SSRの黒歴史を回収する為に、ダンジョンを探索する 作:カンさん
まるで一つの塊の様に大群の蜂がハヤテに襲い掛かる。しかし天翔ける彼女の動きは素早く、一向に捉えられる気配はない。
「フッ」
振り返り弓を構え、風の魔法で矢を形成。番えた矢を解き放つと大群の中に突っ込み何匹かの蜂を穿ち殺す。しかし無数に存在する蜂は突撃する勢いを失わず、そのまま仲間の亡骸を無視して彼女に襲い掛かった。
それを華麗に躱し、チラリと本体である女王蜂を見てみるとハヤテが撃ち落とした数以上の蜂を巣から吐き出していた。
このまま放っておけばこの空間が蜂で埋め尽くされるかもしれない。
「ん。飛行はこんな感じ……」
次々と矢を放ちながら己の肉体の性能を再確認しつつ、風魔法と己の嗅覚で全ての蜂の位置を確認するハヤテ。ついでにセンシの匂いもつまい嗅ぎする。
空間を把握したハヤテは逃走の動きから、次は攻めの動きへと変更させる。翼を羽ばたかせて、蜂の大群の中に突っ込む。そしてそのまま脚を蜂の胴体に叩きつけた。
ビィ、と悲鳴を上げて体を真っ二つにさせながら吹き飛ぶ蜂。その先で仲間に激突し、その衝撃で他の仲間を巻き込んでいく。
ハヤテはさらに他の蜂を踏み付け、さらに次、そのまた次とまるで足場から足場へと移る様にして蜂の大群の中を移動していく。
「風と弓から遠距離タイプだと思ったけど……随分と器用な
――【
それは、選ばれた者が授かる人智を超えた異能の力。
炎や風の魔法を操ったり、異世界の住人の姿となってその力を振るったりとその能力は多岐に渡る。ダンジョン探索者たちはこの力を使って日々深淵の奥深くへと、富や名声、力、さらには世界の真実を追い求める。
そしてその選択基準は星の意志によって決まる。
『風緑ハヤテの
そういえば馬の尻尾があったな、とダンジョンに入る際に際どい部分をさわさわされていた事を思い出すセンシ。
あいつセクハラしかしねーな。
そう考えながらも本来の自分と違う体を器用に扱う彼女の技量の高さに内心舌を巻く。
「ん。こっちもいい感じ」
ドガンッとひと際大きい音を立てて蜂を踏み付けて上空に跳んだハヤテ。眼下に広がる蜂の大群全ての位置を把握しながら弓を構える。さらに彼女の目の前に緑色の魔法陣が現れた。
「我が手に宿れ、ウェルフの民。邪悪を射抜く疾風の刃。捉えるは聖なる裁きの牙」
練り込まれた魔力を感知した女王蜂が、働き蜂たちに指令を出して一斉に突撃させるが――。
「サウザンド・ウィンドアロー」
既に彼女の魔法は完成し、解き放たれていた。
魔法陣から千の風の矢が放たれ、風の魔法と嗅覚で捉えた蜂たちを貫通させて次々とその数を減らしていく。それこそ女王蜂が新たな手駒を増やす前に全滅させる前に。
バラバラと残骸が宙を舞う中、ハヤテは翼をはためかせて女王蜂に向かって一直線。
「ビィイイイイイ!!」
反転させて下半身の巣をハヤテに向ける女王蜂。そこから毒に染めた卵をガトリングの様に乱射していく。
しかしハヤテは毒の一滴すら回避し、反転し脚を構える。そして風の魔法で足を起点に竜巻上に空気の流れを形成し、巣に向かって突っ込んだ。
放たれる毒の卵を弾き、鋼鉄の様に硬い巣を砕き、そして上半身の核を蹴り抜き、そのまま地面に着地。
「キ、キャ……!?」
「ん――前よりちょっと動きやすい」
核を砕かれてボロボロと体組織を崩壊させていく女王蜂に目もくれず、己の
風に乗って舞い、素早く、何より傷一つ追わずにA級モンスターを倒した彼女にアルスターは感心した様に頷いた。
『他のS級と比べても遜色ない実力だね』
「ふーん。確かに凄かったな」
あまり自分以外の人間の戦闘を見た事ないセンシは、アルスターの賞賛の言葉に曖昧な反応を示す。それでも今回の件である程度の指標はできたな、と思った。
ハヤテと同じくらいの実力者なら、このくらいの気配のモンスターを倒せる、と。
「センシ。どうだった」
「凄かったな。あんなに器用に飛ぶとは」
「……センシ、本当に凄いんだね」
自分の実力を理解しているハヤテは、センシのその言葉に彼の規格外の力に対して認識を改めた。普通の人間は彼女の動きを視認する事はできない。
正直、もし彼に執着する理由が無ければハヤテはセンシとは遠く離れた場所で暮らしていたのかもしれない。
そんな事はあり得ないが。
「もっと褒めて良いよ」
「うん。凄い凄い」
「ご褒美に嗅がせて」
「お前そればっかりだな」
余裕そうだったのでハヤテの要望を却下し、センシは目当ての物を探す事にした。
……しかし、見当たらない。本来ならドロップする筈のアイテムが入っている宝箱が出てこないのである。
昨日では無かった出来事だ。つまり――。
「ちょっとごめん」
「え?」
瞬間、ハヤテの前から音もなくセンシが消え――遅れて轟音と衝撃がハヤテを襲った。
「きゃっ!?」
『危ないな』
いつの間にかハヤテの肩に乗っていたアルスターが魔法障壁にて受け流すが、それでも彼女はバランスを崩して尻もちをついた。
それを横目に見て後で謝ろうと思いながら、しかしセンシはぐんぐんと空高く昇っていく。
女王蜂とハヤテが空中戦を行っても尚、視界に映らなかった天井が見える。正確には目に見えない結界のようなものだが。
センシは、
「さっさと返せ」
思いっきり拳を振り抜き――世界が割れた。
◆
「本当に持っていやがったな」
帰宅して黒歴史をビリビリに破るセンシ。中身を確認した所、確かにアルスターの言う通り日本語に翻訳されていないが、彼の黒歴史がしっかりと書かれていた。
見つけたご褒美を貰ってご満悦だったハヤテは、ようやく落ち着いた感情と身体にホッと一息入れて彼に尋ねる。
「センシ。何で自分の事そんなに隠すの?」
「どうしたいきなり」
「アルスターから聞いた話は、正直そこまで恥ずかしがる内容では無かった。アレを黒歴史と呼ぶ理由が分からない」
「何話してんだテメェ」
『だって君に口止めされる前の話だったし』
ギリギリとアルスターの頭を握り締めるセンシ。バキボキと鉄が変形する音を響かせながら弁明するが、既に死刑は執行済みである。
それはそれとして。
センシはハヤテの問いにどう答えようか迷う。
「恥ずかしいものは恥ずかしいんだよ」
「でも勿体無い。力と名声があれば何でもできる。何でも手に入る」
ハヤテはこの5年間ずっと一人で暮らしていた。両親や親戚は災害で死に、頼る人間が居なかった彼女はダンジョンに潜り、そこで手に入れた素材やレアアイテムを闇市場で売って生活費を稼いでいる。
ダンジョン探索者として使われたく無い彼女は、その類稀なる力で裏社会で信用を得て生き永らえた。
「……まぁ、回収の手伝いをして貰っているから話すか」
センシは口を開き、何も知らず力を得て調子に乗っていた時の事を話した。
「偶然に、奇跡的に、運良く力を得たオレは何度もダンジョンに潜り続けた」
そしてその度に強くなるのを実感したセンシ。正直に言えば彼はその時楽しかったのだろう。嬉々として出て来るモンスターを殴り殺し、最下層に辿り着く度に死闘を繰り広げ、強敵に勝利していく。
高揚感。達成感。優越感。当時12歳の少年には麻薬にも等しく、彼は人知れず最強となり、そして英雄と呼ばれる存在となった。
「そんな夢が覚めたのは5年前のあの日だよ」
世界に彼という英雄が現れた日、空我センシは英雄に憧れるのを辞めた。
「どうして?」
「救えなかった事を突き付けられたからだ」
ハヤテを救った後に助けた幼き少女からの叫びは、今でもよく覚えている。
【何で今更助けに来たの!? もっと早く来てよ! 英雄気取り!? ──ふざけないで!】
大丈夫? とカッコよく笑顔で問い掛けて帰って来た言葉がそれだった。
「すっごいヘコんだ。それと同時にオレは何やってんだろって気付かされたよ」
その後はまるで贖罪するかの様に全国を走り回り、3日掛けてダンジョンから溢れ出したモンスターの大群を一人で殲滅した。
民衆はそれに感謝し、今でも彼の事を英雄だと讃えている。しかし誰よりもセンシ自身が己を英雄と認めていない。
「だから黒歴史。馬鹿だったオレを忘れるつもりは無いけど、知られたく無いんだよ。恥ずかしいから」
「……分かった」
ハヤテは全てを聞いて頷き、彼の黒歴史に対するスタンスを受け入れた。
彼が何を考え、何を思い、何を感じたのか。他ならぬ本人から聞いたのだから、これが皆が感謝する英雄の真実なのだろう。
だが、だからと言って事実はそうとも限らない。
「センシ。私はあなたの事が好き」
「お、おおう。流石に分かる……」
突然のハヤテの言葉に顔を赤くさせて肯定するセンシ。むしろアレだけの行動をされて理解できないのは、頭のおかしい人間かラノベやアニメの鈍感系主人公くらいだろう。
「でも今日一つ嫌いな所ができた」
「ぐっ……」
グサリと彼女の言葉が突き刺さる。
仕方ないとセンシは思っていた。英雄の正体が調子に乗った承認欲求の塊だったのだから。
「……多分勘違いしていると思うけど」
それを感じ取ったハヤテはすぐに訂正する。
「さっきの話を聞いてセンシがおかしいと思った訳でも無いし、失望した訳でもない。そもそも少し前まであなたの事知らなかったし」
『名前も知らなかったしね』
「やっぱりどう考えてもおかしいだろう」
しかし事実である。
「センシ。私は何で君の事が好きだと思う?」
「え? 匂いだろ」
ハヤテと書いて究極の匂いフェチ(センシ限定)と読む。
「ん。正解。でもそれだけじゃ無い」
ハヤテはセンシの座っている隣のソファに座り、至近距離から彼の目を見る。ドキリ、と心臓が高鳴った。
変身をしていないのに、目の前の彼女が何処か神秘的に見えてしまい目が離せない。
「センシは私を救ってくれている」
「……さっき言っただろう。君を救ったのは――」
「違う。
ハヤテの頬が赤く染まり、センシ以上に心臓の鼓動が早くなっていた。
「ずっと独りで、何で生きているのか分からなかった私は……あなたに出会えた事で生きたい理由ができた。
この5年間あなたを見つける為に必死に生きていた。
全部、全部、全部──あなたが私を……今この瞬間まで、生きる理由になってくれた」
センシに抱きついて、彼の胸に頭を寄せるハヤテ。
深呼吸して、大好きな匂いが彼女の体の中に入り、幸福感が包み込む。
「だから──私を救ってくれたヒーローの事を、悪く言うセンシが少しだけ嫌いになった」
「──」
「そしてそれは多分私だけじゃ無い筈」
「……そう、だな」
考えを改めるつもりは無い。
これからも黒歴史は隠すし、バレる前に処分するつもりではある。
だが──彼は自分が助けた人の事を覚えて、考える必要がある事を学んだ。
「ハヤテ」
「なに?」
「これまでお前の事ヤベー女だと思っていた。正直美少女である事を加味しても」
「えっへん」
褒めていない。
「好意を向けられているのも、獣が好物の肉に群がっているのと同じだと思っていた」
『それは仕方ないね』
「自覚している」
否定しないのかよ、とセンシは笑いそうになった。
「まぁだから正直ハヤテの事は好きではなかったんだが」
「……ん」
「今、ちょっと好きになった」
「──!」
そう言ってセンシは赤くなった顔を隠す様にして逸らした。
異性に対する好意では無い、と思う。しかし自分の事を好きだと言ってくれる少女のその清い心をセンシは尊い物だと感じ、それに呼応して好感を覚えるのは必然だった。
故にセンシは素直に己の想いを告げた。ハヤテが嫌われる事を覚悟して本音を語ってくれたから。
「あー、その。できれば離れて貰って良い? 恥ずかしくなってきた」
しばらくしてセンシは限界が来てハヤテにそう告げる。
そもそもハヤテ自身がスタイルが良く美麗な少女な為に、こうして密着されるのは多感な時期の彼には色々と毒だ。
「ん。無理」
「え?」
逸らしていた顔を戻すと、そこにはセンシ以上に顔を真っ赤にさせたハヤテが居た。
それもこれまで以上に理性のぶっ飛んだ目でセンシを見つめて、鼻息と呼吸を荒げた状態で。
あ、やばい。喰われる。
『発情しているね。昨夜の君と同じ様に』
「言っている場合か!」
『そして君自身もこの状況を少し嬉しく思っている』
「ちょ、ちが、ば……うるせぇ! バーカ!バーカ!」
アルスターが分かりやすく現状を告げるも、センシはそれを飲み込めない。
ガッシリとセンシを抱き締めたハヤテが深呼吸を何度も繰り返し、さらに体をモゾモゾさせている。ちょっと湿っている。
『ふむ。こういう時に言うべき台詞を我々は知っている。4時間くらい出ていようか?』
「お前のその知識は何処から取って来ているんだぁ!?」
離そうとするも全く離れないハヤテ。
センシの匂いを吸収しながらも、目は彼の顔をロックオンしたままだ。先ほどの戦いでもここまで敵を捕捉していなかった。
『それじゃあ、我々は帰るよ』
「お前ずっと居着いていた癖にこういう時は帰るのかよ!ふざけんな!助けろ!」
『満更でもない癖に』
「正直に言う!否定しない!でもそれ以上に怖い!」
このまま受け入れたら色々とナニカを失うのは確定だ。それはアルスターも分かっているのだろう。
仕方ない、と必死に懇願するセンシに根負けしてハヤテの頭に止まる。
そしてその躯体から魔力を出すと──パタリとハヤテはソファに倒れた。
「──スー。スー」
「た、助かった」
『やはり魔力酔いを起こしていた様だね』
「魔力酔い?」
ハヤテの頭からセンシの肩に乗り移ったアルスターの呟きに、彼は反応を示す。
『祝福を得た人間は得てして自己陶酔する。元々無かった力を注ぎ込まれるからね。一種の防衛本能みたいなものさ』
センシもまた同じ状況に陥っていたが故に、彼の言う黒歴史は生まれていた。
戦闘力という分かりやすい形で表に出ていたのも要因だろう。
「でもハヤテは5年前に祝福貰ったんじゃ無いのか?」
『さっきの調整が原因の一つだろうね』
「なるほど」
『まぁ大部分は彼女の理性が乏しいのが理由だよ』
「ダメじゃねぇか」
それに流されかけたセンシも要反省ではある。
眠ってしまったハヤテを母親の寝室に運んでベットに寝かせるセンシ。今日が幼馴染が来ない日で助かったと安堵する。もし鉢合わせたらどうなるのか想像したくない、とブルリと体を震わせる。
部屋を後にしたセンシは隣の自室に戻った。
「オレも寝よう」
『うむ。しっかりと休んだら良いよ』
「はいはい」
親の言いつけに対しておざなりな対応をする子どもの様な返事をするセンシ。アルスター存在的に、全人類が子どもの様な物だが。
『それはそうと、もう一冊はどうするんだい?』
その言葉にピタッと動きを止めて、深いため息を吐くセンシ。
福岡のダンジョンを出た後、次に向かったのは東京だった。しかしそこにある黒歴史を彼らは回収する事ができなかった。何故ならば。
「もうギルドに回収されたんだよな──どうしよう」
最も恐れている事態が起きており、センシは頭を抱える。
いくらハヤテとアルスターの力を借りても、流石にギルド内にバレずに侵入し保管されている黒歴史を回収する事は不可能である。
「方法は考えるしかないけど、結局のところ一つしかないよな」
『我々はオススメしないとだけ』
「迷惑は掛けられないんだよ」
これ以上は話しても仕方ないと判断し、彼は床に着く。
色々と疲れた為、彼は昨日と違ってグッスリと眠る事ができた。
「センシ。昨日は激しかったね。ぽ」
「それ夢だぞ」
その日の朝、ハヤテの絶望した表情をセンシは初めて見たのであった。