ある天気の良い休日。ユリアン・ミンツ元中尉が、私のもとを訪ねてきた。きっかり約束通りの13時。大雑把だった彼の保護者と大違いだ。
面会したいという連絡を彼から受けたとき、あの人のことを伝記にしたいということで、旧同盟宇宙軍第13艦隊の幹部だった人たちの元を訪ねているという話を聞いた。大半は話を聞き取っての情報収集らしいが、私は話が下手なので、文章にしてまとめたものを渡したいと申し出ると、それでもありがたい、というか、そちらの方がありがたいと言ってくれた。久しぶりに会ったイゼルローン共和政府軍時代の元上司。彼の結婚式以来だ。積もる話で持ちきりになって、半日があっという間に過ぎた。いずれは司令部の生き残りで同窓会をしようという話になった。お調子者のポプランが来れば、1日なんかあっという間に過ぎてしまうだろうな。考えただけでワクワクしてくる。
そこで、あの時に渡した資料について簡単にまとめたものを、ここに残そうと思う。原本は専門用語やら機密に準じるものも書かれてあるので、分かりにくいし読みにくいし、万一露見してしまうとまずいことになりそうだから、原本の丸写しは止めておこうという判断である。では、始めよう。
私が同盟軍第13艦隊に作戦参謀として配属されたのは、第13艦隊が新設された時である。旧第4、6艦隊の参謀たちは、ほとんど採用されていない。これはあとから判明したのだが、ヤン提督が直接採用した情報参謀のバグダッシュ大佐、キャゼルヌ閣下が連れてきた副官のグリーンヒル少佐と兵站参謀のマカロック大佐以外の司令部の参謀のほとんどが、ムライ参謀長の手によって集められていた。私もムライ閣下の元で働いていたことがあったが、職場では業務上の話をするくらいで、特に親しくしていたわけではない。なぜ私がムライ閣下のお眼鏡にかなったのか、未だによく分からない。ムライ閣下はご存じの通り、誰かと親密になるような人ではないので、今どこにお住まいで何をされているか私は知らないのだ。だから、その辺りのことは全く聞けずに終わっている。
第13艦隊への配属が決まったとき、正直私は落胆した。寄せ集めの半個艦隊、しかも敗残兵の寄せ集め。端から見たら、明らかに左遷人事。こう思っていた連中が大半だったと思う。その後にイゼルローン攻略作戦に従事することになるが、この作戦のことについては、大半の人間が何も聞かされていなかった。私はさすがに作戦参謀だったので、イゼルローン回廊への進発前には概要を聞かされたが、戦隊司令官といった中堅指揮官以下は、おそらく現地に着くまで、どこへ向かっているのかすら知らなかったと思う。作戦の本質上、一切の情報漏洩が許されなかったのが理由であろう。ただ、この作戦に関わった者以外は、特に何もすることがなかったから、とにかく楽だった。それでいて、わずかながらも作戦成功特別褒賞金を貰えたのだから、みんな第13艦隊に所属できた幸運を喜んだに違いない。これは、リンツ大佐からあとになって聞いたのだが、実は配られた褒賞金は全体のごく一部で、大半はプールされていて、幹部が開く飲み会とかのイベントの資金にされていたらしい。イベントを開く幹部に課された任務はひとつだけ。
「こんな思いができるのは第13艦隊だけだ。頑張るときに頑張らないと、第13艦隊がなくなって、こんな思いはできなくなるぞ」
組織の団結力は組織の成立時に決まる。
ムライ参謀長から聞いたことのある言葉だが、当時まさにこの通りのことを、ムライ参謀長ら幹部たちはやっていたんだなと、今になって思う。
とんでもなく楽をすることができたイゼルローン攻略戦だったのだが、そのあとの帝国領侵攻作戦からは大変だった。作戦発動後にムライ参謀長から我々参謀たちに課されたのが、情報収集活動だった。作戦の中心であったフォーク准将周辺だけでなく、フェザーンの高等弁務官事務所や商社にも司令部の人員が派遣された。フェザーン絡みについては、身分を偽って潜入させるという、諜報活動員まがいのことをさせるという法外ぶり。第13艦隊も他の艦隊と同様、作戦参謀に情報参謀、兵站参謀といった参謀たちがいて、それぞれ職務を所掌していることになっているはずなのだが、この頃から所掌の垣根がなくなるどころか、局面に応じたタスクフォースが作られるようになった。この時はみな、情報収集活動に駆り出され、現場責任者がパトリチェフ参謀副長、集約された情報の整理分析を戦艦ヒューベリオンの情報科員が行うことになり、私はフェザーン係の取りまとめとフェザーンの高等弁務官事務所の清掃員として潜り込むことになった。デスクのゴミ箱からゴミを取り出して収集袋に入れながら、デスク上にある書類に目を凝らしたり、職員同士の会話に耳を傾けたり、およそ作戦参謀の仕事とはいえないようなことをさせられていた。ここで得た情報といえば、帝国は同盟の侵攻を甘くみていて、たいした武勲を立てることができそうにないから、非主流派の若手の元帥に対応をやらせようとしていること。なぜだか分からないが、帝国領内の物流に減少が見込まれていること。くらいだったと思う。
帝国領侵攻に向け惑星ハイネセンを進発してからは、通信参謀の手下となって、超光速通信を拾い集める作業。これがとても地味で地道で退屈な作業。帝国政府や帝国軍の動きを探るためだが、そんな情報がそこかしこに転がっているはずがない。拾い集めた情報のほとんどが、企業間の取引だとか、個人間のやりとりだとかばかり。宝くじで大当たりを引く確率の方が高いんじゃないかって思う。法務参謀なんかは、訪れた星系の地図やら位置関係を示す星間地図やらを作らされていた。
この時から私は、情報収集に関するタスクフォースに組み込まれることが多くなった。一番辛かったのが、ドーリア星域会戦に臨むときだった。
私を含む作戦科が作戦を立案することなどほとんどなく、全てヤン提督が作戦を立てていた。この時も同様で、情報科が掴んだわずかな情報をもとに、ヤン提督が作戦の概要を作った。その概要を実現させるための方策を練り、情報を収集して解析し、それを元に方策を修正して実行に移す。これが我々参謀たちの仕事。これがとんでもなく大変だった。私は情報収集班に回された。敵がいつ、どれ程の規模で、どのルートを使ってイゼルローン方面に来襲してくるかを察知するため、首都星ハイネセンに情報ネットワークを構築しなければならなかった。ヒューベリオンから遠く離れた、しかも救国軍事会議に情報統制された首都星ハイネセンに。しかも超短期間で。この現地ネットワーク設置計画の立案と実行だけでも大変だった。更には、予想される来襲ルートを厳選し、どこにどれだけの偵察艦を配置するかも決めなければならない。そして、決戦地を推定して現地の状態を調査、把握することも必要。しかも、我々がどこに進軍しているかをカムフラージュしながら。そして最大の難関は、天才的な分析力と構築力を持つヤン提督を納得させること。この時ほど、直接提督と話をするムライ参謀長の存在をありがたいと思ったことはない。参謀長には何度も何度も、我々と提督の間を行き来してもらった。提督から何度もダメ出しを受けるのは、きっと精神的にもこたえるはずだ。なのに参謀長は、我々をけなすどころか、労って下さった。もう、感謝しかない。苦労に苦労を重ねたせいか、ドーリア星域会戦において期待通りの不意討ちを成功させた時、ビームとミサイルがひっきりなしに撃ち放たれ、僚艦に被害が出ているにも関わらず、奇襲成功にほっとして、胸を撫で下ろしてしまったほどだ。
内戦が終了して首都星から帰還すると、我々参謀とスタッフは全員、同盟の各星系に点在する方面軍司令部に派遣された。派遣された司令部員に課された指令はただひとつ。「役職や身分に関係なく一番の古株と仲良くなること」。司令官とか参謀といった高級将校は定期異動があるので、古株の大半が現地採用の身分の低い作業員。2ヶ月に1回開かれるイゼルローンでの報告会に参加することを義務付けられたが、その報告会というのが、倉庫のおっさんと飲みに行ったとか、司令部の食堂のオバチャンに差し入れ持っていって喜ばれたとか、まるで子供の生活発表会。おおよそ、艦隊司令部に所属する幹部士官の仕事とは思えない。こんな発表会なのにヤン司令官は必ず出席し、そして満足そうにうなずいて、我々を労ってくれた。何でこんなことをさせられるのか、当時は全く理解できなかったが、帝国軍が大挙してフェザーンから同盟領に侵攻してきたときに分かった。この時ヤン提督は、一個艦隊によるゲリラ戦術を採用したが、1万隻にも及ぶ大艦隊が突如入港しても受け入れ可能かどうか、現地司令部に問い合わせをしても、面倒事を避けるためにお茶を濁されて断られるかもしれない。その点、仲良くなった現地のおっさん、オバチャンからであれば、正確な情報をもらうことができる。そこから情報を手に入れて裏を取り、それを元に交渉して押し切る。おかげで、スムーズに入港することができた。もう、あの頃からヤン提督は事態を予想して、手を打っていたのだ。あの人の頭の中身は普通じゃない。まさに奇跡のヤンだ。
それから、第13艦隊が他の艦隊と大きく異なるのが、実戦における司令部の役割分担だ。第13艦隊以外の全ての艦隊は、戦闘開始前から戦闘中、そして戦闘後も一貫して全ての指令は艦隊司令部から発する。第13艦隊以外の艦隊にも副司令官はいるけど、あくまでも司令官が不在になったときの指揮権継承順位一位というだけで、司令官がいるときに副司令官は必要ない。だが、第13艦隊だけは違う。第13艦隊司令部は戦闘前と戦闘後の統括しか行わない。戦闘中は第13艦隊第2分艦隊司令部、すなわちフィッシャー艦隊司令部が統括する。ヤン司令官の意向を受けたフィッシャー副司令官が、自身の司令部の参謀たちを通して各分艦隊に指示を出して戦闘を行っている。帝国軍はヤン提督と戦っていると思っているようだが、実際はフィッシャー提督と戦っているのだ。我々第13艦隊司令部が戦闘中に行っているのは、戦況の推移を観察して、戦局が悪化した場合、いかにして犠牲を最小限に抑えて逃走できるか、そのタイミングとパターンの立案である。あらかじめ最悪を想定して逃走経路を確保しているから、ヤン提督は思いきった作戦を立案して実行に移すことができたのだ。バーミリオン星域会戦の時に我々が立案した逃走パターンは、数百にも及ぶ。どれも採用されることはなかったが、ヤン提督は我々を真の勝利の功労者として労ってくれた。このようなシステムを考案して実行に移しただけでなく、我々参謀スタッフが総出でやったことをアスターテ星域会戦の時にはたった一人でやり遂げたヤン提督は、非凡な才能の持ち主であり、こと軍事に関しては帝国の獅子帝よりも優れていたと私は思う。
戦闘中はフィッシャー艦隊司令部が全軍を統括するというスタイルのお陰で、ガイエスブルク要塞の侵攻を撃退することができた。ヤン提督がやっていたことをメルカッツ客員提督が代行するだけで、普段通りのヤン艦隊が機能した。難攻不落のイゼルローン要塞がある限り、逃走経路の確保とか事後処理を考える必要はない。ルーティン作業のシステム考案実現能力と、トラブル発生時に損害を最小限に抑える能力の双方を備えている人というのは、歴史的にも稀なので、ヤン提督を若くして亡くしたのは、自由民主主義勢力にとって多大な損失だったと断言できる。
ここで一旦区切って、バーラトの和約以降は別章で述べようと思う。