SSRの黒歴史を回収する為に、ダンジョンを探索する   作:カンさん

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第9話 格差

 学校が終わり、ホムラは広島ダンジョンに向かった。シオン共々呼び出しを喰らったらしい。今日は家に来なさそうだ。

 

「おかえりセンシ。ごはん()にする? お風呂()にする? それともわ、た、し?」

「せめて選択肢を用意してくれ」

「でも私、センシにはいつも選ばれていたいから……ぽっ」

『彼女は何を言っているんだい?』

「知らんよ」

 

 もはや当たり前の様に不法侵入している事には目を瞑り、センシは彼女の隣を通り過ぎ中に入る。その後をハヤテが追いかけた。すんすんと鼻を鳴らしながら。

 

「おい。勝手に匂いを嗅ぐな」

「人は呼吸しないと生きていけない」

「口でもできるだろう」

「私はした事ない」

「息をするように嘘を吐きやがる」

 

 サブスクはどうした? 契約違反か? と思いつつもツッコミを入れても仕方がないと判断したセンシはスルーした。

 リビングのソファに座ったセンシの上に当然のように座ろうとするハヤテ。そんな彼女をポイッと隣のソファに移して、用件を尋ねる。

 

「それで、今日はどうしたんだ。新しい黒歴史を見つけたのか?」

「……黒歴史を見つけないと、会いに来ちゃダメなの?」

「……別に、そういう訳じゃないが」

 

 こうして隠れて会っていると脳裏にホムラの姿がチラつくセンシ。

 彼自身の行いや思想にやましいものはないが、客観的に見てあまり好ましくないと考えているようで……。

 かといってハヤテを邪険に扱って追い出すには、彼女と親しくなり過ぎた。それを後悔するつもりは毛頭ないが……。

 

「ん。東京の黒歴史はどうするか聞きたくて」

「東京のか……」

 

 ギルドが保有し、厳重に守られている黒歴史。

 

「……なぁ、アルスター」

『なんだい?』

「もしオレが無理矢理獲りに行ったら、向こうはどう対応してくると思う?」

『必ずS級ダンジョン探索者が出張って来るだろうな』

 

 人類最強と呼ばれているS級ダンジョン探索者。現在ハヤテがギルドに所属していない為、ギルド側には6人存在している事になる。

 アルスターの評価から、ハヤテと同等かそれ以上の力を持つ人間が黒歴史回収の障害と考えると……。

 

「どう思う?」

『分かっているだろう。ただではすまないよ』

「……そっかぁ」

 

 期待、いや楽観的に考えていたのだろう。S級達の実力を良く知っているアルスターの見解を聞き、黒歴史回収の難易度に頭を抱えるセンシ。

 そんな彼を見て、ハヤテは自分と同じ高みに居る者たちの実力者に少しだけ興味を抱く。以前のダンジョンで垣間見たセンシの力をもってしても突破できないのか、と。

 

「ん。私も手伝う。その後の愛の逃避行楽しみ」

「何言ってんだお前」

 

 人類全員を敵に回した後にセンシとイチャイチャしたいらしい。

 彼女の突然の発言に訳が分からず目を丸くするセンシ。

 

『風緑ハヤテが加勢しても無意味だね。むしろ状況的に考慮して、空我センシの足枷となる』

「――私が足手纏い?」

 

 アルスターの言葉に、普段見せない感情を見せるハヤテ。

 彼女にとって強さとは絶対的な価値観の根幹に当たる部分にある。今日まで生きて来れたのも己の強さのおかげであり、もし弱ければとっくの昔に野垂れ死にしていた。

 故に自分が弱いと、戦いにおいて無価値だと判断されるのは――絶対にあってはならない。認めてはならない事だ。

 

「センシ。私邪魔?」

「邪魔ではないけど……」

 

 言葉を濁すが、センシ自身もハヤテの加勢に価値を見出していないのはすぐに分かった。

 

 ならば、彼女の価値を示す事ができるのは彼女のみである。

 

「――センシ。私と戦って」

「え?」

「アルスターが言っている事間違っているって教えてあげる」

 

 

 

 

『此処ならしばらく大丈夫だよ』

 

 センシとハヤテが模擬戦をする為に選ばれたのは名古屋にあるダンジョンだった。

 アルスターが選んだダンジョンは見渡す限り野原で広がっており、時折吹く風が心地よい。

 周りにはモンスターも居らず、建物もない。被害が及ぶ事は無いだろう。

 つまり、ハヤテが全力で暴れても問題ない。

 

「本当にやるのか?」

「ん。当然」

 

 ハヤテは既に臨戦態勢だ。祝福(ギフト)の力で既に変身を完了しており、ピコピコと頭頂部のウマ耳が動いている。

 

「センシも早く戦う姿になって」

「え?何が?」

「5年前のアレ」

 

 彼女が求めているのは全力――英雄の力。

 この世界を、あの時の地獄を打ち倒した白の英雄になる事を望んでいる。

 ハヤテもこの5年間ただ単に遊んでいた訳ではない。己の力を把握し、研鑽し、深め、そして人類最強と同じ高みに辿り着いていた。

 超えているとは思っていない。しかし力を引き出せるくらいには強いと彼女は考えていた。

 

「え? 別によくね?」

「――」

 

 ピキリ、とハヤテのコメカミに青筋が走る。

 

「別に本当に戦う訳じゃないし……アルスターに改めて強さを測ってもらうだけだし」

『無駄だと思うがね』

 

 プッチンッと彼女の中で何かが切れた。

 とりあえずあのクワガタは後でスクラップにするとして、センシにはギャフンと言わせて匂いは肺いっぱいに嗅がせて貰おうと心に決めた。あと一発本気でぶち込む、と。

 彼女の中でまた一つセンシの嫌いな所が増えた瞬間であった。

 

「――ん。それじゃあ、行く」

 

 遠慮はしない。怪我をしたら自業自得。むしろそれを理由にもっと長くセンシの近くに居てやろうと少し先の未来の事を考えて、彼女は野原を駆けた。

 風の魔法と天馬の脚による脚力は、一瞬でセンシとの距離をゼロにした。

 

「しっ!」

 

 そして繰り出される回し蹴り。本来なら並みのモンスターは何が起きたのか理解できずに上半身を吹き飛ばされる一撃。

 しかしセンシはそれを容易く回避する。それも上半身を倒すという、まるで礼をするかのような姿勢で。

 隙だらけな回避だ。

 回し蹴りの遠心力を使ってさらに回し蹴りを、今度は足払いの要領で放つハヤテ。しかしトンっと軽くジャンプして避けられる。

 

「……!」

 

 違和感を覚えるが、ハヤテは己の経験に従い追撃を選択。

 風を四肢に纏わせ、格闘を仕掛ける。ハヤテの俊敏さは祝福(ギフト)持ちの中でも随一の速さを誇る。さらに不可視の風の刃が四肢に纏わりつく事により、見た目よりも広範囲に攻撃が通る。

 

「……っ!?」

 

 しかし全ての攻撃が当たらない。動きは全くの素人にも関わらず。

 ハヤテが戦って来た()の中には武術を極めた人間も居た。そういう技術のある人間は戦い辛い。

 

 それでも勝てたのは、彼女の鼻が本来捉える事のできない事象の匂いを捉えるから、だ。

 

(私の鼻は不思議。本来分からない物の匂いを嗅げる)

 

 ハヤテの鼻が捉えるのは《可能性》。

 相手がどのような攻撃をするのか、どう動くのか、どう防ぐのかを、最も確立の高い可能性を匂いという形で受け取る。感じ方は様々だが、彼女にとって悪影響のある可能性は刺激臭に近い匂いがする。

 

(戦闘時、どんな敵も色んな可能性を広げて、でも最後に選ぶのは一つ。私はそれを先に嗅ぎ分ける)

 

 故に戦闘時、彼女は常に相手の優位を取っていた。

 先日の蜂のモンスターとの戦闘も、相手の可能性を嗅ぎ分け、補足し、そして先嗅ぎ(読み)した。

 

 だが。

 

「――なんで」

 

 ハヤテの鼻はセンシの可能性を捉えている。しかし当たらない。常に最適の匂いに従っているのに、彼女は届かない。愛しき最強に。

 

 翼を広げ、空を駆ける。何もない野原を使い、高速で動き回りセンシに何度も突撃する。

 しかしその全てが受け流され、躱され、己の武器が届かない。

 

「くっ!」

 

 弓を番え、矢を放つ。しかしその全てが当たらない。彼女が矢を外したのはこれが初めてだった。不可視の矢すら当たらない。

 

「――契約に従い、我に従えウェルフの王」

 

 近接でも遠距離でも当たらないのなら、避けられない魔法を広範囲に放つしかない。

 

「矢と風。刃と嵐。剣と狂飆。獲物を喰らい尽す猛獣の牙」

 

 宙に舞い、魔力を練り、詠唱を唱えるハヤテの姿を、センシはただ見上げていた。

 その姿にハヤテはイラっと……しない。

 

「自転せし空の間の斬り風。公転せし時の間の断つ風」

 

 しかし段々とアルスターの言葉を理解し、頬に冷や汗が伝い始めている。

 普段心地よい風が、雫となった汗を乾かし、そして体温を奪うかのようで落ち着かない。

 

「愚鈍極まりし罪ある者に罰を。賢者遠き罰ある者に罪を」

 

 それでもこの戦いを仕掛けたのはハヤテだ。

 吐いた言葉は飲み込めない。握り締めた剣は引っ込めない。向けた戦意は誤魔化せない。

 ならば、この野原を駆け抜けるしかない。

 

「我に慈悲の赤き雨を。汝に苛烈なる災厄の渇きを!」

 

 最終詠唱を終え、ハヤテは依然としてこちらをボーっと見ている英雄に、今彼女が放てる最強の風魔法を叩き込む。

 

「テンペスト・ファングブレイカー!」

 

 半径5km全てを風の刃でズタズタにする準最強風魔法。

 A級以下のモンスターはミンチすら残らず、S級モンスターですら致命傷を負うハヤテの切り札だ。アルスターの調整により普段よりも威力が上がっている。

 

 とても好きな人に対して放つ威力の魔法では無い。

 

「あ、やばい」

 

 少し焦った表情を浮かべたセンシは、それまでのやる気の感じられない動きから一転――空高く跳び上がった。辛うじてその動きを感じ取ったハヤテは魔法を彼に向けて動かす。

 巨大な竜巻がセンシに向かって飛んでいき――次の瞬間。

 

「――あ」

 

 ハヤテは視界全てに明確な死の匂いが迫るのを感じ、体が硬直する。

 それと同時に己の体をズタズタに引き裂いていた彼女の魔法が消え去り――突風。

 衝撃で吹き飛ばされるハヤテだが、すぐに後ろに立っていたセンシに支えられる。

 

「大丈夫か?」

「……ん」

 

 突風が止み、前髪が上がった顔のまま背後のセンシの問いかけに答える。しかしハヤテは目の前の光景に心を奪われていた。

 地面に大穴が開いている。底は見えず永遠の闇だ。誰がやったのかなんて考える暇もない。

 

(これがセンシの……)

 

 術者すら傷つける魔法をセンシは拳一発で消し飛ばせた。それもハヤテに余波が当たらない様に配慮して。

 しかしそれでも吹き飛ぶ彼女を見て移動して受け止め、さらに自分が起こした余波を拳で相殺させた。

 

「お前、自分が傷つく魔法使うなよ。あれ放っておいたら全身ズタズタになるだろ?」

「ん。でもこの体だと大丈夫」

「え? そうなの?」

 

 戦いにすらなっていなかった。

 ハヤテは自分は舐められていると思ったが――舐めていたのは自分だった。

 

 これが英雄。

 

 これが――空我センシ。

 

(白の英雄になっていないから、余力はたくさんあると思う……私は、ソレを引き出すに至らない)

 

 ハヤテは、センシとの距離を感じ取っていた。

 

「もう終わりで良いか? 帰ろうぜ」

「ん」

 

 ――悔しいな。

 センシが空けた大穴をチラリと見て、彼女はアルスターとセンシの後を追った。

 

 

 

『風緑ハヤテと戦って理解しただろう。強行突破は無理だ』

「そうだなぁ」

 

 アルスターの言葉にハヤテは密かに驚く。S級とはそこまで強いのか、と。

 彼女自身、己の実力には自信を持っていたがセンシとの模擬戦でそれも木っ端微塵に粉砕されてしまった。故にアルスターの、自分の評価は何処かお世辞を入れていたのだろうと考える。

 

「じゃあ、やっぱり……」

『我々はお勧めしない』

「……何か方法があるの?」

 

 東京のギルドが確保している黒歴史。回収するのは至難の業だと言っていたが、二人にはその手段を既に見つけているらしい。

 あの拳で大穴を空けて見つかる前に回収する、とか? 先ほどの印象が強い予想を立てるハヤテ。彼の拳だとダンジョンの最下層まで届きそうだ。

 

「回収された以上、獲ったら泥棒だからな。だからすり替える事にした」

『まだ解読されていないからね。とりあえず探索者たちが有利になる情報に書き換えておくよ』

「そうしてくれ。元々異界の神(アイツ)の嫌がらせとお前の浅はかな行動で起きてんだ。それくらいのハンデは文句言われないだろ」

 

 どうやらアルスターも手伝うらしい。何か対価を捧げたのだろうか? と考え、センシ(推し)には甘い事を思い出すハヤテ。

 

(……ハンデって何の事だろう)

 

 時折彼らの会話が理解できなくなるハヤテ。しかし、センシはギルドの保管庫に向かうのを諦めていた事だけは分かっていた。

 

「どうやって行くの? そこにバレずに行けないから困っているんだよね?」

「ああ。だから正攻法で行くことにした」

 

 センシは――気乗りしないながらも、覚悟を決めて言う。

 

 誰もが願っていた事だった。誰もが期待していた。しかし彼の参戦を望んでいない者は一定数以上居る。

 

 それを分かっていて尚、センシは選択すした。

 

「オレ、ダンジョン探索者になるよ」

 

 彼の言葉にハヤテは目を見開いた。

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