自由惑星同盟第13艦隊作戦参謀   作:J・バウアー

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後編(4)イゼルローン共和政府の活動

 自由惑星同盟の完全滅亡から、ロイエンタール元帥の親領土総督府にエルスハイマー民事長官が赴任してしばらく経つまでの間、大部分の旧同盟領宙域が無法地帯と化して、海賊行為や密航、密輸が横行した。旧同盟の警察や宙域警備隊が、同盟政府の滅亡によって法的根拠と予算を失い機能しなくなったことが、大きな要因である。回廊の戦いの間、バーラト星系をはじめとした旧同盟領の大半を預かっていたのは、帝国軍のグリルパルツァー大将だが、彼は旧同盟領の統治者であろうとはせず、あくまでも帝国側の利益代弁者として振る舞い、帝国軍が旧同盟領で活動しやすくすることだけしか考えていなかった。帝国軍の駐屯地やその周辺、補給路などは厳重に警備していたのだが、それ以外の場所は完全に放置していたことも、要因として挙げられる。回廊の戦い終結後、イゼルローンから大量の離脱者が現れ、それに紛れる形でボリス・コーネフ氏をはじめとした旧フェザーンのイゼルローン共和政府協力者たちやバグダッシュグループの諜報員たちが、検問などを受けることなく安全に、旧同盟領各地へと散っていった。それと入れ替わる形で、離脱者の数からすると僅かではあるが、イゼルローンへとやって来るものもいた。相次ぐ略奪や暴動によって身の危険を感じた、金融資産で生計を立てている裕福な連中が、安全な場所として選んだのが、イゼルローンだった。圧倒的に巨大な帝国軍の猛攻撃にも耐えたという実績を評価したのだろう。多数の貧乏人が消えて、少数の富豪が来た訳だが、金持ちはカネ払いはいいけど、それに見合った待遇を要求してくる。それに対するシェーンコップ中将の答えは、

「高級リゾートを求めるなら他を当たれ」

 と門前払いだった。気にくわないことの多い人だが、このことについては喝采を送った。

 

 総督府にエルスハイマー民事長官が着任してしばらくすると、旧同盟政府の治安警察と宙域警備隊が親領土総督府の管轄下に組み込まれ、旧同盟領の治安が徐々に回復へと向かっていった。それとともに、イゼルローンへの流入もなくなり、いよいよイゼルローンは、閉ざされた辺境の小石に過ぎなくなった。

 辺境の小石だが、イゼルローン共和政府は無機物ではないので、じっとしているわけではない。ほんの一部だけだが、やっていたことをここに紹介する。

 

 フィッシャー提督は生前、自身の経験をもとに書物を書くつもりだという発言をしていて、少なからない人たちがこれを聞いていた。この発言を聞いた一人が、ひょっとすると書籍化にあたって、これまで実行してきた自らの作戦指導を何らかの形でデータ化して残していたのではないかと言い出した。この発言を聞いたアッテンボロー中将が、グリーンヒル・ヤン代表とミンツ中尉に相談して、ヤン提督とフィッシャー提督の部屋の中を探そうということになった。

 ヤン提督のデータは、すぐに見つかった。これは、長年副官を務めていた、夫人の手柄だ。ヤン提督のデータの中には、アスターテ会戦中盤以降にヤン提督が作成した、莫大な量の作戦データも含まれていた。これを見せられた我々は、我々艦隊司令部とフィッシャー分艦隊司令部の参謀連中が総掛かりで作成してきたことを、ヤン提督は一人でやったということに驚くと共に、あの人の非凡さに改めて舌を巻いた。

 フィッシャー提督のデータについては、あまり期待していなかった。というのも、フィッシャー提督は自身の旗艦を自身の居住空間としていて、イゼルローン要塞の自室にはあまり近寄っていなかった。旗艦は回廊の戦いにおいて提督とともに消失したので、要塞内の自室に資料が残されている可能性は低いと予想されたからだ。バグダッシュグループのサイバー技術者が、要塞自室に残されていた端末を検証。その結果、イゼルローン要塞の中枢サーバーへのアクセス記録を見つけ出した。それをたどるとフィッシャー提督が作成したと思われるフォルダを発見。そこには、これまでのヤン提督の作戦とそれを実行に移す際の考察と問題点、解決策と実行内容が事細かに記載されている資料が、びっしりと並べられていた。

「これは、すごい!」

 立ち会った人たちは皆、感嘆の声を上げた。

 ここから、一大プロジェクトが立ち上がる。

 総責任者は、軍事指導者のミンツ中尉。実行責任者はメルカッツ提督。作業に携わるのは、バグダッシュグループの電算システム技術者たち。やることは、これらの資料をもとにして、AIにて電脳上の仮想ヤン=フィッシャー提督を作り上げること。

 銀河の統一を至上命題に掲げる銀河帝国との軍事衝突は避けられないと考えていた我々は、ヤン提督とフィッシャー提督を抜きにしてあの軍事的天才に勝つことは非常に困難であることを確信していた。少しでも勝算を高めるためには、二人の遺産を可能な限り活用するしかない。この作業のために、かなりの人員と時間をかけた。

 だがこれが、どうしてもいいものが出来上がらない。

 出来上がったものを使って実戦シミュレーションをするが、メルカッツ提督だけでなくアッテンボロー中将にも、マリノ准将にも勝つことができない。

「千変万化する戦場と、優秀な指揮官の気づきには、いくらあの莫大なデータをもとにしても対処するのが難しいのだろう」

 アッテンボロー中将は嘆息する。確かにあれらのデータは莫大だが、ヤン提督とフィッシャー提督の全てを網羅しているわけではない。範囲が定まり、動きに制約のあるルール上であれば、電脳は優れた力を発揮するが、物理法則だけしか縛りのない現実の戦場では、電脳は人間の天才的な頭脳に勝ることはできないのだと、アッテンボロー中将は断じた。

「ですが、使い道はあります」

 ミンツ中尉曰く。我々イゼルローン革命軍は、所有する実艦艇数に対して人的資源が少ない。思いきって無人艦艇部隊を作り、それを運用させるのに使えばいいのではないか。期間を定めて大まかな行動目的と対処などを適宜指令してやれば、一定の効果が得られるのではないかと。これは、アッテンボロー中将がこのAIに一部の分艦隊を任せて、メルカッツ提督と対戦したことで実証した。のちのシヴァ星域会戦において実際に運用して、一定の戦果を上げることができた。やはりミンツ中尉は、あの奇術師の一番弟子だ。

 ただ、この弟子は、師匠をあまりにも神格化しすぎていた。分析と構築に関わること以外は何でも丸投げしていた師匠と違って、弟子は、何でも自分が理解しないといけないと、あらゆるセクションに顔を出して、意見交換に携わっていた。こうでもしないとヤン提督の足下どころか爪先にすら及ばないと、思い込んでいたようだ。バーミリオンに至るまでヒューベリオンの艦橋にて、我々がいくら椅子を勧めても、決して座ろうとしなかった生真面目さが、全く失われていない。あまりにも真面目に考え込むので、煮詰まるたびにヤン提督のベンチで一人考えに耽っていたのは、我々にとっては有名な話。この生真面目な若者のことを不憫に思う大人は大勢いて、イゼルローン共和政府にとって何が必要でどうしていけばいいか、我々自身が考えてミンツ中尉にアドバイスすることが多々あった。

 

 イゼルローン共和政府の基本方針は、回廊の戦い直後にヤン提督を交えた幹部会で定まった「帝国と和平交渉を行う」ということに変わりはない。交渉における我々にとっての最高条件は、バーラト星系とその周辺星系を軍備を備えた完全なる民主共和政の独立国家とし、銀河帝国と対等の立場で平和条約を締結すること。最低条件は、どこかの有人星系に民主共和制の自治区を成立させること。どのスキームにおいても、スムーズに次の体制へと移管させなければならないので、パターンと移管方法について考察しておく必要があった。これは、キャゼルヌ中将が総責任者となって進められていた。

「……帝国軍が指先で埃をさがしてもけちのつけようがないほど、完璧に整理してやるさ」

 とキャゼルヌ中将が言ったのは、誇張でも何でもない。シヴァ星域会戦が始まる前には、すでにいつでもデータの委譲ができる状態になっていたからだ。

 

 イゼルローン回廊内には、これまでの帝国と同盟の争いで撃沈された戦艦などの残骸が多数浮遊している。同盟政府が存続していた頃までは、軍事活動上必要な場所以外、すなわち大半は、そのまま放置されていた。

 だが、イゼルローン共和政府成立後、これらを回収することを決定する。何故か。

 同盟軍が健在の頃までは、同盟軍の艦艇はバーラト星系やバルメレント星系など、造船施設が整ったところで建艦されて、イゼルローンなどの軍事要塞へと曳航されていた。だが、それらの星系は全て帝国の施政下に置かれているので、イゼルローンに艦艇が補給されることはない。どうするか。

 イゼルローンには、建艦能力のあるドックが存在する。イゼルローン回廊の帝国側出口付近には、建艦能力のある施設を作れる星系がない。あれば、きっとそこにイゼルローン要塞をバックアップするための、巨大な軍事要塞が作られていたはずだ。ないから帝国軍は、要塞攻防戦で傷ついた艦艇を、要塞内で修繕したり、いくらかは自前で建造したりする必要があった。

 イゼルローン共和政府は、孤立無援の辺境の小石なので、自前で艦艇を準備しなければならない。要塞には建艦能力のあるドックがある。装甲などの鋼材を製造する設備もある。あと必要なのは、材料だけ。そこで目を付けたのが、これまでの戦いで沈んだ艦艇の残骸というわけだ。

 所詮は軍事要塞の片隅にある建艦設備なので、作られた艦艇の数は、たかが知れている。それでも、ないよりは遥かにマシ。というわけで始まった作業なのだが、軍事局艦政本部に丸投げしておけばいいのに、わざわざ何度もミンツ中尉は足を運んで、自ら要望を聞いて、キャゼルヌ中将と話をしていた。ホントに真面目。少しはミンツ中尉の爪のアカをヤン提督は飲んどけば良かったのにと、マカロックなどと軽口を叩いたものだ。

 イゼルローン共和政府に対しロイエンタール元帥は、ムライ中将を派遣して自らの陣営に付くよう言ってきたが、これについてもミンツ中尉は、様々な人の意見を聞いた上で自ら判断し、アッテンボロー中将などの三幹部に確認をとった上で、結論を出した。正確な判断を出すためのプロセスを、まだ二十歳にもならないミンツ中尉がちゃんと把握していたことには、驚きを禁じ得なかった。

 帝国ではロイエンタール提督の叛乱があって大変だったようだが、イゼルローン共和政府もそれなりに多忙だった。ついに次回最終章。シヴァ星域会戦前後とイゼルローン共和政府解散について述べる。

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