自由惑星同盟第13艦隊作戦参謀   作:J・バウアー

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後編(2)回廊の戦い前後

 マル・アデッタ星域会戦についての見方は様々だが、私の見方は、自由惑星同盟最後の矜持をかけた儀式的戦闘という豪華な舞台衣裳で擬態した、ヤン軍閥支援のための壮大なカムフラージュ、というもの。ムライ閣下からチュン・ウー・チェン総参謀長のお考えを聞いて、確信を持った。

 ビュコック司令長官指揮のもとで戦力を糾合し、帝国の同盟領侵攻軍を迎撃するというニュースは、大々的に報じられた。すでに、ハイネセンの帝国高等弁務官府の職員及び麾下の帝国軍は、ガンダルヴァ恒星系への撤退を済ませていたため、同盟の細かいところまで監視をすることができなくなっており、耳目は来るべき帝国と同盟の一大決戦に集まっていた。その間隙を縫う形で様々な勢力が、帝国の妨害を受けることなく、エル・ファシル独立政府に集結することができた。そのうちの一つが、バグダッシュグループである。動くシャーウッドの森作戦に感銘を受けた情報参謀のバグダッシュが、暗に組織化を進めていたグループである。その数、実に五千名を越える。現地に根を張った諜報員からプログラマーにハッカー、法曹関係者に相場師と様々。軍関係者は三割ほどで、他は軍以外の政府関係者が三割、驚くべきは民間人が四割にも達する。バグダッシュ自身も、ここまで巨大なグループになるとは思っていなかったようで、知り合いに声をかけたら、知り合いが知り合いを呼んで、いつの間にかこんなに膨れ上がってしまったとのこと。これまで築いてきた地盤に見切りをつけ、危険を承知でそこに勝機を見出だすような連中は、大半が自己の才覚に裏打ちされた自信のある能力の高い連中。バグダッシュグループは、後のイゼルローン共和政府で中核的なポジションを占めるようになる。世間から隔絶されたイゼルローン共和政府が銀河の情勢を正確に把握できたのは、彼らの存在が実に大きい。実際、彼らはイゼルローン共和政府で培った経験をもとに、大半がバーラト共和国で成功を収めている。

 ビュコック提督が帝国の耳目を集めてくれなければ、バグダッシュグループは帝国の臨検にあって捕まって、エル・ファシル独立政府に合流できなかったかもしれない。ビュコック提督をはじめとしたマル・アデッタで戦った人たちには、感謝しかない。

 

 マル・アデッタ星域会戦が終了すると、その敗残兵たちもイゼルローンに集まってきて、イゼルローンは受け入れを巡ってパニックになった。戦力が増えるのは単純にありがたいことだが、やって来たのがどういう人物かを一人一人登録して、乗ってきたフネを種別ごと、そして備品の一つに至るまで、リストアップしていかなければならない。この作業の責任者はキャゼルヌ中将で、私を含む旧第13艦隊司令部の面々でリストの雛形を作成した。最初が肝要ということで、リストの雛形をめぐって私は、キャゼルヌ中将と激論を交わした。お陰で良いものができたのだが、禍根が残るのではないかというくらいに熱く言い争ったから、私はキャゼルヌ中将に嫌われたとばかり思っていた。だが、のちに私は、艦隊司令部から要塞司令部に移される。それもキャゼルヌ中将の直下の部下として。これからもガンガンに言いに来てくれとキャゼルヌ中将に言われたとき、この人の真価は、本人の事務処理能力ではなく、人を見る目と好き嫌いに左右されない組織マネジメント能力にあるのだと実感した。

 リストアップ作業は、あまりにも莫大であったため、旧第13艦隊司令部にいた連中だけでなく、分艦隊司令部の連中、そしてその前に来ていたバグダッシュグループの連中にも手伝ってもらった。ハード面だけはイゼルローン要塞は充実していたから、そこだけはありがたかった。

 受け入れ作業に一定の目処がついたら、艦隊司令部とフィッシャー分艦隊司令部のメンバーは、リストアップされた艦艇と乗組員を分類しての再編作業。メルカッツ艦隊と我々がイゼルローン回廊まで引っ張ってきた艦隊、同盟に見切りをつけてやって来た各星系の巡視艦隊、マル・アデッタの敗残艦隊と、出自がバラバラなので、これを一つの制式艦隊に再編するのは、かなりめんどくさかった。これまでの戦乱で多くの将帥を失っているので、分艦隊司令官に抜擢できる人物も少なく、その選抜も難しい。私も分艦隊司令官に抜擢されそうになったが、前述の通り私はマカロックと共に艦隊司令部から要塞司令部に移され、キャゼルヌ要塞事務監のすぐ下の部下になった。要塞事務監という役職は、ヤン提督が作った職制で、要塞司令部参謀長と要塞都市整備局長を兼ねるという、とんでもないもの。要塞都市整備局というのは、電熱本部、水道本部、運輸本部、生活本部その他もろもろの本部が軒を連ねる、地方自治体に等しい巨大な官僚機構で、とても他の役職と兼任して務めることのできるものではない。面倒だからと、要塞という軍機能と、要塞都市という都市機能の全てを、ヤン提督がキャゼルヌ中将に丸投げするために出来た役職。させる方も大概だが、引き受ける方も大概だ。激務のはずなのにキャゼルヌ中将は、平然と業務をこなしていた。しかも、この時のキャゼルヌ中将は、後方勤務部長としてエル・ファシル独立政府軍の軍政も担当していた。デスクワークの達人なんて通り名があるようだが、もはや天才と言っていいくらいのレベルだ。

 

 回廊の戦いは、中盤まではいつも通りにフィッシャー分艦隊が戦場を主導していた。たとえ帝国の黒色槍騎兵艦隊という無類の破壊力を誇る強敵が現れようとも、マル・アデッタで恐怖心を植え付けられた新参者たちをなだめることができるくらいに余裕があった。帝国に対して圧倒的に少数ながらも、将兵には余裕があって冷静。全体がヤン提督の完全な指揮統率下にあった。私のいる要塞司令部も、キャゼルヌ事務監を筆頭に皆が、予め定められた業務を淡々とこなしており、帝国軍の大軍に攻められているという状況とは思えないくらいに平静を保っていた。

 それが、終盤になると激震が入る。

 フィッシャー提督、戦死。

 この衝撃は、あらゆるものを凌駕した。。

 様々な書物が、ただのいち提督の死というように扱っているが、実際はそんな生ぬるいものではなかった。

 まず、フィッシャー分艦隊には、特に優秀なスタッフが集められていた。ヤン提督は全体を俯瞰しながら作戦を立てるが、それを実現させるのはフィッシャー提督とその司令部。ゆえに、フィッシャー分艦隊司令部のメンバーには、素早く最適な指令を適切に各所へ出す能力が求められるので、必然的に優秀な人材が集まっていた。それが一気に全て失われた。この時のヤン艦隊司令部には、不利になったときの逃走ルートのタイミングとパターンを立案する必要があまりないので、それほど優秀な人材が揃っておらず、私のように一部は要塞司令部に移されていた。フィッシャー分艦隊司令部の消滅によって急遽総司令部は全体を統括しなければならなくなったのだが、総司令部の人員はフィッシャー分艦隊司令部に比べ、質は低く、量は少ない。しかも相手は、帝国随一の破壊力を誇る黒色槍騎兵艦隊。ムライ参謀長自身が艦隊運用もしなければならなくなって、それはもう修羅場以外の何ものでもなかったとのこと。とても全部を面倒みきれないということで、ヤン提督に願い出て、一部を総司令部から切り離して大まかな作戦目標だけ与え、独自行動をとらせたりしたらしい。このまま戦闘が長期化したら、ヤン提督の作戦が艦隊の隅々まで行き渡らなくなり、不敗の看板を下ろさなければならなくなっていたかもしれない。

 要塞司令部も、どの部隊が総司令部から切り離されているか把握せねばならず、万一艦隊が撤退してきた場合に備え、受け入れる順番の選定や準備に追われた。さらに、総司令部が艦隊運用に専念しなければならなくなったので、各分艦隊から寄せられる戦場の状況などの情報を集めて解析する業務も委嘱されてくる。艦隊総司令部と要塞司令部は、顔見知りのフィッシャー分艦隊司令部メンバーの死を悲しむ余裕なんかない、とんでもなく切羽詰まった状態に追い込まれた。

 

 そんな絶望的な状況に叩き込まれたのだが、長くは続かなかった。帝国から停戦の申し入れが入ったのだ。達成不可能な営業目標を前にして涙目になっているところに、突如思いもしない大型契約が舞い込んできたようなもの。ストレスと疲労で心身とも疲れきっていると、思わぬ幸運が舞い込んできても狂喜乱舞するなんてことにはならず、ただベッドに潜り込んで寝たいだけになる。それは皆同じようで、しばらくイゼルローンは無防備に近い状態になった。

 睡眠をむさぼり、食事を摂って風呂に入り、着替えを済ませて人間としての理性を取り戻したら、今後どのように和平交渉を進めていくべきか考えなければならないという難問が待ち構えていた。みんな目の前の戦闘に掛かりきりだったから、全くの手付かず。急遽大会議室に幹部たちが集められた。

 もとからのヤン提督の基本方針であることは明らかだったので、和平交渉に反対するものはいない。あとは、我々にとっての最高条件と最低条件を、どこにどう設定するか。この条件は、今後成立するイゼルローン共和政府の基本方針として受け継がれる。最高条件は、バーラト星系とその周辺星系を軍備を備えた完全なる民主共和政の独立国家とし、銀河帝国と対等の立場で平和条約を締結すること。最低条件は、どこかの有人星系に民主共和制の自治区を成立させること。最低条件になると、経済など基幹部分を完全に銀河帝国に依存してしまうことになるから最後の最後まで抵抗し、主権や裁判権、関税自主権や主権領域、保持できる軍備の質と量などは譲歩するが、通貨発行権と憲法及び法令の帝国からの完全なる独立性だけは何としても守って、できる限り最高条件に近づけるということで、意見の一致をみた。

 随員については、比較的簡単に決まった。フィッシャー分艦隊司令部を喪失してしまったため、残存兵力の再編が難しく人手が全く足りていない。極論を言えば、ヤン提督一人で行ってもらいたいくらいだ。だが、そういうわけにはいかないので、実務能力が低く艦隊再編作業であまり役に立たないであろうパトリチェフ参謀副長、マル・アデッタの生き残りで今現在特定の役職のないスール少佐、ヤン提督の護衛役が下っ端というわけにはいかないので、箔をつけるために薔薇の騎士連隊長のブルームハルト中佐、この3人で決まった。

 あとは寝て吉報を待て、という段階になって、交渉団の出発を見送ったのだが、まさかあんなことになるとは、誰一人として想像していなかった。

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