レアルカリアに跳んだ後、レナラから聞かされた話は己にとって決して無視出来ない話であった。
己にとって重要な部分だけ要約すると己は事実上のゴッドウィンとラニとの間に設けられた子であるんだそうだ、極まった身体能力と戦闘倫理、魔術の才と蒼い瞳から見てもそれは間違いないとレナラのお墨付きだ。
で、何故事実上なのかと問われたならば、そもそもとしてレナラの記憶ではラニが身籠っていた様子は無いし出産の知らせも聞いていないのだとか。
流石のレナラも愛娘が子を産むとなると放心してはいられないので自身があの状態であった事が何よりの証拠らしい、しかしこの容姿にラニに負けず劣らずの魔術の才、そして何より実際に戦ったからこそ分かる己の実力からして二人の血縁である事は確定であるらしい。
レナラ曰く、ラニの方に覚えがないのであればゴッドウィンの仕業と見て間違いないらしい、奴なら何が出来ても不思議ではないとかなんとか。
だがそうなると不可思議なのは己の身の上の話だ、何しろ世話をされた記憶がない、気がついた時にはあの洞穴だしなにより幼少の頃の記憶もないというのは明らか不自然を通り越した不条理だろう、明らかに生物としての理を超えている、それこそ最初からこの姿で生まれ落ちた訳でもなければ通らんだろう。
流石にそこまではレナラにも見当が付かずあとは当の本人に聞くしかないという、片割れであるゴッドウィンは死んだがもう片割れであるラニは魂だけとはいえ生きている、居場所なら分かるらしい。
それはそれとしてそんな重要な話本人が居ない時に話して良かったのかと尋ねたら別に口封じはされていないと返された、強かな女だ。
レアルカリアから南東にある井戸から地下に潜りそこを道なりに進んだ先にラニは居るという、ここに来てからやけに地下に縁があるな、底についてみれば彼方とは違い正しく未開拓と言える洞穴であり異様にデカい蟻がうじゃうじゃと居た、流石にここまで数が多いと気色悪いな。
右腕の完治はまだ程遠いし致し方無く左腕のみでの対処となる、無論素手だ、図体も相まってこう言った狭所では武器が振れんからな。
暫く歩き、遺跡跡を過ぎると開けた場所に出る、真正面には異様にデカい髑髏の亡骸があるがすぐに視界を正面に向ける、お目当ての人物がそこに居たからだ。
…何故か氷漬けの大きな生き物であったであろう亡骸が側に存在していたが。
◆
それはまるで久しくあった友人の様な声の掛け方であった、その声に反応し振り返った白い女はやはりといった表情を隠そうともせず。
ただそれだけの返答であった、ラニは黄金の褪せ人が追いついてくるのを察していたのである。
「…一応聞くが、その氷像は何だ」
「ここの廃棄品だ、無作法にも牙を向けてきたのでな、氷漬けにして砕いてやった」
氷像の正体は竜人兵、その中でも氷雷を扱う完全体であったのだが、どうやら既にラニの手によって排除されていたらしい。
「…アンタ、前は戦闘に適した身体じゃねえとかほざいてなかったか」
「魔術師は嘘をついてなんぼだよ…まさか真に受けていたのか?」
「まさか、リムグレイブで一目見た時から強さは感じてたさ」
「…レナラから大凡の事は聞いた、何処までが事実なんだ」
「概ね事実さ、お前は奴の事実上の息子であり…まぁ余り認めたくはないが私の子でもある、それは確固たる事実だ、となると疑問はお前に幼少の記憶がない事が疑問だろう?そこが私が認めたくない所なのだよ」
「真っ当な育児でもしたかったか?生憎だが育てられた記憶もなけりゃ産んでくれと願った記憶も無い、こちとらこの容姿で迷惑被ってんだぜ、何度あれと間違えられたか」
「そこだけは同情するよ、お前がその姿を持って生まれたのは間違いなく奴の仕業だからな、それで?それだけが追って来た理由じゃないのだろう?」
「祖母の…祖母で良いのか?とにかくレナラから直々に頼まれてな、手段問わずで良いから取り敢えず自分の前に引っ張って来いだと、全く自分でやれば良いのにな」
「…何故引き受けた?」
ラニの質問に苦い表情をした黄金を他所に隣にいたメリナが答える。
「彼ね、レアルカリアに在籍してた魔術師を一掃しちゃったのよ、まぁあの人は魔術師崩れが居なくなろうが知った事じゃないって言ってたけど、それと魔術を教えるからその対価に貴女の身柄を要求したの」
「何で答えんだよ」
「貴方自分の不都合な事隠したがるでしょ」
メリナの鋭い指摘に黄金の褪せ人は遂に沈黙した、ぐぅの音も出なかった様だ。
「母の願いなら大凡見当はついている、私に生きていて欲しいのだろう、親が子を想うのは当然の事だ、私がそうだからな、だからこそ私にも譲れない物がある、これはな…お前の為でもあるのだよ」
「俺の為…ねぇ?頼んだ覚えは無いし、俺に降り掛かる災難なら俺自身でどうにでもするとも、そこにアンタが割り込む余地は無い」
「黄金の我が子よ、今のお前は何者にでもなれる、王になるのも良い、神になるのも良い、それらにならぬ事だって出来よう、今のお前は運命に縛られず、自由なのだ、我々は皆運命の奴隷だ、しかしお前は…お前だけは違うのだ、故に──」
「……そうだ、この先に進みアレに相見えた時、お前の運命は確立されてしまう、お前まで奴隷の身に堕ちる必要はないんだ」
「あのなぁ…運命が如何とか俺には関係ないしそも前提として俺がそんなチャチな物に縛られると思ってんのかよ、俺の人生に運命が付け入る所は無い、俺の人生は俺だけの物で誰かに操作されるってのは気に入らねえ、だから──」
「そうだ、寧ろ俄然気になって来たぜ、この奥に何が居るのか、デミゴッド以上の怪物でも居るのか?」
「そうだ…と、言えばお前は行くのだろう、だから止めねばならん、アレはお前の想像を超える怪物だ、仮に勝てたとしてもお前の運命が固定されてしまう」
「運命の固定…レナラが言ってたっけか、ラダーンが星壊して運命を止めたとか何とか、つまり…この先に居るんだな?星の具現が、行かせろ」
「ならん、試練困難に立ち向かう、その意志は良い、お前はあらゆる怪物をも屠るだろう、ラダーンがそうした様に星すら破壊し得るだろう、だが…お前は…否、我々どこまで行っても人間なのだ、人は…決して神を殺せぬのだ」
「…聞く耳を持たんか馬鹿め…やはり血は争えんという事か」
ラニは
一つは目の前の黄金の褪せ人の感性が通常の生物のそれと同じと思い込んだ事。
通常、生命にはある種の防衛本能が備わっている、それにより危機を察知し己の身を危機から遠ざける事が可能なのだ、その理由は単純にして明快、己が身を守る為、延いては生きる為である。
例えば大地に於ける地震、山嶺に於ける噴火や落石と雪崩、大海に於ける渦潮や大波、天空に於ける雷や嵐等に真っ向から立ち向かう生物なんて基本的に存在しない、ましてや戦おうとする等とは到底考えられないのである。
本来其れ等災害は断じて避けて通る物であり我が身から遠ざける物だ、従ってラニの警告は何ら間違いではない。
二つ目のミス、それは黄金の褪せ人は過程はどうあれ“ゴッドウィン”の息子であるという点だ、ラニの記憶の中のゴッドウィンは決して好んで戦いや危険な場所に赴いた事はなかった、それは本人から直接聞いている、彼の黄金の英雄が危険な場所に赴き戦ったのはそう望まれたからである、そして言わずもがなラニ自身も特段争い事は好まない、従ってこの両者の間の子である黄金の褪せ人も両者の感性を引き継いでいると、そう思い込んでしまっていた。
確かにその場の最適解を選びとるそれはゴッドウィンのものである、意外にも負けず嫌いな性格はラニのそれである、ならば黄金の褪せ人が強者との戦いを求める理由は、好んで危険な場所に向かう理由は何か?
それはゴッドウィンの父親である戦王ゴッドフレイの、否…
ならばその男を前にして散々とこの先の脅威について語ったのは明らかなミスであろう、ゴッドウィンやラダーンならば聞き入れただろう、しかしこの男に限ってはそうではなかった。
「お前は…自分が言っている事を理解しているか?デミゴッドでは無い、眷属の…末端とはいえ神の領域に挑むのだぞ?」
「神に挑み、勝利を収める、それはゴッドウィンにすら成し得なかった事だ」
「お前は…死を恐れないのだな」
「生後一か月ちょっとの俺に死がどうこうってのは少し急ぎ過ぎな話だ」
「ならば、力尽くで止めよう、口で言っても分からんのであればその体に刻む他あるまい、何…殺しはせん、手足の二、三本は覚悟してもらうがな」
「それで?杖は出さないのか?アンタ達魔術師が魔術を行使するのに杖を必要としているのは知っている」
──魔術師との戦いの鉄則はとにかく近づく事、どう足掻いても接近戦は不得手、故に接近戦に持ち込み詠唱の溜めを潰し続ける。
「…ふむ、杖か…ふふっ、お前には
──青いな、考えている事が手に取るように分かる、大方母と叔母に勝ったが故に魔術師への対策は十全と踏んでいるのだろう。
「見えるも何も…アンタ今何も持ってないだろう、非武装の相手を甚振る趣味は無いんだが」
「ふん、一年も生きてない小僧っ子の分際で大きく出たな、もう勝った気でいるのか?随分と甘いんだな、やはりまだまだ──」
ラニが言葉を紡ぎ終わるより先に黄金の褪せ人が動いた、片腕が使えないとは言え足は万全状態、目にも止まらぬ速度でラニへと突貫する。
ラニがミスを犯した様に黄金の褪せ人もまたミスを犯した。
黄金の褪せ人は誘われているのを理解していた、その上で敢えて乗った訳だが、彼の中には一つ固定概念があった。
それは魔術師が魔術を行使する際に必ず触媒となる杖と呪文の詠唱を必要とする事、それは概ね正しい、どんな天才魔術師であれど魔術を行使するにはその二つのいずれかが必要であると
凡ゆる事において固定概念は不測の事態に対して手痛いしっぺ返しを受ける事となる、レナラとの戦闘で彼女が只管に杖と詠唱込みで魔術を行使し刷り込みを与えていたのも大きいだろう、それが彼が犯したミス。
ならば杖と詠唱無しでも魔術の行使は可能なのか?
黄金の褪せ人の背後から魔術の攻撃が直撃する、彼はラニが一般視的な魔術を行使しているのを目視していない、なのに魔術による攻撃を受けた、その答えが意味する事とは即ち──‼︎
その答えを巡らせるより早くラニはいつの間に出していたのか、冷たい氷を思わせる大剣を持ち黄金の褪せ人に振りかぶった、即座に立て直した黄金の褪せ人はそれを黄金の大斧にて防ぎ後方に飛び退く。
「近づきたくて疼いていただろう?対魔術師戦を心得てる奴ほどこの手には良く釣られる」
「そも…だ、元来魔術を行使するのに杖は要らん、あれは指向性と安定性を定める為の補助具なのだ、優れた魔術師程杖に頼らず魔術を行使できる、ラダーンがそうであった様にな」
「…成程、確かにそれは目から鱗だったな」
「故に母からすれば殆どの魔術師は半人前以下の烙印さ、母程の腕になると最早杖も詠唱も要らん、そもそも本当に杖が魔術の要ならば杖を鈍器の様に振り回したりするものか」
ラニの発言に黄金の褪せ人はレナラとの戦闘を思い出し、確かに杖を振り回していたのを思い出した。
「あぁ…言われてみれば杖に魔力込めてぶん回してたなあの人、グルグル回したりしてたし」
「従って真に優れた魔術師とは指先一つで魔術を行使可能なのだよ、呪文の詠唱は威力の底上げだな、さて…もう理解したか?」
──指先一つで魔術を行使可能、そしてラニはまず間違いなくレナラに匹敵する魔術の腕を持ってると断定…しかし目の前のラニは腕が四本あって、二本の腕で剣を構えてもう二本の腕は常に空手…あぁ、そういう事。
「アンタさ…そりゃあズルだろう⁉︎」
黄金の褪せ人の抗議にラニは心底愉快であると言わんばかりに大笑いして返答した。
「はっはっは‼︎そうだとも、魔術師とはそういう物さ‼︎そもそも術とは、技とは、弱者が強者に対抗する為に編み出した物だ、ならばズルくて当然なのさ、出なければ強者を出し抜けないだろう?」
「…滅茶苦茶戦闘に適した身体してんじゃねえか‼︎」
「魔術師とてこの程度は戦えねばこの地ではやっていかんからな」
両者見合い息を整える、最早止める物はない。
「さて…何処からでも掛かってこい馬鹿息子、お前が神に挑むに値するかどうか、確かめてやろう」
ラニが剣を青く光らせ、静かに戦闘態勢に入った。
本来ならば発生する筈もない戦闘、しかし捩れ曲がった運命は時にこうした戦闘を生み出すのだ。
尚両者に殺意はない、謂わば親子喧嘩、しかしお互い殺す気で生け捕りを狙ってるので気分的には尾獣狩りしてる暁
・黄金野郎(右腕負傷中)
ゴッドウィンとラニの事実上の息子、容姿はゴッドウィン、目の色だけラニの冷たい青色(霊視が出来るのはこの為)、魔術の才能は母方の祖母譲りで戦闘関連や性格は父方の祖父譲りとかいうスーパーサラブレッド。
因みにこの馬鹿が過去にやった身体能力を活かした探索は彼自身がその方が合理的であると判断してるからです、この辺はゴッドウィンと同じ、父親とそっくりやね、黄金的奇行は本人の感性、誰が好き好んでユビムシとジャンケンするねんな。
マリカ=ラダゴン要素はまた何れ出るよ。
・暗月の王女ラニ
一応血縁的には母親に当たる筈だが産んだ覚えがない、あの野郎なんか仕込みやがった(ラニ感)
一応仮とは言え息子にはそれなりに親としての情はある、親は子に長く、自由に生きていて欲しいのだよ…
黄金野郎に滅茶苦茶嘘ついてた、でも魔術師って嘘ついてなんぼだしを地で行く。
躯体が某呪いの王宜しくな性能をしてる、魔術師潰しの接近戦をしよう物なら下記のレラーナに鍛え上げられた近接戦闘能力から繰り出される暗月の大剣が猛威を振るう、距離を離そう物なら最大威力の月光波と魔術が絶え間なく降り注ぐので実質的に遠距離戦はこのラニに勝つのは不可能、黄金野郎がズルと叫ぶ気持ちは分かる。
尚レナラとレラーナには実戦経験値の差で普通に負ける、そもそもこの二人魔力耐性高い上に魔術反射出来るし。
・ゴッドウィン
大体こいつの所為。
・レナラ
馬鹿が学院でやらかした事(レナラ評価:魔術師崩れの鏖殺)の一応の罰と魔術の伝授を条件にラニを引き止める事を取り付けた、強かな祖母である。
因みにレナラが言う“魔術師崩れ”とは我々が言う歴とした魔術師達の事で、レナラにとって彼等は既存の術式理論で満足している凡夫達。
レナラにとっての“魔術師”とは星の神秘を探究、解明しそこから新たな魔術術式、延いては魔術体系を創り上げ後世に残す者の事、従って家族の親としては子供達には甘いが“魔術師”としてであれば例え子供達であろうと滅茶苦茶厳しい、ライカード、ラダーン、ラニはこのスパルタママに揉まれまくった結果触媒と詠唱無しで魔術行使を可能に至った、偶にレラーナ叔母さんも加わる。
下手な術式を作ろう物なら魔術女王直々の“素人質問”が飛んでくる、子供達は泣いた。
今はかなり丸くなったのでまだマシ…というかレナラ評:魔術師崩れが余りにも多いので新たな術式を作り出したトープスはそれだけで偉い。
従ってレナラにとって“魔術師”と呼べる人間は自分とレラーナ、子供達とアズールルーサット含む輝石頭のモチーフになった方々、ハードルが高すぎる。
・ノクスの竜人兵
本日の被害者、仮にも氷属性の竜擬きが氷殺されるという本人にとっては屈辱の極みみたいな最期を迎えた、そこに居たのが悪い、結果ナレ死。