SSRの黒歴史を回収する為に、ダンジョンを探索する   作:カンさん

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第25話 流転

 試合が終わっても、犬崎は呆然と立ち尽くしていた。

 そんな彼にシスイは近づき、

 

「お前は変わらんな」

 

 追い打ちをかける様に厳しい言葉を叩き付ける。

 

「最後の2戦は確かに驚異的な魔法だったが――根源の部分が弱い」

「――っ。てめぇ、何が言いたいんだ!」

 

 獣のように吠える犬崎だが、シスイは静かに答える。

 

「お前は、あの魔法をわたしを倒すのではなく、自分が気持ちよく勝つために使った。そんな使い方では、アレも宝の持ち腐れだ」

「はぁ? 意味わからねぇ事言ってんじゃ――」

 

 なおも反論するが、

 

「犬崎。目を逸らすのは辞めろ。お前自身分かっているだろう」

 

 核心を突かれた彼は何も言えなくなる。

 

「……っ」

「お前はわたしの技を奪い、わたしよりも効率的に使えるアピールをし、わたしのこれまでを否定し、わたしの尊厳を破壊しようとしていた。必要無いのにも関わらず」

 

 彼は選んだ。己の快楽を。

 

「……」

「そんな事をせず、普段の様に戦っていれば……あの技ももっと上手く扱えただろうに。勿体ない事をしたな」

 

 彼は選んだ。勝つ事よりも、負けない事よりも、相手を如何に惨たらしく倒すかを。

 

「……れ」

「練度すら模倣できるあの技は脅威に感じた。だがそれだけだ」

 

 だがそれでは彼女に勝てない。

 

「……まれ」

「使用者であるお前自身がそれでは十全に発揮できる訳がない」

 

 犬崎は変わっていない。シスイは未だに成長している。

 

「……黙れ」

「――いい加減、自分が勝てる相手にだけ戦う癖を辞めろ。一生成長しないぞ」

 

 この世界で停滞は――死を意味する。

 それを犬崎は見えておらず、シスイはたくさん見て来た。

 その差が二人の力量に現れている。

 

「――黙れ! このアバズレが!」

 

 認めたくなくて、怒りに目を見開き、歯を食いしばって掴みかかる犬崎。しかしシスイはそんな彼を冷たく、それこそ水の様に温度の無い目で見ていた。

 

「勝ったのはわたしだ。負け犬の遠吠えは聞くに堪えないぞ」

「~~~~くそっ!」

 

 何も言い返せない犬崎は、かつてセンシに負けた時と同じ様にこの場を後にした。

 遠巻きに見ていたC級たちは、荒々しく歩く彼に道を開ける様に散っていく。

 そんな彼を見送りながらステージに上がったセンシは、シスイに問い掛ける。

 

「良いのか。あんなにコテンパンに言って。言い過ぎじゃないのか?」

「構わん。アイツはあれくらい言われる方が良い。昔から猿渡先輩に叩き潰されていたが、それでも懲りない筋金入りのバカだからな」

 

 元チームメイトだからか、シスイの物言いに容赦はなかった。学校では他者に対する思いやりに溢れた行動をする彼女は人気者で、よく相談を持ち込まれる事も多い。

 そんな彼女がここまで罵る姿はかなり珍しい。

 

「センシ。お前にはいつも迷惑をかけている」

「いや、普段からアイツの言動を注意してくれているだけ有り難いよ」

 

 ホムラと話しているセンシが気に喰わない犬崎は、その都度彼に突っかかっていたのだが、その度にシスイが止めていた。今回の遠征中はそのストッパーが居らずホムラのストレスが限界値を超えていたが……。

 

「アイツは根は単純なんだ。ただ、これまで育ってきた環境が歪めてしまった。なまじ才能があり、実績を出してしまっているからな」

 

 それにより猿渡も悩み、解決できないまま自立してしまった。

 

「気にかけているんだな。好きなのか、アイツの事?」

「お前、時々デリカシーが無いな」

「うっ」

 

 それで先日酷い目に合っているセンシは言葉に詰まる。

 

「わたしがアイツを気に掛けるのは当たり前だろう。元チームメイトで、同じ学校で、同じクラスメイトで、そしてダンジョンを探索する仲間だ。

 アイツの言動に嫌悪するし、軽蔑するし、我慢できなかったら遠慮なく暴力で制裁するが――見捨てないよ」

「……優しいな、お前は」

「ふっ。それはお前もだろう空我」

 

 ニヒルな笑みを浮かべて、シスイはシオンから聞いた話を思い出す。

 

「あの配信の後、犬崎の愚かな行動を戒め、その後に起きるであろう失態を未然に防いでくれた」

「……別にそういうつもりではないんだがな」

「ちなみに貴様は、嘘を吐く時視線を逸らす」

 

 よく見ているな。本当に良い眼を見ていると、逸らしていた視線を戻すセンシ。

 

「さて。犬崎も居なくなったし――わたしは是非とも貴様とも戦ってみたいが……」

「……」

「それは後の楽しみに取っておこう――B級(此処)まで上がってい来い空我」

 

 そう言って彼女はステージを降りて歩き出す。その後ろ姿は威風堂々としており……とてもカッコ良く見えた。

 厨二病で、白の英雄が好きで、センシとしてはあまり関わるべき人間ではないが――彼女の人間性は尊敬に値するものだった。

 

「水無月」

「む。猿渡先輩。久しぶりだな!」

 

 出口に向かっていた彼女を出迎える様にして、猿渡が入って来た。

 遠征に行って以来の再会にシスイは頬を綻ばせる。猿渡も満面の笑みだ。

 彼はすぐさま彼女の前に立つと――そのままアイアンクロ―をした。

 

「あの、先輩。これは?」

「お前、自分が何をしたのか分かっているのか?」

「……ふっ。先輩も見ていたのか。なに、元チームメイトを気に掛けるのは人間として当然の事だ」

「そっちじゃねぇよ。遠征の事だよ」

「……ふむ?」

 

 心底訳が分からない、と首を傾げるシスイに猿渡はブチ切れた。

 

「お・ま・え・は! 本来選ばれていない上に! B級なのに! 遠征に密行したじゃないか!!!」

「先輩。なんか頭がミシミシいっているぞ」

「お前が居ない間、こっちはお前の穴埋めで大変だったんだぞ!!」

「む。そうか。申し訳ない事をしたな。すまん」

「謝罪が軽い!!!!」

 

 メキョ、と嫌な音が響くが誰も気にしない。

 というよりも関わりたくないと言った方が正しいか。C級たちは見ないフリをして訓練をしていた。

 

「加えて! お前の兄が抗議の電話してきてやばかったんだぞ!」

「ふっ。兄貴はわたしの事が大好きだからな」

「【愚妹のコントロールができないのならC級に降格しろ】【戻ってきたら探索者会議を開く】【責任の所在を広島ギルドに追及させて貰う】って鬼詰めだったぞ! だいたい、お前のA級昇格邪魔しているの兄貴じゃねか! 絶対に嫌われているぞ!」

「兄貴はあれだ。ツンデレという奴だ」

「どれだけポジティブなんだよお前!!」

 

 ガシッと服を掴み歩き出す猿渡。ズルズルと引き摺られながらシスイは抗議した。

 

「猿渡先輩。運ぶならもっとカッコよくして欲しい」

「とりあえずギルド長室に向かうぞ! それに今回のイレギュラーの事も報告しろ! てかお前、東京で兄貴の説教無視してこっちに来たらしいじゃねぇか! 今も鬼電止まらないんだよ!」

「あ、空我。また明日会おう」

「マイペースか!? 空我くん、ごめん! こいつ貰っていく!」

「あ、はい」

 

 嵐の様に立ち去って行った二人を見て、ふとセンシは思い出した。

 猿渡が隊長で、その元に集ったシスイと犬崎。常に騒がしかったチームだったが、だいたい犬崎とシスイが問題行動を起こして、その対応に追われていたのが猿渡だった、と。

 

「……先輩、お疲れ様です」

 

 猿渡の頭を思い出して、彼は合掌した。

 

 

 

 

「くそくそくそくそくそくそくそくそ――クソがぁ!!」

 

 人の居ない場所で怒りに任せて喚く犬崎。

 全てが上手くいかなかった。新しい力を手に入れたのに、ムカつく奴をボコボコにできなかった。むしろコケにされた。

 そして何よりもムカつくのが――向こうが言っている事が正しく、自分が間違っている事を突きつけられた事だ。

 

【共感するよ犬崎。君の苛立ちを】

「うるせぇ! そもそもてめぇの力に頼ったのが間違っていたんだ!」

【――ふむ】

 

 自分は悪くないと。悪いのはお前だと喚き散らかす。

 他責的な考えだ。幼稚な考えだ。支離滅裂な思考だ。

 しかし犬崎はそれが正しいと思い込んでおり、だからセンシやシスイの言葉は心を搔き乱す。

 

【共感するよ。確かに君は悪くない】

【黙れ。何が共感だ。テメェの力は全く意味ないじゃねぇか! イレギュラーも俺が収める事ができなかったし、あのクソ女には無様に負けるし!】

【そうだね。でも君は悪くない。悪いのはぼくだよ】

 

 そして、そんな彼の妄言を全肯定する【声】は、果たして犬崎にとって都合が良いのか。もしくは。

 

【それにぼくとしては大成功だと思っているよ】

【ちっ。また意味の分からない事を】

【空我センシを異界に捉える事ができた。君の身体(魔力)でぼくの力を行使した】

 

 本当に都合が良い存在は――どちらなのだろうか。

 

【結局負けたじゃねぇか】

【――ふふ。それはどうかな。……ああ、楽しみだ】

 

 ズルリと犬崎の指輪から黒い魔力が這い出る。

 

「あん? なんだ、これ」

【この力でぼくは奴を倒し、そしてあのお方に褒めて貰うんだ】

 

 その黒い魔力はどんどん犬崎の肌を伝っていき、広がっていく。

 

「俺の魔力()? いや、違う。なんだよこれ……!」

【次にこちらの世界に連れ込む事ができれば、完全に白の英雄を共感(理解)する事が出来る】

 

 影よりも黒く、昏く、悍ましいそれは――闇だ。

 闇の魔力は犬崎の身体を侵食していく。

 

「取れねぇ! どんどん体に! おい、どうにしかしろよ! なぁ、おい!」

【ああ! 凄く楽しみだ!】

 

 闇は彼の身体を覆い尽くし、首から上を残すのみ。

 恐怖に引きつった悲鳴を上げるが、【声】はまるで聞こえていないかのように犬崎の助けに応えなかった。

 

「おい! 聞いてんのか!? おい! おま――」

 

 しかしそれは当然である。

 

【それじゃあ、その身体貰うね】

 

 初めからそれが狙いだったからだ。

 これまでの優しい声から一転、こちらを何とも思っていない冷たい声にようやく犬崎は――自分は取り返しのつかない事をしたのだと理解する。

 

「た、たすけ――」

 

 

 

 

「白の英雄……いや、空我センシ」

 

 コツコツとギルド内を歩きながら犬崎は笑みを深める。

 すれ違い様にそれを見た探索者たちは、いつもの事だと思い、気にせずに通り過ぎていく。鳥肌が立っている事に気づかずに。

 

「君は――ぼくが殺すよ」

 

 犬崎は――否、犬崎の姿をしたダレカは、とても楽しそうに、面白そうに、嬉しそうに、全てを終わらせる為に……東京へと向かった。

 

 

 

 

「ん。おかえり」

 

 そう言って抱き着き、思いっきり深呼吸をするハヤテ。

 どうやら東京から帰って来たらしい。メールの文面から相当ストレスを抱えていたらしいけど……。

 しかしオレも慣れてしまったな。こうやって胸を押し付けられながら首元で匂いを直接吸われても動揺しなくなった。何も考えなければすぐに終わると気付いたおかげだな。

 

「……ペロ」

「っ!? うおおおおおい!? 何してんだ!?」

 

 突然舐められて思わずハヤテを引き離した。

 彼女は何処か不満げな顔でこちらを見ており、舌を口の中に戻しながら苦言を零す。

 

「センシ、もっと恥じらいを持って欲しい。その方が良い匂いがする」

「何言ってんのお前」

「その方が滾る」

「本当に何言ってんの???」

 

 滅茶苦茶な事を言っているハヤテにため息を吐く。

 こいつの言っている事を理解しようとしても意味がないな。

 オレは彼女を放置して夕飯の準備に取り掛かった。

 

「ん。今日は明星ホムラは来るの?」

「あー、いや。今日は来ないな」

 

 先ほどメールが来たのだが、どうやら買い出しはシスイとシオンと一緒に行くらしい。

 だからオレにはハヤテの足止めを頼まれていた。

 ……文面から相当嫌だったみたいだが。おそらくシオンの提案だな。そこにシスイも乗っかったか?

 

「ん。そう」

「なんだ? 寂しいのか?」

「少し」

「……」

 

 意外な答えに思わず黙ってしまった。正直、ハヤテはホムラの事を嫌っているのかと思ったが、実はそうでもなくて仲が良いのか? 裏で遊んでいるとか。

 

「反応が面白いから。もっと遊びたい」

「ほどほどにしとけ」

 

 違った。ホムラ()遊ぶ予定だったみたいだ。

 

「そういえばセンシ」

「なんだ」

「黒歴史見つけた」

「――」

 

 その言葉を聞いて、料理の手を止める。

 振り返り彼女を見ると普段と変わらない無表情だ。しかし隠し切れない期待が感じ取れ、それが本当だという事がよく分かった。

 

「そうか。ありがとう」

「ん。でも急いだほうが良い」

 

 ハヤテは――これから起こる未来を語る。

 

「天ツ上ヒカリが明日、全S級ダンジョン探索者で取りに行くと言っていた」

「――」

 

 オレは思わず顔を顰めた。かなり面倒な事になっている。

 全てのS級ダンジョン探索者を使うと踏み切るという事は、あの黒歴史を重要視している事の証明。アルスターから聞いていたけど……。

 

「場所は?」

「東京のダンジョン。今回、遠征に行った所」

 

 それを聞いたオレは、シスイがお咎め少なくこちらに帰って来れた理由を察した。

 彼女の配信のアーカイブを見る限り、確かにダンジョンのボスモンスターを倒していた。しかし帰還の後(ゲート)が閉じる気配は一切しなかった。

 

「確実なのか?」

「ん。今回の任務でダンジョンの中に入って、一番奥から匂いがした」

「そういえば、お前の今回の仕事って」

「ん。遠征チームのお出迎え」

 

 そして、それを一緒に熟したのは天ツ上ヒカリと東京に居るS級だったらしい。

 三人がかりで追撃してくる準ボスモンスターを撃退していたが――あの苛烈さには黒歴史が関係していたのか。

 

 天ツ上ヒカリはそれで確信したんだろうな。何かあると。そしてそれがオレの黒歴史だと。

 

「どうする?」

「……ハヤテ。夕飯はもう少し後になる」

 

 エプロンを脱ぎ、彼女を伴って家を出る。

 

「彼女たちより先に回収する」

「ん。分かった」

 

 二冊目の黒歴史の破壊の為に、オレ達は東京に向かって跳んだ。




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