
これらの記録者たちは、エルムス王国が外部勢力や内部の腐敗によって揺らぐ中、ケルトの伝統と王国の誇りを守ろうとする意図で記録を残しました。
言語
『エルムスの年代記』は、時代背景や文化的影響から、複数の言語で書かれていた可能性が高いです。
1. ラテン語:
- 主要な部分はラテン語で書かれています。中世のヨーロッパにおいて、ラテン語は知識人や教会の共通語でした。特に修道士や学者が関与していた場合、公式記録や宗教的な文書はラテン語で記録されることが一般的です。これにより、エルムス王国の歴史が後世のキリスト教徒にも読まれることを意図していたでしょう。
2. 中世スペイン語(カスティーリャ語):
- 王国内の一般的な公用語として、中世スペイン語の初期の形であるカスティーリャ語も使用されていた可能性があります。これにより、地元の貴族や一部の読み書きができる市民にも理解可能な形で一部の記録が残されました。特にエルムス王国がスペイン本土の影響を受ける過程で、カスティーリャ語が増えていったと考えられます。
3. 古代ケルト語派の言語:
- 基層文化として古代ケルトが存在するため、エルムス地方では実在しないケルト語派の言語も一部で使用されていたと設定できます。これにより、口伝えの伝承や詩、英雄叙事詩は、ケルト語で継承され続けました。僧侶や学者たちは、これらのケルト語での口承文化を記録し、ラテン語やスペイン語に翻訳しつつ保存した可能性があります。
この複数言語の使用によって、『エルムスの年代記』は、外部からの支配やカトリック教会の影響が強まる中で、ケルト文化を守るための重要な文書として位置づけられました。特に、ケルト語の部分は聖典のように重要視され、一部の僧侶や学者によって隠され、後世に密かに伝えられたという伝承が残ることも興味深い設定です。