ハリボテ怪獣ハンドメイドン   作:破壊光線

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第十九話:本当にやりたいことは、なに?

「初めまして、アロン・アール・ファレーノ」

 

 それが正解だというようにアロンは、いやアロン・アール・ファレーノは一瞬、息を吸って目を見開くとそのままうつむいてしまった。

 

「……分かってるよ、分かってる。お兄ちゃんはこんなに弱くないし、カイジュウとかいうモンスターに変身なんてしない」

 

 アロンは大切な何かを思い出すように胸に手を当てて、俺を見つめている。

 

「暗いぞ、もっと元気な顔をして。君を守りながら戦うから、俺を助けてね。合体攻撃で倒すんだ。

 これ全部、お兄ちゃんがアタシに言ってくれた言葉なの。アタシが落ち込んでいたときとか、不安になったら頭を撫でて励まして、二人で戦うときは勇気づけてくれた。ソーサクもそうだったよね」

 

 どれも覚えている。初めて会って、なんて言ったらいいのか分からず出た言葉。コカトリスにビビり散らして出たそれっぽい言葉。ゴーレム戦で調子に乗って出た言葉。

 

「お兄ちゃんがいなくなって、どうしようもなくなったときに現れたのがあなた。同じ言葉、同じ仕草、同じ背格好、お兄ちゃんの生まれ変わりだと思った。

 だけど戦い方も撫でる癖も、匂いも違う、そうじゃないって否定しようとした。

 なのに、あなたはアタシの思い出にねじ込んで入ってくる。半分正解で半分間違いだと教えるように」

 

 アロンはそのまま俺の胸に飛び込んできた。丁度胸の位置、そのまま撫でてと言わんばかりに赤い髪の毛が見える。

 

「ねえ、あなたは……あなたは誰なの?」

 

 俺にだけ届きそうなほど小さい声でアロンは囁いた。

 おそらくアロンの兄なら頭をさすって励ましているところだろう。アロンもそれを望んでいるはずだ。だからこそ俺はアロンの両肩を優しくつかむと、ゆっくり引き離す。

 

「あっ……」

 

 名残惜しそうな声が漏れる。小刻みに揺れる赤い瞳、今にも泣きだしそうな少女に正体を明かした。

 

「俺の名前は中島宗作。信じられないかもしれないけど、俺は地球っていう異世界から来たんだ。あの怪獣は劇で登場したものを再現しただけ」

 

 アロンは目をこすり、星空を見上げて鼻をすすった。それから膝を抱えて座り、ゆらゆらと前後に揺れている。

 

「あー、納得。カイジュウだっけ、そんな生物この世界にいないもんね。いたとしても遭遇している必要があるし、だとしたらあんなに目を輝かせてたりしないでしょ。襲われたらひとたまりもなさそうな奴ばっかだもん」

 

 俺も真似して座ると、柔らかな草の感触がお尻から伝わってきた。

 ふふっと隣から笑い声が漏れる。

 

「正直、楽しかったよ、君と……うんん。君たちと一緒にいると。なんか暑くて暗くて不便な場所に閉じ込められてさ、みんなでギャアギャア騒いで。戦いにくいったらありゃしない。ガイコツ軍団と底なし沼で戦っていたほうがマシだった。

 でも、何より私一人で戦っている感覚がないんだもん。なんかこう、みんなで一緒に戦ってる感じっていうの?」

「お兄さんや他にも仲間がいたんじゃないの?」

「いたよ。みんなアタシとお兄ちゃんを頼りにしてた。だからみんなで戦うっていうより、お兄ちゃんがみんなを守ってた。そんな感じだった」

「お兄さんってそんなにすごい人だったの?」

「うん。お兄ちゃん、剣士やってたけどめちゃめちゃ強くて、そのうえ魔法も勉強もアタシより上。アタシ、お兄ちゃんと勝負で勝ったこと一度もないの。夢……だったんだ。お兄ちゃんに勝つの」

 

 ピノは言った、アロンはみんなの憧れだと。でもアロンは違うのだろう。お兄さんに一度も勝てなかったアロン。その兄を倒したモノ・ヴァレル。

 彼女の自己評価は、何一つとしてお兄さんに勝てない、大したことない人物になってしまった。最悪なことに兄に勝つチャンスを一生失い、この評価はアロンの中で覆らない。いわばアロンも負け組だ。アロンは兄と魔王に負けてこの街へと逃げてきた。

 

「そんな中、あなたがやって来て、アタシを必要としてくれた。本当に居心地が良かった。嬉しかったんだ。君とお兄ちゃんと重ねてた部分もあるけど、英雄アロン・アール・ファレーノじゃなくて、ただの女の子アロンとして触れ合ってくれたんだもん」

「魔法目当てだって思わないんだ」

「あははは、面白いこと言うね、スライム捕獲作戦の戦犯になって、劇を台無しにして、チドンのムチ燃やしたのアタシだったよね。おまけにゴーレムもコカトリスもトドメは差していない。あなたと一緒にいるとき、けっこうポンコツだったと思うけど?」

 

 アロンには色々無理させちゃったし、楽しかったって言ってくれたんなら、俺としても嬉しいな。

 

「ふふ、恥ずかしいこと言っちゃったね。それで、もう一度聞くよ」

 

 アロンが俺の手を握る。

 

「魔王モノ・ヴァレルは強い。中島宗作、アタシと一緒に、逃げて……ください」

 

 手を握る力が強くなる。風が吹き、テトランプが倒れて俺たちを照らした。

 不安そうに眉をゆがませて、でもルビーのような瞳は俺をとらえて離さない。

 星のきれいな夜に美少女と見知らぬ土地へと駆け落ちする。実に魅力的な提案で、ロマンチックじゃないか。でもね。

 

「断る」

 

 アロンの燃えるような瞳が訴えてくる。

 

「どうして?あなたの能力は戦闘向きじゃない。コカトリスと戦う前も、ゴーレムと戦う前も、消極的だったはず」

 

 確かにそうだ。俺は悪態つきながらレタンに言われるがまま戦闘に参加した。特撮怪獣を再現できると知ってからはやる気になった。

 なぜ俺は異世界のモンスターと戦った?特撮怪獣になりたいから、エイジン様にアロンを助けてくれとお願いされたから。

 どれも違う。俺が本当にやりたかったこと。熱中症で薄れゆく意識の中、神様に願ったのは。

 

「モノ・ヴァレルを一発ぶん殴りたいから」

「は?」

 

 掌からぬくもりが消えた。

 

「そうさ、俺も君と一緒。俺の好きだった着ぐるみの怪獣はもうすぐいなくなる。新しい技術で生まれた怪獣たちに倒されていくだろう。

 それは嬉しい。でも、でも俺は、あの着ぐるみの怪獣たちが大好きだ。時には頭が燃えて、時には糸が切れて、ひっくり返って起き上がれなくなったとしても。そんな怪獣たちを創るのが俺の夢だった。だからこそ、俺の夢を破壊したリアルな怪獣を一発ぶん殴ってやりたかった」

 

 アロンの大きかった深紅の瞳が小さくなっていく。驚き、失望、怒り。それらすべてが入り交じったような、何とも言えない悲しい表情だった。

 

「モノ・ヴァレルとそのカイジュウを重ねたってこと? 八つ当たりじゃん」

「そうなるね。俺の夢を返せって」

「あははは、はは……そっかぁ。ここまで、かな」

 

 アロンは全てを諦めたのか、暗澹とした夜の闇へと歩きはじめた。

 ここで逃がすわけにはいかない。今度は俺が華奢な腕を放すまいと強く握りしめる。

 

「まだ俺の質問には答えてない。君のしたいことはなに?」

「……無理だよ。モノ・ヴァレルには勝てない、また失敗する。そしたら、もう」

 

 俺はモノ・ヴァレルと戦ったのは初めてだ。でもアロンは二回やって二回とも負けた。その初戦で彼女の大切な人を失って。

 

「もう一度聞くよ。コカトリス戦もゴーレム戦も、逃げようと思えばいつでも逃げられたはずだ。けど君は俺と同じで戦った、俺をお兄さんに見立ててまで。それまでして、やりたかったことは何?」

 

 だからこそ知りたかった。英雄と呼ばれたお兄さんと比べれば、俺はとんでもなく弱い。そんなアロンが、今一度立ち向かった理由。

 アロンは俺をにらむと歯を食いしばり、腕を振り払うと大声で叫んだ。

 

「勝ちたい! お兄ちゃんがいなくなって、何もなくなっちゃったけど、このままは嫌だ。

 アタシだって頑張れば何かできるんだって、みんなより魔法が使えるんだって誇れるようになりたい。でもさっき負けちゃった。アタシもお兄ちゃんと同じでみんなを守れなかったの。

 ……失敗したら誰かが死ぬかもしれない。見たでしょ、劇のガオスで。アタシのミスで勇者が死んだことになって、劇が書き換えられちゃった。もしあれが劇じゃなくて現実だったら?もう一度そんなことになったらアタシはきっと耐えられない。耐えられないよぅ、ソーサク」

 

 彼女は英雄だ。失敗すれば多くの人が傷つくものだと知っていたんだ。

 なら俺はどうだろう。

 

「失敗か、俺もやったよ。それも取り返しがつかないほど大きいの。だから俺はここにいる。でもね、一度経験したから分かるんだ。一回の失敗で夢を諦めて、叶えられなかったと後悔して、自分を呪いながら死んでいく。これほど辛いことはあるもんか」

「……カイジュウ狂」

「お互い様でしょ、一緒になって魔法ぶっ放してたじゃん」

 

 うがぁあ、と二人で呻きながら道端に寝転ぶ。星空はきれいだ。

 前世、着ぐるみ着てやんちゃした結果、熱中症でぶっ倒れての異世界転移。振り返ればバカなことをしたなと思うし、原因となったスーツアクターを今でもやっている。

 

「そうさ俺は怪獣狂。死のうが死ないが、辞めるなんて言えなくて、今はやり方変えてリベンジ中ってところ。俺の大好きな特撮怪獣は、まだまだ戦えるぞって証明するためにね」

 

 日本で劇場公開された舞台裏。初代ドメイドンは着ぐるみが重くて作り直したし、キセノンは撮影中にピアノ線が切れてしまった。星の数ほどの失敗を乗り越えて夢を叶えた。だから『シン・ドメイドン』は公開されたんだ。俺はそんな作品達を観て育ったから分かる。

 

「次は大丈夫、成功する。お兄さんの、一人のエースがみんなを引っ張る戦い方は失敗した。でも、俺達の十八番、怪獣のフリ作戦はギリギリ破られてない」

「それで勝てると思ってるの?」

「コカトリスとゴーレムには勝ったけど……勝てると思ってたの?」

 

 レタンは言った、アロン兄妹ファレーノ家は魔法に秀でていたと。しかし、劇で兄妹が使った合体技は剣技。劇の演出の都合かもしれないけど、魔法使いの必殺技としては不自然だ。魔術のファレーノ家とたらしめる、大魔法があるはずだ。俺とアロンが初めて出会ったときうっかりアロンが口を滑らせた、山も撃ちぬく極太ビームそれこそがきっと。

 星を見ながら立ち上がり、寝ている少女に振り向いて手を差し出した。

 

「あるんでしょ? 山も撃ちぬく極太ビーム。一緒に完成させようよ。モノ・ヴァレルを倒す必殺技を」

 

 赤色の瞳が俺の手と顔を交互に見つめてくる。それからいつものように、はぁと大きなため息が返ってきた。

 

「自力で立てないくせに、人を立ち上がらせるのは上手いですね」

 

 俺の手に温もりが返ってきた。

 

「ほんと、そういうところ嫌いじゃないです」

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