SSRの黒歴史を回収する為に、ダンジョンを探索する 作:カンさん
星の意志が日本人に与えた
生身の肉体は指輪に収納され、代わりに生み出される魔力で作り出された肉体。
常人離れの身体能力。適性のある魔法や特殊能力や身体機能の追加。痛みを感じない。肉体が滅んでも死なずに生身に戻るだけ。
まさに戦うのに適した夢の様な授かりものだ。
唯一欠点なのは、
しかし此処に唯一の例外が存在する。それは――空我センシだ。
【彼は生身の方が強いからね。この世界の
【ん。普通なら変身後の方が便利なのに。センシ、やっぱり頭おかしい】
故にアルスターは彼がダンジョン探索者になる事に否定的だった。センシ本来の力を抑える所か使えないのなら、彼に価値はないと断定しているからだ。
今の彼の身体能力は本来の1万分の1に満たないだろう。
「――センシッ」
ホムラの悲痛な声が上がるなか、ハヤテはアルスターとの念話から意識を目の前に向ける。
センシの肉体が黒く巨大な杭に貫かれ真っ二つになる。
しかしすぐに修復され、雉岡がカウントを取る。
「犬崎くん2本目。空我くんは0本」
模擬戦が開始されて5分。犬崎の新技により、既に空我は2回殺されていた。
カゲロウチャンネルでは、空我が呆気なくやられた事よりも犬崎の新技に大盛り上がりだった。
:相手の影から槍を出すとかカッコいい!
:最強じゃん! 影があれば射程無限じゃね?
:流石にそこまで使い勝手は良い訳じゃないと思うけど
犬崎の
それにより無詠唱による闇魔法を高威力で発動させる事ができ、リスナー達が目撃した様に対象の影を媒体にした攻撃が可能となっている。
元々犬崎は身体能力任せによる近接戦闘が得意だったが、今回の新技により中距離戦の選択肢も増えた……という風に魅せていた。
「空我くん大丈夫か? ちょっと大人げなかったかな?」
犬崎の問いかけには相手を思う気持ちは全くない。一度目はリスナー達に向けて説明しながら刺し殺し、そして今回はあえてセンシが避けられる位置で翻弄しながら最後は殺した。
正直、愉しかった。あれだけ気に入らなかったセンシを大義名分を持ってボコボコにできるこの状況が愉しくて仕方ない。もし配信をしていなければ思う限りの罵詈雑言を彼に投げかけていただろう。そこだけは配信を行っているのは失敗だったのかもしれない、と思った。
「別に」
「そっか。でも10本先取にして良かったね! もし3本先取だったリーチかかってるよ?」
:犬崎性格わるー(笑)
:リーチというか、もう終わりです
:そもそもA級の犬崎とC級の、それも入りたてかつおそらく史上最弱の空我くんが戦う事自体おかしいというかイジメというか……
:↑その字面やめてくれ。ジワジワ来る
:犬崎も手心加えてくれているからなー。空我くんには実戦の空気をちょっとでも覚えて欲しいよね
犬崎の煽りによってコメント欄は盛り上がっているが、それを知らない者たちは居る。
ホムラ達である。
彼女たちは配信を見ずに直接戦闘を見ており、犬崎の悪意をしっかりと感じ取っていた。故にホムラの言葉は、何も知らないリスナー達にとってはノイズにしかならない。
「もう辞めてよ! もう十分でしょ!」
:また明星が騒いでいる
:犬崎アンチ筆頭のB級
:いやツンデレだろ? 犬崎がよく絡みに行っているし。満更でもないだろ
:良い子アピール?
:演出じゃね?
:でも流石にくどいな
:犬×明は好きだけど、ここまでうるさいとちょっとな……
:でもやさしい子だよ。普段関わりのある犬崎よりも、ただのクラスメイトの心配しているし
コメント欄にて事情を知らない者たちの憶測が流れていき、知っている者のコメントは消えていく。事の顛末を知っているクラスメイト達は画面の前で顔を歪めていた。
「さて、空我くん。まだ後8回試合が残っているけど……大丈夫?」
犬崎の中で、此処からは自分の力を見せつける時間と定めていた。
ハヤテの言葉が間違っていると。ホムラの想いは間違っていると。センシの立場は間違っていると。全てが間違っている事は――世間に曝す時間だ。
これから犬崎は最も得意な近接戦でセンシを徹底的に潰す。リスナーには、A級の力を魅せてあげる為だとか、それっぽい事を言って。
しかし――。
「あと8回?」
立ち上がったセンシの言葉に、犬崎は頭に血が上るのを感じた。
「あと10回の間違いだろ」
「――へぇ、言うじゃん」
激昂しなかったのは配信中だという事を意識していたからだ。
:いや草
:かっこいいいいいいい! 空我くん(笑)
:頑張って
:男の子だもんな。これくらい強くないとな
:明星さんの為にも頑張ってくれ空我
コメント欄はセンシの言葉にさらに大盛り上がりだ。
それを知ってか知らずか、二人はお互いに見据えて――駆け出す。
センシが一歩踏み出すのと同時に、既に犬崎は自分の射程範囲に彼を捉えていた。獣人特有の巨体でセンシを見下ろし、握り締めた拳を振り下ろす。
(ずっとぶん殴りたかったその顔を、ぶっ潰してやる!)
並みのダンジョン探索者でも認識できない程の、魔力強化と身体能力任せの剛腕。当たれば首が捥げる必殺の拳は――。
「――え?」
相手の肩をくり抜き、しかし同時に犬崎の心臓もまた打ち抜かれていた。
他ならぬセンシの拳によって。
その光景を見ていたホムラは信じられないと言わんばかりに呆然と目と口を開き、ハヤテは当然とばかりに頷いていた。
「犬崎くん2本。空我くん1本」
「は?」
雉岡の言葉でようやく理解できたのか、肉体が破壊されて初期位置に戻された犬崎が呆然と声を出す。
:え?
:何が起きたの?
:訳が分からない
:ふむ……もう一度試合の流れを見れば絡繰りは理解できそうだが
:有識者おるやんけ
:って、コメントしてるのってもしかして
「――へ、へぇ。まぐれとは言え、一本取るとかやるねぇ空我くん!」
:そっか、まぐれか
:まぁ、だよな
:才能の差が違うし当然だろう。
――そう。俺と空我には絶対的な差がある。
犬崎にはダンジョン探索者としての才能に溢れていた。魔力レベルにも、
対して空我は何も持っていない。持っていないのにホムラに好かれている。それが彼は気に入らなかった。上層部から将来を有望視され、他のダンジョン探索者から一目置かれている彼女を自分の物にしたいと思った。
丁度良く、犬崎とホムラの魔力の相性は良く、次世代の子は必ず強い子どもになるとギルドから太鼓判を押されていた。
――は? 嫌だけど。
しかしホムラに明確に拒絶されてから、彼の苛立ちの日々は始まった。
初めはツンデレだと思った。これまで彼を嫌う人間は周囲に居なかったし、女は向こうから寄って来る存在だった。中学生の時は10歳も年上の女に言い寄られ、そこで初体験を済ませた。
だからホムラが自分に靡かない事を認められなかった。気の強い女を屈服させるのも一興かと己を納得させた。
「――ちっ」
しかしホムラの隣にはセンシが居た。自分が手に入れる事ができない位置には、既に彼が居た。
凄くイライラした。
だから排除しようとするも、センシは全く堪えない。
それどころか、S級であるハヤテに見初められている事実が犬崎の自尊心を大いに傷つけた。
だから直接、徹底的に叩き潰し、格付けを終えるつもりだった。
それなのに。
「――かっ」
「犬崎くん2本。空我くん2本」
再度近接戦を仕掛けるも、今度は犬崎の拳は彼の肩を掠めるだけだった。
決め手は心臓への一突き。
「な!?」
「犬崎くん2本。空我くん3本」
今度は速度で翻弄し、背後から不意打ちを仕掛けるが紙一重で回避され爪が頬に一つ切り傷付けるだけだった。
決め手は心臓への一突き。
「――何で」
「犬崎くん2本。空我くん4本」
新技にてセンシの足元から影の槍を出すも容易く回避され、何度も何度も串刺しにしようとするが距離を詰められ心臓を一突き。
センシには傷一つなかった。
「な、なんだよこれ!」
犬崎の取り巻きが信じられない光景を前に動揺の言葉を吐き出す。
「い、インチキだ! 何かズルをしているに違いない!」
「そ、そうだよな! そうでもないとあの犬崎が此処まで一方的にやられる訳――」
「んー。でもどうやってやっているのかなー?」
しかしその様な戯言を、センシの友人は許さない。
シオンはポチポチとスマホを操作しながら取り巻きに言った。
「正直ボクも空我くんがここまで動けるのは意外だったけど」
チラリと視線をホムラに向けると、彼女はしばらく黙って、何かを思い出して笑みを浮かべ、しかしすぐに顔を引き締めて言った。
「アイツは元々喧嘩慣れしてる」
「みたいだよね~。何か武術……いや実戦形式? それとも別の何かかな~。とりあえず、インチキらしいインチキはしていないし、できないと思うよ」
「それはお前らの、根拠のない妄想だろ!」
「そっちも根拠のない妄想じゃーん。それにもしできるとしたら、ギルドのセキュリティとか技術を無視した何かを持つって事だよね? それってさ――」
少なくとも、
シオンの言葉に取り巻きたちは何も言えず視線を下した。その光景に溜飲を下ろしながら、次に視線を向けるのはハヤテだった。
「風緑さんは何か知っているの?」
『センシ』『最強』
「……答える気が無いのか、知らないのか分からないね」
しかし、少なくともハヤテは初めからセンシの勝利を疑っていない。
……それが少しだけ悔しいとホムラは思った。
(信じていない訳じゃない。ただ――)
彼女は……ホムラはセンシに戦って欲しくないだけだった。
「――畜生が!!」
「犬崎くん2本。空我くん5本」
また心臓を打ち抜かれて死んだ犬崎は、感情のままで叫ぶ。もはや配信の事など頭の中に無かった。
初期位置に戻された犬崎は血走った目で彼を見る。
:良かったなこれが10本先取で
そんな彼の目にリスナー達のコメントが流れ――
:これが3本先取だったらとっくに終わっていた
「――黙れっ!!」
頭に一瞬で血が昇り再び叫びながら突っ込む犬崎。
当然の事ながら、彼の動きを見切れるセンシが突進してくる犬崎に負ける筈も無く、ただ淡々と心臓を貫かれて終わった。
その光景を見ているリスナー達の反応は二分化していた。
彼の信者は空我インチキをしていると喚くも証拠がなく押し黙り、反対にアンチは無様な姿を晒している犬崎を笑っていた。
:いええええええい!
:また心臓一突き、か
:お、そろそろ分かったかドラゴンチャンネル
視聴者の中には実力者が居るらしく、そのコメントを見たリスナー達は反応を示した。
ドラゴンチャンネルと呼ばれたリスナーは、しばらくして長文のコメントを分割して投稿する。
:空我は流れを作っているんだ。初めの2戦は犬崎を気持ちよくさせる為か、もしくは別の要因があるかは分からないがあえて負けた。その結果犬崎は慢心して最も得意な近接戦を仕掛けて返り討ち
:確かに普段から身体能力任せの戦い方をしているな
:それで犬崎も頭に血が昇ったんだろう。最弱と見下した相手に負け続け最後には煽られる。万に一つ逆転できる要素があるとしたら、犬崎が冷静になって空我の動きに気付くべきだが……
:さっきのコメントの煽り、タイミング込みで結構効いていたよな
:ああ。カッコよくて痺れたけど
そのコメントを見てセンシの友人はほくそ笑む。
:空我の最弱はちと効くぞ……!
:昔のラノベで見たセリフだな
ドラゴンチャンネルの解説を聞いて、今目の前で何が起きているのかを理解したリスナーたち。
しかし一つだけ引っかかる部分があったのだろう。
多くのリスナー達は、ドラゴンチャンネルに向けて同じ質問をした。
:なぁ。その口ぶりだと犬崎は初めから勝てないって事?
:絶対とは言えない。だが、わたしの目が確かなら勝率は――
1割あれば良いくらいか。
そのコメントが投稿されると同時に、空我の拳が犬崎の心臓を打ち抜いた。これで9回目である。
「犬崎くん2本。空我くん9本」
「くそがぁああああ!!」
ここまでやられれば犬崎も理解している。センシは自分を殺す時必ず心臓を狙う。
絡繰りは分からないが、恵まれた身体能力や
これまで何度も馬鹿正直に突っ込んだが、結局彼の動きは犬崎の目では見切る事ができなかった。
ならば――。
【おい。カメラの映像をこっちに回せ】
秘匿念話で取り巻きに指示を出す犬崎。
【え。お前それって流石に――】
【うるせぇ雑魚ども! 俺のおかげでお前らも良い思いしてんだろうが! 言う事聞けよ!】
【わ、分かった】
取り巻きがこっそりスマホを操作すると、空から戦いの様子を見ていたカメラの映像がそのまま犬崎の眼鏡に映し出される。代わりにコメント欄は消えた。
しかしこれで彼は、これまでよりもセンシの動きを捉える事が可能となった。
「……」
「雉岡さん、お願いします」
「ふむ。分かりました。試合開始!」
同時に、犬崎は新技を使う。
「シャドウエッジ!」
センシの足元から影の刃が形成され、しかし刺し貫く事無く空を切る。
その瞬間を犬崎はカメラ越しに見ていた。
(巻き戻し。スロー再生)
片手間にシャドウエッジを発動させながら、犬崎はセンシの動きの分析をする。
カメラの映像を見た所特別な動きはしていないが――。
「……は?」
犬崎は気付いた。センシが、魔法が発動する直前に既に回避行動を取っているのを。
確認を終えた犬崎は再度録画映像からカメラの映像へと切り替え、自分の目で視認する。
「マジかよあいつ」
思わず感嘆の声が出て、それが酷くイラついた。
――今、俺はアイツに対してなんて思った?
犬崎は
不快な思いをしたが、攻略法は見えた。
(――セカンドアームズ)
心の中で無詠唱の闇魔法を発動させる犬崎。
今彼が発動させたのは、影で第二の腕を生成する中級魔法だ。文字通り単純に手数が増えるが、最も特徴的なのは術者の意識とは別に動く、つまり自動制御である事。
(どっかで聞いたことある。達人は相手の意識を見て、予測し、攻撃を避けるってのを。流石にそこまでじゃねぇと思うが、空我はそれができる)
つまり
ならば、己の意識とは関係なしに動くこの魔法ならセンシを捉える事ができると思い、犬崎はこの魔法を選んだ。
さらに闇……影の魔法の為、己の腕に重ねる事で第二の腕を視認できない様にする。
「――行くぞ」
シャドウエッジを回避し、地面に着地する瞬間を狙って犬崎は駆ける。
すぐにセンシの懐に入り込み、犬崎の拳が降り抜かれた。
(――やはりな!)
凝視していると、センシは既に回避行動に取っていた。さらにカウンターの様に拳を振り抜いており、このままだと犬崎は心臓を潰されて死ぬだろう。
第二の腕が無ければ。
ヌルリと彼の両腕から影の腕が飛び出し、片手はセンシの拳を受け止める様に、もう片方は回避先へと爪を立てて突き出していた。
(――てめぇのよくわかんねぇ小細工も此処までだ!)
勝利を確信した犬崎は――視界が回った。
「――は?」
ゴロゴロと天井と地面が視界全体に広がり、回転が止まり彼の目に映ったのは頭から上が無くなっている自分の身体。そして蹴り抜いた姿勢で空中に留まっているセンシの姿。
「な……!?」
何が起きたのか分からず犬崎は。
「空我くん10本。試合終了。勝者――空我センシ!」
完全に敗北した。
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