SSRの黒歴史を回収する為に、ダンジョンを探索する   作:カンさん

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第12話 最弱

 

 一瞬で空気が変わる。

 ホムラは苛立ち、ため息を吐きながら犬崎を睨み付けた。

 

「引っ込んでくれない? 空気読んでよ」

「いいや。お前の為にも言わせてもらうよホムラ」

 

 犬崎の視線はずっとセンシに向けられていた。その目はとことん見下している。

 

「本当に図々しいよお前。ただの幼馴染の分際で、ホムラの優しさに付け込み、にも関わらず彼女を裏切るような真似をした」

「――っ」

「俺なら絶対そんな事しないぜ?」

 

 センシの前に立った犬崎は、グイっと顔を寄せて彼を睨み付けた。

 

「いい加減ホムラを解放してやれよ。お前の幼稚な独占欲で彼女を洗脳するな」

「犬崎! アンタいい加減に――」

 

 怒り心頭のホムラが叫ぼうとするが――。

 

「待て」

 

 センシの静かな声が、教室の音を消した。

 

「手を下ろせ――ハヤテ」

「……」

「あん?」

 

 犬崎が振り返ると、そこには感情を限界まで削ぎ落した目でセンシを貶める男を見ているハヤテが居た。祝福(ギフト)リングを嵌めた手を犬崎に向けており不気味な雰囲気を醸し出している。

 気のせいでなければチリチリと肌に刺激が走り、肌寒い。

 しかし犬崎はそれを気のせいだと思い込み、ハヤテに言った。

 

「どうした風緑さん。俺は君を応援しているんだぜ?」

「……」

「君とこいつがくっ付けば、俺的には万々歳だ。ホムラの変な義務はなくなり、こいつのストーカー行為もようやく終わるんだからな」

「――お前、嫌い」

「――俺も、お前たちS級は嫌いだよ。このチート集団どもが」

 

 犬崎の言葉には隠し切れない嫉妬の感情が込められていた。

 犬崎の目には隠し切れない情景の感情が込められていた。

 犬崎の拳には――幼稚な怒りが込められていた。

 

「まぁ、君の事はどうでも良い。俺が言いたいのは、いい加減部外者が場を荒らすのを辞めて欲しいって事だ」

 

 お前が一番の部外者だろ、と誰もが思った。

 

「ダンジョン探索者でもないお前は、一生ホムラと隣に立つことはできない」

「……? センシ、ダンジョン探索者」

「ああ。そうだ。空我はダンジョン探索者だからな。だから俺たちの世界に口出しするのは止めて……は?」

「は?」

 

 開いた口が塞がらないとはこの事だろうか。ハヤテの言葉に犬崎とホムラは呆然とし、あっさりと公開された事にセンシは頭を抱えた。まだホムラに言っていないのに、と。

 

 センシがダンジョン探索者になった。

 

 その事を知ったホムラの反応は早かった。犬崎を押しのけセンシに詰め寄ると、彼の肩を強く掴んで問い詰めた。

 

「どういう事センシ!?」

「いや、その」

「指輪は!? どこに――」

 

 彼のポケットに手を突っ込み、見つける。彼女が取り出したのは白い宝石が付いた指輪で、ホムラの付けている深い紅の宝石が付いた指輪とよく似ていた。

 ホムラの表情を見て、センシの顔が強張る。

 

「……いつ」

「……昨日、指輪を貰った」

 

 嘘ではない。祝福(ギフト)は星の意志が選んだ人間に授ける物であり、アルスターに頼んで指輪を用意して貰ったのだから。

 

「――そう」

 

 何処か諦めた様に力なく手を離したホムラ。そんな幼馴染を見てセンシは何て声を掛けようかと悩んでいる中、彼がダンジョン探索者になる事を認めたくないもう一人の人間が声を荒げる。

 

「ふざけんな! 嘘だ! 何でテメェが!」

 

 焦燥し切った顔で詰め寄る犬崎。センシは落ち込んでいるホムラは後ろに追いやって、こちらを見る犬崎を見る。

 

祝福(ギフト)は無作為に授けられるからな。オレがどうこう出来る事じゃないぞ」

【物は言い様だね】

【嘘は言っていないだろ】

 

 センシが頼まなければ、アルスターは祝福(ギフト)を彼に授けなかっただろう。元々必要がない故に。

 

「……レベルは? レベルはいくつだ!?」

 

 焦った顔で問い掛ける犬崎に、センシは少しだけ言い辛そうにしながらも、今後絡んでくる事を理解しているからか素直に答えた。

 

「1」

「……は?」

「だから、1だって」

 

 それを聞いた犬崎は――。

 

「くっ、あっはっはっはっはっはっは!」

 

 安堵し、嬉しそうに、面白そうに、おかしそうに笑った。

 

「マジかよお前! レベル1!? それでよくお前、俺達と同じダンジョン探索者になったって言えたな! 俺なら恥ずかしくて言えねぇよ!」

「センシ……」

 

 センシのレベルを聞いたホムラも不安そうに彼を見ていた。

 ダンジョン探索者にならないでと言いたいが、それができない事実に胸を締め付けられている。

 しばらく犬崎の笑い声が教室に響き、満足したのか彼は先ほど同様にセンシを見下しながら問いかけた。

 

「それで? 祝福(ギフト)は? どうせ雑魚祝福(ギフト)なんだろうけど」

「英雄」

「――は?」

「だから、英雄(えいゆう)だって」

「――マジかよお前」

 

 犬崎は、センシの言葉に信じられないと目を見開き……また嗤った。

 

「レベル1の上に最弱の祝福(ギフト)!? もはや呪われているじゃねーか!!」

「……?」

 

 犬崎の言葉に、センシは首を傾げる。

 レベルはともかく、何故【英雄】が外れ祝福(ギフト)なのかが分からない。そう思っていると、彼に優しく事情を説明してくれる者が現れた。

 

「空我。お前も英雄(ひでお)祝福(ギフト)を押し付けられたんだな……」

「白上。なんだよ【ひでお】って」

「ああ。まぁ蔑称みたいなもんだよ。見るからに強そうな名前な上に、噂の白の英雄様の存在もあってな? この祝福(ギフト)、他の祝福(ギフト)と違って全然強く無いし、属性魔法の適性もほぼ無いし、何なら一時期結構な探索者が持っていて特別感無くて……」

「マジか」

「ここ数年祝福(ギフト)に選ばれた奴はだいたい英雄を貰っているんだよ。俺とリントも英雄の祝福(ギフト)だ。俺、これで最強の探索者になってハーレムになれると思ったのに、B級に上がるのすら苦労する羽目になって……はぁ」

 

 ため息を吐く友人を見ながら、センシは元凶に問い掛けた。

 

【どういう事?】

【何がだい?】

【いや、何でこんな外れスキルに英雄なんて大層な名前を付けたのか、と】

【ああ、それはね。この世界の人間たちにも、君の様になって欲しいと思ってね】

 

 嫌な予感がするな、とセンシは思った。

 

【君のかつての英雄譚を再現する為には試練が必要だから】

【なるほど……? アレか。ダンジョンに潜って戦い続ければ他の祝福(ギフト)よりも強くなるとか?】

【そんな力はないよ】

【……じゃあ、戦い方が自然と分かる様になるとか?】

【そんなの英雄じゃないよ。天才だ】

【……各地のダンジョン全てを潜ったら覚醒するとか?】

【いいや? その辺は他の祝福(ギフト)と同じさ】

【お前、何がしたいの?】

 

 ネット小説では、外れスキルだと言われ馬鹿にされていたけど、特別な方法で最強になって見返すという作品が一定数存在する。それをイメージして何度か尋ねるも、どうやらアルスターにそういう意図がないようだ。まさに夢物語。

 センシは、広島のギルド職員や犬崎、そして白上の反応の理由を理解した。

 自分と同じ存在を作りたいのなら、7つのダンジョンを攻略したら最強になる、くらいの恩恵は与えても良いのにと英雄の祝福(ギフト)を押し付けられたダンジョン探索者に同情した。

 

【その場合、この世界の全ての祝福(ギフト)を返して貰わないといけないね】

【勘弁してやれ。負けるから】

 

 事情は理解したが、一つだけ分からない事がある。

 

【それで。何でオレにもこの外れスキルを与えたんだ?】

【そもそも我々は外れと思っていないよ。君に相応しい名前の祝福(ギフト)だ】

【ああ、そう】

 

 やっぱりコイツはオレ達人間とは、根本的に考えが違うなとセンシは思った。

 

「はー、笑った。でもこれで安心したぜ。空我、やっぱりお前はホムラに相応しくない」

 

 ようやく復活した犬崎は、センシがダンジョン探索者になった事に対する動揺から一転、心底安堵した様子でいつもの言葉を紡ぐ。

 

「これまでは部外者だったから、いまいち理解していなかったんだろうが……これではっきりした」

 

 ニヤリと笑みを浮かべる彼は誇る様にセンシに言う。

 

「俺が試験を受けた時のレベルは50! 祝福(ギフト)も【影狼(シャドーウルフ)】と、5年前に異界の使徒相手に奮闘したA級探索者と同じ、強祝福(ギフト)だ!」

 

 つまり犬崎は自分には才能があると、センシより強いと言っている。

 まだ言い足りないのだろう。ニヤニヤと笑みを浮かべながら犬崎はセンシに問い掛ける。

 

「お前、模擬戦のタイムいくつだった?」

「計測不能」

「――くはっ。とことんやばいなお前。史上最弱のダンジョン探索者なんじゃないか? 計測不能(時間切れ)とか? でもそのレベルと外れ祝福(ギフト)だと仕方ないよな」

 

 まるで慰めるかのような物言いだが、心の底からセンシを馬鹿にしているのは誰が聞いても明らかだった。

 

「ちなみに俺は6秒だ。去年の探索者の中では最速だ」

「そろそろ結論だけ言ってくれないか? お前の自慢話には飽き飽きした」

「――格が違うって言ってんだよ」

 

 ずいッとセンシの胸元を掴んで引き寄せる犬崎。その乱暴な行為に、流石に止めないとダメか……ダメ? と周りの生徒に目で聞いて、はよ行けダメ教師と虫を見るような目で見られながら担任が言う。

 

「犬崎。これ以上は探索者でも問題行為だぞ」

「先生は黙っていろよ」

「そうは言ってもだな……」

「先生。これはある意味慈悲なんだよ。現実を知らない雑魚が無駄に死ぬのを防ぐ為の、慈善活動だ」

 

 先生の言葉に耳を貸さず、犬崎は言い続ける。

 

「ホムラと同じ探索者になればアイツの隣に立てると思ったか? 痛い妄想だな」

「……」

「俺、お前みたいな勘違い野郎見ているとイライラするんだよ。少しは身の丈にあった行動をしろよ最弱くん」

 

 そう言って乱暴にセンシを離し、そのまま彼の体が机にぶつかり大きな音を立てる。

 

「空我! おい犬崎! てめぇいい加減にしろよ!」

「――そろそろアタシも我慢の限界なんだけどセンシ」

 

 白上とホムラが、犬崎の行動に堪忍袋の緒が切れたのか鋭い目つきで彼を睨み付ける。

 

「文句あるなら聞くぜ? B級」

「ちっ」

 

 白上に対して嘲るように言えば、彼は舌打ちをして押し黙る。

 

「ホムラ、お前もそうだ。お前の祝福(ギフト)は前例の無い最高級の祝福(ギフト)だが、今はまだ俺の方が上だ。弱いうちからデカい口を叩くのはみっともないぞ?」

「――アタシがアンタより弱いかどうか、確かめてみる?」

 

 彼女の怒気に呼応するように教室の温度が上がる。

 それを見た犬崎はため息を吐き、まるで癇癪を起こす子どもを躾ける大人の様な顔でホムラを見た。

 

「気の強い女を屈服させるってのも、良いシチュエーションかもな」

「きっしょ」

 

 一触即発の空気のなか、二人の指輪が光り出し――。

 

『雑魚』『は』『お前』

「――は?」

 

 しかしそこに待ったをかけたのはハヤテだった。

 彼女は涼し気な顔で両者の間に立ち、スマホを持ったまま犬崎へと体を向ける。

 

「なんて言ったてめぇ」

『私は』『100』『祝福(ギフト)』『強い』

「……ちっ」

 

 スマホを使って単語を羅列させるハヤテ。ダンジョンに詳しくないクラスメイト達は何のことか理解していないが、犬崎は理解する。というよりも知っている。

 ハヤテは試験でレベルが100で祝福(ギフト)も過去の資料に無いが強い事は立証されている。ギルド上層部が直々にそう言っているのだから。

 さらに模擬戦のタイムは犬崎の記録を軽々と超えた1秒切り。犬崎よりも才能があると言えるだろう。数字だけを見れば。

 

「お前は論外だろうが。化け物がこっちの世界に首を突っ込むなよ」

『臆病者』

「……」

 

 先ほどまで吠えていた犬崎も、ハヤテには強く出れないでいた。

 しかし、そんな事は彼女にとってはどうでも良い。そもそも犬崎自体――センシ以外がどうでも良い。

 

 大好きな人が馬鹿にされて、見下されて、罵倒されて、侮られて――我慢できる理性をハヤテは初めから持ち合わせていなかった。

 

『私』『お前』『よ』『り』『強い』

「ああ、そうだろうな。S級だから当たり前だろうが」

 

 ハヤテの言葉から逃げる犬崎だが――彼は逃げられない。

 

「――センシは、私よりも何倍も強い」

「……は?」

 

 流れが変わった。

 

『お前』『雑魚』『センシ』『最強』

「何寝言いってんだテメェ!」

 

 そんなことは認められないと喰って掛かる犬崎。

 ハヤテには関わろうとしなかった彼が、ここで初めて彼女に敵意を向けた。

 

「そうだよ」

 

 彼の叫びに同調する様に声を上げたのは以外にもホムラだった。

 

「変な事言わないで。センシは確かにダンジョン探索者になったんだろうけど、真面に戦える祝福(ギフト)じゃない。そんなセンシがアンタ(S級)以上? ふざけないで」

「――手のひらに汗の匂い」

「は?」

 

 鼻を鳴らしたハヤテの言葉に疑問符を浮かべるホムラだがそれに構わず。

 ハヤテは認めようとしない犬崎に自分の声で言った。

 

「センシと戦う。それで分かる」

「――え」

 

 戸惑いの声が響く。

 

「――それもそうだな」

 

 ニヤリと笑みを浮かべて視線をセンシに向ける犬崎。

 戸惑いの表情から面倒な事になったと顔を歪めるセンシ。

 

「今日の放課後、ギルドでてめぇとそこのバカ女に教えてやるよ――格の違いって奴を」

「――はぁ。話は終わったか?」

 

 ようやく事態が収まったと担任の先生がため息を吐く。

 探索者が優遇される世界で、探索者ではない大人は子どもよりも立場が弱くなる。変に熱心な指導をすればモンスターペアレントどころかギルドが口出ししてくる時代。

 穏便に事が済みそうで彼は安心していた。生徒たちの好感度は下がっていた。

 

「とりあえず授業は終わっているから、次の準備してくれ」

「やば、次移動教室じゃん!」

「しかも里中先生の!」

「教育的指導とか言ってキスしてくるやばい先生!」

「訴えたいけど探索者制度で逃げているヤバイ奴じゃん」

 

 バタバタとクラスメイト達が慌てる中、犬崎は満足気に自分の席に戻り次の授業の準備をする。

 

「……無理すんなよ親友」

「あんがと」

 

 何となくセンシの今後の立ち回りを理解している白上は静かに身を引く。反対にホムラはセンシに詰め寄り、彼に言った。

 

「放課後、絶対にギルドに行ったらダメ」

「ホムラ」

「あんなの犬崎が勝手に言っているだけ。放っておけば良いよ。それよりも何でダンジョン探索者に――」

『邪魔』

 

 しかし彼女の言葉に被せる様に、ハヤテがスマホの音声を鳴らす。

 するとホムラは怒気を孕んだ目でハヤテを睨み付けた。そこには明確な敵意があり、その苛烈さは普段犬崎に向けるソレかそれ以上だった。

 

「アンタのせいで……!」

『誤った』『認識』『危険』『センシ』『も』『周り』『も』

「……どういう事?」

 

 訝しげにハヤテを見るが、彼女はこれ以上ホムラに何か言うつもりは無いようだった。

 ハヤテはずいっとセンシに詰め寄ると、誇らしげに言う。

 

「センシ。褒めて」

「叱るわドアホ」

 

 コツンッと彼女の頭を小突くセンシ。

 痛い、と全く痛く無さそうに頭を抑えるハヤテを見てため息を吐くセンシ。

 その横では心配そうにセンシを見るホムラが居た。

 彼には二人の心情を理解していた。何を想い、何を考え、そして何故あのような言動を取ったのかを。だから二人は衝突し、その原因は自分にあると彼は思う。

 

「シオン」

「はいはーい」

 

 自分とホムラの授業道具を持ったシオンが呑気な声で応える。まるで先ほどの騒動を見ていないかのように。

 

「なんかあったら頼むわ」

「抽象的だな~。でも良いよ」

「迷惑をかける」

「別にー。でも君の事を心配している二人を安心させてあげてね」

 

 ハヤテとホムラを見てシオンは言い、

 

「ついでに吠えるワンちゃんに一度躾けしてあげて~」

「……お前もなかなか言うな」

 

 普段と変わらない表情、変わらない声質だが、何処となく怖いシオンにセンシは苦笑した。

 

 

 それから放課後、センシは広島ダンジョンギルドに向かった。

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