SSRの黒歴史を回収する為に、ダンジョンを探索する 作:カンさん
夕飯を作り終え、二人で食卓につく。
肉じゃがを食べるセンシの対面の席に座って見るホムラ。
頬杖をつき、身を乗り出す態勢をしながらスマホを操作する。
「アタシも見てみたけど、遠征部隊帰って来るみたい」
ドラゴンチャンネルのアーカイブを流し見しながら、相変わらずうるさいクラスメイトの姿にフッと鼻で笑う。しかしその表情から、配信主の無事な姿に安堵をしているのは明らかだった。
「そうか」
「……編集で誤魔化しているけど、犠牲者は出ているっぽい」
他の過去のアーカイブを見ているのだろう。明らかに映らなくなった探索者が居るのに気が付いたのか、ホムラの表情が曇る。
ダンジョンギルドは、さらなる資源の探索や災害の抑止の為に全国の探索者を招集して遠征を行う。
今回の遠征は東京にあるダンジョンで行われており、参加した人数は23チーム。
そしてホムラの見ているチャンネルから察するに5人以上の探索者が力尽きているのが確認できる。怪我をして治療の為に療養中なだけならば良いが――その可能性は低いだろう。
この5年間に何度かA級探索者を主体にした遠征が行われているが、犠牲者0の時は無かった。
数回S級が同行した事があったが、それでも死者は出る。
それだけ最高難易度のダンジョンへの遠征は命懸けであり、覚悟が必要である。
「今回の引率は、東京のA級一位のチームだったか?」
「うん。それでもやっぱりS級が居ないから、どうしても犠牲が多いみたい」
そしてその犠牲者の中には見知った存在……広島のギルドから招集された探索者も居る。
ホムラはそこまで親しい間柄ではなく挨拶を躱す程度の交流だったが……それでもこうして明確に身近な人間の死を感じると気が滅入る。
「――はぁ。ホント。この世界は呪われてるね。今は犬崎の無神経さが羨ましいよ」
「……そうか」
犬崎という男は授けられた祝福が優れ、探索者試験で好成績を残した事により自信を得て、さらに短期間でA級になった事で天狗となっている。
先日の合同探索では常に前に出て己をアピールしており、ホムラは常にイライラしていた。何度炎の弾を誤射してやろうかと思った程だ。
「ん」
「はい、リモコン」
暗くなった空気を変える為か、ホムラはスマホを置きリビングのテレビを付ける。
すると丁度ダンジョン探索に関する特集を扱った番組が映り、コメンテーターが声高らかに叫んでいた。
『いやー。本当に居るのならダンジョンを攻略してくれませんかねぇ【白の英雄】さんは!』
センシの食事の手が止まる。
『あれって都市伝説でしょう? 5年前のアレも事実かどうか……』
『しかし天ツ上氏がその存在を肯定していますし、当時の目撃情報も多いですよ?』
『もしそうだとしても、無責任だと私は思う訳ですよ!』
白の英雄に対する民衆の認識は様々だが、大きく分けて三つに分けられている。
『人類を救ってくれる救世主』『最強の力を持ちながらも助けてくれない薄情者』そして『異界の神が用意した偽りの英雄』。
おそらく番組で声高らかに叫んでいるのは、白の英雄を敵視している派閥の人間だろう。彼の存在自体を疑っているのはそういう指示を出されているからか、そもそも認めたくないからか。
『本当にあの日……第6次ダンジョン災害を、日本全国に氾濫していたモンスターの大群をたった3日で収めたのならば! 東京を進行していた例のアレを倒せるのならば! S級ダンジョンを単独で攻略するのも簡単な筈ですよ!』
『それは確かにそうですね』
『今回の遠征だって、もし彼が居たのなら無駄な人員を割かずに済みましたし、過去の遠征も犠牲者を出さずに済んだ話ですよ!』
コメンテーターは興奮のあまり顔が赤くなり、義憤にかられたまま叫び続ける。
『力ある者は民を救うべきだ! 日本の為に、世界の為に、平和の為に戦うべきだ! 英雄と呼ばれているのなら尚更ね!』
コメンテーターの叫びを最後にテレビの電源が切られる。
リモコンを操作していたホムラは、不愉快に歪んだ表情をテレビに、先ほどのコメンテーターに向けていた。
「あほらし。何で白の英雄がダンジョン探索する必要があるんだか」
「……ホムラは、あのコメンテーターとは別の考えなんだっけ」
「当たり前じゃん。ダンジョンに潜れるのはダンジョン探索者だけ――別に白の英雄は探索者じゃないし」
先ほどのコメンテーターの様に力があるのなら日本の利益になるべきだと考える者も居れば、ホムラの様に無理強いするのは違うと考える者も居る。
そう考えるのは実際に
「でもさ」
「ん?」
「5年前に現れた白の英雄はたくさんの人を助けた――でも、もっと早く出た方が良いって思わないか?」
「……」
「もしそうだったら、お前の両親だって――」
まるで懺悔するかの様に呟くセンシ。ハヤテによって少しだけ考えを改めたが、それでも何処かで【英雄】に対して思う所があるのだろう。
しかし彼の言葉は中断された。
身を乗り出してホムラは、彼の両頬をパシンッと両手で挟む。むぎゅっと顔が歪みセンシは目の前を見る事しかできなかった。
「アタシのお父さんとお母さんが死んだのは……助けられなかったのは白の英雄のせいじゃない」
「……」
「──アタシが弱かったから。強くなかったから。力が無かったから。あの人の事は関係無いよ」
センシの目を真っ直ぐと見て彼女はそう言い切り、
「そして──アタシはアンタに救われた」
「……」
「それだけは胸を張って言える。だから、そんな泣きそうな顔しないでよ。セン」
ホムラは不器用ながらも笑顔で、最も信頼する幼馴染にそう嘆願した。
彼が嬉しいと自分も嬉しい。彼が怒っていると心配になる。彼が悲しいと自分も悲しい。彼が泣いていると──優しく抱き締めてあげたくなる。
だからなるべくホムラは、センシが自分の両親の事で後ろめたく思って欲しくなかった。
「……そうだな。ごめん」
「……うん。よろしい。それより早くご飯食べちゃって。あ、後いつもの採点してよ」
反省をしたセンシは、ホムラの言葉を受けて肉じゃがを食べながら……。
「とりあえず塩と砂糖入れ間違えてる」
「え゛」
言われて自分の分を食べてみれば、確かにしょっぱい。
こんな初歩的かつベタなミスをしてしまったとは、と彼女の頬が赤く染まる。
「あとジャガイモや人参の皮が所々残ってたり、ちゃんと中まで熱が通ってなくて固いのもある」
「はう!」
「それと水が多いから全体的に味が薄い」
「はにゃ!?」
──明星ホムラは料理がクソ下手である。
彼女は元々悪食家であり、腹の中に入れば味なんかどうでも良いと考えていた人間である。
それに異議を唱えたのがセンシの母である。女の子がそんな事を言うものじゃない、と。
「別に良くない? アタシが作らなくても」
チラチラと何処か意味ありげにセンシを見る彼女に、センシの父は微笑ましそうにしていた。センシの母はブチ切れた。
それからと言うもの、時間のある日はスパルタでホムラの料理に対するスタンスを叩きのめした。ついでにまともに作れないのなら
高校生になってからは、両親が不在の日にはこうしてホムラが料理を作り、それをセンシが食べて採点するのが日常となっている。
「まぁ、次に活かせ」
「うぅ……それで、何点?」
「100点」
彼の出した点数に、ホムラは不満そうにセンシを見た。……いや、嬉しくて緩みそうになっている表情筋を必死に抑えている。
「毎度のことながら、全くアテにならない採点ね……」
「改善点はしっかりと伝えたはずだが」
パクパクと、ホムラにとってはお世辞にも美味しいと言えない肉じゃがを食べ進めていく。
そんなセンシを見ながら、彼女は申し訳なさそうに、しかし何処か嬉しそうに言った。
「気を遣わなくて良いんだけど」
「いや――オレにとってこれは100点だよ」
「……そっ」
プイッと顔を背けて、彼女は自分が作った肉じゃがを食べる。
やはりしょっぱい。しかし……何処か甘い。
ホムラの頬が先ほどと同じくらいに赤い事を指摘する者は誰も居なかった。
「……そういえば、今日隣のクラスの子が話しかけてくれたんだけど」
「うん」
「アタシの態度、どうだった?」
「0点」
「はう!」
――ちなみに、ホムラはコミュ障である。
シオンやセンシ相手には自然体で接する事ができるが、親しくない相手には素っ気ない態度を取ってしまう。
さらにギャルの様な気崩した格好と顔つき、言動等により相手を委縮させるのはもはや日常茶飯事であった。本心では友達になりたいと思っているにも関わらず。
「うぅ……緊張すると喋れなくなるんだよぅ」
「それも問題だが、困ったらスマホに逃げるの辞めろ。シオン、笑っていたぞ」
「アイツ今度シバく」
他の女子生徒が、ホムラと仲良くなりたいと思っているのは肌で感じている。
故に期待し、自分の中で舞い上がり、暴走し、己の感情を出力するのがバグってしまう。
その結果一番楽なスマホによるヘルプをセンシとシオンに送り、集中しているあまり他の生徒から話しかけづらい雰囲気を作り上げている。
「はぁ……撮り溜めしたアニメ見て、また考えよ。何か解決策があるかもしれないし……!」
「お前、似た事この前して恥ずか死しかけたじゃねぇか」
ホムラはアニメオタクである。数多の好きなアニメキャラを嫁と呼び、声優ラジオにメロメロになり、センシに推しアニメを語る時は早口になる。
つまり、オタクに詳しいギャルなのである。別に優しくは無い。
「そう言えば今期のあのアニメ見た?」
「メッセージアプリで散々推されたから見たよ」
「どうだった!?」
「面白かったよ。最新話まだ見てないから後で一緒に見ようよ」
「うん!」
嬉しそうなホムラに、センシも自然と笑顔が浮かんだ。
ここ最近はダンジョンのイレギュラー化への対応。遠征部隊の穴埋め。絡んでくる犬崎へのストレス等により、彼女はイライラムラムラしていた。
大好きな物を大切な人と共有する時間は、彼女にとって掛け替えのない幸福である。
「でもご飯食べ終わってからな?」
「分かってる分かってる。あ、それと──」
ゾンッと一瞬でホムラの瞳のハイライトが消えた、気がしたセンシ。
「シオンのメッセージ、何が書いてあるか知ってるから」
「……」
そして体温が一気に減っているのはおそらく錯覚では無いだろう。
「後でその話、じっくり聞かせてね」
「……はい」
今日は長い夜になりそうだと、センシはため息を吐いた。