『エルムスの年代記』に描かれる英雄たちの晩年や死は、常に壮絶で、穏やかなものとはなりません。彼らはその人生の最期においても、理想的な栄光を手にすることができず、何らかの悲劇的な運命に呑まれていくのです。彼らの死に方は、その時代や立場、人生の物語に応じてさまざまな形をとりますが、いずれも劇的な結末を迎えます。
1. 壮絶な討ち死に
多くの英雄が戦場で壮絶な討ち死にを遂げることは、彼らの生き方そのものを象徴しています。彼らは名誉や義務のために剣を握り、最後まで勇敢に戦いますが、最終的には戦場で命を散らすことが多いです。この討ち死には、一見すると栄光ある死のように見えますが、年代記の記者たちは、その死を悲劇的なものとして描き、英雄たちの成し得なかった夢や理想への無念さを強調しています。
2. 逆賊に刺される
英雄の中には、自らの仲間や臣下に裏切られ、逆賊の手によって暗殺される者もいます。かつて忠実だった者たちによる背信や権力争いが、彼らの最期をもたらすのです。この裏切りの死は、単なる肉体的な消滅を意味するだけでなく、彼らの信じた信義や理想が破壊されたことを象徴します。逆賊による殺害は、信頼していた者に裏切られるという精神的な破滅でもあるのです。
3. 悲恋の中で自殺する
エルムスの詩歌の伝統に深く根付いたケルト的な情緒が、悲恋というテーマを色濃く反映しています。英雄たちの中には、愛に破れ、その悲しみの中で自ら命を絶つ者もいます。愛する人とのすれ違いや失恋の痛み、運命に翻弄される無力感が彼らを追い詰めます。自ら命を絶つという行為は、彼らが人間としての感情や弱さを持ち続けていたことを示し、英雄であると同時に、傷つきやすい存在でもあったことを際立たせています。
4. 老いて暴虐に走り排除される
一部の英雄たちは、年老いてから理性を失い、かつての栄光とは対照的に暴虐な行動に走ります。彼らはその力を維持しようとして、過剰な権力を振るい、周囲から疎まれるようになります。最終的には、彼らの暴虐が原因で排除され、その晩年は孤独や狂気に包まれます。かつて英雄であった者が、このような悲劇的な終焉を迎えることは、栄光が永遠に続くことの難しさや、力の持つ危険性を象徴しています。
5. 知らずに実子と殺し合う
運命の皮肉によって、知らずに実の子供と殺し合うという悲劇的な運命を背負った英雄もいます。これは古代の神話的なテーマとも共通し、血縁の繋がりや家族の絆が運命の波に飲まれていく様を描きます。英雄たちは、自らの力と意志では避けられない運命に翻弄され、最終的には自らの血を手にかけることになるのです。この悲劇は、彼らがいかに強力であろうとも、運命の前には無力であることを強調します。
6. 栄光を取り戻そうとした者たちの悲劇
建国の王ケルタリクスや女傑エリサ、勇敢なタラモンド、そして栄光の再生を図ったアウリスなど、エルムス王国の偉大な英雄たちもまた、壮絶な運命に囚われました。彼らはいずれも国家や伝統を守ろうとし、あるいは再生させようとしましたが、栄華を最後まで保つことはできませんでした。彼らの努力や戦いは後世に伝えられ、英雄として讃えられるものの、その最期は常に悲劇的であり、彼らの夢は完全には果たされることがありません。
7. 「栄光は一時、堕落は永遠」
年代記全体には、栄光が一時のものであり、最終的には堕落や悲劇が訪れるという暗いテーマが流れています。英雄たちは一時的に王国や民を救い、栄光を勝ち取ることができても、時が経つにつれて彼らの理想は薄れ、最期には不名誉な死を遂げることが多いのです。このテーマは、エルムス王国そのものがかつての栄光を失い、道徳的に堕落しているという時代背景と重なっています。
英雄たちの悲劇的な最期は、単なる個々の物語に留まらず、王国全体の運命や価値観の喪失を象徴しています。