「....では始めましょうか」
時刻は丁度お昼頃、私は片手に箒を持ちながら茶室の畳を見下ろしていました。
更に今日は着物ではなく普段あまり着ないジャージに着替え、しっかりとマスクを着用する徹底ぶり。
何故私がこんな格好をしているのか...それはこれから茶室の大掃除をするからでした。
今月は残り僅かでもういくつか寝ると次の年がやって来る....であれば今年の汚れは今年のうちに無くしておいた方が来年を気持ちよく迎えられる、そう思った結果がこの現状なのです。
「やはり見えないところに埃は溜まっているものですね」
普段からある程度掃除はしているものの、それでも細かく畳の隙間や棚の裏を箒で掃いていくと隠れていた埃が姿を現してきます。
集めた埃を袋に詰め、掃き終わった畳を風通しの良い廊下に立てかけてから次の畳へ...そんな作業を繰り返している中
「先輩、こんにちは!」
突然背後から聞こえてきた声に振り返ると、アサリさん達三人が丁度やって来るのが見えました。
「掃除中?」
「すみません姐御!今すぐあたしも着替えて来ますんで!」
「いえ、始めたばかりですから急がなくても大丈夫ですよ。少し部屋の大掃除をしようと思いましてね」
「確かにもう今年も終わりですもんね...私もお手伝いします」
「ありがとうございます...ではアサリさんは乾いた雑巾で畳拭きを、キョウカさんは急須などの道具のお手入れを、ミオさんは畳の運搬をお願いします」
そうして私の言葉に了承し動きやすい格好になった三人と共に大掃除を再開させていきます。
「わあ、結構残ってるのもありますね...」
「サエ、ここにある道具全部綺麗にできたよ」
「ありがとうございます、次はそちらの奥の棚にあるものを」
「姐御!これ運んじゃっていいですか?」
「ええ、廊下に並べて貰えれば大丈夫ですよ」
手分けをしながら作業を進めていくこと暫く、やはり一人の時よりも四人の為効率が良く、見る見るうちに茶室が綺麗になっていきます。
最終的に茶室自体の広さもあってか、想定していたよりも早い時間で掃除を終えることが出来たのでした。
「無事綺麗になりましたね」
「はい、皆さんのおかげで次の年を心地よく迎えられそうです」
「それにしても、姐御達と出会ってもうそんなに経ったんですね....」
「時間が流れるのは早い」
私はそんな話を聞きながら改めて綺麗になった茶室を見渡します。
初めは私一人で過ごしていたこの部屋も、今では色んな方々が訪ねてくれるようになりました。
「本当に、早いものですね....」
まるでこれまでの事が一瞬だったかのような気さえしてくる程に、一日一日を過ごしていた事実を改めて実感出来ます。
ひとまず目的だった茶室の掃除もひと段落しましたが、やはり早く終わってしまったのもありまだ予定よりも時間がたっぷりと残っているようです。
「この後は何をしましょうか....」
廊下に立てかけた畳はもう暫くそのままにしておくつもりなので、中でお茶を淹れるのも難しそうです。
かといってこれ以上する事もとくには.....
(ん?そういえばこの建物の二階や三階は誰か掃除しているのでしょうか)
基本的に入り口から茶室までの間しか行き来しない為これまであまり気にしたことが無かったのですが、一応他に活動する方達が使う為の部屋が上にも用意されている筈です。
とはいえ私達以外で使っている姿をあまり見かけませんし、事実私も今まで上の階には行った事はありませんでした。
「三人は上に足を運んだことは?」
「上ですか?私は特に....」
「私も」
「あたしも同じです」
「......」
彼女達の答えを聞いた私は無言で天井を見上げます。
殆ど使われていない部屋、誰が管理しているのかも不明...そんな空間がはたしてどうなっているのか。
「...見てみましょうか」
少しの不安と好奇心が合わさった結果、私達は静かに頷きあうと恐る恐る階段を登って行ったのでした。
「おお、これは中々....」
「凄い、ですね...」
二階に辿り着いた私達を出迎えたのは、埃の舞う廊下でした。
予想していた最悪な光景という訳ではありませんでしたが、それでも誰も手入れしていなかったせいで所々埃か積もっているのが遠目でもわかります。
「ど、どうしましょう姐御」
「ケホッ....」
キョウカさんとミオさんも目の前の光景に困惑しているようです。
私も驚いてはいますが...一度見てしまったものを見てみぬふりは出来ないでしょう。
「...仕方ありません、今年もこの建物にはお世話になりましたからね。折角ですから建物全体の大掃除もしてしまいましょうか」
「わかりました」
「あまり埃無い所なら」
「ではここも分担しましょう、キョウカさんは一階と二階の間の階段を、アサリさんは二階と三階の階段を頼みます。ミオさんは私と一緒にこの二階をやってしまいましょう....お願い出来ますか?」
「はい!姐御が言うなら喜んでお供しますよ!」
自信満々な表情でそう答えてくれるミオさんを見て、私はキュッとマスクを付け直します。
こうして、私たちの大掃除第二弾が始まりました。
「やっぱり誰も使って無いだけあって凄かったですね」
「ええ、ですが幸い一部屋事の作業量は少なかったので助かりました。どちらかと言えば廊下の方が酷いようですね」
開始からまた暫く、埃を吸い込まないようしっかり口元をマスクで覆った私とミオさんは奥の部屋から順に箒や濡れ雑巾で汚れや埃を取り除いていました。
彼女に言った通り思っていたよりも部屋に溜まった埃などは少なくすぐに掃除を終えることが出来たのですが、その代わりに廊下の隅から隅まで埃が溜まっており、そちらを集めるのに時間がかかりそうです。
「先輩、洗剤って持ってきても大丈夫ですか?少し取れない汚れがあって」
「サエ、とりあえず終わった....」
そんな私たちの元に、階段掃除をお任せしていた二人が駆け寄って来ました。
「お疲れ様です、確か一緒にスポンジもあった筈なのでよければ使ってください。....キョウカさんの方は結構体力を使ったみたいですね、こちらもある程度片付いたので少し休んでても大丈夫ですよ」
「じゃあ残るは三階ですね」
「そうですね...最後まで綺麗にしてこそ大掃除です、頑張りましょう」
「階段の掃除が終わったらすぐお手伝いにいきます」
「私はちょっと休んでから...」
大掃除も残り僅か、私は気合いを入れ直し残る階への階段を登って行ったのでした。
「終わりました.....」
「な、長かったです....」
大掃除を開始してから数時間後。
空には既に夕焼けが浮かぶ中、私達は敷き直した畳の上で大の字に並んでいました。
「もう動けない...」
「流石に疲れましたね...」
あれから全員で三階を掃除したのはいいものの、そこは二階以上に埃が舞っている始末。
更に途中で休憩も挟みながら行ったのもあってか想定よりも長くかかってしまったのです。
その結果、現在綺麗になったこの空間には溜息を溢す声が止むことなく響いていました。
「でも先輩、これで悔いなく今年を終われますね」
「そうですね....その為の犠牲がかなり多かった気もしますが」
「あはは、確かにそうかもしれません」
アサリさんは苦笑いを浮かべながらもどこかスッキリした表情で私を横目で見つめています。
他の二人からもどこかやり切った空気が伝わってくるのを感じ取り、私は彼女達に小さく笑みを返しました
「そういえば、初詣とかってどうします?」
「お餅も沢山食べたい」
「私は地味に初夢も気になっちゃって...」
それから寮へと帰るまでの少しの間、私達は畳の上に寝転がりながら静かに来年への思いを語り合ったのでした。