自由惑星同盟第13艦隊作戦参謀   作:J・バウアー

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✳バーラトの和約以降は後編一編で終わるだろうと思っていたのですが、想定以上に長くなりそうなので、何回かに分割します。読みが甘くて申し訳ありません。


後編(1)エル・ファシル独立政府合流まで

 バーラトの和約成立後、敗戦ショックで株価と通貨が暴落。株価については、帝国とフェザーンの官民に動きがあるのでまだ救いようがあったが、通貨については、いずれ帝国に財政を握られて通貨発行権を失うのではないかということで、こちらの暴落が深刻だった。同盟政府が財政出動して経済の底上げを図っているが、帝国に支払う1兆5000億帝国マルク(同盟ディナールではなく帝国マルクというのがミソ。同盟ディナールの暴落により、負担感は時間が経つにつれて重くなる)にも及ぶ安全保障税が重い足枷となって、大した金額を投入できず完全に焼け石に水。ハイパーインフレは収まる気配を見せない。帝国政府も、高等弁務官に、財政に造詣がある人物ではなく、生粋の軍人であるレンネンカンプ氏を送り込むくらいなので、同盟の財政に全く興味を持っていなかった。この頃から、通貨発行権を持つ完全な独立国のバーラト共和国が成立して安定するまでの数十年間は、経済面でも苦難の連続だった。しかし、この苦難を自力で乗り越えたお陰で、バーラト共和国は、銀河帝国と同格の独立国になることができたとも言える。余談だが、高等弁務官事務所の人事については、オーベルシュタイン氏の意向が反映されていたようだ。もし彼に、経済と財政に関する造詣があれば、これを機に破綻寸前の同盟財政に積極的に介入し、同盟を帝国の財政圏に完全に組み込んでしまって、同盟を事実上の帝国の地方自治体にしていただろう。そうなっていたら、帝国抜きでの財政運営など夢物語になり、イゼルローン要塞との等価交換など意味をなさず、巨大な財政力を誇る帝国からの分離独立など不可能になっていただろう。そういう意味では、オーベルシュタイン氏はバーラト共和国成立の立役者だったとも言える。

 

 このハイパーインフレは治安の悪化を招いた。トリューニヒト政権下で拡大した格差は、ごく少数の富裕層と、大量の貧困層を作った。政府の低所得者対策でお茶を濁してきたが、ハイパーインフレに打つ術がない政府への不満が高まって、各所で暴動やテロ活動が発生した。当初こそ暴動の報道がショッキングなニュースとして流されていたが、和約締結後1ヶ月も過ぎると、発生件数のあまりの多さに報道する側も受ける側も飽きてきて、やがてほとんど報道されなくなった。近所のショッピングセンターが襲撃されたことがあったが、どこも報道していなかった。ヤン退役元帥の不当逮捕に始まり、レベロ最高評議会議長の拉致、薔薇の騎士連隊による帝国高等弁務官府襲撃とレンネンカンプ帝国高等弁務官の拉致、ヤン退役元帥一派のバーラト星系脱出という大事件についても、全く報道されていなかった。これは、政府や帝国高等弁務官府が報道規制したというよりは、各所で頻繁していた暴動やテロ活動のひとつに過ぎないと見なされて、マスコミ各社からスルーされていたからだろう。この大事件は、ヤン退役元帥がハイネセンを脱出したあとになって、複数のネットユーザーが噂をネットに上げてから広まった。様々な憶測が流れ、それを知ったマスコミが政府を追及するが、はぐらかされてばかり。結局この事実は、周知の通り帝国政府に公表されて知ることになる。

 

 和約締結後、同盟軍将兵の半数が予備役に編入された。私も予備役に編入された一人。予備役といえば聞こえはいいけど、所詮はクビ一歩手前の身分。次の仕事を探さないと食いっぱぐれてしまうのだが、経済が冷え込んでいるので求人は皆無に等しい。マカロックの勧めで、和約締結前に貯蓄を全て帝国マルク建てにしていなければ、大袈裟かもしれないが餓死していたかもしれない。それだけ同盟ディナールの暴落は深刻で、ハイパーインフレによる物価高騰に給与が追いつかず、給与だけで生活することは不可能となっていた。帝国マルク建てにした貯蓄を崩して何とか生活している状態だった。

 そのような不安定な生活を送っていたある日、統合作戦本部から呼び出しを受ける。遂にクビを宣告されるのかと思ったが、登庁先は統合作戦本部ビルではなく、最寄りの体育館。しかも、私服で来るようにという、服装の指定つき。何のことだかさっぱり分からないまま、指定された体育館へ行くと、予備役軍人を慰労するための運動会に参加せよということだった。最後までいないと給与を止めると言われたので、仕方なく参加。適当に競技に参加したあと、後方勤務本部の課長という人が演台に立って、話を始めた。内容は、処分の名の元でヤン・ウェンリー氏に艦艇を譲渡するから、艦艇をヤン・ウェンリー氏の元まで運ぶ乗組員を募集しているとのことだった。こういうイベントを隠れ蓑にした募集を、いくつか開いている様子。一種の帝国に対する利敵行為を大々的にやる訳にはいかないから、苦肉の策だったのだろう。職にあぶれている人は私の他にも大勢いて、最低限の衣食住が保証されることから、私を含め大半が参加を希望した。

 

 バーミリオン会戦の時と違って、救国の志ではなく、他に選択肢がないからという消極的な理由での参加が大半。バーミリオン会戦に至るまでは、同盟の各基地から十分以上の補給を受けることができたが、今回はハイパーインフレによる物資不足のせいで最低限の物資しか積み込むことができない。ゆえに、入浴とか食事といった生活環境が劣悪。しかも、帝国軍との接触や同盟軍との摩擦を避けるために大きく迂回した航路を取っており、途中で十分な補給も受けられないので、士気は低く事故も多かった。空中分解の危機を何度も乗り越え、ようやくの思いでイゼルローン回廊に到着しても、士気は上がらないままだった。

 

 エル・ファシル独立政府というのも、とても組織と呼べるものではなかった。よっぽどイゼルローン共和政府の方が、政府としての組織の体を為していた。まず、彼らは、軍政と軍令の違いすら知らなかった。5千隻以上にも及ぶ大規模な軍組織を、軍政、軍令、現場指揮官の三役に分けずに一人で運営させることなど不可能。特に軍政は国家予算と密接なので、政治的なセンスが求められる。それなのに軍事の全てを、ヤン提督一人におっかぶせようとしていた。ヤン提督には国防委員会傘下の後方勤務本部での勤務経験がないので、彼に軍政を担わせることなど不可能。結局、政府主席のロムスキー氏が軍事委員長を兼任し、それを軍政担当のキャゼルヌ中将が後方勤務部長として支え、メルカッツ客員提督が参謀長として軍令を担い、ヤン退役元帥が実戦部隊の総司令官という形にしていた。完全に苦し紛れ。パズルのピースを当てはめただけ。キャゼルヌ中将やメルカッツ参謀長の下で、軍政、軍令に携わるスタッフなんか、誰もいない。軍務に限らず、財政面においても、軍事警察への予算配分も分からない。財政運営に必要不可欠な政府中央銀行もない。目先の政策目標もない。食糧計画もない。無い無い尽くしの無い無いデパート。完全に、ヤン退役元帥の実力と名声だけに頼りきっただけの政府。イゼルローン要塞に着いてエル・ファシル独立政府の内情を聞くと、あまりのひどさに唖然となった。いくら軍事委員長を文民の政府主席が兼任しているとはいえ、それはあくまでも名目上のものに過ぎない。実務で軍政を握るキャゼルヌ中将もしくは、事実上の最高司令官であるヤン退役元帥のいずれかがエル・ファシルに残っていたら、いくぶんか言い逃れできたかもしれないが、その二人がいずれも閣僚にもならずにイゼルローンに来てしまい、しかも予算も人事も政府から独立してしまったので、もはや文民統制とは言えない状態になってしまった。ゆえに今では、ヤン退役元帥によるイゼルローン要塞再奪還後は、エル・ファシル独立政府とヤン軍閥の同盟関係という見方が、主流となっている。

 こんなとんでもないエル・ファシル独立政府に、よくもまあ人が集まったものだと感心する。私はヤン艦隊にいたから内情を知っているので別として、ヤン艦隊とは無関係だった人も多い。こんなデタラメな組織であっても人を集めることのできるヤン退役元帥の名声がどれだけすごいものか、分かるというものだ。

 

 一方のヤン軍閥も、エル・ファシル独立政府と同様に、組織としては、いい加減極まりなかった。帝国軍がすぐに攻めてきてくれなかったら、組織の脆さが露呈して、軍としてちゃんと機能したか疑わしい。軍政や軍令の機能がないことで発生するトラブルが露見する前に緊急事態に突入したから、以前のイゼルローン要塞司令部、イゼルローン要塞駐留艦隊司令部のままで対応することができた。

 

 以降は、別章で述べたいと思う。




✳原作では、後方勤務本部は統合作戦本部の下部機構扱いですが、本作では、後方勤務本部は、国防委員会の中で軍政を預かる機関として扱っております。現代日本でいうと、後方勤務本部が防衛省、統合作戦本部が統合幕僚会議ということになります。よって軍令を預かる統合作戦本部より、後方勤務本部の方が格上になります。後方勤務本部は、背広組と制服組が入り交じっています。ちなみに国防委員会は、最高評議会議長に任命される国防委員長と、後方勤務本部長、統合作戦本部長、委員会事務局長、そして国防委員長が指名して最高評議会議長の承認を受けた文民の参議官数名で構成されているという設定にして、文民統制されていることにしています。
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