かつて『スカーフェイス』と恐れられた男は、第二の人生で刑事になる 作:ガンオタ
『転生したら、高木刑事だった件』の焼き直し作品です!
プロローグ 『スカーフェイス』と恐れられた男
・イラク共和国、アンバール州の砂漠地帯(1991年2月)ーー。
「……ハ……ッ……」
月明かりに照らされた荒涼とした砂漠の真ん中で、今ひとりの男が息を引き取ろうとしていた。アラブの民族衣装を纏い、仰向けで横たわるその男の胸は赤く染まり、ぽっかりと空いた穴からは血が流れ出ている。
男の周囲には、砂漠迷彩の迷彩服を纏い、自動小銃を手にした複数の人間たちがいた。
「(“デルタ“か……)」
完全武装して自分を見下ろす彼らの姿を見て、男は、彼らの正体が通称デルタフォースと呼ばれるアメリカ陸軍対テロ特殊部隊の隊員たちであると理解した。
「顔のスカーフを取れ」
チームリーダーが部下にそう命令する。リーダーの命令を聞いた部下は頷くと、身をかがめ、自分たちがつい今しがた仕留めたばかりのアラブ人の顔に巻かれたスカーフを取る。
露わになったアラブ人の顔は、日に焼けていたはいたもののその顔立ちはアラブ人というよりも東洋人と表現した方が正しかった。男の右頬には古い刃物傷がある。
その傷を見たチームリーダーは目を細める。
「間違いない、“スカーフェイス“だ。写真を撮れ」
「了解」
男の正体が今回の自分たちの任務の目標であることを確認した彼らは、任務が成功した証拠にその男の写真を撮り始めた。部下が写真撮影をしているのを横目で見ながら、チームリーダーは無線で本部に連絡を行う。
「HQ、こちらメタルゼロワン」
ーーこちらHQ。
「スカーフェイスの殺害に成功。繰り返す。スカーフェイスの殺害に成功」
ーー了解した、メタルゼロワン。速やかに標的の遺体を回収し、その場から離脱しろ。
「了解」
ーー付近にはイラク軍の野営地が点在している。注意しろ。
「了解した。メタルゼロワンアウト」
本部との通信を終えた瞬間、ドオンという爆発音らしき音が聞こえ、デルタチームは慌てて身を屈めた。そしてサッと周囲に視線を配る。すると、何らかの飛翔体が白い軌跡を残しながら夜空に上昇していた。
「イラク軍のスカッドミサイルです」
部下の1人がそう呟くと、チームリーダーは顔を歪めながら小さく舌打ちをする。そして、スカーフェイスのそばにいる部下の方へ顔を向ける。
「おい、そいつはまだ生きているか?」
「いえ、今息を引き取りました」
その言葉を聞いたチームリーダーは再び立ち上がると、部下たちの顔を見ながら次の命令を下す。
「その遺体を遺体袋に詰め、ハンヴィーに乗せろ。それでこの砂だらけの場所からすぐにおさらばできる」
「「「了解!」」」
チームリーダーの命令を聞いたデルタ隊員たちは返事をすると、すぐさま行動を開始する。離脱のために慌ただしく動き回り出した部下たちの喧騒を聞きながら、チームリーダーは、スカーフェイスというコードネームで呼ばれた初老の東洋人の男の死体へと歩み寄る。
驚いたことにスカーフェイスと呼ばれた男の死に顔は、とても穏やかで、絶望の色などは全くなかった。それどころか安らかな微笑みすら浮かべているではないか。
「(聖人みたいな死に方しやがって……)」
そう心の中で吐き捨てると、踵を返し、ハンヴィーへと向かう。チームリーダーの背後では、黒い遺体袋を持って来た2名のデルタ隊員がスカーフェイスの遺体を遺体袋に入れ始めた。遺体袋のハンヴィーの荷台に載せると、デルタフォースはすぐさまその場から離脱した。
・アメリカ合衆国、ウエストバージニア州郊外のとある邸宅ーー。
ウエストバージニア州の深い森の中にひっそりと佇む邸宅の一室で、初老の男がひとり暖炉の前に置かれた安楽椅子に座り、電話で誰かと会話をしていた。
「ええ。先ほど報告があり、遊牧民に変装していた彼をデルタフォースが捕捉し、殺害しました。……もちろんです。彼に関する情報は私の手で全て処理します。ですので、心配は無用と、ブッシュ大統領にお伝えください」
電話でやり取りをしながら空いていた左手で、すぐそばのテーブルの上に置いてある資料の山から写真付きの古い身上書を1枚手に取る。
その身上書の一番上には、『DEPATMENT OF THE NAVY・UNITED STATES MARIN CORPS(アメリカ海兵隊)』と記載された海兵隊の紋章が印字されていた。
添付されている顔写真の欄には、海兵隊のドレスコードに身を包んだ若い東洋人の写真が貼られていた。軍服を纏っていても、まだその顔には10代後半という大人へとなりきれていないあどけなさが残っている。顔写真のすぐ隣の欄には、その東洋人の個人情報がこと細かに記載されていた。
氏名 ダニエル・タカギ
年齢 18歳(1934年3月17日)
出身 カリフォルニア州 ロサンゼルス郡
階級 一等兵
所属 第1海兵師団
入隊日 1952年
備考欄には、朝鮮半島北部での戦闘にてMIA:missing in actionn(作戦行動中行方不明)という文言と、赤いスタンプで大きくMIAと押されていた。
それを見た初老の男は再び電話口の相手に語る。
「朝鮮戦争で中国軍の捕虜となったダニエルは、1952年から5年間中国の捕虜収容所にいました……ええ、それもただの捕虜収容所ではありません。国連軍捕虜への洗脳を目的とした特別強化センターという所です」
初老の男はそこまで言うと、左手に持っていた身上書を目の前で煌々と燃える暖炉の中へと放り込んだ。そして再び書類の山から1枚の書類を手に取る。
ほとんどが黒塗りされたその書類の一番上には、CIA(Central intelligence Agency :中央情報局)と記載されていた。
「捕虜交換によってアメリカに帰国したダニエルを私がチームに勧誘しました。え? 記録?」
通話相手からの問いかけを聞いた初老の男は、小さな含み笑いを漏らす。
「ああ、失礼。もちろん公式記録は存在しません。ペンタゴンにもラングレーにもね。全て私が管理していましたから。彼には識別コードもIDといった身分を証明するものが全く存在しません。……はい、ダニエルに会った日のことは、今でも鮮明に覚えていますよ」
ダニエルに初めて会った日のことを思い出す初老の男。
病院のベッドで全身にチューブを繋がれて、ミイラのように包帯巻かれた右頬に刃物傷を持った男。表情は全くなく、まるで感情というものを失ったかのようで虚な表情をしたその男が、その後自身の部下として冷戦の闇の中で数々のブラックオプスに携わり、米国を陰から支えていくことになるとは思えなかったが、当初抱いたその思い込みは見事に覆された。
「当時我々CIAは東南アジアの共産化を非常に危惧していました。実際、ソビエトや中国は北ベトナムへの支援を開始し、着々と南ベトナムならびに、カンボジア、ラオスをその影響下におこうとしていました。そのような情勢からCIAと軍部の一部は共に東南アジアでの秘密作戦に特化した部隊の創設を決めました。構成員は全てあの地域にいても決して目立つことのない東洋系の人種から選抜しました。
大戦中に陸軍が創設した日系人部隊442連隊のような部隊です。ただ、我々が作ったのは442連隊のような純粋な戦闘部隊ではなく兵士と工作員の両方の能力を備えたハイブリッド部隊でした。その部隊にダニエルはまさに打ってつけでした。彼は5年に及ぶ収容所生活で中国語をほぼ母国語のように話せるようになっていましたから」
初老の男は再び暖炉に書類を放り込む。そして新たな資料をテーブルから取り上げ、そこに記載された情報をしげしげと眺める。
「我々は体調が回復したダニエルを南ベトナムのサイゴンへ送り、そこで、現地の言語や風俗や気候に順応させるためしばらく生活させました。ようやく現地での生活に慣れてきたところで、彼を部隊に入隊させました。そして、当時軍事顧問団として南ベトナムに派遣されていたグリーンベレーからゲリラ戦に必要な射撃、格闘、サバイバル、追跡、監視などの戦闘技能を、尋問術などをかつてゲシュタポに所属していたドイツ人に指導させました」
書類に記載された文言と、添付された写真をじっと眺めながら言葉を続ける初老の男。
添付された写真は、鬱蒼としたジャングルの中で顔にフェイスペイントを塗り、ブッシュハットを被った迷彩服姿の兵士たちが、様々な銃器を手にして戦闘訓練を行っていた。もう一枚の写真は授業風景であろうか、広い講堂のような一室で、傍に人体模型を立たせた白人の男が指示棒を手に、目の前に座る大勢の東洋人たちに講義をしていた。
「部隊の中でもダニエルは非常に優秀な隊員でした。当時部隊員たちの精神鑑定を行なっていた精神科医は、ダニエルをどのような過酷な状態下でも冷静沈着に周囲の状況を把握し、合理的な行動を行える兵士だと分析しています」
暖炉に書類を放り込み、電話を片手にじっと書類が燃える様を見つめる初老の男、
「訓練終了後、我々は南ベトナム各地に部隊を配置、反政府ゲリラの掃討に投入しました。訓練の成果もあり、反政府ゲリラの大半を壊滅。作戦の成功によってダニエルは部隊長となりました。その後も順調に成果を出していき、1960年代に我が国がベトナムへの軍事介入を本格化させると、部隊の任務は南ベトナム領内でのベトコン(南ベトナム民族解放戦線)に対する対反乱任務だけでなく、ラオス、カンボジア領内に存在する北ベトナムの補給ルートであるホーチミンルートを進行する北ベトナム軍部隊への攻撃、待ち伏せなどの越境攻撃も行うようになりました」
当時の戦闘報告書を手に取った初老の男は、当時部隊が行なった数々の戦闘記録を読む。
添付された写真には、地上からわずか数メートルの場所でホバリングするUH1ヘリの機内からM16を手に飛び降りる兵士たち、またもう一枚は炎上する村の中央で、地面に膝まづかされこめかみに拳銃の銃口を押しつけられながら東洋人の兵士たちの尋問を受ける野良着を纏ったベトナム農夫の写真があった。
「68年の北ベトナムによるテト攻勢後に行われた、ベトコンの中枢ならびにその支持基盤を破壊するCIA主導の秘密作戦フェニックスで、はMACV−SOGとその指揮下の民兵部隊とともにベトコン協力者と思われる人物や新共産的な知識人の拘束と尋問、最終的な抹殺、ベトコンが潜伏すると推測された村の破壊を実行。ダニエルが率いた部隊も、カンボジア国境近くの村を襲撃し、その地域のベトコン支持基盤の破壊に成功しました」
再び書類に目を落とす初老の男。
メラメラと炎上する家屋をバックに、自動小銃で武装した兵士たちに監視されながら、まるで家畜のように首にロープを数珠ツナギに巻かれ連行される大勢のベトナム人たち。銃殺されたベトナム人たちでいっぱいになった穴、火炎放射器で焼かれるいくつもの村々。
ベトナム各地で蛮行が行われ、大勢のベトナム人の命が失われた。かつて、サイゴンのCIA支局で情報官だった初老の男は、数十年前の出来事のはずなのに、今でもあの地獄絵図のような光景をはっきりと思い出せる。
「そして、ある日、彼は作戦行動中に忽然と姿を消しました。任務の内容はベトコン幹部の拉致。困難と思われた作戦は見事に成功し、あとは捕虜とともにヘリで脱出するだけだった。しかし、何かが起こり、部隊は大勢のベトコンに包囲され、凄まじい攻撃を受けた。激烈な攻撃を退け、多数のベトコンを殺害し、なんとか脱出できましたが、部隊員数名と、隊を管理していたCIAの工作担当官が死亡しました。
後に生き残った部隊員を聴取したところ、離脱寸前に突如ダニエルが拳銃をホルスターから抜き、尋問を受けていたベトコン幹部とCIA担当官を殺害。そして、銃声を聞いたベトコンの大攻勢を受けたと……」
電話口の相手が息を呑む。
初老の男は、任務に出発する前に前線基地でダニエルが発した言葉を思い出す。
ーー我々は、共産主義の脅威に晒される南ベトナム人民、そしてこの地で戦い散っていた同胞たちの犠牲に報いるために、どんな危険も厭わず、任務を遂行します。
「なぜダニエルがそんな凶行に走ったのか。ベトナムという戦場が彼を変えてしまったのか、それとも生まれつきなのか……。それは不明ですが……その部隊員が言うには、ダニエルは激しい戦闘の最中ずっと笑みを浮かべていたそうです。普段は見せることはない笑みを……そして、最後に彼は姿を消した」
初老の男は、顔に手を当てる。
「私が思うに、彼は本当の自分というのを巧妙に隠していたのでしょう。彼は愛国者などではない。人の皮を被った悪魔だ。我々は知らぬうちに悪魔を作り上げ、その悪魔が成長するのに必要な環境をその悪魔に与えてしまった。そして成長した悪魔は育ての親と兄弟を殺し、世界へと羽ばたいた」
「その後、世界各地の紛争地帯で『スカーフェイス』という謎の男の情報が出回り始めた。カンボジア、アフガン、ニカラグア、レバノン。私はすぐに気づきました、ダニエルだと。そして私は彼の息の根を止めるために追跡を開始しました。そして、とある情報源からの情報でダニエルがあのサダム・フセインのもとで、彼の諜報部隊の教官をしているという情報を入手しました。長期に渡るイラクでの潜入と追跡の甲斐あり、本日デルタフォースがついに彼を殺害しました……」
初老の男はゆっくりと安楽椅子に沈み、ゆっくりと息を吐く。
「世界中の紛争地帯に現れては、その地を地獄と変え、幾千の屍を築いた。思想も大義も国益も関係ない。彼にとっては戦場という混沌とした場所こそが唯一生を実感できる場所なのですよ。……ええ、仰る通りです。奴は死んだ。もうこの米国が、いや世界があの男に怯えることはない。奴は冷戦という時代と共に消えました。悪夢は終わったのです、長官」
通話を終えた初老の男は、電話機を置くとテーブルの上に置いてあった残りの書類を一気に暖炉の中に放り込んだ。そして、ゆっくりとまるで緊張の糸が切れたかのように再び安楽椅子に座り込んだ。
ありがとうございました。