SSRの黒歴史を回収する為に、ダンジョンを探索する 作:カンさん
センシは白の英雄となって、日本上空を跳んでいた。
その1km後ろをハヤテが必死に追いかける。それを見ながら少し速度を落とした方が良いかな? と思っているとアルスターが念話で話しかけて来た。
【ダンジョンの空間転移機能は使わないのかい? 探索者となった今なら君でも使えるけど】
7つの都市ダンジョンは魔力で繋がっており、それを利用した移動手段をギルドは保有している。
この機能により探索者たちは他の地域のダンジョンに遠征や救援に行く事が可能だ。シスイも、カゲロウチャンネルで母校がピンチである事を知った際、兄からの説教を抜け出して駆け付ける事ができた。
【普通にバレる可能性があるだろ?】
【ふむ。それは確かに】
【問題はハヤテだが……】
このまま彼女とダンジョンに潜るのにはリスクがある。以前と違って彼女の魔力はギルドに登録されてしまっているからだ。
もしダンジョンに一緒に潜っている光景を見られてしまえば、ハヤテの立場が危うい。
【ん。私は問題無い】
【そうもいかないだろ】
【だったらこういうのはどう?】
ハヤテは考えられたシナリオをセンシに伝えた。
遠征チームを出迎えた際に黒歴史以外の妙な気配を感じ、調べていた所ピンチに陥る。その際に白の英雄によって助けられた、と。
そうすればハヤテが一人でダンジョンに潜った理由も、白の英雄と共に行動している理由にもなる、と。
【意外だな。お前、そういう嘘も考えられるんだ】
【ん。かなり失礼】
普段のハヤテらしからぬ言動にセンシは驚きつつも、その提案を飲む事にした。
数分後、件のダンジョンを見つけた二人。
ハヤテは周りに人の匂いがしないのを確認して、そのまま風の魔法で姿を消して中に入る。当然その際センシを思いっきり抱き締めて深呼吸するのは忘れない。
「これ本当に必要?」
「必要必要」
バレる事なくダンジョンに入った二人は、そのまま奥に進む。
道中、当然の如くモンスターが現れたが……。
「ん。襲ってこない。さっきと全然違う」
ヒカリ達と遠征チームを出迎えに来た時、モンスター達は当然の如く襲い掛かって来ていた。
流石はSランクのダンジョンのモンスターとも言うべきか、雑魚モンスター一体一体が強く、少しでも気を抜けば殺される恐れがあった。
しかしそのモンスター達はセンシに怯えて出て来ない。あの白い鎧を来た彼はそれだけ脅威なのかとハヤテは改めて力量差を感じる。
「此処が最奥部か?」
15分程進んだ所で広く開けた場所に辿り着く。
周りが様々な色に変化し続ける岩で覆われた空間で、粘りついた気配が二人をジッと見ていた。
「カロロロロロ……」
「ん。コイツは確か……」
そして高い天井に潜んでいたモンスターが、壁を伝って降りてくる。現れたモンスターを見たハヤテは、何故コイツが此処に居るのか分からないと戸惑いの表情を浮かべる。
3つの顔がくっついた異形の頭。左右の頭と中央の頭は隣接する顔と目を融合しており、頭が三つにも関わらず目が4つとチグハグ。口もまるで花弁のように歪な形で開かれていた。
胴体からは6の前足と6の後ろ足が生えているが、内8本は横腹からぶら下がっているだけで機能していない。
そして3つの尾はユラユラと揺らめき、時折絡み合うがそのまま融合、分離を繰り返して気味の悪さを見る者に与える。
「このダンジョンのボスモンスター【ミドラ】。でも、確か遠征チームが倒した筈」
「普通ならボスモンスターは復活しない、が……」
つまりイレギュラーが発生している、と。それもSランクダンジョンにて。
これは、今まで起きた事のない異常事態である。
イレギュラーが起きたダンジョンの危険度は本来なら一段階上がるのだが、S以上のランクをギルドは設けていない。
あえて言うならS+とでも言うべきか。
「ハヤテ。退がっていろ」
「センシ」
「此処はオレがやる」
このイレギュラーの原因が何なのかをセンシは察している。
見つからない黒歴史。そしてそれを作り出したのは星の意志──つまり高純度な魔力の塊でもある。
異界の神が作り出したボスモンスターが取り込めばどうなるかなど分かりきっていた事だった。
ハヤテを下がらせたセンシは、一気に駆け出して拳を叩き込む。
「オラァ!」
しかしミドラは三つの鼻、4つの目からセンシの動きを察知し回避行動に映っていた。
それでもセンシの攻撃が当たるが、その衝撃は身体の中を巡って脚に辿り着き、そのままダンジョンに受け流した。
「器用な事をするなぁ」
ハヤテは初めてセンシの攻撃が効かない敵を見た。
遠征チームが倒したボスモンスターと同じ? ──否。その時よりも何百倍も強化され、改造されている。
「ガルァ!」
にゃるりと胴体から生えて飾りとなっていた8つの脚が伸びた。まるでゴムの様だ。ハヤテは生理的嫌悪感を抱く。
伸びた脚達は次々とセンシに殺到し、切り付け、踏み倒し、殺そうとする。しかしセンシはミドラの猛攻を全て避け切った。
「──はっ!」
「ガオ!?」
それどころか、全ての脚が一列に並んだ瞬間駆け抜けて手刀で斬り裂いた。
ミドラが痛みに悲鳴を上げて動きを止める。その瞬間、センシは懐に飛び込み、強烈な蹴りの一撃でミドラを打ち上げた。
「ガルァ!?」
「空中なら衝撃は受け流せないよな」
拳を握り締め跳躍し、一気に距離を詰めたセンシは──そのまま腕を振り上げて突き抜ける。
ミドラは花弁の様な口を開き、4つの目を白目にし、そのまま絶命する。
サラサラと魔力の化して消えていく中、センシは着地して一息つく。今の彼にとってそこそこの難敵だったようだ。Sランクのボスモンスターださえも。
「……凄い」
その光景を見ていたハヤテは思わず呟き、そしてそんな彼を拘束できると豪語する他のS級に……特に天ツ上ヒカリを警戒した。
「センシ、お疲れ様」
「……」
「センシ?」
労りの言葉を送るも、センシは反応を示さない。
鎧で表情が見えないが、雰囲気から怪訝な顔をしているのは何と無く分かるハヤテ。どうしたのだろうかと首を傾げているとようやく彼が口を開く。
「黒歴史は何処だ?」
「え?」
そう言われて見渡してみれば、確かに何処にも黒歴史が無い。
ハヤテはすんすんと鼻を鳴らして匂いを探すと──ツンッと強い刺激臭と共に見つけた。場所は自分たちの後ろ。
彼女が見つけたと同時に、パチパチと拍手をしながらソレは現れた。
「いやはや。流石は白の英雄ですね」
「……お前」
2人にとってソレはあり得ない光景だった。
聞き覚えのある声。見覚えのある姿。しかし感じる気配は別物。
「ん。確か……イイサキ?」
「犬崎だよ。風緑ハヤテ」
センシ以外基本的にどうでも良いと考えているハヤテは、まだクラスメイトの名前を覚えていない。
それは彼女に不快感を与えた犬崎も同様であり、目の前の本人から訂正されてしまう始末。
しかしセンシは鼻で笑い、目の前の犬崎の体を持つ誰かに言い放った。
「ソイツの名前を騙るなら、もう少し演技したらどうだ──異界の使徒」
「初めからぼくの存在に気付いているのに、必要かい?」
犬崎──否、異界の使徒は顔を歪めて嗤う。
【異界の使徒】。その存在が初めて確認されたのは、2029年12月25日の札幌ダンジョンにて起きた第4次ダンジョン災害である。
当時のS級ダンジョン探索者が殺害され、札幌ダンジョンを異界側に堕ちた一件は教科書でも乗っている悲劇だ。
しかし、彼らの脅威を最も語る事件といえば――5年前の史上最悪のダンジョン災害と言えよう。
「
「それは
異界の使徒は7体存在し、同時に全て現れたのが5年前である。
この異界の使徒たちが起こした災害により、一般人の死亡ならびに行方不明者は30万人に及び、ダンジョン探索者もかなりの人数が犠牲となった。
当時のS級ダンジョン探索者は、天ツ上ヒカリを除いて全員この異界の使徒たちにより惨殺されている。
「それがぼく達の存在意義だからね。仕方がないって奴さ」
「だからこそオレはお前たちの存在を認めない」
「――ふん。英雄様は優しいね」
その言葉に、先ほどから黙って聞いていたハヤテは。
「――お前、気に喰わない」
風を纏って跳び出し、蹴りを放つ。しかし。
「……!」
「ふふふ。共感しよう。君の苛立ち、怒りを」
彼女の蹴りは届かなかった、まるで見えないナニカに阻まれているかのように。
異界の使徒は影で作った棍棒を作り出し、そのままハヤテを振るって吹き飛ばす。
「ぐっ……!」
その動きをハヤテは知っている。遠征チームを出迎えた際に、
異界の使徒の今の動きは、そのダンジョン探索者と同じ動きをしていた。いや、もしかしたらもっと洗練された……。
「舐めるな!」
翼を羽ばたかせてヒットアンドアウェイで攻撃に転ずるハヤテ。しかし全てを流麗な棒術で受け流され、彼女はそれに酷く苛立つ。理由は無いが、異界の使徒があの戦い方をするのが心底気に入らなかった。
ならば、と弓に風の矢を番えてハヤテは魔法を放つ。
「サウザンド・ウインドアロー」
鼻で異界の使徒を捉え、千を超える矢を一斉に放つハヤテ。
そして自らも弾丸の様に突っ込み、蹴りの態勢で襲い掛かる。逃げ道を塞いでからの強力な一撃を叩き込む算段だ。
「素晴らしい力だね。どれだけの研鑽を積んだのか――ぼくは共感するよ」
そう言って異界の使徒は。
「
「――!?」
一瞬で黒い風の矢を千本を……否、二千本創り出して解き放つ。
それによりハヤテの矢は全て撃ち落とされ、さらに残りの千本の矢が彼女に殺到する。
「くっ」
ハヤテは蹴りの態勢のまま体を捻って回転し、風の防御壁を形成する。まるで竜巻そのものとなった彼女に矢は届かなかったが――。
「
「なっ……!?」
いつの間にか移動していた異界の使徒の蹴りにより態勢を崩される。さらに。
「
「っ、舐めるな!」
異界の使徒の連撃が放たれ、それにハヤテも応戦。しかし技量差は凄まじく何発か直撃を喰らってしまうハヤテ。
そしてトドメに――。
「
黒く淀んだ水の魔力を纏った棍棒がハヤテに向かって解き放たれ、ハヤテは避けられない事を察し――。
「そこまでだ」
割り込んできたセンシによって救出された。
異界の使徒の一撃とセンシの拳が激突し、爆音と衝撃波がダンジョンに走る。
センシはハヤテを抱えて地面に着地し、異界の使徒もまた追撃を仕掛けずに降り立った。
「ふん……黙って見ているのかと思ったけど?」
「ハヤテが嫌がっていたからな。でもそうも言っていられない展開になったし……」
チラリとセンシは、物凄く悔しそうな顔をしているハヤテを見る。
彼女は己の強さに絶対の信頼を抱いているから、例え好きな人相手でも助力されるのはプライドが傷つけられるらしい。
だが、それ以上に……。
異界の使徒は鼻を鳴らして面白くなさそうにセンシを嘲笑っていたが、次にこちらを見て顔を青褪めているハヤテに視線を向ける。
「どうやら気付いたようだね、ぼくとの差に。可哀そうなほど震えている――でもぼくは共感するよ。君の恐怖を」
「……センシ、こいつ」
「落ち着けハヤテ。オレが居る限りお前は死なせない」
ハヤテは匂いで相手の力量を測る事ができる。その力によってこれまで生き伸びる事ができた。
倒せるモンスター。敵わないモンスター。倒してはいけないモンスター。戦ったら死ぬモンスター。全てを彼女の鼻が識別していた。
しかし――目の前の異界の使徒は違う。
分からないのだ。どれだけ強いのか。どれだけ自分との間に差があるのか。
だから戦いを仕掛けて――その差に慄く。
異界の使徒の強さは――S級ダンジョン探索者三人分と言われている。
「本当に反吐が出る程優しいね。そんな君を犬崎は心底嫌っていたよ」
「……」
「でもそれも仕方ない事さ。彼の憎悪をぼくは共感する。だからこうして君の前に立てる事ができた!」
「物は言いようだな。どうせ言葉巧みに騙した癖に」
「ふふふ。さて、どうだろうね」
それはそれとして。
「さて――そろそろ死んで貰おうかな」
「……なに寝言を言ってんだ? もう忘れたのか?」
センシが何処か呆れた様な視線を異界の使徒に送る。
「5年前、お前らは5体掛かりでオレに惨敗したじゃねぇか。たった1体で勝てる訳がないだろう」
「ふ――それはそうだよ。その時のぼく達は、君の事を何も理解していなかったからね」
そう言って異界の使徒は……ある物を取り出した。
それを見たセンシの表情があからさまに変わる。ハヤテの鼻がその存在に気が付いた。
「それは」
「そう。君の半生が記された英雄譚だよ」
センシは、物凄く嫌そうな顔をした。
「そちらの星の意志は随分と詳細に書いてくれたね。おかげで君がどんな人間で、どの様な経緯でその力を得て――どうしてそこまで強いのかを理解したよ」
「……」
「故に確信した――ぼくなら勝てると」
異界の使徒は自信満々に答える。センシを――白の英雄を終わらせるのは己だと。
「それが可能なのは、ぼくの
異界の使徒が叫ぶと、彼は影でできた翼を広げて空を舞う。さらに手には影で作られた弓を携えて――矢をハヤテに向かって放った。
「っ!」
「おっと」
しかし当たる前にセンシが叩き落とした。
ハヤテは彼にありがとうと言いつつ、先ほどの矢の動きを見て心底驚いていた。あれは、見間違いでなければ……。
「……私の矢?」
「それだけじゃないよ!」
異界の使徒から膨大な魔力が吹き出し、黒い風が周囲を包み込む。
「――契約に従い、我に従えウェルフの王」
――近接でも遠距離でも当たらないのなら、避けられない魔法を広範囲に放つしかない。
当時の記憶がハヤテの脳裏に思い浮かぶ。
「矢と風。刃と嵐。剣と狂飆。獲物を喰らい尽す猛獣の牙」
宙に舞い、魔力を練り、詠唱を唱える異界の使徒の姿を、センシはただ見上げていた。
その姿に異界の使徒は嗤い続ける。
「自転せし空の間の斬り風。公転せし時の間の断つ風」
ハヤテの頬に冷や汗が伝い始めている。異界の使徒は、奴の力は――。
人に害成す風が、雫となった汗を乾かし、そして体温を奪っていく。
「愚鈍極まりし罪ある者に罰を。賢者遠き罰ある者に罪を」
ハヤテは咄嗟に矢を放とうとして、
「我に慈悲の赤き雨を。汝に苛烈なる災厄の渇きを!」
センシに止められる。
「テンペスト・ファングブレイカー!」
そして放たれる半径5km全てを風の刃でズタズタにする準最強風魔法。
ハヤテが使用した時はA級以下のモンスターはミンチすら残らず、S級モンスターですら致命傷を負う威力だが――異界の使徒が放った魔法はそれ以上だ。
「――ぼくの
ダンジョンをズタズタに引き裂く嵐の中、異界の使徒は叫ぶ。
「見た者の全てを共感し、その者の全てをぼくのものにできる!」
センシはその嵐に対して一瞬で100発のパンチを当てて相殺する。
「さらに此処は異界ダンジョン! あのお方が、ぼくの為に作り出した世界!!」
風が止み、異界の使徒を見たハヤテは目を見開く。
「故にこのダンジョンに居る者全てを見る事ができる! 共感する事ができる!」
その先に居たのは犬崎の姿をした異界の使徒ではなかった。
「この意味が分かるか――白の英雄!!」
「……なるほど、そう来たか」
――異界の使徒の全身を黒い鎧が包み込んでいた。
そしてその鎧の姿に二人はあまりにも見覚えがある。
先ほどまでの犬崎の狼の獣人の上から形成されたその鎧は――白の英雄そのもの。
「これが――君を終わらせる、君自身の力だ!!」
異界の使徒は、センシと全く同じ鎧を身に着けていた。
黒く、昏く、暗い――純白を汚した闇の様に変色した……英雄の力を。